黒く優しい絆

黒の五色:レツヤ編



貴方は情が深いのよ。
そう言った女を笑った。


毎日毎日同じ事の繰り返しでうんざりしていた。
呪術に長けている腕を見込まれて、暗部に配属になったものの、そこは予想以上の修羅の世界。
裏切りと打算、血なまぐささがいつも流れている血染めの道。
よくもまぁ、気が狂わないことだと、己を誉めたくなるぐらい。
ようやく任務が終わって夜の街に繰り出すと、馴染みの女の元へと足を向ける。
金払いのいい客は歓迎されるから、顔を見せれば案の定店主はすぐさま上等の部屋に通した。

「今日はお早いこと」
「暇になったからな」

しなだれかかる細い腰を引き寄せ、首元に顔を埋めると女の体臭が鼻孔をくすぐる。
帰ってきた。そう思える瞬間だ。

「まぁた…悲しそうな顔をして」

自分の顔をのぞき見た女は頬を包みそう呟いた。いつもいつも女の元を訪れると決まって彼女はこんなことを言う。
一体何をどうみたら、この顔を悲しいというのか全くわからない。

「貴方がどんなお仕事をしているのか。詮索する気もないし、知りたいとも思わないわ」
「なら放っておけ」
「そんなことできるわけないでしょう。そんな顔をされちゃ」

そっと口づける女の唇は、まるで幼子に愛しさを与えるのと同じもの。

「だけどね、貴方には必要なものがあるの」
「…必要なもの?」
「そう…絶対に揺るぎない何か。これだけは信じられるという絆。それを持たねば、貴方はいつか壊れてしまうわよ」

やはりわからない。
白い首に唇を充て、説教は沢山だとばかりに押し倒す。
楽しそうな笑い声を響かせて、女は自分を包み込んだ。


貴方はね情が深いのよ。

ただの焼けくずしか残っていない家。
虫も鳥もいない、先ほどまで聞こえていた声も。
すべてすべて焼いてしまった。

「行くぞ」

部隊長の言葉に仲間が一斉に動き出す。
だが…自分は悲鳴を上げそうだった。

本当は家を焼く必要などなかった。
暗殺すべきなのはただ一人だった。
なのに他の人間に気付かれて、挙げ句の果てがこのざま。
殺せと。
部隊長の一言で、仲間達は屋敷中の人間を殺し廻った。
悲鳴に気付かず寝ているものまで、そして止めとばかりに屋敷を焼き証拠を隠滅。
こんな後味の悪い任務はない。

こんなやり方は嫌だ。
確かに、自分の仕事は血なまぐさいし、それを否定するつもりもない。だが、最低限の殺しに止めたいと思っているのも確か。

殺す人間は与えられた任務の数だけ。
しかし仲間はそうではない。
秘密を保持するためならどれだけ殺してもいいと思っているのだ。


そんなある日、任務が終わった帰り道、他里からの襲撃を受けた。偶然なのか、待ち伏せていたのかは知らないが、痛手を受けて、隊はバラバラになった。
そこへ現れた一人の忍。

「もう死んだ?」

全身に傷を負い、息は荒かったと思うがそんな声のかけ方はないと思う。しかし反する暇もなく、敵は現れ襲いかかって来たが…

「アンタが生きたいと思うなら助けるよ。それとも置いていって欲しい?」

一瞬で敵を撃退した忍はそう告げた。静かに息を飲んでいる自分を振り返り、本心を告げることを待つように。

「何を…そんな悠長な…こんな足手まといを…」
「死にたいならいい。その場で一人で死んで行け。生きたいと思わない奴は私の労力も無駄になるだけだ。だが…お前が本当に生きたいというのなら、私は何が何でも里へと連れ帰る。約束しよう」

そう言って手を手を伸ばした忍。

「信じろ」

そう黒い面をつけた忍はそう言った。



「またアンタ無茶な術使って!少しは自分の体のことを考えたらどうなの?」
「るせぇな」
「るせぇじゃないわよ!アンタを抱えて帰るのどれだけ大変かわかってるの?」
「ふん」

ぷいっと横を向いたレツヤにサヤカは溜息をついた。
予想以上に呪が強く、まだ若い忍がそれに食われそうになるのを助けたせいで、体が半分動かなくなった。術の威力のせいなので、少し休めば問題はないとのことだが、一人で呪術返しなど無謀すぎる。しかしこの男、誰が何と言おうとも、仲間が危険になればすぐに突っ込んでいく。その性格を直して貰わない限り、周りの気の休まる暇はないだろうが。

「そうそう、また入隊の選考があるらしいわよ。それまでには直してよね」
「はぁ?」
「私とアンタで受け持つことになりそうだから」

まじかよーー!と叫ぶレツヤだが、彼の性格を知っている者達は口に笑いを浮かべる。
何だかんだといいながら、彼は新人に世話を焼くのだろう。
そんな光景を。