ナミダ





どんよりとした雲。
昨日まで続いていた雨がようやく止んだというのに、今日まだ太陽は出なかった。それでも幾分薄くなっているかと、一日を終えたカカシは家路を歩く。今日もいつものように遅刻をして、子供達を怒らせながら命の危険のない任務を終えて。最近では少々物足りなさを持つ余裕の出てきたカカシ。
何となく、空を見れば自分の気持ちも下がっていきそうで、カカシはどこかで飲んでいこうと、足を別の方向へと向かわせる。

こんな時間のせいだからだろうか、繁華街に続く道を歩いているというのに、誰ともすれ違わない。さわさわと雑草の揺れる小道をゆっくりと歩きながら、何気なくそれを目に入れていた時。ふいに人影を捕らえた。
背の高い雑草の中、何をやっているのか空を見上げて。その空を隠す雲を睨むように、上を見ている一人の忍。それは、受付所で見覚えのある…

「イルカ…先生だっけ」

覆面の下に隠された口が紡いだ言葉を、イルカが聞き取ったらしくて、こちらを振り向いた。
驚いたようなその顔と。

片方の目から流れた一筋のナミダに、カカシが息を飲む。

「…カカシ先生…?」

呆然と呟く彼から、何故だか視線がそらせない。イルカは自分が流す涙に気づいて、慌ててそれを袖で拭った。

「え…と、あの…」
「…何かあったんですか?」

問いかけたことに驚いたのはカカシも同じ。普段、受付所でも挨拶ぐらいしかしないのに、何故言葉をかけてしまったのだろうと。イルカの驚いた顔に苛ついたが、カカシは無表情を装ってただ言葉が返るのを待っていた。

「…今日、教え子だった子が亡くなったんです…」
「…ああ…」

それで、泣いていたのかとカカシは小さく頷いたが、何故こんな所で泣いていたのか、合点がいかない。教え子だと言うからには、忍だろう。殉職した忍は慰霊碑に名を刻まれる。故人を思うのならば、そこへ行くべきでないのか。

「あいつと…ここで最後に話をしたんです」

それを察したように、イルカの言葉が紡がれる。その間も、イルカの目からはぽろぽろと、朝露の雫のようなナミダが零れていた。

「俺みたいな忍になりたいって…馬鹿ですよね…」

問いかけというより、言い聞かせているようなイルカの言葉。こちらを見ず、雲の向こうにある空を思いながら涙を流す彼に、カカシは呟いた。

「…それって、失礼じゃないですか?」
「え?」
「俺みたいななんて…その子は貴方に憧れていたんでしょう?だからそう言ったのに。貴方がそんな自分を卑下する言い方をすれば、その子が哀れですよ」

きょとんとしたイルカの目から最後にぽろりと、ナミダが零れる。まるで自分が泣かせたようで後味が悪く、それ以上カカシは何も言わなかった。

「…そうですね…そうですよね…」

何かをふっきったように、イルカはうつむく。また泣いているのかと、カカシが首を動かした時、イルカが突然顔をあげた。
そして笑う。

「俺本当に馬鹿ですね。あいつが…俺みたいになりたと言ってくれたこと、誇りにしなきゃいけないのに…それがあいつの夢だったのに。それを馬鹿にするなんて…教師失格だなぁ」

目元を赤くしながら、笑うイルカ。彼はくるりと振り向いて、大きな声で叫んだ。

「ありがとなっ!イナホ!!!あの時、こう言ってやれなくて本当にごめんな!!!」

再びぼろぼろと泣き出したイルカを、カカシは不可解なものを見るように眺めていた。何故あんなに人前で泣けるのだろう。そして笑えるのか。

ナミダなんて。

もう何年も…流したことがない。
カカシは空を見上げるイルカを眺め続ける。
何故だろう…彼を見ていれば、喪失した何かを取り戻せるような気がして。

ナミダ(2003.9.11)