永遠に閉じられた扉

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「ああ、いたいたイルカ!」
「…?」

ようやくアカデミーの授業が終わり、受付に向かおうとしていたイルカに、同僚が駆け寄ってくる。取りあえずその場に立ち止まり、何故か息の荒い彼を訝しめば、任務が終わったばっかりなのに〜と文句を言っていた。

「そうなのか?そういえば今日居なかったよなぁ…」
「…もっと早く気付いてくれよ。ってまぁいいや今度はお前だし」
「はい?」

何だか妙なことを言われたぞ。
僅かに警戒したイルカだったが、同僚は逃がさんとばかりに腕をがしりと掴んだ。

「ほら、昨日職員会議でさ、授業で使う教材の納品が遅れるって言ってたじゃないか」
「ああ。色々事故が重なってどうしても時間がかかるとか…で?それがどうしたんだ」

何となく、嫌な予感がしたのだがここまでの会話の運びで、問い返さないいわけにもいかず。

「で、それが来るのを待つより取りに行く方が早い。…よろしく」
「え!?何で俺が!?」
「主任があみだくじで決めたそうだ。あ、一応手伝いにクラスを持っていないやつ連れて行っていいらしいから!ちなみに俺は一年の担当だから無理だ!がんばれよ!!」
「そんな馬鹿な…」

がっくりとイルカは項垂れた。



「……で俺ってわけ」

どろどろ〜と、もう怒りとしか呼べぬ代物を背負ったサイが、前を歩くイルカを睨み付ける。朝、行くぞ!と突然家に押し掛けられ、訳も分からぬうちにひっぱらだされたサイに取っては、迷惑以外何者ではなかった。それなのに。

「昨日から言えば、お前逃げるだろうし」
「てめぇには反省とか、悪かったなという感情はないのかっ!!!」
「気の毒にな…」
「ってお前が言う台詞じゃねーーー!!」

散々叫いても、どこ吹く風で歩き続けるイルカ。わかっている…わかっていたこういう奴だとは。でも。

覚えてろよ〜
密かに復讐の時を狙って、不気味に笑い続けるサイであった。



ただ平らな道だけを歩き続けて約三時間、互いに話すこともなくなり暇になって来た頃、山影の間にある街が目の前に現れた。

「やっと見えたな〜」

足を止め、ようやく見えた終わりにサイは体の底から安堵の息を吸う。

「それじゃ、さっさと終わらそうか」
「了解。ところでその遅れていた教材って何なんだ?」
「…今頃聞くなよな。式を使った授業だよ。紙にチャクラを吹き込むのを練習するんだ」
「ふ〜ん?ってことは教材は…紙ぃ?んなもん何で発注なんかしてるんだよ!練習ぐらいならその辺の紙…使い古しのコピー用紙でいいじゃねぇか!」
「…サイ。自分の基準で言うなよ…」

はぁぁとイルカは溜息をつく。何だよそれはと、むっとしているサイだったが、彼は式紙を作り出す才能が飛び抜けているという自覚がないらしい。

「お前なら、無駄な術式を省き、微妙なチャクラの吹き込み方も慣れているだろうけど、アカデミーの生徒にそんなさじ加減を期待するのは無理だろ。第一、コピー用紙なんて…俺にだって無理だ」
「何でだよ。確かに、式専用の紙よりは質も落ちるし、形にしにくいけど…」
「あんな荒い繊維でできた紙でできるか!!式というのは、紙の繊維にチャクラを吹き込んで、その形を変化させるもんだろう!長さや太さがバラバラの繊維じゃ、真っ直ぐの棒に作り替えるのだって難しいんだぞ。そんなことができるのはお前ぐらいだ」
「……そうなのか?」
「って気付いてなかったのか?」
「いやぁ…下手だなぁとは思ってたんだけど」

お前と比べたら、誰だって下手だよ。
そこに紙が在ればどんなものでも作り出せる。勿論、紙の質によって制限はあるものの、紙から最大限のものを引き出すのは天才的だ。最近では、いちいち任務の度に作るのはチャクラの無駄だと、手抜きなのか、効率が良いからなのか、色々変なことをやり始めているらしいが。

