灯る光


T  U  V  


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闇を駆ける。
今宵は新月。普段は闇を照らしてくれる月も光を消し、忍にとっては仕事のやりやすい夜だ。だが、ぼうっと見える月の姿はどこか無気味で落ち着かない。
イルカはそんな思いを持ちながら、家の屋根を音もなく走りぬけた。

「遅い」
「悪い」

一人の忍が身を家の壁によしかけながら呟いた。彼に詫びの言葉を陳べると、仕方が無いというように肩を竦める。

「んじゃ、さっさと行こうぜ?またあいつに文句言われたらたまんないからなぁ」
「だなぁ」

二人は面の下で苦笑し、再び闇を駆け抜けた。

イルカとサイが「黒の部隊」の一員となって半年。ようやく「黒の部隊」である黒の面をつけ、任務へ赴くことができるようになった。だが、そこに至るまでは地獄のような訓練を潜り抜けなければなかった。
二人はペアを組むことを前提とされた。
本試験の前に組んでいたお陰で呼吸は合っていたとはいえ、実際の訓練を前にしては甘いとしか言えない。
二人の相手は「黒の部隊」の誰かがしてくれる。最初から手加減など一切なく、動けなくなる寸前まで痛みつけられ、二人は2,3日起き上がれなくなった。だが、それを癒す時間など与えられず、動けないなら精神の鍛錬を。薬草の知識を。術の解読を。
次々と渡される課題に、悲鳴をあげたくなった。
だが、一週間に一度は休みが与えられ、その時は二人ともまるで貪るように眠りにつく。そんな日々がずっと続いていたのだ。
いつも限界、死ぬ一歩手前ぎりぎりの日々。体は薬で治るが、精神はそうはいかない。何度も何度も弱気になった。だが、その度に頭に浮かぶのは里にいる子供のこと。そのお陰でもっているようなものだった。
心に大切なものがないと耐えられない。
それは事実だと、改めて思うイルカ。
ナルトの存在と一緒にこの苦しみを乗り越えようとするサイの存在。それがあったからこそ、今日までこれたのだと思えるのだ。

「20点〜」

戻った二人を出迎えたレツヤの言葉に、イルカとサイは憮然となった。

「ちょっと待てよ!!それって低すぎだろっ!!!」
「ええ〜妥当だよなぁ?サヤカ」
「そうね。30点なら上げてもいいわ。でも、おまけだけど」
「サヤカさんまで…」

今日イルカとサイがこなした任務は、街を牛耳るギャング達の一掃。本来なら「黒の部隊」が引き受ける任務ではないのだが、イルカとサイの訓練の成果を見るために火影から回されたものだった。

「でも、ちゃんと頭を無傷で捕まえたじゃないですか」
「それまでに至ることで原点なのよ。まず、時間がかかりすぎ。頭の宅に侵入してから30分もかけてどうするの?最低でも20分以内にで終わらせなきゃ。あと戦闘の数も多かったわ。互いに刃を交える前に、相手を黙らせなさい」
「20分…ですか」

あの馬鹿でかく広い、そこら中に罠がかけられ、抜け忍まで雇っていた頭の館を思い浮かべてイルカはため息をつく。

「それでも時間がかかっている方よ。私達はどこよりも最短時間でことを終わらせなくてはならないわ。そもそもこの任務は「黒の部隊」はおろか、暗部に回ってくるほどの任務ではないの。中忍で十分な任務だわ。そんなのを彼らと同じ時間、方法でやってどうするの?」
「「…はい」」
「あと術を使う回数も多い。忍相手にならある程度はわかるけど、それを使わせないで倒さなきゃ。もし使うなら一気に何人も倒しなさい」
「「はい…」」

次々と述べられる欠点に、二人は小さくなるばかり。それをレツヤが面白そうに眺める。

「ということで、明日からの訓練はもう少し厳しくするわよ」
「「はい…」」

二人は大きなため息をついた。

任務を受け、点数が低いたびに日々行う訓練は激しさを増す。失敗した点を主に攻め、それを自ら打破する方法を見つけるまで容赦が無い。お陰で黒い面をつけるようになってからも怪我が絶えず、二人はいつもどこかに傷を負っていた。

