暗部など、狂人の集まりだと思っていた。
情勢が悪くなると駆り出される忍達。面を付け独自の衣装を着る彼らは同じ里の忍だというのに、自分達と別物だった。言葉を発することも珍しく、無駄口を叩かない彼らは、洗脳をされているのではと思うほど、冷徹な忍だ。しかし、暗部も人なのだと、アイツに教えられた。
「月が綺麗ですね〜」 「………はぁ」
気配も殺さず木の上で佇む一人の忍。任務帰りに偶然通った自分は、どう反応するべきか迷った。 声をかけられなければ無視したし、気配を殺していれば気付かぬ振りで通り過ぎた。 同じ木の葉の忍だったことに安堵したものの、ひらひらと手を振りこちらを開放しようとしない暗部にどうすれば良いのか。
「任務帰りですか?」 「…まぁ」 「ご苦労様です」 「…ありがとうございます」
声から思うに、年の頃は同じだろう。なのに互いは敬語を使い、立ち止まって会話もしている。しかも労をねぎらわれている自分。この状況は一体何なんだ。
「それでは…」 「刀って得意ですか?」 「……はぁ?」
折角離れようとしたのに、暗部が声をかけたためこの場から立ち去れない。しかも今までと何の関係もない会話。
「俺はね好きですよ。水に写る刀身を見るとシャンとしないと思うというか…」
しかも刀のうんちくが始まるし。 こちらを無視して刀身がどうだの、握り柄がどうだの話し続ける彼にうんざりして(表面には出さないが)、取りあえず当たり障りのない返答を返していれば。
「適当に言ってますね」 「…」
当然のように見抜かれている。 へらへらと笑っている雰囲気を出す彼に、ついには切れそうになったがその前に彼の雰囲気が変わる。
「ちょっと付き合ってくださいね〜というか、巻き込みました」 「…アンタは…っ」
すでに怒る気も失せて、周りを眺めると辺りを包む殺気。任務の最中の癖に人に話しかけるか普通…
「はぁ…」 「すみませんね!」 「…全然そう思ってない癖に」 「そんなことは…ありますね」
軽口を叩いて消えた彼。ばんっと音がして、彼が居た場所が爆発した。
…本当に何なんだこの人は。 背負っていた刀を抜き、背後から襲ってきた敵のクナイを止める。耳のすぐ傍で鳴る音が消えぬ打ちに、体の向きを変え敵を一掃。そしてそれを合図に戦闘が始まった。
死臭をかぎ取る獣達を避けるため、木の上で一休みする。思いの外手練れも混じっており、ふがいないことに肩を切り裂かれた。
「終わりましたね!」 「…嬉しそうですね。アンタの任務でしょう?後かたづけはやって下さいよ」 「……そうですね!」
…その間は何だ。 絶対手伝って言うつもりだったなコイツ。わざとらしく溜息をついてると、いつの間にか彼は背後に回っていた。
「…止血しますね」 「え?別にいいですよ。大したものでも…」
拒否する前にあっという間に終わった手当。文句を言う暇もなく、しぶしぶ礼を言うと彼は笑った。
…笑った?
