幽霊




「イイイイ…イルカ先生っいる〜ってばよ!!!」

もうそろそろ真夜中になるという時間に、突然聞こえてきた子供の声。そろそろお開きにしようかと、酒を片づけていたイルカとカカシは、良く知る声に互いの顔を見合わせた。

「?ナルトか?どうしたんだ?」
「イルカ先生っ!!!」
「おわっ!?」

ドアを開けた途端、がしっと腰の辺りに抱きつかれ、イルカは衝撃によろめく。
一体何なんだ。
そう聞こうとしたイルカの口が、涙で一杯のナルトを見て止まってしまう。

「…?どうしたんだ?ナルト」
「あ…あのさ、イルカ先生っ俺今日泊まってもいい!?」
「…は?」

突然のナルトの頼みに、イルカは首を傾げながらも、取りあえず部屋へと促した。ぎゅっとイルカの服の裾を掴んだまま離さないナルト。
最近ではあまり見せなくなった、ナルトの様子に一体何があったのだろうと訝しみながら。

「…あ!?カカシ先生もいるってばよ!?なんで!?」
「なんでって…一緒に酒を飲んでたんだ。それより…」
「嘘だっ!やっぱりカカシ先生も怖かったんだってばよ!」
「「は?」」

2人の教師の声など届いていない様子で、何故か安心したようになったナルトは、腕を組んでうんうんと頷いている。

「何言ってるんだ?ナルト。カカシ先生は、本当に酒を飲んでただけなんだぞ?」
「い〜や、イルカ先生。カカシ先生を庇う必要ないってば!昼間俺達にあんなこと言ってたくせに〜大人なのになさけないってばよ!」
「…昼間?何かあったんですか?カカシ先生?」

ナルトの話からは一向に要領が得なかったので、イルカは理由を知っているらしいカカシへと話を向けた。

「う〜ん、あんなことって…あ、もしかしてあれのことか?」

何かを思い出したらしいカカシは、ふーんと呟きながら唯一見える右目でナルトへ目を動かす。すると、その視線を受けたナルトがびくりと動揺した。

「昼間ね、サクラが幽霊の話をしたんですよ。それで幽霊はいるかいないかって言い合いになりましてね…」
「へぇ…で?ナルトはどっちだと?」
「イイルカ先生っ!?」
「勿論居ないと」

肩を竦め、答えを言ったカカシにようやくイルカは合点が言った。
つまり、ナルトは幽霊はいないと言ったものの、夜になったら怖くなって来たらしい。そして、イルカの家に飛び込んで来たということなのか。

「…でもでも!カカシ先生だって居ないって言ってたじゃないかってばよ!」

ナルトは、臆病な自分を知られたためか、それを隠すようにびしっとカカシへ指を向けた。
だから、カカシも怖いだろうというわけなのだろうか?ナルトの単純な思考回路に、イルカはふーーっと溜息をついた。

「だって、居ないと思うから居ないって言っただけでしょ。お前と違って怖がってはいな〜いよ」
「えええ〜う、嘘だってばよ〜」
「あ〜もう、わかったから。今日は泊まっていけよ。な?子供はもう寝る時間だぞ」

イルカの了承に、ナルトはぱっと顔を輝かせる。わ〜いと叫びながら、布団を引きに行くイルカに着いていくナルト。あれは、幽霊の恐怖から逃げ出せるという嬉しさだけではあるまい。
カカシは、そう思いながら、昼間の会話を思い出していた。


怖い幽霊の話を知っていると言い始めたのは、サクラ。サスケの気を引きたいが為の話題だったが、案の定サスケは関心の欠片も見せなかったが。
そしてナルトとカカシを巻き込んで、幽霊はいるかいないかと意見の相違。

「幽霊は絶対にいるんだから!夜一人になると絶対ナルトの所に、現れるんだからっ!」

きっと、去り際のあれが聞いたのだろう。
カカシは、やれやれと溜息をついた。

「…あれ、ナルトは?」
「布団に入った早々、寝ました。全く…寝るまで手を握っていてくれなんて。あ、このことはサクラと得にサスケには言わないでと言ってましたよ」
「そうでしょうね〜」

床に座っているカカシの傍に座り込んだイルカは、興味本位でカカシに聞いてみた。

「で…どうして、カカシ先生は幽霊いないと思うんですか?」
「だって、見たことありませんから」

カカシの単純明快な答えに、イルカはがくりと肩を落とす。だが、カカシの話は続いた。

「幽霊って恨みを持つ人の所に現れるって言うでしょ。だったら俺達の職業の奴らは、全員見なきゃいけないじゃないですか?」

その言葉にイルカは詰まる。

「俺に殺された奴らが、本当に幽霊になるなら、俺の前に現れているはずでしょう?」

お前が憎いと、夜ごとに現れるだろうに。でもそんなことはないから、幽霊なんていないんですと、カカシはそう呟いた。

「俺はね、幽霊は心残りの人の所に現れるって聞いたことがあるんですよ」

何もない天井を見上げて、イルカは小さく笑う。何故彼がそんな笑みを見せるのか理解できなくて、カカシはその横顔をただ見つめていた。

「昔はね、幽霊に出て欲しかったんですよ。俺」
「…出て欲しいんですか?」
「だって、そうしたら両親が来るはずでしょう?俺は幽霊でもいいから会いたかった」

心残りの人の前に現れるというならば、絶対に自分の前に現れるはずだと。何の脈略もないことに、期待をかけていた子供時代。

「でも、全然現れてくれませんでいた。両親は俺のこと心配じゃないのかって、ふてくされた時もあったんですけど…ふいに思ったんですよ。俺のこと大丈夫だって思ってるから現れないのかなって」
「…大丈夫?」
「姿を見せなくても、俺は大丈夫だって信じてくれてるからって」

だから、見たことはないけど信じてはいるんです。ありえないと言われるかもしれないけど、見守ってくれていると、思っているから。

「居ないのに居るんですか…?」
「ええ、居ないのに居るんですよ。そうやって守ってくれてるんです。あ、きっと恨みを持つ相手からも守ってkるえているかもしれません」

だから、カカシ先生の前には現れないんですよ、きっと。
そう言うイルカを、カカシは呆然と見返す。

「…そんなこと…考えてたことありませんでした」

自分を信じてるから、姿を現さない。なのに、守ってくれているなんて。

「…そう考えると、嬉しいでしょう?」

そう微笑んだイルカにカカシは手を伸ばす。

「…カ…!?」
「本当…貴方は不思議な人ですね…」

自分には思いつかないことを教えてくれる人。殺伐とした心にいつも水を注いでくれる…
この人を好きになって良かったと、カカシはイルカをぎゅっと抱きしめた。

「…今度一緒に墓参り行きませんか?」
「…是非」

ぽんとカカシの背を叩いて、イルカは嬉しそうに頷いた。
たまには一緒にお礼に行こう。


いつも守ってくれてありがとうと、優しい幽霊達に礼を言いに。

幽霊 (2003.10.29)