誕生日

カカシ先生誕生日小説



「こんにちは、イルカ先生」
「あ、ご苦労さまです。カカシ先生」

カカシから差し出された報告書を受け取り、イルカはすばやく目を走らせる。ぽんと受領の印を押して、イルカはにこりと笑った。

「ご苦労さまでした。結構ですよ、カカシ先生」
「はい。あ、そうだイルカ先生。今日お時間あります?飲みに行きませんか」
「あ、本当ですか?いいですね。今日は定時に終わるのでそれでよければ」
「わかりました。では〜」

ひらりと手を振って、去っていくカカシ。それをイルカは見送って、残りの仕事を終わらせるべく、手を早めた。


カカシと知り合ったのは、イルカの教え子ナルトを通してだった。しかし、だからと言って上忍である彼と交流などはなく、受付所や偶然居酒屋などで会った時に挨拶する程度だった。
彼と飲みに行くようになったのは…いつの頃からだっただろう。
気づけば、雑談が増え、仕事が終わった後、街へと繰り出す。初めは、恐縮していた自分もカカシの巧みな話術と人柄に、遠慮という言葉は消え始めていて。ただ、純粋に彼と過ごせる時間を楽しむようになっていた。

「?どうしました?イルカ先生。手が止まってますよ」
「へ?あ!すいません」

ぼーっとしていたことを指摘され、イルカは顔を赤くしながら、それをごまかすようにビールをぐいっと飲んだ。それを真正面で見ているカカシがくすくすと笑う。

「…なんですか。カカシ先生」
「いえいえ、別に〜あ、卵焼き頼んで良いですか?」
「はぁ」

すいませ〜んと、手をあげて追加を頼むカカシ。店員に、メニューを指差し注文をしているカカシの指を、イルカはぼんやりと見ていた。

「イルカ先生…どうしたんですか?今日はずいぶん静かですね。おまけに珍しいですか?俺の指」

自分の指にイルカの目線が行っていたことに気づいていたのか、彼はひらひらとイルカの前で手を揺らす。ちょっと馬鹿にしたような、カカシの声音にイルカはむっとして、呟いた。

「カカシ先生の指って長くて綺麗なのに、どうして報告書の字は汚いのかなぁと思いまして」
「…言いますね。イルカ先生。さすが解読者」
「好きでなっているわけじゃありません!わかってるなら、直して下さいよ!!!」

受付所泣かせの報告書。そう呼ばれるほど、カカシの報告書の字は汚く、誰も受け取りたがらない。受付所にイルカがいなかった時は、彼が出てきた途端、解読させられるぐらいなのだから。

「あはは…気をつけますね」
「そのセリフ…聞き飽きましたよ」

はぁと大げさにため息をついて見せたが、カカシは気にした様子もなく、自分の指を見ている。

「そういえば、イルカ先生ってよく俺の指見てますよね」
「…は?」
「あれ、気づいてませんでした?普段はそうでもないんですが、こうして飲んでるときの視線、よくこちらに来てますよ〜よっぽど俺と顔を合わせたくないのかと思いましたよ」

思わぬことを言われて、イルカは半ば呆然としていた。

「え…気づきませんでした…俺そんなに?」
「そうですよ〜別に珍しくもない普通の指なのに」

ね?とカカシは手のひらをイルカの前に差し出した。イルカは考えるように、カカシの指を見つめる。

「もしかして指に特別な思いとかあるんですか?それとも俺限定?」

くすくすとからかうように笑うカカシ。だが、いつもならむっとしながら何かしらの嫌味をくれるイルカが何も言わない。

はれ…?
訝しげにカカシがイルカを覗き込むと、彼は眉間に皺を寄せていた。

「え〜と、イルカ先生?」
「何でだろう…俺…人の指見てるんだ?何かあったか?いつもそうだったろうか…」

酔いも覚めた顔で、一心不乱に原因を突き止めようとしている。わからないことがあれば、後回しにせず、すぐ解決方法を探すイルカ。まさしく教師らしい彼だが、今ここでやってはもらいたくなかった。

