魚の骨




「…?なんですか?」
「あっ!いえ何でも…」

顔を上げれば慌てて視線を落とすカカシ。首を傾げながらも、とりあえず納得して手元にある料理に箸の伸ばせば、再びちくちくと刺さるカカシの視線。

先ほど強引にカカシの手を取ったのが悪かったのだろうか。
確かにカカシが変に思うのも仕方が無い…何しろ好きだと言われながらも、自分は友人の域を決してでないよう、カカシに誤解が起きないよう細心の注意を払って接してきたのだから。
隣に座っても、肩が触れぬよう。
冗談を笑いあっても、相手の背を叩いたりせぬよう。

カカシには触れない。
きっとカカシも気づいていたはずだ。だが、イルカの意思を尊重し、合えてそれに合わせてくれていたのに。

なのにそれを破ったのは自分。
2人の間にあった見えない壁を飛び越したのは自分の方。

(…だからってなぁ…)

居酒屋についてから、カカシは自分から話し掛けてこようとはしない。
まるでイルカから先ほどのことの口火を切るのを待っているようだ。

ちくちく。

カカシの視線が突き刺さる。
…まるで自分が食べている魚の骨のように。

………

「…カカシ先生」
「はっ!はいっ!!」

びくーんと、カカシの背中が真っ直ぐになった。次にイルカからかけられる言葉に、僅かな期待と不安を込めて、見返してくる片目。

「…カカシ先生。汚いです」
「………は?」

全く予想もしてなかった言葉に、カカシは目を丸くしたまま固まった。
じいっと自分を見つめてくる真っ直ぐな瞳を見て、一体何を言われたのだろうと、イルカの言葉がカカシの頭の中をぐるぐると回る。

汚い…?汚いって…俺が?
そりゃあ、忍だもん、任務で人を…女や子供を殺したことだってある。
暗部にいたこともあるのだから、普通の忍より血に汚れている手。
ああ…そうだ、この人は子供が大好きで…だから…

任務とはいえ、子供を殺した俺を許せないんだ。


何を期待していのだろう。
カカシは無言になり、手から箸が滑り落ちる。その様子を見て、イルカがカカシの名を呼んだが、答えられるほどの気力はなかった。

手を握られた。あの人から初めて。
好きだと初めて人に告白して、その気持ちが受け入れられなくても傍にいさせてくれることを許されて。困ったように、でも受け入れてくれていた彼の気持ちが嬉しくて、甘えていた。
それでも頑なに友人の立場を貫く彼は、告白した日以来、自分に決して触れなかった。触れることを許さなかった。

隣に一緒に歩いて、手が触れる一瞬の時も、物を受け渡す指の先も、決して許してくれなかったから、だから手を握られて。信じられなくて。

話す言葉を見つけられないほど、動揺しきって。


汚い。


「…帰ります」
「?え?カカシ先生?」

勝手な思考の末に、勝手に結論づけて、音もなく立ち上がったカカシに、当然イルカはその理由がわからなく口に端を突っ込んだままあっけに取られていた。
靴を履き、この場から立ち去ろうとしていることにようやく気づいて、イルカは慌てた。

え…!?一体なんでっ!?
無意識に伸ばした手。
だが、それはばっとカカシに避けられた。

え…?

「迷惑かけて…すみませんでした。もうアナタの前には現れません」
「…は?」
「さようなら、イルカ先生」

こちらを一度も振り返ることなく去っていったカカシ。
ぴしゃんと店の戸が閉められた音で、イルカは我に返った。

「俺…?何かした…?」

先ほどまでカカシのいた場所を振り返れば、そこには誰も座るものがいない座布団と、カカシがぐちゃぐちゃに身をほぐしながら、一度も口をつけられることのなかった魚の残骸だけが残されていた。

魚の骨 (2003.12.4)