夕日




前を歩くイルカの後を、カカシはゆっくりとついていく。
ひょこひょこと揺れる尾のような髪。ぴんと背筋を伸ばした後ろ姿。今まで見てきたイルカの何一つ変わらない、しかし胸にあるのは嬉しさと恐れ。

二つの感情が入り交じる。

階段を上がっていくイルカ。どうやら、屋上へ向かっているようだとようやく気付いたカカシ。
ポケットに手を突っ込んで、いつもの猫背で歩いているが、カカシの足は今すぐにでも回れ右をしてこの場から消えたいと言っている。

「ああ、ちょうどいい時間ですね」

それまで互いに一度も声を発することのなかった、沈黙の時が破られる。イルカの言った意味がわからなくて、カカシはゆっくりと首を傾げた。だがすぐにイルカの見ているものに気付く。

「…カカシ先生」

少し離れたところにいるカカシをイルカは振り返る。真っ赤な光が眩しくて、イルカの顔が良く見えない。
ギクリと無意識に強張る体。だが、名を呼ばれただけで胸の内が高揚する。

…もう完全に侵されてる。
たったこれしきのことで、自分の気持ちが一喜一憂するなんて思わなかった。
もう一度好きだと言ってみようか。それで駄目だったらあきらめよう。そんな気持ちでいたけれど。

諦めることなんて…できない気がする。
手を伸ばせばすぐに届くのに。あの人が目の前にいるのに。

「カ…」
「俺は」

イルカの言葉を遮って、カカシはようやく言葉を発する。
彼の話を聞く余裕なんてなかった。ただこの胸に溢れている思いを吐き出すだけしかできなかったから。

「イルカ先生が好きです。貴方が俺を嫌いだとしても、俺はずっとずっと…先生を好きですから」

どうにか最後まで言えた。
イルカが息を飲む音が聞こえる。この後の答えは…

二人を真っ赤な夕日が照らす。地平線へと沈んでいく景色は綺麗だった。だが、それを眺める余裕なんて自分にはない。
どんな答えが返ってくるのか。悪い覚悟に震えていたカカシだったが…

「…は?」

…え?
気が抜けたようなイルカの声に、カカシは初めてイルカの顔を真っ正面から見る。何故自分の告白にそんな声を出すのかわからなくて、ぽかんと口を開いたままのイルカを眺めていた。

夕日 (2004.2.4)