永遠に閉じられた扉

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先に歩いていたカカシが何かを見つけたように立ち止まり、指の先に炎を灯した。すると、ボボボ…と炎が走る音がして、暗闇だったこの場所が突然明るくなった。

「これは…」
「色々仕掛けがあるようですね」

壁には渦巻くようなくぼみがあり、その中で幾つもの炎が揺れている。その中には油か何かが入っていて、照明の役割をすることになっているのだろう。お陰で天井に電気があるよりも明るい感じがする。

「あれが術なんですかねぇ…」

カカシが指を差した方向を見ると、広い部屋の中央に大きな石版が二枚向かい合うように立っていた。一つの石版には見慣れぬ文字が、もう一つの石版には動物のような絵が描かれている。

「結構すり減ってますね…良く読めない」
「こちらの絵も…何の動物なのかわかりません」

う〜んと小さなうなり声を揚げていると、こちらに向かってくる気配と驚きの声が聞こえて来た。

「マジで開いてるぜ…驚いたな」
「本当…こんなふうになっていたの」

アスマと紅が中を見回し、イルカとカカシの方へやってくる。

「さすがは先生だな。博識だ」
「え…?いえ…」
「あら、謙遜しなくてもいいのよ。上忍4人の総掛かりでもできなかったんだから」

ふふふと紅が小さく笑って、イルカの肩をぽんと叩く。困ったように笑い返したイルカだったが、川の里の忍とともに入ってきたサイを見て、思わず視線が鋭くなった。しかしサイは素知らぬ振りで、部屋の中を見回しへ〜と白々しい言葉を吐いていたが。

「んで?封印しなおした巻物ってどこ?」

自分達の里でも特定の忍しか解除できない封印を破られたことに、川の里の忍は驚きを隠せなかった。カカシの声にぎこちなく頷き、ちらりとイルカを見た目には複雑な感情が浮かんでいた。
若い忍が動物の描かれている巻物に近づき、しゃがみこむとある床を押した。するとその床の中から巻物を載せた台座が浮かび上がってくる。

「これが…封印した巻物です。奪われたものも、同じ仕掛けでした」

紅が仕掛けを動かす横で、アスマは巻物を開く。だがそれを見たアスマは目を細めた。

「で?これの意味はわかってるんですか」
「…その呪を唱え、最後に意味を加えれば発動するとは。ですがその意味が…判明せず、ここへ」
「そうですか。で、奪われた方の巻物には何が?」
「そちらにはこう記されていました。
『火は集まり、水は覆い、風は包み、地は抱く。求めしものは他。知りしものは慈しみ。清き想いは─”純”となりて何よりも勝りし守り手とならん』 …奇跡的に助かった者が、開いた部分に「純」という言葉を入れて術を発動させたと証言しております」
「埋める文字を見つけていたのに、隠していたのか。封印が決まらなくとも、何時かは何かしでかしていたかもな…イルカ先生」
「はい?」

突然アスマに呼ばれたと思うと、ぽんと投げられた巻物。慌ててそれを掴めば、頼むわとアスマが片手を揚げる。

「え」

…すごい期待されている目で見られているんだけど。
顔を引きつらせながら、取りあえず巻物を広げると、後ろからカカシがのぞき込みそれを読んだ。

「『白は消え、青を纏い、赤をたぎらせ、黒を選ぶ。選びしものは断。奪いしものは征。掲げしものは─” ”となりて愚かさを極め血に濡れる』…ずいぶんと対照的な言葉ですねぇ」
「最初の色の所は何を示すんでしょうか?あっち方は、火や水と言った表現を使っていますが…人のことを差しているんだろうと思います」

誰かを想い、それを守ろうとする心を持つことは何よりも強い力になると。そしてその想いは純粋なるものだと。
それゆえに「純」という字が入るのだろうと思うのだが。
それに比べれば、今持っている巻物に書かれている言葉はなんと禍々しいのだろうか。
まるで…絶望のような。