「イルカ〜帰る前に森に行って薬草用意しとこうぜ」
「そうだね。薬を作る暇なんてなくなるだろうから…」

ぼやきながら帰る二人を、サヤカがご苦労様とねぎらった。

「…サヤカさん?今回の任務中忍程度じゃきつくありません?」
「あら、そうかしら?中忍で十分よ。10人ほどでこなせるでしょ」
「そうかなぁ?上忍2人と中忍5人ぐらいじゃない?」

イルカとサイを散々落ち込ませた二人だが、本来この任務はAランクに当たる。
彼らが潰したギャングはいくつもの街を支配下におき、その頭は残忍極まりない人物だった。自分の言うことを聞かない人物はすぐに潰し、目障りなものも排除する。そのくせ、用心深く、自分の周りにはつねに数十人の護衛を配置し、何人もの抜け忍を雇っていたのだから。
それをまだ下忍の二人が30分という時間で潰してしまった。本来なら賞賛されてしかるべきものだが、それが「黒の部隊」に居る者ならば当然のこととしか受け取られない。
「黒い部隊」が受ける任務はいつも重く難しいもの。生き残る可能性がもっとも低い任務ばかりこなさなければいけない彼らにとって、Aランクの任務など簡単な部類に入ってしまうのだ。

「でもあいつらの成長って結構早いよね。やっぱ若さ?」
「あら、もう年寄りの仲間入り?レツヤ」
「ならお前だって同じだろ」
「…何か言ったかしら?」

首にクナイを突きつけられて、女性に歳を言うのは禁句だと改めて思うレツヤ。

「それは置いといて。貴方の意見には同感よ。…見込みある二人に【シキ様】もご満足しておられるわ」
「置いておかなくて忘れていいんだけど…そう言えば、あいつらまだ【シキ様】と会ってないんだっけ…だよなぁ。あの方ずっと任務についてるからなぁ。半年も経っているのに「黒の部隊」の隊長に会ってないなんてなぁ…」
「仕方ないじゃない。お忙しい方々なんだから」
「…そうか…シキ様だけじゃなくて【黒の五色】にも会ってないんだもんな…」

やれやれと頭をかくレツヤにサヤカはくるりと背を向ける。

「さて、私達も戻りましょう。また明日から忙しいわ」
「へーいへい」
「何よその気の抜けた返事。私たちが二人にかまけてる分、他の仲間に負担がかかっていることをお忘れなく」
「わかってるよ。とっとと一人前に仕上げないとな」
「そういうことよ」

すっと姿を消したサヤカの後をレツヤも追っていった。

(2003.4.10)






U

「ってぇっ!!!」
「これぐらい我慢しろよ!」

サイの右腕の手当をしているイルカは、わざと声を上げているサイを一喝しながら丁寧に包帯を巻いている。昨日サヤカに言われた通り、これまで以上に激しい訓練に、二人の体は傷だらけを通り越して血だらけだった。現に、手当をしているイルカの体も包帯だらけ。時折顔をしかめるのは、傷が痛むからだろう。

「終わったか〜」

そこへのんびりとした声のレツヤがやってくる。彼を見て、うるさい奴が来たと顔をしかめるサイににやりと笑い、レツヤはサイの傍にやってくる。

「レツヤさん。俺の疲れが増すようなことしないで下さいね」
「…イルカ…」

サイをからかうなと釘を刺され、レツヤはしぶしぶ開きかけた口を閉じる。怪我をしたためか、いつもはおとなしいイルカが少し殺気立っているのを敏感に感じ取ったのだろう。レツヤは大人しく座り、差し入れと弁当を差し出した。

「食えよ?」
「…こいつ…」
「…食べますよ」

今の二人は腕を動かすのにも、相当な気力が必要だ。丸ごと食べれる果物か何かで今日の空腹を凌ごうとしていた二人は、箸を使わなければ食べられないものにげんなりとする。だが、これは本当にレツヤの好意だったらしい。喜びもしない後輩に、レツヤは不満そうな顔をした。