「…お前に式の授業は無理だな」

こうやるとほらできる。そんな一言で終わるような気がしてならない。

「…ってイルカ。俺に押しつける気だったのか。お前」
「……いやぁ。時間がありそうだなぁと」
「俺は絶対体術以外やらんっ!!!」

つい口が滑ったイルカは、笑って誤魔化すがサイの怒りは今回の任務に引きずられたのもあって一向に治る気配はなかった。

「失敗したな」
「だから反省しろって言ってるだろうが!お前は!!」



昼間だというのに人通りの多い道を何とか歩き、中心部に近づいて来た頃、目的の店が見えた。赤い瓦屋根に「忍」の一文字が書かれたどでかい看板。その下には店のキャッチフレーズなのか、「いつでもどこでも最高の忍グッズを提供!!」と書かれていた。

「…グッズって…何かな〜おもちゃみたいな感じしないか?」
「細かいことを気にするなよ。さっさと行こう」

え〜と看板を見て不満げな声を上げているサイ。普段はぼけっとしている彼でも、子供しか引かれないようなキャッチフレーズは面白くないらしい。
その場にサイを残して、一足先にのれんをくぐる。カウンターにいた店員がいらっしゃいませと明るい声を出したと同時に、イルカの顔を見てあっと叫んだ。

「木の葉の方ですね!お待ちしてました!この度は本当に申し訳ありません。ただいま品を持って参ります!」
「…あ〜はい」

イルカが言葉を返す暇もなく、店の奥に引っ込んでいった店員。イルカは小さく溜息をつきながら、取りあえずぐるりと店の中を見回す。
壁には「クナイ一本から注文承ります!詳しくはお気軽に相談を!」とか、巻物に使う紙の名が書かれた張り紙が幾つもあった。忍具を里内で調達しているイルカは、こういう場所で買ったことはない。馴染みに頼めば、イルカの好みは勿論使いやすいようにアレンジしてくれるからだ。それは他の忍達も同じだろうし…一体どんな人が買っていくんだろう。そんなことを思っていると、息を切らした店員が白い箱を持って戻ってきた。

「すみませんでした。どうぞご確認下さい」
「では」

箱を開けると、何も書かれていない真っ白な紙の束が現れた。紙に触ると、でこぼこもないするりとした感触が指に伝わってくる。

うん。すごい素直な感じがする。これなら未熟な子供達のチャクラも受け取ってくれるだろう。

「確かに」
「はい!それではすぐにお包みしますね!」

自分の店の品に自信を持っていても、やはり受け取った人の満足した顔が見れるまで心配だったのだろう。本当に嬉しそうに笑いながら、箱を締め、封印の札を貼る。これで例え落としても、開封の言葉を言わない限り箱が開くことはない。

「本当に木の葉の方にはご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「いえ…事故が重なったと聞きましたが?」
「そうなんですよ…全くうちも困りましたよ…」

はぁっと深い溜息をついた店員は、愚痴るように事の次第を話し始めた。

「注文したのは、三ヶ月も前なのに、急に間に合いそうもないなんて言われて、慌てて交渉しに行けば、しぶしぶ了承するし。一体商売を何だと思ってるんでしょうかね。ようやくできたと聞き取りに行こうとすれば、土砂崩れで道は塞がれ、あれは街の自警団なんでしょうかねぇ。何度検問を受けたことか。行きも帰りもですよ!品物を受け取る時も身分証を確認されるし…取りに行くだけで一苦労。まぁ妙な雰囲気でしたよ。帰ってきたのは今朝何ですよ〜もう疲れました」
「それは…災難でしたね」
「取りに来てくださって本当に良かったです。これから木の葉に行くとなると…私たちの足なら明後日以降になってしまいますから。それでは期日に間に合いませんし。本当にお渡しできた良かったですよ〜あ、こちらにサインを御願いします」

イルカが名前を書くと、受け渡しは本当に終わったと店員は安堵の笑みを見せた。

「しかし、そことはずっとつき合いがあるんですよね?確か…川の里とか呼ばれる忍の村だとか」
「ええ、よくご存じで。忍の里とは言っていますが、道具を作ることの方で栄えてますよ。仕事も丁寧だし、まぁ頑固が球に傷ってやつですがね…そっち方面では有名で弟子要りする者もおおいとか」
「自分の里以外の者に技術を教えるなんて珍しのでは?」
「そうですね。でもあそこが有名なのは、忍の道具だけではありませんから。音のなる箱だとか、変な乗り物だとか色々やってますよ。発明の村と呼ぶ者もいますがね。ありがとうございました」

