藤の夜


W  X  Y


W

馬鹿だ自分でも思った。
なんで…

「カカシ!!!」

アスマがカカシの元へ駆け寄ろうとしたが、その行く手を別の忍びが阻む。

「ちぃっ!!!!」

アスマはカカシのことを気にしながらも敵と戦闘に入らざるを得なかった。

「くそ…邪魔だ!!!」


「あ…ああ…」

中忍は呆然と自分を庇ったカカシを眺めた。カカシは腰が抜けたような彼に舌打ちし、彼から自分へと標的を変えた相手と戦闘を開始する。

「中忍風情を庇って怪我をするとはな、間抜けもいい所だ」
「うるさいよ」

きぃんっとくないの打ち合う音。にやりと笑った相手の顔が、ものすごくむかついた。
中忍を襲おうとしたのは、先ほど仕留めそこなった抜け忍。彼を助けるために飛び出したカカシは、防御するのが遅れ、腹に深い傷を負ってしまう。だらだらと血が流れる感触。しかし、止血する暇など相手は与えてくれない。

「写輪眼のカカシ…お前を仕留めれれば俺の名も上がるというものだ!!」
「アンタごときに俺がやられるわけないでしょ」
「ふん!その傷で何を言う!」

強がったカカシだが、確かにこのままではやばいと思った。血を止めなければ、動きは鈍るし、眼がかすんできてしまう。とりあえず、腰を抜かしているらしい中忍から離れた場所へと敵を誘う。

(…参ったね)

だが、カカシの動きは以前劣ることはなく、先ほどのように敵を追い詰めている。敵はそれに馬鹿なと思いながら、応戦していた。

(これはさっさと終わらせないとね…)

ふっと滑った振りをして体をぐらりと傾けると、相手は傷のためにバランスを崩したと思ったらしい。にやりと笑ってクナイを振り上げる。

「…甘いねー…」
「ぐ…貴様っ…」

頚動脈を切られ、敵は絶命した。それを見下ろし、ふーーっと長い息を吐く。
どさりとその場に座り込み、一向に止まらぬ血を眺めた。

(やばいかなー)

眼がかすんで来ていたが、傷の手当をするのが億劫だ。このままではいけないと思うのに、何故か体が動かない。

(死ぬかなー…はー写輪眼のカカシともあろう者がなさけないねー…あーイルカ先生に文句も言ってないのに)

人の良いイルカの顔を思い出しながら、何故自分が彼に拘るのか考える。
アスマに何故と聞かれたが、自分でも良く分からない。彼の言うように、別に好きでもなんでもないのに。
自分の頼みを聞いてくれそうな男も女も沢山いるのに、どうして彼を選んだのだろう。

(…好きな奴ね…)

アスマに恋人を作れと言われたが、カカシにそんな気はさらさらなかった。何度そうなる関係になっても、すぐ自分を縛ろうとする相手に嫌気が差してしまう。だから、関係が一ヶ月もったことがない。お陰で男女の関係が激しいとか言われているが、合わないのだから仕方ないのだろうと思う。
だが、一度ある女から言われた。
…貴方他に好きな人いるでしょう…と
その時はそんな訳ないと一蹴したが、カカシは一人、脳裏から一向に離れない人物がいるのに気付く。

あれは…何年前だったか。自分がまだ暗部にいた頃。
何かの任務で、偶然見た。

月灯りに照らされた藤の花。

そして…その中に佇む一人の男。


銀と紫色の光にいる、まあるでこの世のものではない、神秘的な光景。
長い黒髪。自分と同じように動物の面をつけていた。顔も見えなく、声も聞いていないのに、綺麗だと。
見惚れたことを覚えている。

男が自分に気付いた時、声をかけようかとも思ったが、彼のつけている面の色を見て、驚愕した。

それは…

黒。

自分がつけている白い面ではなかった。


黒い面をつけるのは、暗部の中でも伝説化している者達。
「黒の部隊」と呼ばれている彼らだが、彼らが本当にいるのか、暗部に在籍していても、はっきりと知ることはできなかった。噂では、暗部でも最も闇に近い仕事に携わっているとか、火影の影の護衛だとか言われていたが、人数も姿も決して見たことのない部隊。
現に、カカシもその時まで噂は噂だろうと思っていた。