「…同じようなことを言っているとは思うんですが」
「それは我々も考えました。しかし…一文字で当て嵌まる言葉は見つからなかったそうです」

…まぁすぐわかるなんて思ってはいないけど。
文字を読んですぐわかるのならば解読者などいらない。ヒントがあればなぁと思いながら、そういえばこの作業に一番の適任者の姿がないことにイルカは気付いた。

「…サイ先生よぉ…何やってるんだ?」

ぽりぽりと頭を掻きながら、床に這い蹲っているサイにアスマが問いかける。川の里の忍は先ほどから気付いていたのが、素知らぬ振りをしていたようだ。だが、本人はそんなことは気にせず、床を手でごしごしと擦っている。

「なにか書いているんですよね…え〜と…?
『相反するもの向かい合う末路は何もなし。二つは一つであり無である。どちらを選ぶも代償は大きく、その選択を 間違うことなかれ。己が”人”であること忘れぬなかれ』
…ということらしいですが。ヒントなんでしょうか?」

相反するもの向かい合う末路は何もなし。
イルカは手にした巻物を眺め、床にかかれていた文字からもヒントを探し出そうとしたが、見つけることはできなかった。

「…まぁ、取りあえず術を発動させるのが目的じゃねぇしな。外に出るぞ」

アスマの一言で全員が外に向かって歩き出す。しかし、振り向けばサイが動物の石版を見上げたまま動かずにいた。

「サイ?」
「ん…?あ、今行く」

小走りでやって来たサイだが、彼は何かを考えているようだ。

「どうしたんだ?何か気になることでもあったのか?」
「…さっきの言葉。術系統に置き換えると…攻撃型に聞こえるよなぁ」
「…は?まぁ…そうかもな」
「で、ここに無い奴は…相反するとか、言葉の下りから予想すれば…守りってことだよなぁ。きっと」
「そうかもな」

それがどうした。というイルカの目に、サイは小さく唸って首を振った。この術が何かわかったのかと思ったがそうでもなかったらしい。
二人はすでに出てしまった上忍達を追って、部屋から出ていった。しばらくすると、自然と火が消え、その部屋はもとの暗闇に戻っていった。



ふわぁぁと大きな欠伸をしたサイを殴る。

「っだっ!何をするんだよイルカっ!!」
「何じゃないだろうが。こんなところで欠伸なんかするな任務中だろ」
「任務中でも暇なもんは暇なんだよ。誰に迷惑をかけているわけでもないしいいじゃないか」
「そういう問題じゃないだろ」

殴られた頭を押さえ、ぶつぶつと言いながらサイは静かに歩き始める。

「ったく、アスマ先生達が見ているんだぞ?たまには真面目な顔をしてろよ」
「たまにはって…俺はいつも真面目な…」
「ことはないよな?」

きっぱりとそう言われ、サイは膨れたまま歩き出す。
この街に来た道を通っているのに、やはり夜だと感じるものが全然違う。

…月は…半隠れか。
今日は雲が多いためか、自分達の足下を照らす月明かりは頼りない。幾ら闇夜に慣れている忍でも、時折でる光は何だか落ち着かなかった。
もう片方の巻物を手に入れたらすぐに木の葉に向かう。それは当初から決まっていた方針で、名目上術の保護だが、男をおびき寄せる罠だということは誰にでもわかった。まだ男が行動に出ていないとは言え、いつまでも街の中に術を置いておくことはできない。何の関係ない人が犠牲になるばかりが、下手をすれば街は殺戮され尽くすだろうというのが、アスマ達の意見だった。それを聞いたイルカは、自分達が巻物を運ぶ囮になることを自ら申し出る。アスマ達から術を奪うより、自分達の方が簡単だと油断するのではないかと思ったからだ。

