距離




「ご苦労様です。今終わられたんですか?」
「ああ…まぁね」
「あいつらどうですか?大変でしょう?」
「そうだねぇ…あの有り余ってるエネルギーを別のことに変えてくれればいいんですが」

受付所に向かう途中に出会ったイルカが、くすくすと笑う。そして、自然と肩を並べて歩く自分を、カカシは不思議な思いがした。

数日前、彼と話をした時から、彼らの関係は微妙に変化していた。以前はすれ違っても、頭を下げるぐらいだったのに、顔を合わせれば会話までするようになっている。受付所で会っても、雑談が含まれるようになり、どうしてそのように変わったのか、正直カカシはわからなかった。
別に積極的に話しかけているわけではない。話しかけてくるのはイルカの方だった。
今日あいつらどうでした。
お疲れじゃないですか?
一言、二言、言葉が増えて、そうすると答える自分も口数が多くなっていく。
そして、こうして肩を並べて歩いて。
人付き合いが良い方ではなのに、イルカと話をするのが嫌だと思ってない自分に驚く。

「どうしました?カカシ先生?」
「え?いや…何でもありませんよ」

考え事に没頭していたせいか、無言になってしまったようだ。きょとんと自分を真っ直ぐ見てくる目に、カカシは僅かに息を飲む。

「あ…そうだ…」
「?」

不意に、それまで自分を真っ直ぐ見ていた目が反らされ、彼は照れたように、古い鼻傷を指で掻く。

「え〜と、あの…」

どんな大したことのない話しでも、相手の目を見て話す彼には珍しい態度。カカシは立ち止まって、何ですかと?首を傾げた。

「…もし…良かったら、この後飲みに行きませんか?」
「…え?」

…意外すぎる彼からの誘いに、カカシは目を開く。そんなカカシを見て、イルカが狼狽えた。

「ああっ!!!すいません!!!勝手なことを…!!!ご…ご用がおありですよね!俺…その…!!!」

顔を真っ赤にして、あわあわと言葉を探す彼にカカシはあっけにとられていた。
…俺と…?
逆ならまだしも、中忍から誘いを受けるとは思ってももなかった。だが、カカシの場合上忍とて、気の置けない相手としか飲みには行かない。そんなことをイルカが知っているはずもない。だから誘ってきたのだろう。
カカシは、酒が入ることで、それほど仲も良くないのに、気安い態度になる相手が嫌だった。だから、いくら酒を飲んでも自分が変わらない相手としか行かない。けれど…

「すいません!忘れて…」
「酒…強い方ですか?」
「え…ああ、まぁ…そのつもりですが」
「それじゃ、かまいませんよ。行きましょう」
「えっ…!」

自分から誘って来たのに、了承したカカシを驚きながら見返している。少し眉を動かしたカカシを見て、イルカが我に返った。

「は…はいっ!じゃあ!俺これ提出してきます!」

だーーーっと走り出したイルカを、カカシは呆然と見送った。
次第に小さくなる背中。あの角を曲がればイルカの姿は見えなくなる。だんだんと開いていく距離。

だが…自分達の関係は近づいている。
「…どういうことなんだろうねぇ…」

ぽりぽりと頭を掻いて、カカシは受付所へ向かう。
僅かに歩く速度が上がっているのを感じながら。

距離(2003.9.22)