だが。

居た。本当に…自分の目の前に。
しかもそれが…


(やってらんないね)

あれから、また会えるかと何度も何度も思ったが、やはり伝説化している部隊だけあって、一度も会えたことがない。それとなく、同じ暗部の忍に探りをいれても、色よい返事は返ってこなかった。
あきらめるしかないのだろうか。だが、脳裏に刻まれたあの光景は一向に消えてくれなくて…
胸の中にあるわだかまりは、知らぬうちにくすぶり続け…

あきらめと諦めきれない思いが交じり合って、その気持ち悪い思いを忘れるために、任務で人を殺し続けた。
だが、そんな思いを見抜かれていたのか、突然火影からスリーマンセルの教官になるよう言われた。だが、自分が認めていいほどの子供達はいなくて、片っ端から落とし続けた。あきれたような火影の顔を見ない振りをしていたが、どういう訳か今年の子供達を下忍としてしまい、結局は火影の思い通りになったが…

(それももう終わり)

くすりと覆面の下で笑う。
ざん…

自分の背後から現れた新たな気配。自分に向けられる殺気。
無意識に握ったクナイを自虐的に見つめる。
終わりを願っているのに、この体は死を願っていないのか。

敵がこちらに向かってくる。
カカシは自分に近づく気配を待った。

だが。

その前に悲鳴が上がる。

(何…?)

振り向いたカカシが見たものは、白く闇夜に光る刃。
ふわりと黒い髪を縛る五色の紐が揺れる…

まさかと信じられない思いで見たのは、あの。

銀色の月と藤の花の下にいた。

あの男…


彼は、物言わぬ敵を眺め、くるりとカカシの方へ顔を向けた。彼は無言でカカシの傍に来ると、彼の前に跪く。面をしているため表情はわからないが、彼が気にしているのは自分の傷であることはわかった。

あいかわらず無言のまま、カカシの手当をする男。昔見た時よりも背が高く、体つきががっしりしているのがわかる。そして、あの腰まであった髪が肩を少し越したぐらいに短くなっていた…
てきぱきと自分の手当をする男。他人に触れられるのは嫌いなのに…どうしてなすがままにされているのだろう。男もそれを訝しがったらしく、黒い面をカカシへと向ける。
そして、男が離れようとした時、カカシの手からクナイが滑り落ち、知らずのうちに彼の手を掴んでいた――

(2003.2.24)






X

自分の手を掴み、離そうとしない目の前の男にシキは戸惑う。
何か言いたいことがあるのだろうかと黙って待つも、彼は何も言わなかった。
ただ、じっと。
この黒い面に隠された自分の顔をじっと見つめる。
何故と問い掛けることもできず、シキは立ち上がろうとするが、男がそれを制する。

何がしたいのだろう。何をして欲しいのか。

「…え…」
男が何か呟いた。だが、その声はあまりに小さくて聞き取れない。それがわかったのだろう、男はもう一度呟いた。

「名前…教えてよ」
「………」
「ねぇ」

名前…?自分の?
何かと思えばそんなことかと、あきれ、シキは自分の手を掴む男の手を振り解き立ち上がろうとする。だが、男は諦めず、再び自分の手を掴む。

「名前ぐらいいいでしょ。教えてよ。ねぇ」

…しつこい。怪我をしているくせに、どこにこんな力が残っていたのかと思うほど、男の手は強かった。振りほどくのは簡単だが、その前に男の顔を見てしまい、シキは躊躇してしまう。

それはまるで、寂しげな子供のような、まるで消え去ろうとする母親の手を必死で掴もうとするような。

そんな顔。

止まってしまったシキに、男は尚、名前を聞いてくる。

「何で話してくれないわけ?それとも俺と口を聞くのが嫌?」
「………」
「ねぇ」

何で自分にこんなに絡むのだろう。自分が彼を助けたことでプライドを傷つけてしまったのだろうか?
…そうか、そうに違いない。何しろ、彼は木の葉の里でもエリートと呼ばれる忍者。上忍の中でもトップクラスの実力を兼ね備えている彼。それが、いくら暗部でも自分に助けられてはいい気などしないのだろう。
だから――

「教えてよ。また…いつアンタに会えるかわからないんだから」

え?