「罠だと気付いても、俺達を巻けば、造作もないと顔を出すかもしれねぇしな」

そのアスマの一言で、イルカとサイは急遽静かに街を出ることになったのだ。


「造作もない…ね…いやはや」

くすくすと笑うサイは、何故かとても楽しそうで、そんな彼に視線を向ければ彼は肩を竦める。

「こっちに転がった方が後悔するのになぁと思ってさ」

囮の方が実はもう一つ牙を隠し持っていた。それに気付いた男はどう思うだろう。イルカは目を細めるだけで答えを返すことはせず、前を向く。
男がやってくるのはもうすぐだと。懐の巻物を服の上から確認した。

「来たようだぜ?」

なま暖かい空気が渦巻く。どうして巻物を自分達がもっているのがわかるのか。そんな疑問を持ったが、それよりも立ちふさがった男に意識は向いて。
ぼろぼろの服に伸び放題の髪。目だけが異様な輝きを放ち、イルカ達を見ている。

「…渡せ。それは……俺のだぁぁぁぁ!!」

体中から濁った血の臭いがする。新しくもないようだが、古くもない。
突然膨れあがった腕に、二人はいつも以上の間合いを取って、その場から飛び去る。
殴った地面が術を使った時を同じ威力を見せ、抉られる。

「げ…マジかよ」

それにはサイも驚き、顔を引きつらせる。どんな馬鹿力だよ…と呟いた彼だったが、その目はすぐに男の動きを追っていた。男の目は自分を見ていない。巻物を持っているイルカだけを追いかけている。

「イルカ!!」

火遁を放ち、男の動きを止めようとしたが、それは腕を振り下ろしただけで消されてしまう。同時にイルカもクナイを放っていたが、ぶすりと刺さった筈のクナイは、固い筋肉によって弾かれた。

「っ…!」

体を掴まれそうになり、慌ててその場から飛び退く。背にあった木が幹を砕かれ、乾いた音を立てながら倒れていった。

あれはただの腕じゃない…!
一瞬でも触れたら、地面や木のように体が砕かれる。イルカは大きな間合いを取りつつ逃げるしかなかった。
しかし、男の動きは機敏で。一般人だったとは信じられない。アスマが忍以上だと言っていたのもわかる…!

