痛み




ガタリ。

ようやく眠りについた頃、玄関先から聞こえてきた物音にイルカは静かに起きあがる。
ゆらゆらと、炎の揺らめきのように不安定なチャクラ。一体この時間に誰だ。泥棒か?
そんなことを思いながら、クナイを掴んだがすぐに気付く。

「カカシ先生!!」

蹴破るように玄関の扉を開ければ、案の定びっくりしたようなカカシが立っていた。

「ただいま〜イルカ先生」
「ただいまって…」
「あ〜ちょっと疲れました。任務が終わって直行したんですが、起こしちゃいました?」

すみませんね、とどこか遠慮の気配を見せるカカシに、イルカは爆発しそうになる。

「早く…入ってくださいっ!!」
「え…でも俺汚れてますよ」
「いいからっ…!!」

何とかカカシを部屋に引っ張り込んで、風呂へと追い立てる。見るからに、疲労で疲れ切り立っているのもやっとのカカシ。彼が視界から消えた後、イルカは拳を握りしめた。

(俺が気付かなかったら、帰るつもりだったのか!!)

普段はイルカ先生、イルカ先生とべったりしている癖に、こんな時は頼ってくれない。あんな顔をして、ここまでやってくる癖に。なのに、イルカの部屋を眺めるだけで帰ろうとする。

本当は、傍に居て欲しい癖に。

カカシは自分の胸の内を滅多に話さない。本当に何かして欲しいと思ったことをなかなか口にしてくれない。そんなに自分は頼りないだろうか、そんなに自分は…

「あ〜イルカ先生…」
「…ちゃんと髪拭いてください」
「…はい」

イルカが怒っていることを感じ、どこかカカシはびくびくとしている。イルカに言われた通り、カカシは髪を拭き、これでいいですか?と上目遣いに見上げた。イルカは無言のまま頷き、まだ湿ったカカシの腕を取り、ベットへと導く。

「えっと。あのイルカ先生…」
「変な想像しないでください」

嬉しいんですけど〜と呟いたカカシにぴしゃりと言って、やっぱり…とちょとだけ残念そうなカカシと一緒にベットの中に潜り込んだ。そして、抱きしめるようにカカシを胸元に引き寄せて、イルカは目を瞑る。

どこか戸惑ったような気配が伝わってくる。いつも触れてくるのはカカシの方から。しかも、最近はイルカも強くなったもので、必要以上触れてこようものなら拳骨を喰らわしているのだ。

(…けどねカカシ先生。俺だってこんな時ぐらいは優しくしたいと思うんですよ)

任務で何があったかなど聞かない。けれど、貴方が誰かの温もりを必要とし、傍に欲しいと願い、抱きしめて欲しいと思う時、自分は喜んでこの腕を差し出したいと思っている。

貴方の痛みを少しでも和らげられるなら。

(俺はとことん貴方を甘やかしますよ)

額にそっと口づけて、頭を優しく撫でる。何度も何度もカカシを包めば、次第に強張っていた体が緩まり、時期に寝息が聞こえてきた。僅かに体を起こせば子供のようにあどけない寝顔があった。

「…大丈夫、傍に居ますから」

自分の背に回されたカカシの腕。寝ている時に消えることを恐れるように。大丈夫ですよともう一度呟いて、イルカはカカシを抱きしめた。

痛み (2004.10.29)