男の言葉に耳を疑う。また?またって言ったよな…俺は前に戦場でこの男と会ったことがあったか…?
そんなシキの困惑を嗅ぎ取ったのだろう、男は寂しそうに笑う。

「覚えてないだろうね。まぁその時顔を合わせた訳じゃないから。でも俺は忘れなかった。銀色の月と藤の花の下に佇んでいたアンタの姿を…ずっと忘れられなかった」

月と…藤の花?
脳裏に過ぎったのは、もう何年も前のこと。今と違い、まだ完全に「黒の部隊」に身を置いていた頃…
そう言えば…任務の終わりに藤の花を見た…

血の臭いを消すような、さわりとした夜の香りに引かれて、偶然見つけた野生の藤の花。
その群生に見惚れ、立ち止まった時。

あの時…自分を見る誰かの気配があった。まさか…それが?その時の人が?

目の前の、この男?


「名前…教えてよ」

あの時の藤の花が蘇る。この場所にはないのに、この男の言葉の中に。

男の目を見下ろすと、彼は自分が知っていたはずのいつのも彼ではなくて。
何かを必死に留める目をしていた。

左眼の、赤い瞳。
血よりも赤く、禍禍しい色。すべてを見透かし、自分の正体さえも暴きそうな…綺麗な眼。

傷に塗った薬の効果が効いてきたのか、彼はとても眠たそうなのに、自分の手を掴む力は微塵も薄れない。

「ねぇ…」

何度目の懇願か。
シキはついに、根負けした。しかし、話すことはよっぽどの場合を除いて許されていないから。シキは自分の手を掴む、男の手を握り返し、その手を自分の口元へと引き寄せる。
反対の手で僅かに面を動かして、男の指を己の唇に触れさせる。その行為に男は目を丸くした。

【 シ キ 】

そのまま唇を動かし、己の名を言うと彼の顔が綻んだ。

「…シキっていうの?」

彼の手を離し、こくりと頷く。満足げな彼の顔に、シキはそっと反対の手を述べ…

目の前で印を切る。

「!!!」

前のめりに倒れこむ男の体を支え、シキはほっと息を吐いた。
やれやれ…
傷を治すためには、休息と睡眠が必要なはずなのに、一向に自分の手を離さない彼。深い眠りの中にいる男の体を支えながら、さてどうしようかと思うと、こちらに近づいてくる気配を感じる。
それが知っている気配なことに安心して、彼は男の体を横たえその場から姿を消した。



「カカシ!!」

アスマは倒れている彼の姿を見て、まさかという思いに駆られる。だが、傍に行ってみれば、彼の傷は手当がしてあり、ただ眠っているだけだとわかり安心した。

だが…

この手当はこいつがしたのか?カカシらしくない、丁寧な包帯にアスマの疑問は拭えなかったが、アスマはカカシを担ぎ、口癖のめんどくせぇと言いつつ、仲間の元へと引き返す。




「…何を考えているんだ?お前は?」
「見てたのか?」

くすくすと笑うシキに、ソウは怪訝そうな顔をしたまま。

「さてと、俺たちの仕事は終わりだな。里へ戻るか」
「…オイ」

自分の問いに答えず、さっさと動こうとするシキにかけられる不機嫌そうな声。
二人が来た時点で、抜け忍を始末する任務は終わったようなものだった。それまでてこずっていたのが嘘のように、事態は収集に向かった。

「シキ…お前あの男が嫌いなんじゃなかったのか?」
「まぁね。あのしつこさとうっと惜しさには辟易していたからなぁ。でもさ」
「なんだよ」
「あんな顔されちゃあね」
「…はぁ?そうか、そりゃ…ごくろうさんだな」