「イルカっ!」

再び男の動きが早くなった。その反応についていけず、体が一瞬動きを止めてしまった。

危ない!と誰が叫んだのか。
イルカの前で爆風が起き、男のうめき声が聞こえた。

「はっはっはっ!今度は見逃すほど甘くないぞ!!!」
「ガイ先生っ!」
「無事のようだなイルカっ!俺が来たからにはもう安心だっ!」

任せておけ!と白い歯を輝かせたガイは、むくりと起きあがった男に再び向かっていく。

「あ〜あ、一人だけ目立って」
「カカシ先生」
「ご苦労様イルカ先生。準備は完了しましたから、後はおびき寄せるだけですよ」

背後に立つカカシは、気怠そうにガイへと声をかける。

「あまり遊ぶなよ〜ガイ」
「うぬっ!カカシっ!俺の見事な戦いブリを遊びとは…さては嫉妬したな!」
「はいはい〜」

尋常ではない相手と戦っているというのに、二人の呑気すぎる会話にイルカとサイは顔を見合わせる。

「そ…それではカカシ先生」
「ええ。それじゃぁ行きましょう。行くぞ!ガイ!!」

イルカがこの場から離れた瞬間、それに気付いた男がうなり声を開け、ガイを大きく払う。

「ガイ先生!!」
「イルカ先生!早く行って下さい!!」

この先で男を捕らえるために準備をしている。そこまで巻物を持つイルカは連れて行かなければならない。

「イルカ。行くぞ!」
「…わかった」

その方が、ガイは無事なのだとカカシも目で言っている。カカシがここにいるのは…男との距離を開ける為。

「ご無事で!カカシ先生!ガイ先生!!」
「はいはい〜」

こんな時、いつもと変わらないカカシに安堵する。彼ならガイのことも何とかしてくれる。二人は走り出した。


「…来たぞ、紅!」
「わかってるわよ!」

アスマは向かってくる気配に組んでいた腕を解き、術を準備している川の里の忍を振り返った。

「用意は」
「すでに。いつでも行けます」

地面にクナイで縫い止められた数枚の紙。呪術系のその術式は見慣れぬものではあったが、川の里で秘術同然の拘束術だという。同盟里とはいえ、他里の前でそれを行うのだから、余程の覚悟だ。

「イルカ先生達が来たらすぐに術をかけるわよ」
「おう。頼むわ」

そう彼らが確認した直後、イルカとサイが姿を現す。
紅の指が滑らかに動き、すうっと霧のようなものが現れ、地面に縫いつけた紙を覆い隠す。川の里の忍は近くの木に飛び上がって姿を隠し、アスマは男を待ちかまえた。

「アスマ先生!」
「おう!後は任せろっ!」

すぐ傍まで迫っている男とイルカ達の間に割り込む。
獣のように口を大きく開けた男の顔に拳を入れ後ろに飛び退き、イルカ達を庇うように立ちふさがる。アスマの拳によって視界を閉じられた男ではあったが、すぐに回復すると、再びこちらに向かって走り出した。

「今だ!!」

アスマの合図に川の里の忍が一斉に印を切る!

「!?」

地面から細い蔓のようなものが何本も放たれ、男の腕、足、体を拘束していく。地面に浮かび上がった術式が、光を放ちそれが強まるたびに男が悲鳴を上げた。

「何とか捕まえたな」

地面が泥水のように変わり、男の体がずぶずぶと地面の中に沈み込んでいく。必死で男が暴れているが、彼を拘束している蔓はそう簡単に離れない。

「これで…一件落着かしら」

幻術を解いた紅が、油断なく男を見据えながら呟いた。そう願いたいねと、返したアスマは男の体が完全に地面に吸い込まれたのを見て、ふぅっと息を吐いた。

「気をつけろっ!!!アスマっ!そいつが自分にかけた結界術は予想以上に強いぞ!!!」

足止め役だったカカシが現れ、叫ぶ!
足をやられたの、太股に血が滲んでいるのがイルカの目にもわかった。そして。結界術?と問い返す暇もなく泥の中が爆発した。

「馬鹿なっ…!!!」

川の里の忍の声が響く。泥水は勿論、術式も近くの木も吹っ飛ばし、男は戻ってきた。力で引きちぎれぬ筈の蔓をぶら下げ、上忍達に向かって飛びかかってくる。

「イルカ先生!ここは俺達が食い止めますから…」
「カカシ先生!?」

逃げろと。
戦っているカカシ達を置いて行けと言われ、イルカは憤慨したように戦闘態勢を取るカカシを睨む。
幾ら彼らとの間に実力の差があるとは言え、仲間を見捨てて自分だけ助かろうとは思わない。
危険だと思える男を前にしているからこそ、自分達も戦わねばならぬのだと、瞳に力を込めると、カカシがイルカの傍に走り込んでくる。

「カカシせ…!!」
「良く聞いて下さい。イルカ先生。あの男が自分にかけた術は結界術なんです。 それがどういうことかわかりますか」
「え…?」
「あの男の周りには、つねに結果術が張られており、普通の攻撃では傷一つつけられない。ガイの攻撃が聞かないのも、術を素手で振り払えるのもそのせいだ。地面を抉るほどの腕力も、結界を強めることによって弾き飛ばしている。 そのぐらい、強い術なんですよ」
「…」
「多分、その術を破ることができるのは、対峙するようにあったもう一つの巻物だけ。俺達が時間を稼いでいる間、サイ先生と一緒にそれを解読してください。行って!!」

