…さっぱりわからない。
さようならと、訳のわからないことを言われて、慌てて追いかけたものの、夜道にカカシの姿はなかった。
そのことに呆然としながら、気に障るようなことを言ったのかとイルカは一睡もせず思い返したのだが答えは見つからず。

「ともかく話をしよう」

そう決めて、アカデミーに出勤したというのに。
あれから一週間カカシの姿を見ていない。

やっぱり、いきなり手を繋いだのがいけなかったのかなぁ…そうだよな、今まで避けてきたのに…不自然すぎるよなぁ。
はぁぁと憂鬱な溜息を吐く中忍一名。
周りの怪訝そうな顔も気にならないほど、彼は一人思考にふける。

「イルカっ!!!」
「…?どうした?」

突然名を呼ばれ、振り返れば何故か怒りで顔を赤くした同僚。きょとんとしたまま首を傾げるイルカに同僚はがっくりと肩を落とす。

「…お前、何十回呼べば気づいてくれるんだよぉ」
「へっ!?お…俺そんなにぼーっとしてたのか?」
「ぼーっとていうか…具合悪いんじゃないか?」

彼の言葉に聞き耳を立てていた同僚達が頷く。

「お前働き過ぎだもんなぁ」
「最近残業ばっかりだろ?今日ぐらいは早く帰れよなっ!」
「たまには酒でも飲んでさ、リフレッシュしなきゃ!」

そうだそうだと、頷きあう彼たちにはぁ…と呟き、そうするかなとイルカは立ち上がった。

「じゃぁ俺今日は帰るよ。悪いな」
「気にするな!ゆっくりすれよ!」
「じゃぁな!」

ぴしゃりと閉まった職員室の扉。
イルカの気配が完全になくなったことを確認して、彼らは一斉に溜息を吐く。

「あ〜良かった。これで今日はこれ以上被害を受けなくてすむ…」
「まったくどうしたんだよ…最近変だぞ、あいつ」
「…そうそう、歩けば壁にぶち当たって壊すし、術はとんでもない方向に向かって、池を蒸発させるし…資料室の整理を頼めば、全部逆に本をそろえるし…可笑しいよなぁ」

後始末が全部同僚達に帰ってくる。お陰でここ一週間、イルカに限らず彼らも残業続きなのだ。
ともかく早くいつものイルカに戻ってくれ。
心からそう願う同僚達であった。



なんか…なぁ。
一人家への道を辿れば、何故か寂しいと思ってしまう。
足りない。何かがとても…

「…あ、そっか…最近ずっとカカシ先生と一緒だったんだっけ…」

アカデミーの自分と、上忍師のカカシでは、仕事が一緒になることなどありえない。カカシがいつも自分に会いに来てくれるから、一緒に帰れたのだとようやく気づいたイルカは、小さく溜息をついた。

「そうか…そうしないと会えないんだ…」

知らなかった。
カカシのしていた努力に気づかされる。
ふわりと風が吹いて、道ばたに会った白い小さな花が揺れていた。
たった一人でそこに咲いている花。
風に揺られて、踏みつけられればすぐに潰れてしまいそうなほど、弱々しいのに。

なのに、その花はどうどうとそこに居て。
ここで咲いているのを誇りにしているような。

「…今日七班はどこの任務だっけ…」

会いにいってみようか、自分から。
避けられているのかもしれないけど…ともかく会って話がしたい。

たっとその場から消えたイルカ。

白い花はふわふわと揺れ続けていた。

花 (2003.12.4)