「え〜と、あの、イルカ先生。それはちょっと置いといて飲みませんか?」
「どうだったろう…無意識だからかな…記憶にない…」
「イルカ先生ってば!」

カカシが、どうにか彼の思考をこちらに向けさせようと努力しても、考えることに没頭しているイルカの耳にはととかず、その日はそのままお開きとなり、そしてそれから2,3日イルカの頭を悩ませる原因となったのだった。


う〜ん結局原因がわからないなぁ。
アカデミーの廊下を歩きながら、イルカは自分の癖について悩んでいた。いくら考えても自分がなぜ人の指を見るのかはわからない。思い余って同僚に聞いてみても、彼らはそんなことに気づいていなかったのか、お前に癖なんてあったか?と逆に問い返されてしまう。

なんなんだろうなぁ。指…指ねぇ。
じっと無骨な手を広げ、自分の指を凝視する。
カカシの白くて長い指とは違い、ペンだこができた、黒い手。一日中鉛筆やボールペンを持っているので、それは仕方がないが、そのあまりの違いに少しため息が出た。
ふいに、窓の方から見知った気配を感じ、顔をあげれば、報告書を提出しに来たのか銀髪の上忍がのっそりと歩いてきていた。

あ…カカシ先生だ。
声をかけようと、手すりに手を置いた時、彼に走りよる女性の姿を見つけた。
その女性は、カカシに何か渡して来た時と同じようにすぐ去ってしまう。彼の手元に残された赤い包み。

あ…やっぱりモテルんだなぁ。
女性から何かを貰ったということが少ないイルカは、ちょっとうらやましげにそれを見つめていた。そんな視線に気づいたのか、カカシが顔をあげ、そこにイルカを見つけて驚いたような顔になる。

「こんにちはカカシ先生」
「あ…え〜と、コンニチハ」
「あいからわず、おもてになりますね」

くすりと笑ってそう言うと、カカシは気まずげに折角貰ったプレゼントを、無造作にポケットに突っ込んでいた。

「あの…」
「?はい?」

何か言いたげな、しかし目を合わせようとせずカカシは口ごもる。いつにない彼の様子に首を傾げながら、イルカはこの前の非礼を思い出した。

「そうだ。カカシ先生今日俺の家に飯食べに来ませんか?」
「え?」
「ほら、この前誘ってもらったのに、あんなことになってしまいましたから。お詫びです。と、言っても給料日前なんで、たいしたもの作れませんけど」
「い…行きます!いいんですか?」
「はい」

では、後でと、その場で別れたイルカは、冷蔵庫にあるものと、頭に思い浮かべながら職員室へと向かっていたため、その時カカシが酷く嬉しそうな顔をしていたことに気づかなかった。



イルカの家に行く途中に一緒に買い物をして、イルカの家をひどく珍しげに見回しているカカシに苦笑する。冷蔵庫の中身と、新しく買ってきたものを使って、夕食を作り上げれば、カカシは店で食べるよりうまいと褒めてくれた。それが終われば、案の定、飲み会となってしまった二人は、いつになくご機嫌で、他人の目もないせいかいつも以上にはしゃいでいた。

「あ、また」
「?はい?」

話にも一段落ついたころ、カカシがぽつりと言った言葉にイルカは顔をあげた。ひらりと、カカシの手が動く。まさかと、顔を引きつらせたイルカは、カカシが苦笑しているのを見て、はーーっと肩を落とす。

「…すいません」
「いえいえ、いいんですけどね。でも指じゃなくて、顔の方がいいなぁなんて」
「何言ってるんですか」

初めて見た時は驚いたカカシの端正な顔も、今では狼狽るすこともなく真正面から見られるようになっていた。イルカは冷淡に彼にそう言い返すと、つまみを取りに立ち上がる。

「あっ…イルカ先生?怒りました?」

そんな態度を誤解したのか、慌てた様子でカカシが腰を浮かすと、ポケットの中から、昼間受け取ったものがごとりと落ちた。

「あ?」
「まだ、開けてなかったんですか?カカシ先生」
「はぁ…忘れてました」

漬物を手にしたイルカが、赤い包みを持って首を傾げているカカシに、どうしたんですかと問い掛ける。

「いや…ね、あの人なんでこれくれたんだろうと思いまして」
「は?え〜とお知り合いの方とかじゃないんですか?」
「全然。いきなり受け取ってくださいって…今日なんかありましたっけ?バレンタインデーとか?」
「…それは半年ほど先ですよ、カカシ先生。全く心当たりないんですか?」
「ええ。だから思わず…?とメモ?」