ドンと遠くに突き飛ばされたのと、カカシが男の横腹を蹴ったのは同時だった。

「行くぞ」
「サイっ…!!」

まだ迷っているイルカの腕を強引に掴み走るサイ。すれ違うアスマ達が笑う。
頼むぞと。

「ご無事でっ…!!」

イルカたちだけが助かればなど、諦めたわけではなかった。逆に自分達ならやってくれると、そう信じたからイルカ達を逃がす。巻物の気配が遠くなったことに男は怒りの声を上げた。

「悪いけど。ここは行き止まりだよ」
「違いねぇ」
「そうね」

立ちふさがるのは木の葉の忍。そこへ大きな笑い声。

「そうとも!必ず正義は勝ぁつ!!」
「あ。生きてたんだ。ガイ」
「当たり前だろうカカシぃ!!俺は不死身の男なのだっ!!」
「……取りあえず、勢揃いってとこだな」

アスマが構えたのを合図に、再び戦闘が始まった。



向き合いって建てられた二つの石版。

相反するもの向かい合う末路は何もなし。二つは一つであり無である。どちらを選ぶも代償は大きく、その選択を間違うことなかれ。己が”人”であること忘れぬなかれ

この術を生みだした者は一体何が言いたかったのだろうか。


気配も感じられぬほど遠い場所に来て、二人は息を整える。時々感じるのは、爆発するようなチャクラ。だが、それを意識しては冷静な判断は整わない。
巻物を開き、どさりとその場に座り込むサイ。上忍達が足止めしてくれているとはいえ、時間はあまりない。

サイが一心不乱に巻物を見つめる横で、イルカはただ気持ちを落ち着けるよう瞼を閉じる。自分達を信じ、巻物を託した彼らに答える為に、今はただ答えが出るのをひたすら待つ。

「…反するもの。同じ力を持つもの。結界術、攻撃術。何よりも強い守り手。愚かさを極め血に濡れる」

ぶつぶつと呟くサイの頭はこれ以上にないぐらい動いているのだろう、普段の任務で頭を使うことを嫌う彼でも、今回ばかりはそうも行かないように。
男が自分にかけた結界術を破るには、何としてもこの文句を解読し、字を見つけなければならない。ただひたすら文字の中に没頭しているサイは、不意にぽつりと呟いた。

「…強い…極め…どちらも強さを現す言葉。最強の守りと最強の攻撃…?」

はっとサイが顔を上げ、そうかと声を上げた。ゆっくりと目を開けたイルカは、ただ彼の導き出した答えを待つ。

「故事だ!これはそれを使った文句か!」
「サイ?」

サイは簡単に説明するぞと言って、開いた巻物を地面に置いた。

「最初の下りはこっちも、結果術の方も同じことを言っているんだ。『火は集まり、水は覆い、風は包み、地は抱く』と『白は消え、青を纏い、赤をたぎらせ、黒を選ぶ』はどちらも人のことだ。人が集まり、やがて心が育ていくこと、そしてこれは人の感情の変化を言っているんだ」
「感情…?」
「そうだ。最初は小さな火…つまり一人の人間だったが、それらが集まり手を取り合ってやがて、大地を包み込むほどの想いになるだろうと。だが、色のは反対だ。白は悲しみ、青は嘆き、赤は怒りで黒は復讐や憎むこと。相手のことを考えるのとは逆に相手を憎んでいく。それはどちらも人を差す」

そして…とサイは次の文を指さした。

「断絶を選び、他者を征服する。愚かさはその行為。その為に掲げるものは…”ム”」
「…”無”?ちょっと待て、それは変じゃないか?サイ。確か…結界術の方は…『求めしものは他。知りしものは慈しみ。清き想いは─”純”となりて何よりも勝りし守り手とならん』だぞ?当て嵌まった「純」と反対にはならない」