「二人とも、駄目よそんな顔しちゃ」
「サヤカさん…」

今日二人を痛みつけた張本人は、怪我など一切してない体でやって来た。そして、イルカの手に巻かれた包帯にじわりと血が滲んでいるのを見て、手を差し出す。

「ほら、やってあげるわよ」
「え?いえ…」
「いいから。先輩の好意は素直に受け取るものよ。ね、レツヤ」
「だなーかわいくねぇの」

ふんと壁によしかかるレツヤの機嫌はまだ直っていないらしい。それにくすくすと笑いながら、サヤカはイルカに新しい包帯を巻いていった。

「果物ばかりじゃ、栄養も偏るし、力も出ないわ。忍なら自己管理もできないと困るのよ?」
「わかってるんですけど…なぁ?イルカ」
「はい…」
「まぁ気持ちはわかるわ。私達もそうだったし。ね?レツヤ」
「ん?ああ…そうだっけ…?って思い出したくねぇけどな」
「…それは同感よね」
「やはり、お二人もこんな訓練だったんですか?」
「聞くな」
「思い出させないで」

何故かぴりっとした雰因気を出す二人に、イルカとサイは顔を見合わせる。そしてレツヤが持ってきた弁当にしぶしぶ手を伸ばす。

ぱか。

「うわ…」
「すげ…」

二人の反応に、ようやくレツヤが満足そうな笑みを浮かべる。
それは久しぶりに見る、まともな食事だった。
二段重ねの弁当の上段には焼き魚や卵焼き、揚げ物や煮物などバランスの良いものがぎっしりとつまり、下段にはまだ暖かい白い米。「黒の部隊」に入隊してから、ずっと自給自足の生活を送っていた二人にとって、半年振りのごちそうだった。どうせ、その辺のものを適当に料理して詰め込んでいたと思っていた二人には予想外。にっこりと笑うサヤカの笑顔を見ながら、二人は猛然とそれを平らげていった。

「あ、そうそう二人に伝えて置くことがあったんだわ。一週間後里へ戻ることが許可されたわ」
「「!?」」

ぐっと食事を喉に詰まらせた二人に、レツヤはお茶を出してやる。それをぐいっと飲み干した二人は…

「「本当ですか!?」」
「嘘は言わないわよ。ちなみに期間は3日だけだけどね。その間で心も体もゆっくりと休めて欲しいの…」
「やった!イルカ!!!里に帰れる!!!!半年ぶりだぞ!!!」
「うん!!!」
「お前ら、人の話は最後まで聞けよ」

もろ手を上げて喜ぶ二人に釘をさすレツヤ。サイが何だと不満顔をして振り返ったが、訓練をする時のようなサヤカの顔に、二人は姿勢を正す。

「…その後はこれまで以上の厳しい現実が待っているから」
「え…?」
「この休暇はその現実に立ち向かう心の強さをもう一度思い出して欲しいから許可されているもの…それが終わったら二人は実戦に入るわ」
「実戦ですか…?」

イルカとサイは自分達の腕の未熟さを知っている。実戦と言えば、おそらく「黒の部隊」が本来受ける任務のこと。それに自分達がもう関わってよいものなのだろうか…

「そうね。まだ貴方達は足手まといかもしれない…けれど、これからはその戦いの中で自ら学ばなければいけない。私達が教えられることはすべて教えたから…これからは貴方達が自ら体験して経験して生き抜いて欲しい…そう、気を抜けばすぐ死が待っている世界に」

どくんと、イルカの心臓が高くなった。緊張と未知への不安。まだ自分達の知らない世界…その恐ろしさに。サヤカは言わないが、きっとこの頃「黒の部隊」へ入隊した新人が一番死ぬ確率が高いに違いない。半年で強くなったという過信が最も謙虚にでる時期…
おごりと不必要な自信。
しかし、それを生き抜けば…自分はもう「黒の部隊」の足手まといではない。

