灯る光


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「見逃すなよ」

ツキヤの言葉に承諾の返事が重なり、彼の部下達はツキヤを追い越していった。ツキヤは最後尾を走りながら、いつの間にか姿が見えなくなっていたシオンを探す。

…どこだ…?
「…何か」

ツキヤの頭上から声を落ちてきた。これが敵だったら、一瞬で死んでいたなと苦い思いを抱き、わずかに動かした顎で、近くに来るよう促す。

「お前はサポートに徹してくれるか。俺達が手に負えなくなった時だけ手を貸してくれ」
「…わかりました」

そう返答したシオンの声にはわずかに驚きが含まれていた。ツキヤはそれに気づき、何だと問い返すと、彼は躊躇しながらも言葉を紡いだ。

「手を貸せと申されるとは思いませんでしたので」
「ああ、邪魔はせず後ろで見ていろと言われるとでも思ったか」

こくりと頷いたシオンに、ツキヤは面の下から笑い声を出す。

「まぁ、大抵の奴ならそう言うだろうな。…お前の面に対抗意識も持って。だが、俺は臆病な奴でな。俺は死ぬのか嫌だから、死なないためにはどうすればいいのか考える。どれだけ部下を無事に帰還させることができるかを考える。…そのためにはお前も遠慮なく利用しようって腹さ」

くくく…と笑うツキヤにシオンは感心したように首を振った。

「…おい…そこは感心する場所じゃ…」
「命の重さを知っている言葉をどう卑下しろと?貴方は指揮官として正しい。それは暗部でも関係ないはずです」
「………」
「だからと言って、貴方は任務を疎かにしたり、自分が助かるために卑怯なマネをしない方です。逆に妙なプライドを持ち、引き際を見極められない者のほうがやっかいです。それは任務を失敗させるばかりか、里に脅威をもたらします。違いますか」
「いや…そうだろうが…」
「貴方のような方の下で働ける忍は恵まれています」

…まさかここまで褒められるとは思ってもいなかった。
ツキヤは絶句しながら、自分と同じスピードで走る忍を眺めた。まだ若いのに、道理を知っている。何を生かしそのためにどうすれば良いのかも。

…さすがは「黒の部隊」ということか。
こちらが勝手に抱く敵意や嫉妬など、気にとめることなどせず、今自分がすべき最優先をちゃんと見ている。どこにいてもどのような状況でも、冷静さを失わない。
…これが彼らを最強と呼ばせている由縁なのだろうか。

「どうやら、迎えが来ていたようですね」
「…ああ」

一気に膨れあがった殺気。二人は躊躇もせず、そこへ飛び込んで行った。



ツキヤがその場所に着いた時、すでに戦闘は始まっていた。雲の国の忍は自分たちと同じ8名。その一個部隊は暗部という盛大なお迎えだ。雲の国の忍の後ろに、木の葉の額あてをした暗部2名と上忍が一人。中忍もいたと聞いていたのだが、彼らは部下たちがもう始末してしまったようだった。
ツキヤはぐったりと動かない子供を抱えた暗部をじっと見る。…彼は何度か一緒に任務をこなしたことがあった。別に親かったわけではないが、彼と組む仕事はいつもやりやすかった覚えがある。抜け忍になるような奴には見えなかった…何が彼をそこまで追いつめたのだろうと思う。

だけどな?裏切ったら終わりなんだよ。
どれだけ一緒にいても、どれだけ親しくても、忍の世界に身を置くものは、里を裏切ってはならない。それはすなわち死を意味するから。里は裏切った者を絶対許さない…絶対に…
ギィンとぶつかり合う鉄の音と、チャクラのぶつかり合う気配。ツキヤは雲の国の忍との戦いを部下に任せ、彼は裏切り者への元へ向かう。自分たちの目的は雲の国の忍との戦いではなく、彼らを始末することなのだから。しかし、相手もそれをわかっているのだろう、ツキヤの前に立ちふさがる。

「…邪魔だ!」
「ぐあっ!!!」

ツキヤは雲の国の忍をすぐさま切り捨て、彼の意をくみ取り、道を作ろうとしている部下達の間を抜って行く。

「…来たぞ」
「あいつか…」

こちらに向かってくる木の葉の暗部を見て、元暗部の二人は小さく舌打ちしあった。彼とは何度も任務を一緒にこなしただけあって実力は十分知っている。味方の時は頼もしいが、こうやって敵の立場になってしまうとやっかいだとしか言いようがない。ナルトを上忍に預け、二人の暗部はツキヤを迎え撃つ。上忍が瞬きした瞬間には、すでに彼らの姿はここになかった。

(2003.4.15)





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時間がたつにつれ、形勢は木の葉の忍の方が勝ってきた。しかし、双方暗部を同士の戦いとあって、無傷の者はいない。その中、一人後方にいる上忍はどうすればいいのか悩んでいた。

くそ…逃げ切れるか!?
自分の腕にいる忌々しい九尾の子供を睨み、このまま首を絞めてしまいたい衝動を何とか抑え、彼は走り出す。

こんな所で殺られてたまるか…!!!
自分はまだこんな所で死ぬ忍ではない。雲の国で自分の実力を示し、のし上がっていくのだから…!!!!
やがて戦闘の気配が遠ざかったのを感じ、上忍はほっとして笑みを浮かべた。だが、その声は突然降ってきた。

「どこへ行く気?」

ざぁっと枯れ落ちた木の葉が舞う。視界を防がれた上忍はクナイを構え、戦闘態勢を取った。

いつの間に…!?
ふっと何故か体が後ろへと動いた。その瞬間、腹辺りの服が風圧で破れたように切れる。殺気どころか気配さえ感じない攻撃に、上忍の背に嫌な汗が流れる。
慎重に後ろに下がり、トンと木の幹に背をつけ、相手を捜す。