他者を思いやる、優しい心が純粋だと言うのなら、己の欲望を満たし、力で奪うことは「邪念」や「私欲」となるはずだ。無とはすべてが消え去り、何もなくなること。答えが”無”ならば結界術の方は「生」や「有」の方が相応しい。

「床に書かれていた文字もヒントの一つなんだろ?この二つはあくまで対等。二つが一つになった時、そこには無が生まれるということは…」
「だからさ…故事なんだよ」
「あ?」
「つまり…俺達っていうか、川の里のやつらが勘違いしてるんだよ」
「だから、何がだよ!」

一体何を言いたいのかわからず、イルカは怒った口調でサイに迫る。
いきなり故事だとか、言いだしその上、発動している結界術の答えが間違っているという。サイは小枝を拾い、地面に文字を書いた。「純」と。

「答えは”ジュン”でいい。けれど字が違うんだ。本当の文字はこっち」
「…え?どうして…?」
「そして俺達が持つ巻物の答えは”無”じゃなくて…これ」

サイが地面に書いた文字は。
「盾」と「矛」

「アカデミーの先生なら知ってるだろ?この意味」
「…最強の盾と矛を売る者に、この二つがぶつかればどうなるのか…って話だろ」
「そう、その答えは無だ。つまり…相手を想う心とすべてを破壊し尽くす憎しみの心。床に書いてあったのは忠告。強力すぎるほどの二つの術、その使い道を誤るなと。 幸せな時は、求めすぎることなかれ、苦しい時は他者を思うことを忘れぬなかれ。もしそれを忘れれば…何も残らないと。それが床に書かれてあったことなんだろ」

本当にこの術を使う必要があるのか。それが最後の手段なのか。それが本当に自分の気持ちなのか。

得たいものを間違うな。

「『白は消え、青を纏い、赤をたぎらせ、黒を選ぶ。選びしものは断。奪いしものは征。掲げしものは─”矛”となりて愚かさを極め血に濡れる』」

開いた場所に文字を入れ、サイが読み上げた途端、巻物の文句が動きだし、一列の印を記した文字へと変化した。

「これで解読完了。…どうやらちょうど良かったみたいだな」

先ほどよりも近い場所で起きた爆発音。イルカは立ち上がり、その方向を眺める。

「サイ。術の方は任せる」
「わかった。止めは…これで御願いしようかな」
「サイ?」

イルカに差し出されたのは、一振りの刀。
「焔」。

「な…んでここに」
「もしかしたらと思って、白葉に運ばせたんだよ。間に合って良かった」
「…だがサイ。これは【シキ】の刀だ。俺が…」
「ついでに火影様から、そんな危険な術はぶっ壊してこいとのお達しで。上忍には手が余ると「黒の部隊」への影の要請が来ました」

取り出したのは二つの黒い面。反対の手にはマントのようなものを持って。

「さすがに服の方は用意できませんでしたが、ま〜これで十分だろ?」

全く…何時の間に。
イルカは苦笑を落としながら、面とマントを受け取る。
マントを纏いフードを被ろうとして、髪がまだ結われているのに気付く。

「額当ては白葉に預けておく」
「ああ。よろしく、白葉」

ふわりと空からいち羽の白い鳥は、長い首を動かし優雅に舞い降りる。行儀良くイルカに頭を下げて、白葉は二人の額当てを預かり空に飛び立つ。
解かれた紐を追うように、黒い髪がこぼれ落ちる。一度軽く首を振り、常に懐に入れてある紐を取り出し、首筋で纏める。

「それでは。行くか【シキ】」
「ああ」

黒い面をつけた二人は闇の中に溶け込んだ。



うっと惜しい。男はうろちょろと動き回る人影にいい加減頭に来ていた。こんな奴らにかまけている間にも、求めるものの距離はどんどん遠くなる。
いい加減しろ。
そんな感情が爆発した途端、内の中に取り込んだ術がそれに答えた。