「…これがもう一つの試験ですか…?」
「そうよ。「黒の部隊」へ入った人が、本当にこの部隊で生きていくことができるか…最後の試験」

サヤカの声が静かにイルカとサイの心に響いた。



冷たい木枯らしがイルカの頬を撫でた。

「…寒い」

記憶にある里は緑色で埋め尽くされていたのに、今イルカの目に入る里は茶色に包まれ、白い大地に包まれる準備を着々と進めている。どこか寂しい、でもなつかしい、自分の生まれ育った場所。

帰ってきた。
たった3日しかいられないけど。

帰ってきた。
その満足感を得られぬ前に再び旅立たねばらならいけど。

「…帰ってきた…」
誰よりも逢いたい人がいる場所に。

「帰ってきた…」
誰よりも守りたい人がいる所に…


イルカは走った。走って走って…目指すは、里の長火影の家。
そこにいるから。
金色の髪の子供が。
自分の心を呼び起こしてくれた子供が。

ナルトが。

いるから…!!!



はぁはぁはぁ…
息を切らしてなんてかっこ悪いよな…
全速力で走ってきたイルカは、火影の家の前につくと何度も大きく息を吸う。
やっと会える。ようやく会える。
緊張と興奮。
高鳴る胸を押さえて、イルカは一歩門へと近づいた。

「何者だ」
「!?」

突然それ以上の侵入を拒む殺気にイルカは足を止めた。

何…?
火影の家はつねに暗部に護衛されているとは聞いていた。だが、里の人々と近い位置にいたいと願う火影は自分の家に訪れる人々を拒みはしなかった。無論、玄関につけば取次ぎの人に頼まねば会うことはできないが、今日のように門で制止を要求されることなど一度もなかったはずだ。
イルカは困惑した顔のまま、きょろきょろと声をかけた人物を探す。
すると、ふっとイルカの目に一枚の葉が目に付いた…と思った瞬間、そこに一人の忍が立っていた。

「あ、あの…火影様は…」
「今日火影様はお忙しい。お会いすることはできない」

それ以上の質問も許さない、断言の言葉。
イルカは自分の額にしている木の葉のマークを確認される視線を感じ取っていた。

…どうしたんだろう…何かあったのかな…?
平静を装ってはいるが、どこかぴりぴりした気配を漂わせている目の前の忍。
中忍…ではなく、上忍だろうか。
体全身で自分を追い返そうとしている。何があったのかは知らないが、イルカはナルトに会えないことにがっかりし、はいと呟き踵を返そうとした。

「待て!そこの少年!」

その時、別の忍が現れ、イルカを呼び止める。イルカを制止した忍もどうしたと現れた忍に聞き返せば、火影がイルカを呼んでいると言う。怪訝そうな顔をしたのは、イルカも同じ。
だが、火影が呼んでいるのなら、自分はここを通ることができる。イルカは案内すると申し出た忍の後を静かについて行った。

ぎしり。

何故だろう、この前来た時と違う…
イルカが火影の家に入って最初に感じたのは静けさ。
「黒の部隊」に旅立つ前、火影は自分の家にイルカを招き、ナルトに会わせてくれた。家の主が隣にいないせいかもしれないが。妙な静けさが家を支配している。

まさか。
不意に沸きおこる嫌な予感。そんなことはあっては欲しくないが…

ナルトに…何かあったのだろうか…

「ここだ」

案内した忍は一つの扉を指し示し、姿を消した。イルカが礼を言う暇もなかった。
イルカはごくりと喉を鳴らし、緊張を抑えその扉を開ける。

「…よく戻ったな、イルカ」

かけられた優しい、木の葉の里を統べる長の声。里のすべての人を愛するというその眼差しで、イルカを見つめている火影。だが、同時に彼の顔には憂いがあった。
それを見てわかった。そして自分の予感がはずれていないことを理解する。

「ナルトに…何があったんですか」

かける言葉は静かに、目つきは鋭く…イルカの顔はいつの間にか「黒の部隊」のものとなっていた。

(2003.4.11)






V

火影の家を護衛している暗部の一人がナルトを連れ出した。

火影の家が護衛されているのは、もちろん、彼が里にとってかけがえのない人であり、なくなてはならない存在だからだ。だが、同時に九尾を封印されるという運命を背負わされたナルトを守るためでもあった。