「…逃げられると思っていたんですか?」
「!?」

上を見上げれば、その木の枝に、完全に己と森を一体化させている年若い暗部が一人、こちらを見下ろしていた。

「くっ…!!!」

すぐさまその場から離れ、印を切ろうとしたのだが、彼の手はナルトを抱えているため塞がっている。この子供を雲の国に渡さなければならないことは承知しているが、それよりも自分の命を最優先とした上忍は、ナルトを投げ捨てた。
ドサリと幼い体は地面に叩きつけられるはずだった。だが、いつまでたってもその音は聞こえない。

「…勝手な方々ですね」

押し殺しているが、その声の中にははっきりと怒りの感情が含まれている。上忍が声の方に体を向けると、あの忍の腕には大切そうにナルトが抱きかかえられていた。

チャンスだ…!!!!
ナルトを抱えているせいで、奴は術が使えない!上忍はくくっと笑い声をあげ、両手を動かそうとした。だが、その首には冷たい鉄の感触。

「かげっ…!!!!」

影分身。最後まで言うことができずに、上忍の体は地面に落ちる。彼が最後に目にしたのは、始めてそして最後に見た黒い面だった…

「ナルト…」

深い眠りの中にいる、幼い子供を抱きしめて、イルカは安堵のため息を吐く。ようやくこの腕の中に帰ってきたと、生きている証である、暖かい体温にそっと触れた。
本当は、今すぐ術を説いて声を聞きたい。
あの青い大きな瞳を見たい。
だけど、今の自分の姿は彼に恐怖を与えるしかないだろう…

面を外したイルカは優しい笑みを浮かべていた。
何が起こったのか、全く知らないナルトの寝顔にくすくすと笑い声を出して。今は暗くて見えないが、柔らかい太陽のような金色の髪をゆっくりなでて、もう大丈夫だからねと何度も声をかける。
そこにはもう「黒の部隊」に所属する忍の姿はなく、年相応の、兄が弟を見守っているような少年がいるだけだった。

「さぁ、帰ろうか。里へ」

朝になれば、ナルトは目を覚まし、自分を見つけるだろう。そして一日中まとわりついて、前と同じように遊ぶだろう。


そしてまた旅立つのだ。戦場へと。


「ナルト、お前がいるからこそ俺は生きてるんだよ」

生き続けようと思うんだ。どんなに苦しく辛い時でも。太陽のような笑顔があり続けるからこそ。
きっと、ナルトはそんなことを気づきもしないだろうけど。

イルカは再び黒い面を付け、どうやら決着のついたらしい戦場へと踵を返した。


「お帰り」

3日という短い休暇を終えたイルカを出迎えたのは、サヤカの優しい笑顔。それにただいまと返し、イルカは今日で見るのも最後となる、森の中に建てられた家を見上げた。

「お、イルカもう戻ってたのか?早いなぁ」

レツヤが関心したように頷く。

「サイは?」
「まだだ。でもすぐ来るだろ。所でイルカ。お前何しに里に帰ったんだよ。休暇じゃなかったのかよ」
「そ…それは…」
「そんな時まで仕事なんかするなよなぁ…ま、お前らしいけど」

火影から話を聞いたのだろうか。見ればサヤカもくすくすと笑っている。何だか罰が悪い思いで、鼻をこすりごまかすように笑った。

「結局、あいつらは雲の国奴らに唆されたってことか?」
「何かしら不満を溜めていたようね。自分の実力に見合わない任務ばかりに辟易したってところかした…まったくこれだから変にプライドを持つ奴は嫌なのよ」
「お?何か嫌な思いででもあるんですか、サヤカさん」
「前にね、一度上忍達のサポートで入ったんだけど…もう私なんか必要ないって態度でね。手柄を独り占めさせてなるものかと、こっちの邪魔ばかりしてまず、敵よりもそいつらをぶちのめしたかったわ」
「うわっ怖い〜その辺イルカは大丈夫だったのか?」
「ええ。暗部の隊長…ツキヤさんと言う方なんですが、俺にも色々気を使って下さってとても良い方でした」
「ツキヤ!?ああ!あいつか!ならそうだな。あいつなら大丈夫だよ」
「知ってるの?レツヤ」
「ああ。暗部の中でもかなりの実力者なのに、その腕をひけらかさない人格者さ。他人に興味を示さない暗部連中も、あいつには一目置いてるって話だからな」
「そんなにすごい人だったんですか」
「あいつが暗部のまとめ役になったらすげいいだろうな」

そうこう話しているうちに、こちらに近づいてくる一つの気配。ようやく来たかと、姿が見えるのを待っていると、次第に大きくなってきた人物は軽く手を挙げた。

「遅いぞ、お前〜!」
「何だよ!時間には間に合っただろうが!」
「お帰り、サイ」
「あ…ただいま、サヤカさん」
「何照れてるの?サイ。うわっ!冗談だって…お帰り、サイ」
「妙なこと言うなよな!ったく…ただいま」

一頻り言葉を交わしあった後、行きましょうかとサヤカが言った。その言葉に気を引き締めるイルカとサイ。

「二人とも、その胸に再び灯した光を絶対に忘れないでね」

たった3日間だけの休息。だが、二人の決意を新たなものへとかえるには十分な時間。頷き返した二人をサヤカは満足そうに見て、彼らはこの森を後にした。

灯る光・完(2003.4.17)