爆発するエネルギー。だが、男にとってそれは結界を大きくしただけに過ぎない。邪魔な奴らを弾き飛ばし、自分の周りから退ける。だが、目障りな奴らはまだ立ってきて、男は身に満ちる力をより強く解放しようとしたが。
すぐ傍に感じた。

片割れの存在。


動きを止めた男の視線を追う、木の葉の忍。幾ら実力のある忍でも、攻撃が一切効かないのであれば、舌打ちしたくなるのも仕方がない。久しぶりにぼろぼろになったと、覆面の下で小さく笑ったカカシは、男の視線を追い目を細める。

「…おやおや。ど〜やら俺達じゃ役不足ってわけね」

佇むのは一つの影。
光を背にし、仮面をつけているのでその顔を伺うことはできないが、そこにいるだけで、目を反らすことのできない存在。
黒い面。

「黒の部隊」暗部以上に闇に隠れている忍達が、そこにいた。

「…アスマ」
「おう。下がるぞ、ガイ!紅!!」
「ちょ…っといきなりなにを…」

突然戦線を離脱するようなアスマの言葉に、腕を負傷している紅が気丈にも彼を睨み付ける。こんなやられっぱなしで退けるものか。燃えたぎる瞳に、気持ちはわからなくもないと呟きながら、強引に紅の体を抱える。

「俺達の方が邪魔になる」
「な…それってどういうことっ…!?」
「見てればわかる」

アスマの言葉が終わらないうちに、ふわりと忍が男の前に移動した。
伸ばした男の腕と、付きだした刀を中心にして風が吹き荒れる!

「きゃぁっ!?」
「ちっ!!」

忍が持つ刀と男の結界が生みだした力だと、カカシは左目を開け食い入るように二人の戦いを観戦する。

「カカシ!あれが…」
「そうだ。例の部隊だ」

刀に特殊な力でも練り込まれるいるのか、男にぶつかる度に色の変わった膜のようなものがカカシ達の目に写る。チャクラ同士の反発なのか、それとも男にかけられている結界術と同じ結界の力が動いているのかはわからないが。自分達が戦った時以上のものを出しているのは確かだ。
しかし、このままでは「黒の部隊」であろうとも、男を倒せるわけはない。結局はあの結界を破らないと、男は傷つけることができないのだから。だが、そんなカカシ達の心配を余所に、その忍が懐から取り出したものは。

「あ…ちょっとアレ!?何でアイツがっ…」

イルカ達に渡した筈の巻物があの忍の手にある。現物を目の前に見せられて男の目の色が変わった。
それを忍が空へと放り投げる。

「あー……」

叶わないと自暴自棄になったのか。紅がその巻物を目で追った瞬間、彼女らの後ろから満ちるチャクラの渦。

「何?」

振り返ったアスマが見つけたのは、もう一人の忍。黒い面をつけたその忍は、最後に印を唱え終えた。

「【戦火】」

合わせた手の平から生まれた、黒い炎。最後の呟きに相応しい、負の色を抱え、一直線に飛ぶ姿は、黒い鳥にも見えた。宙を舞う巻物を手にするために、男は飛び上がった。気付いた時には、その力が目の前に迫り。
ようやく念願のものを手にした瞬間。

ガラスが砕かれるような音が響いた。

衝撃のまま、地面に落ちる男は己の体からずっと感じていた力がないことに気付いた。まさかと、目を剥いた中、視界を塞いだのは黒い面。
黒い瞳。
男から炎が吹きだした。男の体から刀を引き抜いた途端、男は真っ赤な炎に包まれた。
空高く吹き上げた炎は、ようやく手にした巻物をも包み込む。その炎によって、刀を手にした忍の仮面が白く見えた。男の最後を見守るようにその忍はその炎を見つめ続ける。
欠片ひとつも残さないほど、完全に男を灼いた炎は火の粉一つ残さず突然かき消える。途端に訪れた真っ暗な闇は、炎を見つめていた者にとってはより深まって見えたが。
黒い面を被った者達の姿はどこにもなかった。



