一人じゃない年

黒の五色:ツバキ編



ぞろぞろと人が皆同じ方向へ向かっていく。
一体何事だろうかと、その波に乗れば着いたのは神社だった。

「そう言えば正月だったっけ」

ガランと鈴がなり、手を打つ音。大人も子供も新年の挨拶をし、賽銭箱に入る小銭の音が響く。誰もが新しい年を喜んでいるようだったが、境内の木の上でそれを眺めていたツバキは、ぽつりと呟いた。

「…何か変な感じ」

一年の始めを木の葉の里で過ごす。小さい頃は当然のようにやっていた行事。だが、忍となり「黒の部隊」に配属されてからは『黒の五色』の一人ともあって、いつも忙しくそんなことを考える暇もなかった。道理で店が開いてない筈だわと、休みの日はいつもショッピングをするツバキは、休業ばかりだった店を思い出し溜息をついた。

「…どうしよう。予定がなくなったわ」

こういう時に休みを貰うと一番困る。
特に親しい友人も居ないツバキは寒空の下で途方に暮れた。真っ先に思い出したのはイルカのことだったが、彼の表の顔はアカデミー教師。子供から慕われている彼は、新年の挨拶にやってきた子供達と楽しんでいるだろう。もう一人、確実に里に居るのはサイだが、新年早々見たい顔でもないし、あっちも同じだろう。残るはレツヤとサガラだが…任務時以外つき合いのない彼等の家に訪れるのも変だろうし、ここに居るとは限らない。

「うっわ…何か私ってすっごい孤独?」

実家は有るが、あんな暗い家に行くのはゴメンだし、向こうも歓迎はしないだろう。昔は8人居た兄弟達も風の噂で3人ぐらいしか残っていないと聞いている。何時まで自分もその中に居られることやら。何だか正月早々暗い気分になったツバキは、しばらくの間そのまま遠くを眺めていた。

「…何やってんだ。お前」

しかし、しゃくに障る声がツバキに落ちる。当然の用に眉を潜めて顔を向ければ、呆れたような顔でサイがこちらを見ているところだった。

「…何で新年からアンタの顔見なきゃいけないのよ」
「その台詞そっくり返すぜ。何が悲しくて新年からお前に声をかけなきゃいけねぇんだよ」
「だったら放って置けばいいでしょうが。あ〜あ気分悪いったら…」
「そりゃ悪かったな。俺だってかけるつもりはなかったよ。だけど…」
「お前ら…新年早々喧嘩は止めろよ」

ツバキが下を見ると、頭を押さえたイルカと大変だなぁと口だけで同情しているレツヤの姿があった。

「えっ。イルカ!?どうしたの?」

木を降りたツバキは、思わぬ人物の姿に驚き彼等の所へ近づいていく。俺は無視か?と呟いたレツヤを彼の望み通りにして。

「神社に行こうかと思ってたら、お前の姿を見つけたから。用事があるようでもなかったし、声をかけたけど…大丈夫だったか?」
「勿論。というか、今日は正月だったんだ〜って見てただけだから」
「ということは、お前も忘れてたってことか。こういう時に休みってあまりねぇよな」

やはり普段里に居ないレツヤもどこか戸惑った様子で、お参りに来ている人々を眺めている。こんなに人が居たのかと驚くぐらい、神社を訪れている彼等。楽しそうに、親に手を引かれて笑う子供達。寒い中、着物で新年を迎える女性達。穏やかな、幸せそうな、里の人々。
…だが、その分自分達がここに居ることが場違いに写って…

「俺達もしていくか!」
「えっ…」
「ここまで来たらして行かない方が変だろ。行こう!」

そう言ってさっさと歩くイルカと、いつの間にか降りていたサイは面倒くさそうに着いていく。レツヤにぽんと肩を叩かれて、ツバキも歩き出し列にお参りの列に加わった。
小銭を投げて、手を叩く。特に願いもしなかったツバキはすぐに終わったが、隣のイルカは長い間手を合わせ続けていた。
何をそんなに願っているのだろう。イルカのことだから子供達が風邪を引かないようにとでも頼んでいるのか。そんなことを思っていれば、サイが大きな欠伸を見せる。

「ったく…人を夜明け前に起こしてお参りした癖に…飽きないよな全く」
「え?夜明け前って…じゃあ二度目なの?」
「イルカにここの傍を通らすの嫌なんだよ…アイツ何度もお参りするからさ…」
「なんでよ」
「あ?アイツの願うことなんて決まってるだろ。ガキのことと…部隊の奴らのこと。部隊の無事は何度願っても減るもんじゃないとか言って…去年なんか10回だぞ!は〜…」

そう深い溜息をついたサイだったが、数えていたということはサイも付き合ったのだろう。暇というか、馬鹿というか…

「ま、俺達は里にばかり居るからな。こんなことで安全が保証されるなら…何百回だってかまわないけどな」

それはきっと、サイの本心。
里から動けず、危険な場所を走り回る仲間への最大限の…

「悪い!待たせた!」

照れ隠しに鼻の頭を掻いて笑うイルカ。「黒の部隊」の頂点に立つ『シキ』としては、サイ以上にその気持ちを持っているだろう。初めて知った彼らの気持ち。今年は良い年になりそうだと、ツバキは笑った。