深々とお辞儀する店員に礼を返し、店を出たイルカは外のベンチに座って大あくびをしているサイに苦笑する。

「終わったぞ」
「ん〜…お前に起こされたから眠い…それ?」
「ああ。封印の札を貼ったから見れないぞ。さてと、じゃ宿に向かおうか。一日宿泊する許可は頂いているからな」
「え!そうなのか!?……さすが火影様太っ腹!とか言いたいけどよ。な〜んか嫌な予感するんだよな」
「…素直に喜べよ。火影様の心遣いを疑うなよ」

そう言ったものの、実はイルカも同じ事を思っていて。

無事に帰れるよな?
不意に先ほど聞いた川の里のことが頭に蘇った。



「えええ〜それはないってばよ!!」

ナルトは両腕をぐるぐると回し声を上げたが、怒る相手は目の前に居らず、ぶつけることができない。

「…あいかわらず巫山戯た野郎だ…」

冷静さを装っているものの、ぴくぴくとサスケの眉が動いている。彼もかなり怒っているらしい。

「…5時間も待たせた挙げ句に、今日は自主トレ〜なんて…どういうことかしらぁ?」
「…それは拙者に言われても困る。カカシの伝言を伝えに来ただけだしな。ではこれで…」

ガシリ。
踵を消そうとしたパックンの尻尾を掴んだサクラ。おそるおそる振り向けば、満面の笑み。しかし…彼女から立ち上っているのはまさしく殺気。

「カカシ先生に伝えてくれる?楽しみに帰ってきてねって」
「…承知した」

何を考えているのか、笑いながらサクラはようやく手を離した。パックンはぶるぶると震えながら、主人の下へ一目散に向かったのだった。




ぞくり。

「…なんだカカシ風邪か?なさけねぇな」
「んなわけないでしょ。アスマじゃあるまいし」
「大方ガキどもが文句を言っているのかもな」

クククとタバコを加えて笑うアスマに肩を竦めて、カカシは一度足を止める。行けども行けども木しかない鬱蒼とした山。感じられるのは動物達の気配と息づかい。それもすべてこの山に住んでいる生き物のものだけ。

「あっちはどうなってるのかね〜」
「何の動きも無いところを見ると、まだ見つけてないんだろうさ。ったく…」

ちぃっと舌打ちして、珍しくも苛だたしげな目をするアスマ。いつも余裕を体に来ているような彼には珍しいことだ。

「ん〜アスマ。腹が減っているからって木を食べたって美味しくないよ〜」
「誰が木なんて食うかっ!!」
「え〜だってずっと目の前の木見てるじゃない。そのうちバリバリって木の皮を剥がして食べ出すんじゃないかって…」
「てめぇじゃあるまいし、すっか!んなこと!とっとと行くぞ!!」
「はいはい」

わざと溜息をつけば、付き合ってられんとアスマが呟き走り出す。それに遅れることなく走り出したカカシは、目の前にある大きな背中をじっと見た。


彼らがその場面に出会ったのは偶然だった。
任務帰りに、たまたま他の里の忍を見かけた。警戒しつつも、相手の任務中には手出しをしないことが暗黙の了解となっている忍の世界。当然アスマ達も素知らぬ振りで通り過ぎようと思っていたが。

「ぎゃ、あ、ああ」

ぶちりと切れたような悲鳴の声。それを聞いた彼らは喉が潰されたのだと悟る。途端に流れてくる濃厚な血の香り。同じく任務についてた紅とガイが眉をしかめる。

「むぅ。血の臭いで気分が悪くなりそうだな」
「ちょっと…この量は尋常じゃないんじゃない?」
「おいおい。てめーら…後は帰るだけなんだぞ?面倒なことに…」
「あら、アスマ。気になることは調べるのも忍の鉄則よ。後にこれが木の葉に関わってくるかもしれないじゃない」
「そうだぞ!後手に回っては示しがつかーん!行くぞ!」
「ま…てめぇらっ!」

ガイが訳のわからない理由を告げて走り出し、紅も続く。がーっとその場で唸っていたアスマも、仕方がないとばかりにそれを追ったが。
それは良かったのか、悪かったのか。
アスマにはわからなかった。


累々と倒れ伏す屍の中で、ただ一人だけがその場に立っていた。全身を赤で染め、濃い臭いを立ち上らせて、彼は笑っていた。
その目が、動く。

「ひぃ…っ!!」

がたがたと、背後にある木に阻まれてそれ以上逃げることができなくなった少年。わざと最後まで生き残らされて、自分と共にいた者や、先ほどまで話し合っていた仲間が殺されるのをワザと見せられていた。耳を塞いでも塞いでも聞こえてきた悲鳴と、笑い声。吹き飛ばされる体の破片を一気に見せつけられて、その事実から逃げ出すことを許さず、立っているこの惨事を引き起こした人物は。