くすくすと笑いを止めない彼に、ソウはもういいやと首を振る。…付き合ってられん。
シキはするりと髪を縛る五色の紐を解く。ふわりと背に黒い髪が落ちる。

「俺はこのまま帰る。火影様への報告よろしくな」
「…オイ」
「いいだろう?今日任務終わって駆けつけたんだから…」
「…対して疲れてないくせに…まぁいいけど」

右腕に巻いてある、シキと同じ五色の紐に触れ、ソウはため息をついた。

「それじゃ、よろしくな」

すいっと消えたシキを見送り、ソウは火影の下へと向かった。

(2003.2.26)






Y

「おはようございます。イルカ先生」

いつものようにカカシがやって来た。怪我をしたと聞いていたのだが、へらへらと笑いながら、軽く手を振ってくる彼にそれらしき気配は微塵も感じられない。

「?イルカ先生?」
「ああ、すいません。おはようございます」
カカシをじっと見る、イルカに不信を抱いたのか、カカシが軽く首を傾けてきたので、イルカは慌てて返事を返した。そして職員室に向かうイルカの隣を当たり前のように並んで歩く。対して面白くない、とってつけたような会話をするカカシ。いつもなら、無理やり笑みを作りそれに相槌を打つのに今日はその気配が微塵も見せないイルカ。

「どうしだんですか?イルカ先生?機嫌でも悪いんですか?」
「…それを貴方がいいますか?原因の貴方が」
「あははは…それもそうですねぇ」

認めながらも、それを改めようとしないカカシにイルカは肩を竦めた。だが、相変わらずイルカの態度は治らず、カカシは尚質問する羽目になる。

「それで?どうしたんですか?何か悩み事でも?」
「…ですから、貴方がそれを言わないで下さいって」
「それはそうなんですが〜でも、いつもの先生なら嫌々相手をしてくれるでしょ。でも今日はないし。俺でよかったら相談にのりますよ〜」
「…よけいにこじれる気がするんですが…」
「いいますね、先生」

ようやくくすりとイルカが笑った。そのことに一人満足したカカシは、毎日恒例のセリフを今日も述べる。

「で?先生気は変わりました?」
「…変わりませんって!」

こんな所で何を言うのかと、慌てて辺りを確認する彼に、大丈夫ですよと呑気にいって見せる。

「じゃあ、今日飲みに行きましょうね」
「はいはい、わかりましたからっ!…え?あ!いや…」
「ああ!やっとうんと言ってくれましたね!それじゃ、今日楽しみにしてますんで!!」
「え!ちょっと!!カカシ先生っ!!!お…俺はっ!!!」

勢いで言ってしまった言葉に慌てるも、こんな時に上忍の力を発揮したカカシの姿はもはやなかった。一人手を出し固まるも、自分の言葉はなくなってくれなくて。

あれからずっと断りつづけていた努力が、水の泡になった瞬間だった。


「先生!遅いですよ!」
「…すいません」

意外なことに、彼が待ち合わせと指定した(ご丁寧にも忍犬で伝えてきた)場所は、居酒屋だった。上忍だから、さぞ高い所で食べているのだろうと思っていたが、胃が偏りすぎますからと言われてしまう。

「では、まずどーぞ」
「は、ありがとうございます!」

酒を注いでくれたカカシに慌てて礼を言う。イルカもそれを返そうとしたのだが、その前にカカシは自分で注いでしまった。
ひとしきり、酒を飲み、食した後、ようやく本題に入った。

「ね、先生お願いしますよ〜恋人になってくださいよ〜」
「ちょ!?こ…こんな所でっ!!!」

ぎょっとした顔で辺りを伺ったが、周りは自分達が飲むのに夢中でこちらの話が耳にはいったことはないようだ。

「大丈夫ですって。先生は気にしすぎですよ。そのためにほら。この奥まった座敷を選んだんですから」

確かに、カカシの言うとおり、二人がいる場所は入り口から四角となっている。カウンター席が見渡せるものの、そこに座っている人たちはこちらに背を向けているのだし、自分達がここにいるなど気にしてないのかもしれないが。

…話の内容によるよなぁ…

恋人恋人と簡単に言ってくれるが、そうなった時、自分にどれほど負担がかかるのかこの男は気付いているのか。
現に、最近一緒にいるだけで(まとわりつかれるとも言う)周りの目が変わり始めているというのに。それが演技でも恋人なんかになったら、考えるだけで恐ろしい。