九尾が封印された赤子は即刻殺すべき。

いくら火影がそれを口に出すことを禁じたとは言え、心まで押さえることは無理だ。だからこそ、この厳重な家からナルトを出さないことで同時に彼を守ってきた。だが。その子はそんな理由をわかっているのかいないのか。暗部の目を盗んで外に出る――そもそもそれこそがおかしなことだった。
ナルトには自分が護衛されていることを知らない。暗部達にもそのことを悟られないようにと火影からも命令が言っていた。できるだけ干渉もするなと。
だから、始めは家を抜け出すナルトを黙認していたのかもしれない。無論、外に出てもナルトを護衛していると思っていた。だが、暗部達は里の人に会い、暴力を受けるナルトを止めようとはしない。それは――彼らの心にも里の人と同じ気持ちが宿っていることを示すものであった。
火影の家は護衛する。そして家にいるならばナルトも守る。だが、自らの意思で外にでた子供まで守る義務はない。ただ、居場所を知っていないと後々に困るから、後をつけるが、彼がどんな目にあおうと手助けはしない。干渉はしない。彼らはその言葉をうまく利用していたのだ。

その隙をついたように、一人の暗部がナルトをさらった。そしてそれに気づいたのは、交替の時間になってから護衛をしていた人物が見当たらなかったから…


イルカは心の中で何度も冷静になるよう自分に言い続ける。だが、この燻り、今にも燃え上がりかねない怒りは消えない。

何だ、何だそれは。
すまないと謝る火影。だが、彼は悪くない…彼は里のすべてを見守らねばならない多忙な人物。いつもナルトのことを気にかけていることなどできない…だからこそ、腕も力もある暗部という護衛をつけたのではないのか。彼らを信頼して。なのに…!!!

未だに消えぬ九尾の傷跡。
そして、その理不尽な悲しみをぶつけられる子供…
何で…!!!何でわからないんだ!!!あの子は…あの子は何も悪くないのに!!!

「今、暗部が必死で奴を追っている」

暗部の面目を潰した相手を殺すために。己の失態をさらさないために密かに。

なんて…そんな奴らに…

「火影様。俺も参加させてください。ナルトを助けに行く許可を下さい」
「イルカ…だかな。お前は今…」
「ナルトがいない休暇なんて考えられません!!!俺は…あの子に会うために帰ってきたんです!!!!」

3日後、イルカはさらに過酷な世界へと旅立つ。その前に十分な体と心の休息をと、与えられたわずかな時間。この日だけは…血の匂いから離れて欲しいと思ったのは…己の自己満足か…火影は自分を真っ直ぐに見つめる少年を見た。

始めて会った時は憎しみに包まれた少年だった。
強い力が欲しいと、九尾を倒すぐらいの力が欲しいとそれだけを望んでいた少年だった。
だが、ナルトと出会い、それが間違いだと気づいた…本当の強さとは力ではなく心だと気づいてくれた。そして里中から憎まれる金色の小さな子供を守るために、己を最も過酷な場所へと送り込んだ。
彼がそこに合格し、生き抜くのは五分五分の確率。それを勧めたのは火影自身だが、どうなるかははっきりとわからなかった。だが、少年は見事にその道を歩き始めた。自分の意思と、ナルトを守るという強い心を携えて。

もう目の前にいるのは、あの頃の少年と違う。
内心腸が煮えくり返っているだろうに、その激情を必死で押さえ、冷静に状況を見ようとしている。
彼は「黒の部隊」の一員なのだ。暗部でも幻とも伝説とも言われている…木の葉最強の忍達が所属する部隊の。

