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その時、火影は煙管を吹かしながら、傍にいる忍達と中忍試験の今後を話し合っている最中だった。しかし、不意に火影は言葉を止め目を鋭く変える。そんな里長の様子に気づいた護衛達は、命令を出される前に警戒態勢を取り、自然と動くことに有利な場所へと移動を始める。
「三代目」
火影と話していた男が、話を止め書類から顔を上げる。どうしましたかと、周りを代表する形で問いかけようとしたが、その前にようやく彼も感じ取ったようだった。
「…どういうことだ」
わずかに感じたのは、高まりすぐに消えたチャクラ。しかもこの塔のすぐ近くで。 それに自然と眉が寄る。 この塔の周りには、火影の護衛の暗部と受験者を待つ忍達が集まっている。受験者を待つ忍達はほどんど中忍で、塔の中に待機しているから外にいるのは、火影とともに来た暗部のみのはずだった。その彼らの気配が一つ、二つと消え始めている。
「三代目」 「…うむ」
男の意味を察したように、火影は立ち上がった。何か尋常でないことが起きている。男が傍にいる忍達に命令を下そうとした時…
「ぎゃあああっ!!!」
扉の外から悲鳴。そして開けはなれた扉。ざっと火影の前に立ちふさがった忍達。だが…
「な…!?」
そこには誰もいない。 いるのは、扉の前に立っていた忍の事切れた姿。決して広くはない、しかも隠れるところもない一本の通路に、彼らの想像していた姿はなかった。 それにはさすがの火影も目を見開く。 だが、火影と男は感じ取っていた。すぐ傍にいる気配に。
ヒュン。
風を切る音に、男の体が自然と動き、クナイを持つ手を振り上げた。
ギィン!
クナイを振り上げた場所から響いてきた鋼の音に、男はぎょっとする。
どういうことだっ!? 男が驚愕するのもムリはない。何故ならば、その場所には何もないのだ。 放たれた武器も、敵の姿も。
何一つないはずなのに、何故攻撃を防いだ音がするのだ? 自分達は幻術にでも
でもかかっているのか!? 彼らがそう動揺するのもムリはないほど、今の状況は奇異に満ちている。だが、その中でやはり火影はただ1人冷静にこの状況を見定めようと静観している。それが、パニックになりそうな忍達の心をどうにか正常に保っていた。しかし、何もないところから次々と仕掛けられる攻撃をなんとか防いでいるものの、次第に追い詰められているような気がするのは、どういうことなのか。 焦りか、不安か。 火影の傍を守る精鋭であるはずの自分達が、押されている。男はちぃっと舌打ちして、ぐっと足に力を入れる。 殺気は感じるのに、気配が中々見えてこない。しかも、眼に疲れでも溜まっているのか、先ほどから黒いもやっとしたものが眼を掠めて邪魔だ。 ごしっと目元を何度擦っても、それは消えない。男が警戒する中、ぶわりとそれが広がったように見えた。
「眼に頼るなっ!敵の気配だけを感じよっ!!!」
火影の叱咤に、護衛の忍達が一斉に背を正す。まるでそれをあざ笑うように黒いもやが膨れ上がった。
「ぎゃぁぁぁっ!!!」
血しぶきがあがり、びっとそれが壁に飛んだ。 突然血をごほりと吐き出す人間が現れ、どさりと倒れる。あっけに取られる護衛の忍達は、その後ろにいた小さな影に気づき、ざっと殺気を放つ。ようやく姿を見せた敵だと、何人かの忍がそのものに飛びかかろうとした瞬間。
「…ご無事でしたか」 「…シオンか」
大きな布で全身を隠したその者は、火影の言葉に頷いた。わずかに見える口元と首の辺りに見える額当て。そこには木の葉のマークが刻まれている。
味方…? まだ少年の域であろう声をした人物は、顔を見られないように男の視線から顔を逸らす。
「…下にいた暗部の方々は皆殉職されました。今他のものが相手をしております。決してここから動かぬよう願います」 「わかった」 「では」
すっと消えた人物を、護衛たちは呆然と見送るしかなかった。 眼を下に向ければ、そこには黒い忍服に身を包み事切れた忍。額当てには何も刻まれて居らず、何者かもわからない。いや、これがどこから現れたのか、今の彼らには全く検討がつかなかった。
「扉を閉めよ」
火影の声に、1人の忍が慌ててそれを閉めた。物言いたげな護衛たちに背を向け、椅子に座ると再び煙管を吹かせ始める。
「…火影様」 「報告を待つだけじゃ、焦る必要はない」
そう言われて、男は何もいえなくなる。 男の脳裏には、不可思議な術を使ってここまで忍び込んだ忍の姿と、それをいともたやすく倒した子供のことが離れなかった。
「こういうのっ!アンタの方が得意なんじゃないのっ!」
ズバリと落ちていた忍刀を手にしたツバキが殺気のある方角へと振り下ろす。