俺闇討ちに合うんじゃないだろうか…
密かにそれを恐れているイルカ。

最初、自分にモテルからと言ったカカシだが、それはどのぐらいなのだろうと密かにイルカは興味半分で調べて見たりした。だが、聞けば出る出る…どれが嘘か真かしらないが、誰かに聞く度に毎回違ってた女性の話。その中には、男性もいて、彼が言った通り、その方面には一向に困っていないことがわかった。
モテすぎて困る。
あの言葉は限りなくカカシの本心なのだろう。

つくづくむかつくっ!!!
「どうしました?イルカ先生」
「え?いえなんでも…」

顔に出ていそうな感情を慌てて隠し、誤魔化す。

「ねぇ。先生いい加減あきらめてくださいよ。じゃないと俺ますます付きまとうよ?」
「……その冗談じゃない冗談は止めて下さいっ!」
「じゃあ、恋人。なって」
「だからっ!!!」

なんで自分がそんなものにならなくてはいけないんだ!?その辺が理解できないイルカ。カカシはあきれたように肩を竦める。そしてうーんとなにやら考え始めた。

「じゃあ、これはどうです?親友以上恋人未満ってのは?」
「は?何ですかそれ」
「だって、先生恋人は嫌なんでしょ。だったらこれしかないじゃないですか」
「…あのだから、そもそも何で俺が…」
「だって、先生なら俺も安心できるし…」
「安心…?」
「あのさ、俺に近づく女とかって別に俺が好きなわけじゃないの。上忍とかの肩書きとかで近づいてくるわけ。だから俺も同じようにちょっとつきあって、飽きたら別れて…って繰返してたんだけど、最近そんなんでいいのかなあって思い始めたわけ。だから、不特定多数の人と付き合うの止めようと思ったんだけど…そんな俺の心皆わかってくれないんだよねー。信じれないって言うんだ。だったら、誰か一人と付き合って俺の本気を見せてやろうと思ったんだけど…でも、都合よくそんな人急にできないし…でもこのままじゃ、俺の覚悟をわかってもらえない。だったら、振りでも恋人を作ろうと思ったんですよ」
「は…はぁ…」
「だけど、そんなこと頼める人なかなかいなくて…俺の気持ちをわかって、それでなお、付き合う振りをしてくれる人。探して、考えて…そしたら、イルカ先生しかいないと思ったんです」
「………」
「ご迷惑なのはわかってます。でも、お願いします。俺の気持ちを皆にわからせてやりたいんですよ!」

そうして頭を下げたカカシ。それをイルカはぼーっとした顔で眺めていた。

カカシ先生…

イルカはカカシの言葉に感激していた。周りの迷惑も顧みず、自分の意見を押し付けて通そうとしていた裏にこんな気持ちがあったとは…
そんなことも見抜けず、カカシを毛嫌いしていた自分が無償に恥ずかしい。

「…わかりました。そこまでおっしゃられるなら」
「ほ…本当ですか!?」
「はい。カカシ先生の気持ちわかりましたから。先生に本当に好きな方ができるまで協力させていただきます。けれど!あくまで恋人ではなく、親友以上恋人未満のフリですからね!」
「はいっ!!それで結構です!!ありがとうございます!イルカ先生!!!」




「………馬鹿?」

ひぃひぃと隣で大笑いする男を止めることなく、呟いたあきれ顔の青年。

「なんつーお人よし…」
「ぎゃははははは!!!!」
「るせっ!!!笑いすぎだてめぇっ!!!」
「だ…だってよ!!!これが笑わずにいられるかっ!!!あはははははは!!!」

カウンターを叩く男に、店主がぎろりと睨みを利かせるも、彼の笑いは止まらない。だが、男の気持ちもわからなくはない…しかし、自分はあきれていいのか、なさけないと思っていいのか、判断がつかなかった。
だから、一言。
馬鹿と。
今の自分の気持ち、すべてを込めてそう言った。

