幸せな時を

黒の五色


それは偶然訪れた冬休み。

真っ白な雪で覆われた里に帰るのは、寒くて面倒だと思うのが常だったけれど。
今彼等の足は歩きにくい雪もものともせずに、ただひたすら故郷へと向かう。

自分達を迎えるただ一つの笑顔の為に。



凍えた手を擦り合わせ、はぁっと息をかけたが暖かみはすぐに消え、逆に白い息を見たためか寒さを一層感じてしまう。それでも家に帰れば身を震わせる寒さからはおさらばできると、イルカは足早に家路に向かっていた。

「寒い日の残業ってのは最悪だよなぁ…」

人使いの荒い火影に愚痴をいいながら、家路に向かうイルカは途中の店で最近の楽しみになっている、晩酌用の酒を買い求め家のドアを開けた。

「お帰り!イルカ!」
「やっと帰ってきたのか」

居るはずのない二人を見て、しばしイルカの頭はフリーズ。
一瞬部屋を間違ったのかと思い、部屋番号を確認してみたが、そこは確かに彼の部屋で間違いなかった。

「……なんで?」

その一言には、何故二人が居るのか、部屋で当然のようにくつろいでいるのか、いやそもそも部屋の惨状はどういうことなのか。様々な意味が込められていたが、中の二人はそれに気付かず早く家に入るようイルカを促す。

(…ここは誰の家だ)

顔を引きつらせたイルカには気付かず、テーブルの上にごろごろと転がっている酒瓶を飲み干した後の二人は、イルカをストーブの前に座らせると満足したように笑っていた。

「昨日でね!任務終わったのよ!だからイルカに会いにきちゃった〜」

酔っぱらい、顔を赤くしたツバキはうふふ〜と笑いながらイルカにぴっとりと寄り添う。そしてビニール袋に入った酒瓶を見てきゃぁと声を上げた。

「イルカって気が利く〜お酒買ってきてくれるなんて!」
「え。あ、いや…」

それは俺のなんだけどという言葉など聞かず、ツバキはそれを持ち台所に向かってしまった。思わぬ出迎えで気が抜けたというのか、それを制する気になれなかったイルカは、はぁっと深い溜息をついた。ようやく仕事が終わり、一人でゆっくりできると思ったのに。そんな思いが頭を掠めたが、部屋を暖めるストーブの真っ赤な色を見て、寒い外から帰ったばかりの身にはありがたいかもと、表情を和らげる。

「悪かったな。勝手に部屋に入ってしまって」

ツバキよりは常識があるサガラは、イルカの気持ちを悟ったのか苦笑しながら詫びを入れる。最初はイルカの帰りを待っていたのだが、後から来たツバキが寒い寒いと言いながら勝手に部屋を開けたのだと言う。結局は自分も入っているから同罪だけどなと微笑むサガラに、イルカは肩を竦めながら構いませんと首を振った。

「サガラさんも任務がお休みになったんですか?」
「ああ。午後の遅くに里に着いてな。火影様に報告と次の任務のことを聞きにいったんだ。明日にはまた次に向かうよ」
「そうですか…お疲れさまです」

にこりと微笑むイルカを見てツバキも微笑み返す。
何だかふわんとした空気が流れた時、けたたましい音をたててツバキが戻ってきた。

「ちょっと!何一人でイルカを独り占めしてるのよ!」

酒を熱燗にして来たツバキは、ぎろりとサガラを睨むとイルカにコップを渡しにこりと笑う。

「はいはい。お疲れさま!イルカ!暖まってね!」
「あ…ああ」

イルカの注意を自分に向けられたのが嬉しかったのか、ツバキは奇妙な笑い声をたてて彼女はイルカに話しかけてくる。一方的な言葉に、酔っぱらいの戯言だとうんうんと頷いていたイルカだったが(実際大した話ではなかったので)、何時まで経っても留まることのないツバキにむっと来たのが、先ほどの雰囲気を壊されちょっと腹をたてていたサガラの方だった。

「ところでイルカ。仕事の方は忙しいのか」
「え?ええ。そうですね。最近は残業が…」
「ちょっと!イルカとは私が話してるのよ!でね!イルカ。そうしたら…」
「自分のことばかり話すなど、帰ってきたばかりのイルカには迷惑だろうな」
「なんですって!?」
「ちょっと二人とも…」

ツバキが酔っぱらうと話上戸になることは良く知っているのにと。それに突っかかってきたサガラに疑問を思ったイルカは……唐突に彼の酔い方を思い出して頭を抱えた。

(…そうだったサガラさんは、酔っても顔にでないんだった…)

顔にはでないが、その分普段見逃せる所を見逃せなくなる。
いつもならこんな状態のツバキに絡むことなどしないサガラを見ながら、だんだんエスカレートしてくる二人の口喧嘩にイルカは肩を落とした。

「イルカはね!私と話す方が楽しいに決まってるじゃない!」
「くだらない話ばかりイルカの身になってみろ!その年になって人の迷惑も考えられないのか!」
「アンタがいなければ、イルカは私と二人で楽しめたのよ!」
「それはこっちの台詞だろう!!」
「はいはい。二人も。勝負はこれで決めてくれ」

放っておけば術でも出しかねない二人の前にイルカは自分の飲んでいた酒を差しだした。

「先に潰れた方が負け。勝った方と俺は話すよ」

イルカの言葉に二人の目が光る。
やってやろうじゃねぇか。
そんな言葉を無言で出しながら、二人の飲み比べは始まった。

「じゃ、俺追加の酒買ってくる。がんばれよ二人とも」

呆れたイルカの応援を得て、二人は力拳を作りながら威勢の良い声を上げた。



「はぁぁ…全くなぁ…」

寒い外に逆戻りとなってしまったイルカは、ついていない今日を思い深い溜息をつく。
だが酔っぱらいに何を言っても仕方のないことはわかっているので、こうして諦めているのだが…

(そもそも酒を飲んで待っているってのが可笑しいんだよなぁ…)

自分の家に無かった酒の数を思い浮かべ、どちらが持ち込んだのだろうと考えていたイルカに、あれっと声がかけられた。

「イルカ先生?今帰り?」
「!カカシ先生!」

任務帰りなのだろうか、少し疲労感を漂わせたカカシが、寒そうに身を竦めながらやって来た。
こんなに冷えた夜なのに、カカシを暖めているのは首元のマフラーだけ。イルカは彼に駆け寄りお帰りなさいと笑いかけた。

「イルカ先生、残業ですか?お疲れさまです」
「カカシ先生こそ!任務帰りですよね?お疲れさまです」
「ははは…里に帰ってきたのはいいものの、こんなに寒いとはね〜あ、どうです?今からどっかの店に寄ろうかと思っていたんですが。部屋に帰る前に暖まろうと思ってね」
「ええ是非!今日は冷えますよね!」

それではと寒さを吹き飛ばすように二人は笑い声を上げながら居酒屋へと歩いていった。



そしてイルカの家では。



「…負けないわよ…」
「…こっちだって…」

酔いつぶれるとすぐに寝てしまう二人が、帰らぬ主のことを呟きながら眠りについていた。二人の飲んだ量を見て、こうなることを予想していたイルカが買い物に出たこと、そして別の人と楽しい時を過ごしていることなど二人は思いもせずに、夢の中へと入っていったのだった。