「わかった。お前の手を貸してくれるか…?イルカ」
「はい!もちろんです!!!」

すっと頭を下げて、イルカはその命を承諾した。


「火影様」

顔を上げた火影の前に5人ほどの忍が現れた。全員が白い面を被り顔を隠している。
暗部。
その証のように左腕には炎に似た刺青が彫られていた。

「見つけたのか」
「はい。現在西の森へと3人ほど追わせています。奴めどこかの里へ逃げ込むつもりかと」
「ほう?暗部に追われるのを承知でか。ずいぶんと見くびられたものよの…で?人数は」
「…さすが火影様…千里眼でいらっしゃる」
「ふん。下手な世辞は良いわ。いくら暗部とはいえ、一人で木の葉を抜け出せるものか。協力者がいないと無理な話であろう」
「はい。…奴のほかに現役の暗部が一名。あと上忍が一名。残りの二人は中忍です」
「…どういった繋がりだ」
「どうやら甘い話を間に受けた馬鹿共のようで。恐らく雲の国あたりからそそのかされたかと…手助けした暗部と上忍は顔なじみ、中忍はその者の部下だったようです」
「愚かなことよ…」
「では、我らは奴らを追いますので、これにて…」
「お、そうじゃ待て。ツキヤ」
「はい?」

火影と離していた暗部は名を呼ばれ足を止める。部下である4人も何事かと火影を振り返った。

「ツキヤ、この任務に一人参加させたい者がおる」
「参加ですか…?」
「出てくるがいい」

火影の言葉を合図にすっと彼の後ろに現れた忍が一人。
気配もなく音も立てず、文字通り突然その場に現れたように…
彼の気配に全く気づいていなかったツキヤは驚いた。そして彼が一歩足を前に踏み出し、自分達の前に姿を完全に現した時に。

見るからにまだ少年と思われる、背も低く子供特有の骨の柔らかそうな気配。だが、彼から発せられる気は冷たく静かに澄んでいた。それから見ても彼がかなり腕の持つ忍であることがわかるが、その証は何と言ってもその面だろう。

黒。

自分達と違う黒い動物の面。それをつけるのは…あの…幻の…

誰かが面白半分に流した噂だと思っていた。現に暗部実行部隊の隊長となってからも、彼らの話はそれ以上伝わってこなかったから。彼らが存在する気配も一切感じられなかったから。
だから、目の前に…ツキヤの目の前にいる彼は幻なのではないかと、瞬きをすれば消えてしまう存在なのではないかと疑った。しかしそれは火影の言葉でありえないことと知る。

「ツキヤこの者の名は…そうシオンじゃ。まだ若いが腕は立つだろう。存分に使え。お前も良いな?シオン。ツキヤの命を聞け」
「…承知しました…」

まだ声変わりも済んでいない声。ツキヤは喉が振るえるそうになるのを我慢し、火影に頷き返しそれを返答とした。

「では行くぞ。…シオン」



冷たくなった風を真正面から押し返し、葉の落ちてた木の枝を駆け抜ける影が6つ。その先頭を走るのは、暗部実行部隊隊長のツキヤ。そして彼らの部下達。最後尾には火影よりこの任務に参加することになった若い忍。黒い面をつけた…「黒の部隊」の忍。

…これぐらいは平気か…
通常より走るスピードを上げているというのに、まだ10代中ごろの忍は息を乱すこともなく自分達についてくる。まぁ、これぐらいでばてては困るが、と思っていると、ツキヤの部下達はどう彼に対応すればよいのか困惑しているようだった。

まぁ…俺も同じなんだけどな。
まさか「黒の部隊」の忍と任務を一緒にするなど思ってもみなかった。何しろ、彼らの受ける任務はSランクかSSランクものばかり。成功率が低く、重要性の高い任務ばかり受ける彼らは同じ仲間である「黒の部隊」としか組まないと言われていたからだ。それは彼ら曰く、足手まといだから。…忍の中でも精鋭と言われる暗部がだ!
火影のもとを出てから一言も話さない彼。こちらの言うことは聞いているようだが、ぴくりとも反応しないのには困る。