「ぐあ〜…体が痛い…」
「筋肉痛か?まだまだ鍛錬が足りないな」
「て〜め〜ぇ〜人ごとだと思って笑って言うんじゃねぇっ!!やっぱり、お前に付き合わされるとろくなことがないんだ!!」

ようやく里が見えた頃、再び始まったサイの愚痴。うるさいと、一蹴しても良いのだが、たまにはいいかとイルカはつき合い、楽しんでいる。
別の場所で待機していた二人を迎えに来た上忍達は、この後時計塔の隠れ戸と川の里への説明に動いているため、共に里に帰ることはできなかった。
カカシが残念そうに呟き、アスマが襟元を掴んで引っ張っていったことが印象深い。

「あ〜くそ、あの術があんなにチャクラ喰うとはな…」

【戦火】と呼ばれたあの術は、サイのチャクラを殆ど奪い尽くしてしまったようだ。上忍達の前から姿を眩ました途端、倒れたサイにイルカは慌てて面とマントを白葉に預け、迎えに来たアスマ達には巻物を渡そうとしないサイに、見たこともない忍が実力行使にでたと言い訳しなくてはいけなかったが。

対極にあったあの術がそんな副作用を引き起こしたのに驚いたが、サイ曰く、あれは一人で使うものではないらしい。あれでもセーブしたというのだから、本来の威力は想像もつかない。

「くそ〜全然楽な任務じゃなかったじゃないか!俺は絶対帰ったらすぐ寝るぞ!!」
「そうできるといいな」
「お…お前はなんでそう不吉なことを…」

嫌な顔をして、サイは走り出す。もうこれ以上イルカの傍に居られるか!ということなのだろう。

まぁ、サイの言う通りとんでもない任務だったよな。教材を取りに行く筈が「黒の部隊」の任務に変わったのだから。
火影の言う通り、あの術を消したのは正解だったかもしれない。あれはあまりに大きく犠牲が伴う術だ。だからこそ、それを生みだした者は石版とその文字に意味を込めた。
人は誰もが持っている。他者を愛しむ心も、誰かを憎む心も、誤った使い方をした結果をつねに気に止めておけと。

「全く…わかりにくい」

”人”であることを忘れぬなかれ。最後の願いのような文句。その中に深い想いが籠められていたと感じるのは自分だけなのだろうか。
結界術を自分にかけて死んだ男。片方の力を得て、人でなくなった男は、もう本能だけでもう一つを手に入れようとしていた。彼にはあの忠告の願いは届かなかった。
あの二つの術が、個人ではなく沢山の人を守るために使って欲しいとの願いに気付かなかった。

「イルカ先生っ!!」
「ナルト!?どうしたんだお前…」
「へへっ木の葉丸から今日先生が帰ってるって聞いて迎えに来たんだってばよ!」

もし、巻物に書かれたあった意味に気が付いていたら男は死ななかったのだろうか。それでも変わらなかっただろうか。

「これからさ!サクラちゃんとサスケの野郎とラーメン食べに行くんだ!!カカシせんせーの奢りだからイルカ先生も行くってばよ!」
「…?カカシ先生?」
「よくわからないけど、罰なんだって!火影のじーちゃんも好きなだけ食えって言ったし!!」
「…(またなにやったんですかカカシ先生)」

屈託のない笑みを浮かべるナルトに釣られて笑い、いつものように金色の頭を撫でる。

それでもこの子を守る為なら。

きっとあの術を使うことを躊躇わない。何よりも何に変えても守りたい者だから。自分の命よりも守りたい者。

それを間違いなんで言わないでしょう?
もう永遠に開くことのない扉の中で眠る言葉に、イルカは問いかけてみた。

永遠に閉じられた扉・完(2004.8.5)