「最後だ」

獲物を見つけた獣のように、唇についた血を舐める。

「っ…あ…あ…」

恐怖で動けない。がさがさと足を揺らすだけで、立つこともできない体。なんとかクナイを構えたもののそれ以上はどうすることもできず。死を誘う手がゆっくり伸びてくるのを、待つしかできない。

「だ…れか…」

掠れた声は声に鳴らず。それを聞いにやりと笑う…

「!?」

ばっとその場から飛び抜くと、クナイが地面に刺さる。横からは風を切る音が聞こえ、横っ腹に衝撃を受け吹っ飛んだ。

「むう。半分しか入らなかったか」
「勝手に飛び出すんじゃないわよ!」

少年の前に立ちふさがるように立った紅は、むくりと起きあがった人影を睨み付けた。
自分達は正義の味方ではない。だから、例え少年が殺されそうになっていても、他の忍が関わっている任務に首を突っ込むことはしないつもりだった。だが、だがあまりにも尋常でない男の様子にガイは飛び出してしまったのだが。

「…何よアイツ」

伸び放題の髪。その隙間から見える目だけが異様にぎらついていた。半分とは言え、ガイの蹴りを食らって於きながら何事も無かったように立つ男。

「来るぞ!」
「わかってるわ!」

突進してくる相手を交わし、体を捻り男の体に蹴りを繰り出す。今度は見事に決まり、バキっと音が聞こえたが、男は尚もスピードを緩めずガイへと向かってくる。

「ヒットぉぉぉ!!」

男の顔面に拳を入れたガイ。鈍い音がして、男がぐらついたが、ガイは自分の手が痺れていることに気付いた。

うぬっ!?何だこの固さはっ!
「どいて!!」

紅が叫び、ガイが飛び退くと辺り一面霧に覆われる。幻術を発動させた紅は、霧に包まれ身動きが取れない内に相手を仕留めようとしたが。

「どけぇっ!!紅っ!!!」
「アスマっ!?」

ドォォォン!!

気付けばアスマに抱えられていた紅。一体何が起こったのと自分の居た場所に視線を向け…
絶句する。

男の腕が地面に突き刺さっていた。その腕のあるところはヒビが入っているうえに陥没している。

「何よ…あれっ!!」
「ううむ…人間業ではないな」

悔しそうに呟いたガイの腕には、気絶している少年が抱えられていた。木の枝に降り立った彼らをゆっくりと男が振り返る。
自分の圧倒的な力に酔っている笑みを浮かべて。

「薬でも使ってんのかよ。普通じゃねぇ」
「うむ。油断は禁物だぞ!」

少年を紅に預け、体勢を整えたガイとアスマだったが。突然男が苦しげに唸り、獣のように叫んだ。

「きゃぁっ!!何よこの声っ!!」
「ぐわっ!耳がっ!」
「ちぃっ!!」

しばらくしてようやく終わった声に目を開ければ、そこに男の姿はなかった。そこにあったのは、引き裂かれ、動くことのなくなった忍達の体だけだった。


人間のすることじゃねぇ。
戦場を駆け回り、それなりに酷い場面を幾度も見たアスマが言うのだ。それはよほど凄惨な場面だったのだろう。少年は助かったものの、今だ精神に異常を来たしたままで回復は相当難しいらしい。数日後、その少年の里から木の葉へと伝えられたのは。

術を奪い里を抜けた男を始末する協力要請だった。


「ねぇアスマ。そろそろ引き上げない?ただこの辺を廻っていてもしょうがないでしょ」
「…そうだな。紅達と合流するか」
「けどさぁ。何でこの街の付近に居るって川の里の奴らは言ってるわけ?まだ何を隠しているんだか」
「そういやぁ、今日川の里から合流してくる奴らがいるって言ってたな。 そいつらが何か知ってるんだろ」
「素直に吐けばいいけど」

木の葉の里だけに任せてはおけない何か。できれば同盟里の木の葉にさえ関わって欲しくないのだろう。

川の里。
術を始めとする数々の発明品で有名な職人の集う場所。

彼らに何が起こったのだろうか?

(2004.7.23)