「隊長」
「ああ、どうやら見つけたらしいな…合流するぞ!」
「「「「はっ!!」」」」

ぐんと更にスピードを上げた暗部達。それに全く遅れることなくついてくるシオン。

化け物だな。
くくくとツキヤは面の下で小さく笑った。



さすが暗部だな…
彼らの最後尾を走るイルカはしきりに関心しながら彼らの背を追う。
目的の場所へ向かう彼らの速さは自分たちにも引きをとらない。ぐんと上がったスピードに合わせイルカも足を早める。すると、その先に一つの気配が感じられた。恐らく、ナルトを追っていた仲間のものだろう。
暗部が地面に降り、彼らと合流するのをイルカは木の上で見守っていた。いくら自分の存在がいると知られているとはいえ、必要以上人に接触するのは避けたい。
ふっと顔を上げると、森に入った気配に驚いたのか一羽の鳥が飛びたつ音がする。辺りを油断なく警戒しながら、イルカは話のついた暗部を見下ろしていた。

「奴らは東に向かったようだ。あの辺りは洞窟が多いからな…」
「隠れようと思えば隠れる場所があるということか。やっかいだが…そうも言ってはられまい」
「ああ。さっさと片付けてしまうぞ」

こくりと頷きあい、暗部達は人数を増やして東へ走り始める。その前にツキヤがちらりとこちらを見たのをイルカは確認した。

一応気を使ってくれているのかな?
自分の存在を無視している部下とは大違いだ。そう思ってイルカは苦笑した。

…ナルト待ってろよ…今助けてあげるから…
そうしたら、一緒に食事して遊んで眠ろう。
俺は…それだけで力を与えられるから。お前が無事でいることだけが、それだけが望み。



「くそっ!!!あいつら…!!!」

一人の忍が苛立たしげに舌打ちする。だが、どれだけ腹を立ててもその上忍は辺りを警戒することは怠らない。その傍にはまだ年の若い二人の忍。上忍の激昂に不安そうにしながらも、彼らも辺りを油断なく伺っていた。

「…少し黙らないか」

岩を背もたれにしていた暗部姿の忍が諌めた。その言葉を聞いて、上忍は剣呑な眼差しを鋭くさせる。

「暗部なら、奴らを始末してきてくれないか?それぐらいできるだろう!」
「…暗部の二個中隊を俺一人で片付けろと?動く口があるのなら、お前が行ってきたらどうだ」
「なんだと!!!お前暗部だろうが!!!」
「お前は上忍だろう」
「!!!!」

何を言っても右から左へと返され、上忍の我慢は限界だった。だが、ここで仲間割れをしても仕方がないと拳を握り締めるが…それよりも何よりも腹立たしいのは…彼の傍にいるモノ。

「なんて…そいつまで連れてくる必要がある!!その九尾のガキを!!!」

術でもかけられているのか、さらって来た時から一度も目を覚まさない子供。うるさく暴れないだけ良いが、この子を連れて行く必要性がわからない。憎々しげにナルトを見る上忍に、中忍達も思いは同じ。里を壊滅へ追い込んだ九尾を封じた子供。
憎んでも憎んでも余りある存在。火影により守られて生きている…死んでいいはずの存在。
こいつのお陰でどれだけの仲間が死んだのか。この里が衰退したことか。
お陰で自分の実力に見合わない仕事を任され、不満の燻っていた上忍は、昔知り合いだった暗部の忍に声をかけられ里を抜けることを決めた。雲の国が優秀な忍を求めている。これだと思った。これこそ…自分に相応しいものだと。
なのに、この九尾を連れて行くだと?冗談じゃない!!!

「わかっているのか!?そのガキは疫病神だ!連れて行けばこの里と同じ目に会うぞ!」
「…黙れ。このガキを連れて行くのは向こうの条件だ。大方…何かの実験やらに使うのだろうが、それは知ったことではない」

ナルトを連れてきた暗部の忍はそう呟き、話はもう終わりだとしめくった。上忍はそれに小さく舌打ちし、この近くへ迎えに来る霧隠れの忍を探しに行った忍を待つ。

ぴくり。

その時、暗部の忍がナルトを抱き上げ、その場を飛び去った!上忍も一瞬遅れたがどうにかそれを避ける!

ドン!!!!

今彼らがいた地面が弾けとんだ!聞こえた悲鳴は二人の中忍だろう。それを助ける暇もなく、二人は土の煙幕の中、走り出す。

「気づかれたぞ!!!」
「わかっている!!!」

腹立たしげに叫び、彼らはある方向へ思いっきり駆けた。

(2003.4.14)