「し…しかたねぇよ!サイ!!!あいつは、あいつなんだよっ!!!あはははは!!!」
「笑いすぎだって言ってるだろうが!!!黙れよ!レツヤ!!」

サイは自分と同じ額宛をしている、30代頃の男を窘める。寝起きなのか、ところどころはねている黒髪。笑いすぎで涙目になっている茶色の瞳。見かけはいいのに、この大口を開けて笑う顔と下品な言葉づかいで女性に倦厭されていると気づいているのか。

「あまり騒ぐなよ!イルカに見つかるだろっ!」
「別にいいじゃねぇかよ。つけた訳でもあるまいし…向こうが後からやってきたんだから。んで、偶然話を聞いたって怒りゃしねーよ」
「…だろうけど」
「しっかし!あいつのお人よしもあれじゃ、度を過ぎてるなぁ…まぁ俺は楽しいからいいけど」


仲良く談笑しながら、食事を続けるイルカとカカシ…だが。イルカは知らない。イルカが承諾した時に見せた、カカシの確信的笑みを…

…馬鹿だな、あいつ。苦労するぞ…

「まぁまぁいいじゃねぇか、人のことは!親友とは言え、イルカの私生活まで何だかんだ言う資格はねぇよ。だろ?」
「…まぁなぁ…それはそうだけどさぁ…」
「ならいいじゃねぇか!あいつが誰と付き合おうが!恋人ごっこしようが!!!」

レツヤの言葉にサイはため息をつく。
そりゃ、自分一人で済めばな…

「ん?それでも親友のことは心配ってか?」
「この後のことを考えるとなぁ…まぁ、でもそれはイルカの責任だし?でもそんなことより気の重いことがあるしなぁ…」
「んだよ?それは??」

レツヤがぐいっと酒を飲み、サイの方へ目を向けてくる。それに気づけよ…と思うサイ。

「わかんないのかよ?この、いかにもごたごたが起こりそうな状況…ぎゃあぎゃあと喚く一名の存在を…」
「……うげ…」
「うげじゃねぇよ…ああ…嫌だ嫌だ…」
「俺も嫌だぜ…」
「てめぇは逃げるだろうが!!!」
「お、わかってるんじゃねぇか!がんばれよ!!」

がくりとうなだれたサイは、後ろで聞こえるイルカの笑い声に耳を塞いだ。




「イルカ先生、おはよーございます」
「おはようございます。あ、これ、今日の任務です」
「はい。わかりました」

にこりと笑い、任務書を渡すイルカと同じく笑いながらそれを受け取るカカシに、周りにいた者はおやと思った。
昨日まで、ぎこちない態度だったイルカが友好的で、ストーカーごとく付きまとっていたカカシが何故か落ち着いている。
…二人の間で一体何が…?
周りは興味津々の顔だったが、その注目の的となっている二人はそんなことを気付いているのか、故意に無視をしているのか、何事もなかったように振舞っている。

「おい、イルカどうしたんだ?」
「ん?」

カカシが出て行ったのを見計らって、同僚が疑問をぶつけた。だが、イルカはちらりと目を向けるも、書類を書いている手を休めない。

「ん?って…お前もカカシ上忍も昨日と打って変わって打ち解けてるし…何かあったのか?」
「別に。何もないけど。可笑しいかな?」
「可笑しいって…昨日までのお前の態度と比べると明らかに変なんだけど」
「うんー…まぁ、折り合いがついたってとこかな?」
「はぁ?」
「ほら、仕事!」

イルカはさぼるなという意味も含めて、それ以上の質問を遮った。納得できない顔の同僚だったが、イルカが話す気がないのを知るとあきらめたようだ。
やれやれ…
イルカは内心安堵のため息をついた。
確かに、今まであれだけ迷惑顔をしていたくせに、突然友好的態度に変われば変だと思われるだろう。だが、昨夜カカシに告げたように、親友以上人未満の関係になる(見かけは)と決めたからには、それらしくしなければならない。今までのように邪険になど決してできない。
…自分の首を絞めてる気がするけれど…

カカシと付き合うことで、イルカに降りかかる災難の数々を彼はまだ知らない…

藤の夜・完(2003.2.27)