「ちょ!?アンタ顔っ…」 「え?ああ。任務も終わった後も付けてるなんて冗談じゃないですよ。汗かくし、息苦しいし」
だから外しましたと言う彼に、そういう問題じゃないだろうと言いたいのだが。 闇の中に浮かぶ顔は暗部に居る者と思えないほど、優しい瞳をしていて。こんな柔らかい気配を持つ彼が…そこに属しているなど信じられないほど…
「惚れました」 「………………は?」
完全な不意打ちに、思考を止め固まる。 にこにこと笑っている彼は、とても満足げで…
「……ぶっ殺す」 「へ?」
良く女に間違われる顔は、大嫌いだった。下忍の頃は上忍師が力のある忍だったし、中忍の頃は上司に恵まれ、上忍になってからは馬鹿なことを言ってくる奴も減ったのだが。 …時々こんなアホが現れて、俺の神経を十分すぎるほど逆撫でしてくれる。 そういう奴に容赦はするなと、自分に言い聞かせていたから。 突然刀を抜き、斬りかかってきた自分に彼は驚く。それでも紙一重でそれを裂け、近くの木へと飛び移ったのはさすが暗部だ。
「ちょ…ちょっと!?」 「二度と俺の前に姿を見せるな、気配も感じさせるな。いや…存在そのものを消せっ!!」」 「んなむちゃくちゃなっ!!」 「アホはさっさとあの世に行った方が世間の為だっ!!」
ひぃぃと情けない声を出して逃げる暗部を容赦なく追いかける。もしこの現場を木の葉の忍に見られたら、やばかったかもしれない。しかしその時の自分は完全に頭に血が上っていて、この暗部を片づけることしか考えていなかった。
「死ねっ!!」 「ちょ…本当にっ!!」
逃げ回っていた暗部が僅かに苛立たしげな口調になった。赤い炎が走る。まるで炎そのものを掴んだように見えたが…
「!?」
バキンと音がして、刀が砕けた。いや砕かれた。
「話を聞いて欲しいな」
彼の持つ赤い刀によって。
「何か勘違いしてる見たいだけど…俺が言ったのは貴方の刀を使った戦い方に惚れたってことだよ?」 「…は?」 「だから〜貴方が思った意味じゃなくて。忍としてってことかな?」
困った顔で首を傾けた彼は、戦う気はないとすぐさま刀を納めた。砕けた刀を持ちながらまだ警戒した顔で居る自分に彼は笑う。
「すごい強い刀使いが上忍に居るって聞いてね。スカウトに来たんだ」 「…スカウト?」 「そう俺達暗部に」 「他を当たれ。じゃあな」
考える暇もなく断れば、彼は慌てて追ってきた。何か背後でごちゃごちゃと叫いているが、自分はこの立場で十分満足してるので、暗部に入ろうなどは思わない。
「暗部に来れば、刀を十分使えるよ?きっと綺麗だよ〜すごいよ〜」 「……あのな…」 「勿体ないよ〜それに気に入った奴でいいからさ〜それ教えてやって欲しいんだ。俺に暇はないからさ」 「はぁ?何で他人にわざわざ教えるんだ。そんな酔狂な精神俺は持っていない」 「死なせたくないから」
頭が可笑しいんじゃないか。幾ら木の葉の忍とはいえ、他人に自分の技を教えるなど…だが、帰ってきた返事の中に含まれた切実なものに、思わず振り返ってしまった。
「俺達の任務は生死を分けるものばかりだから。もしその可能性を1%でも減らせるなら、俺は努力を惜しまないよ。今の俺達の中に刀を上手く使える奴はいない。無くても任務はできる。けれど、その才能がある奴らは沢山いるんだ。もし、刀を扱う実力を得られれば、もっと安全に任務をこなせるかもしれない。もっと生き残ってくれるかもしれない」
…ずっと暗部は死にたがりか、殺すことが好きな奴らばかりだと思っていた。 昔、暗部と一緒だった任務で残虐としか言いようのない場面を見せられたかもしれない。暗部に属する忍は皆そういう集団だと思っていた。だが、彼が言う言葉まとても人間じみている。仲間のことを心配して、刀が得意な俺の前に現れて。それを教えてやってくれと頭を下げる。
…こんな忍は知らない。
「…アンタは誰?」
何かが違う。そう思ったから自然と流れた言葉。彼は真剣だった顔を崩し、まるで誇りさえ感じられる顔で言った。
「俺の名は【シキ】。暗部の特殊部隊「黒の部隊」の忍で、そしてそれを束ねる者だ」
そう言って彼は、密かに流れていた噂を決定づけるように、黒い面を見せたのだった。
「甘い」 「「うわっ!?」」
刀ではなく、蹴りで倒されたイルカとサイは見事に顔から地面へと倒され、砂まみれ。顔を擦りむいたのか、鼻や頬を赤くしたがすぐに立ち上がった。
「本来忍の技は体すべてを使う。武器ばかり見るな。武器の気配も感じ取れ。お前達は侍ではないぞ」
悔しそうな顔する二人にサガラはそう告げ、もう一度彼らと対峙する。「黒の部隊」の中でも一、二を争うと言われる彼の腕は二人に取って高すぎる壁。それでも諦めず、何かを掴もうと挑みかかってくる。
「…楽しそうだな。アイツ。入るとき散々ごねたって噂ある癖に」 「まぁいいんじゃない?お陰でこっちも刀使い増えたんだし。シキ様大喜びよ」 「…単純に自分の苦労が減ったからじゃねぇの?」 「……余計なことは言わない方が身の為よ」
レツヤとサヤカは体を震わせ、くわばらくわばらと新人のしごきを眺めていたのだった。
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