一つの灯り




「ふ…う…」

カカシは里に入ると、息を吐いて、緊張し続けた体を少しだけほぐした。

さっさと帰って寝よう…
下忍達を受け持つ上忍師となっても、たまにこうして任務が入ってくる。当然上忍としての任務なのだから、Aランク任務が多くて、気の休まる暇がない。

「…何が暇だろうだよ、あのじじい…」

開いている上忍がいないからと言って、そう人に任務を押しつけないで欲しい。確かに命の危険がある任務は減ったが、その分未熟な下忍達を指導するので、精神が参っているのだ。
ああだこうだと、文句をつけて、思い通りに動いてくれない子供達。
こんな奴らと任務を一緒に行ったら、腹が立ってぶちのめすかもしれない。
そんなことをアスマに言えば、それを教えるのも上忍師の役目だとか、ほざきやがった。

カカシは、いつものように、背を曲げポケットに両手を入れて、歩き始めた。急いで帰ったとて、誰かが待っていてくれるものでもない。
気怠い体を叱咤しながら道を歩いていると、通りかかったアパートから、誰かが出てきた。

「…カカシ先生?」

え?と顔を上げれば、玄関の扉を開いて固まっているイルカの姿。何かを買いに出掛ける所だったのか、手に財布を持って居る。

「…イルカ先生」
「あ、任務ですか?お帰りなさい。カカシ先生」

忍らしく、地面を蹴って、カカシの前に降り立ったイルカ。彼はにこりと笑うと、お疲れさまですと、カカシに頭を下げる。

「…ど〜も…」
「これから家に?」
「ええ…まぁ…」

そう答えれば、何故かイルカが考え込むように、手を自分の顎に乗せていた。
なんだろうと、カカシが無言でイルカが口を開くのをまっていれば、初めてカカシを酒に誘った時のように、目を泳がせてこう言った。

「よければ、うちで休んで行かれませんか?俺今から飯食べるところなんです。アカデミーが遅くなって…風呂とかも沸いてますし、どうですか?」

思わぬ誘いに、カカシは驚きに目を開いた。
このイルカという人物は不思議な人だ。自分が知っているどの人間とも違う反応し、思いもよらぬことを言ってくる。だが、それが不快でもないから、なお不思議なのだ。そして。

「それじゃ…お邪魔してもよろしいですか?」

そう答える自分も。


「ええ!勿論です!あ、俺ビール買ってこようと思っていたんですけど、カカシ先生も飲みますか?」
「そうですね」
「それじゃ、ちょっと行ってきます。どうぞ、部屋に入っていてください!」

イルカの指さした先には、玄関の戸が開いたままの部屋。イルカが、ではと、姿を消す。恐らく全力疾走で、自販機にでも行っているのだろう。
カカシは、玄関から漏れる光を盆やりを見上げる。
もう、寝静まっているのか、そこ以外に明かりはついていない。
いつも、任務を終えたカカシを向かえるのは闇だった。誰もいない、人気のない部屋。
それが当たり前だと思っていたのに、立った一つ。玄関から漏れる一つの灯りが何故か無性に暖かくて。

カンカンと鉄の階段をゆっくりと昇り、イルカの部屋の前に立つ。入って良いと言われたのだが、何故か足は躊躇して。

お帰り。

そんな言葉も久しぶりに聞いた。
イルカと同じように、玄関についている電球が、そう言ったような気がして。
カカシはくすりと笑い、靴を脱いだ。

一つの灯り(2003.9.29)