綺麗にラッピングされた間に挟まっていた小さな紙を、カカシは開く。それを横から除いたイルカがあっと声をあげた。

「カ…カカシ先生!お誕生日なんですか!?」

二人はくるりと背後を振り返って、壁にかけられているカレンダーを眺めた。

9月15日

「あ〜そういえばそんなものが」
「そ…そんなものって…アナタね」

がっくりと肩を落としたイルカは、ふと誕生日と聞いて思い出した。

「そういえば…俺自分の誕生日にカカシ先生にプレゼント頂いたんですよね」
「へ?ああ、寝過ごした休憩時間ですか?」

くすりと笑ったカカシをぼんやりと見ながら、イルカはその時のことを思い出す。
眠れず、カカシの横顔を見ていたら、彼が笑って自分の眼をあの指で覆った時、とてつもなく暖かい気持ちになったことを。

ま…さか俺!?だからいつもカカシ先生の指見てたのか!?
自分の為だけに与えられたぬくもりを忘れられなくて、だからいつも…

「イルカ先生?」

イルカはばっと顔をあげて、かーーーっと顔を真っ赤にさせた。そんな彼の変化にカカシがぎょっとしている。

「イ…イルカ…」
「なっ何でもありません!!!はい!全然!!!まったく!!」
「あの〜台詞と顔が合ってないんですけど」
「と…ともかく!なんでもありません!それよりっ!カカシ先生何か欲しいものないですか!?」
「え?」
「ほら!俺の時頂いたんですし!俺からも何かプレゼントしたいなって!!」

といっても、もうこんな夜更けに、物をプレゼントすることもできないけれど。イルカは前もって調べて置かなかったことを後悔していた。

「え、別に気にしなくていいですよ」
「いえ!駄目です!!!それじゃ俺の気がすみません!何でも言って下さい!俺にできることなら何でもしますし!」

そう拳を握り締めて力説したけれど、思わず目に入ってしまったカカシの指に、再び顔を真っ赤にさせてしまったイルカに迫力はなかった。

「で…ですから…」

これ以上あの時のことを思い出したくなくて、目を逸らしてしまったイルカ。だからイルカはカカシが面白くなさそうな顔をしているのに気づかなかった。

「本当になんでもいいんですか?」
「勿論です!」

くるっと顔を戻したイルカが見たものは。
自分に伸ばされるカカシの指と。

「!?」

これ以上にないドアップのカカシの顔。唇に柔らかいものが触れ、それが離れる間際にぺろりと舐められる。

「それじゃ、イルカ先生を俺にください」
「…………は?…ってアンタ!!!なっなっ何をっ!!!!」
「俺、イルカ先生が好きです。だから、俺に下さい」

茹でたタコのように、顔を真っ赤にしたイルカに、カカシがにっこりと笑った。

「カ、カ、カ…」
「何でもくれるんでしょ?俺誕生日プレゼントにイルカ先生が欲しいです」
「何をーーーー!!!冗談はっ!!!」
「冗談じゃありませんよ。俺言ったでしょ。イルカ先生が好きだって。だからイルカ先生が欲しいんです。くれませんか?」

ふざけた様子のない、真剣な目で、そう迫られてイルカは予想もしなかったできごとに、開いた口が塞がらない。そんな無防備な彼を、上忍が見逃してくれるはずもなく。

「カ…んぐっ!!!」

カカシの指がイルカを捕まえて放さない。何度も何度も口付けされて、イルカの意識が飛びそうになったころ、カカシはようやく口を離した。

「ってことで、ありがとうね、イルカ先生」
「お…俺はまだ上げてませんーーーー!!!」
「え〜往生際が悪いですよ。イルカ先生」

にやりと笑ったカカシの顔に、イルカが悲鳴をあげた。

誕生日・完(2003.9.15)