危機一髪




「っと危な〜」
「何ぼけっとしているカカシ」
「ちょっと足を滑らせただけでしょ」

むっとアスマに言い返せば、彼はやれやれと肩を竦めていた。

「何がちょっとだ。真面目にやれ」
「真面目にってねぇ…やってるつもりなんだけど」
「どこがだ。さっきから注意力散漫の癖に」

久しぶりの任務で相棒はアスマだった。この男、朝から人のことを貶しうるさくて堪らない。しかも。

「何イライラしてんだよ」

自分の気持ちを見事に代弁してくれるからこそ。よけいにうるさい。
原因はわかっている。

最近イルカに避けられているのだ。

本気半分戯れ半分。彼に好きだと言ったら、彼は酷く困った顔をした。
別にそんなつもりじゃなかったのに、そう言ってもあの後の食事はどこか気まずくて、カカシも早々にイルカの家を辞退させてもらった。
そして次の日から。
イルカに避けられるようになった。
受付所の時間がずらされ、廊下などでも会うことがなくなった。始めは偶然だろうと、高をくくっていたが、ナルトがいつものようにイルカと会っているのだと言うので、ようやく違和感に気づく。
自分は何か彼にしたのだろうか。
戦いに明け暮れていたせいか、人としてのつき合いは未熟と感じている自分。考えて考えて、さり気なく周りからも話を聞いて、それが自分の言った言葉のせいだとようやく気づいた。

でも、だからって、それは何日も顔を合わせないほど酷いことだろうか?
自分の気持ちを素直に言うことが、いけないことだと誰も言わなかった。だからあの時思ったままに、言ったのに。何故イルカは怒るのだろう。
日を明けず、イルカと夕飯を共にしていた時間。それが砕けて、カカシは改めて彼の存在の重さを知ったというのに。

一人で酒を飲んでも楽しくない。報告書を出して、無機質なご苦労様の声を聞いても癒されない。

つまらない。つまらない。

「カカシっ!!!」

アスマの声に、反射的にクナイを振れば、キンと無機質な音が鳴った。

「あらら」
「あららじゃねぇっ!さっきから敵の気配がぷんぷんしてるだろうが!」
「はいはい、怒鳴らなくてもわかってるよ。っーことで、これアスマもってて」
「は!?」

今回奪取した巻物を渡され、アスマはどういうつもりだと、声を上げた。だが、カカシはそれを聞かずアスマの後ろへと回り込む。

「俺が援護つーことで」

そう言い残し、姿を消したカカシにアスマは舌打ちした。

「あいかわらずわかまま野郎だ!」

里へと向かって走り出したアスマを、敵が追う。だが、彼に手を出そうとするたびに、銀色の光が走り、彼らの攻撃はすべて防がれてしまう。

「カカシ!!!」

里が見えたと、アスマが叫ぶ。それを聞いてカカシが、最後の敵を屠った。

「!!!?」

ドォン!!!

突然最後に倒れた敵が爆発し、カカシは吹き飛ばされる。起爆札を見抜けなかった自分に、カカシは舌打ちした後、木に叩きつけられて意識を失った。


どんな任務でもやり遂げる自信はもっていた。例えそれがSランクでも。
危ない時はあったけれど、本当の危機を感じたのは何度かだけで。それなのに、今何故かカカシはそれ以上の危機感を抱いていた。
あんな巻物を奪う任務なんて、危ないとさえ思わないのに。何故あんなにも…神経を使っていたのか。

うっすらと眼を明ければ、そこはベットの上だった。薬独特の臭いから暗い中でも病院ということがわかる。

どじったのか…
あんな程度で気絶した自分をふがいなく思いながら、起きあがろうと身を動かしたカカシは、自分の手に何か暖かいものが握られていることに気づいた。
そしてそこにいる人。

「…イルカ先生…?」

カカシの手を握りながら、ベットに頭を落としている彼を、カカシは呆然と見続ける。
何故彼がここにいるのか、ずっと避けられていたはずなのに。
心の葛藤に、動けないでいるカカシは、自分の手を握るイルカの手を見下ろした。

暖かい…
誰かに手を握られるなど、久しぶりのことだった。カカシは開いている手で、今だ眠り続けている彼にそっと触れてみる。

「ん…」

小さな呟きと身じろぎの音。それにびくりと固まったがイルカは眼を覚まさなかった。
それに気を良くしたカカシは、もう一度彼の頬に手を伸ばし、そっと触れる。
何だか安心している自分がいた。

あ…れ?そういえば…
先ほどまで感じていた危機感が全くない。一体どうしてと思いながらイルカに振れ続ければ、その指先から人が持つ気が流れてくるような、安心する気配が伝わってきた。

もしかして…
カカシはイルカから手を離し、叫びそうになる口を慌てて押さえる。

俺…イルカ先生と離れてしまうことに危機感を持っていたのか…?
誰もいないことはわかっていても、真っ赤になっているだろう自分に、開いた口が塞がらない。暗くて良かった。誰もいなくて良かった。
何度も何度も、そう言い聞かせてばくばくと鳴る鼓動を落ち着かせようと、カカシは必死だった。

「カ…カシ…せんせ…」

イルカの寝言に再度胸を高鳴らせて、カカシはそっと彼の顔ののぞき込む。

「何ですか?イルカ先生」

そう言うと、イルカは嬉しそうに笑った。受付所の時間も変えるほど、嫌っていた相手に付き添ってくれているイルカ。これはまだ、望みがあるということだろうか…?

危機一髪。

諦めようとした自分に、神がくれたチャンスだと。カカシは笑って彼の頬を撫でた。

危機一髪 (2003.10.10)