アカデミー




子供達の声が消えたアカデミーはどこか寂しい。
だが、ここにあの人がいると思うといつもどきどきして、わくわくして。こんな静けさを一度も感じたことがないのに。カカシはゆっくりと受付所に向かっていたが、その歩みはじょじょに遅くなっていた。玉砕しようと決めたはずなのに、いざその時がくると、やはり躊躇してしまうらしい。体が行きたくないと告げていることに苦笑しながらも、カカシは歩き続ける。

「だって、いつまでも逃げていてもねぇ…」

誰ともなしに呟きながら、自分のうわずった声を出した喉を押さえる。

緊張してるよ俺。
どんな任務をこなしても、これほど緊張したことなどなかった。自我を殺し、ただ任務を遂行することだけを考えていたせいなのだろうか。結果のことなど考えず、ただクナイを降り続けてきたから…
どうなるかなんて。

「いまさら…こんなことで…」

怖いと思うなんて。

あの人に拒否されることが、否定されることが。

初めて「人」に興味を持ったんだ。自分を育ててくれた師と、背を預けることのできる友ではなく、人として。
彼の傍にいるのは思いの外居心地が良くて、そして新鮮だった。
そう思ったら、気持ちが彼に向くのを止められず、「好きだ」という感情に行き着いて。
アカデミーの無機質な壁に触れながら、カカシは小さく笑う。

これだけで、あの人がいるアカデミーの壁に触れるだけで、自分が幸せだと思うんなんて。

「全く…どうしようもないね…本当」

誰もいないことをいいことに、カカシは壁に額を付けて肩を揺らす。

ああ…泣きそうになってる。俺。

「…カカシ先生!」

背後からかけられた声に、体がびくりと揺れカカシは振り返る。上忍だというのに、近づいてくる気配を感じなかった。そこまで内に閉じこもっていたのかと、いくばか反省したが、求めていた人を目の前にしてその思考は風のように消えてしまう。

「…イルカ先生」

何故か息を乱し、いつも調えられている髪が少し乱れていた。じっと自分を見つめる黒い瞳に、カカシは動揺し、足がじりっと一歩下がる。

「探しました…カカシ先生」

そう言って微笑んだイルカにカカシは釘付けになる。

「お話があります、カカシ先生」

吉と出るか凶と出るのか。
そんな言葉がカカシの頭の中に浮かんだ。

アカデミー (2003.12.31)