「冗談っ!こんなわけのわからない奴らと友達になった覚えはねぇっ!」
同じく殺気の方角へとクナイを放ったサイだが、やはり攻撃は届かなかった。
「ああもうっ!うざすぎっ!」
ついに癇癪を起こしたツバキが、突然複雑な印をすごい早さで切っていく。
「何っ…」 「すべて焼き払えば早いのよっ!!!」
どぉんとツバキの手元から、炎の渦が3つほど現れ、次々と辺りを焼いていく。その威力と手当たり次第の攻撃に、サイは唖然としていた。
「…ばっ!!!何やってるんだよっ!てめぇっ!!!んな目立つ術使うなっ!!」 「るさいっ!」 「うるさいじゃねぇっ!この破壊魔っ!!!この後始末だれがすんだよっ!!!」 「知らないわよ!」 「ちょっと…何やってるんだよ」
不機嫌な声が聞こえ、2人の足下から水が噴き出した。きゃあっとツバキが悲鳴を上げ、彼女が使っていた術の効力が切れる。
「文句はこの女に言えっ!!とんでもねーことするっ!!!」 「うるさいわね!!!敵を倒せばいいのよ!倒せば!!!」 「って、全然減ってないけどね!」
イルカの手首が閃くと、何もない空間から悲鳴と人間が現れ、2人はぎょっとした。
「こいつらに術ってあんまり効かないみたいだよ。それよりも気配を感じ取って倒す方が早い!」
そう言い置いて、駆けだしていくイルカ。サイはりょーかいと答えて、彼もどこかに走り出す。
「…ちょっと…待ちなさいよっ!!!」
自分の使った術の効力がないと言われたばかりか、取り残されてしまったことに彼女は猛然と怒り始める。ツバキは自然破壊した場所に背を向け、負けてなるものかと、2人の後を追い始めた。
何も言わぬ姿で、草むらに眠るかつてのスリーマンセルの友人。 未来を見ていたはずの瞳に、もう2度と輝きは戻ってこない。 死んだ彼らから感じられる異質なチャクラ。いつの間にか幻術をかけられて、無意識に彼らを手引きしたのだろうとの暗部の見立てに、イルカは何もいわずただ彼らを見つめていた。
「シオン」 「…わかっている」
「黒の部隊」の装束に身を包み、今回の事後処理に当たっていたイルカ達。 悔恨だけが胸に響く。 会話をしたのに、笑いあって、肩を叩いて、がんばれよと別れたのに気づかなかった。 何も気づかないで…見過ごした。 相手が未知の敵だからとか、手馴れの暗部でも気づかなかったとか、そんな慰めはいらない。 胸に湧き上がるのは怒りだけ。
彼らを陥れ、救えなかった自分への怒りだけが胸に燻る。
「おまえだけじゃないさ」
背後からぽつりと呟いたサイの言葉に、ツバキはくるりと背を向けどこかに消える。何もできないで悔しいのは、自分達も同じだとその思いをこめて。 次に会った時は、いや見つけた時は絶対に逃がさないと誓いながら。
「まったく…焦ったわ」
目の前で苦笑する男を見ながら、火影は大げさに肩をすくめてみせる。それが火影の会話の始め方なのだと知っている彼は、それに無言で頷いていた。だが火影がすっと表情を消した途端、彼も笑みを消し去り懐から一枚の紙を取り出す。
「先ほど届いた報告書です」 「皮肉なものじゃの。こうして侵入を許した途端、奴らのことがわかるのだから…」 「申し訳ございません」 「何、責めているわけではない。お前達がよくやってくれているのは十分承知じゃ。ただな」
護衛していた暗部5名と木の葉の下忍3名が殉職してしまった。もっと早く情報を掴んでいれば、全員とはいかなくとも犠牲者は少なかったのではないか。
「…どうも年をなると後悔ばかりでいかぬ」
ふっと笑って報告書に目を通す火影は、それを机の上に置くと男を見上げた。
「『闇霧』とな…」 「はい、ようやく奴らがそう呼ぶことを突き止めました。最初何を差しているのかと思ったのですが、どうやら特殊な力をそのまま自分達に当てはめているようですね」 「うむ。突然何もないところから表せる様は驚いたわ。気配もほとんどせぬ、攻撃する時に殺気は感じられるがな…あれでは、わしの水晶玉でも感知するのは難しい」 「…イルカ…がまるで黒い霧の中から現れたようだと言っていましたね」 「うむ。あそこであやつがこなければ、少々不味い事態になっていたかもしれぬ、ねぎらっておいてくれ」 「はい」 「奴らが木の葉に来た意味も、至急探らねばならん。頼むぞ【シキ】」 「はい」
なだらかな黒髪を持つ30代中頃の男は、軽く頭を下げるとふわりと消え去った。
「お…とこれを言うのを忘れいたわ」
シキから受け取った書類の下にあったのは、第2試験の合格者名簿。そこに載っている3人の名を見て、彼らが次の試験に合格し、見事中忍になるであろうことを火影は確信していた。
忍び寄るモノ ・完(2003.11.17)
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