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「…なんだかなぁ」 ぼそっと気だるそうに呟いた声を、側にいた少女が耳ざとく聞きつけた。
「カ・カ・シ・先生!暇ならお仕事差し上げましょうか!?」 「ん〜いや遠慮しておくよ」
ぴくりと額に青筋を立てて微笑む桃色の髪の少女に、同じく右目で微笑み返すと少女は今にも怒鳴りだしそうな顔で草むしりに戻る。
…やれやれだね。 カカシはこれ以上不用意な言葉を発し、目の前の少女ならず、遠くで同じく草むしりしている二人の少年の不興を買わないようそっとその場を離れた。 カカシ率いる第七班の今日の任務は草むしり。 暖かくなってきた陽気にむくむくとその身を育てる草を邪魔だと思っている人は多いらしく、まだ新米下忍の任務には一番多い内容だ。必ず毎週は入る任務内容に、金色の髪の少年はいつも文句を言っている。無口で無愛想な黒髪の少年も、口には出さないが同じ気持ちだろう。 …そして、その任務の前必ず自分が遅刻してくるとなれば、尚更。
カカシの愛読書「イチャパラ」を開いたものの、その内容は全く頭に入らない。 それよりも…
なんでだろうね… ふいに頭に蘇る。 それは先日の任務のこと。特にその内容は問題はなかったけれど…
「なんだかなぁ…」
こんな一人でいる時に。
闇夜の中で微笑んだイルカの顔を思い出してしまう。
カカシがイルカと会ったのは、彼が一番気にしていた子供ナルト達を下忍として認めた時だった。 嬉しそうにはしゃぎまわる少年をまとわりつかせながら、優しく微笑んで頭を下げてきた。
…これが「あの」イルカ先生ね… ナルトの自己紹介でしつこいほど出てきた名前。だが、イルカの名前はその前から聞いたことだけはあったのだ。
それは…
「ナルト―――――!!!!!」 「…まただよ…」
昼寝を妨げられたカカシは、はぁっとため息をつく。 任務が終わり家に帰るのも面倒で、そのまま寝心地のよさそうな木の上で睡眠を取っていた最中。だが、それも木の上からずり落ちそうになるほどの馬鹿でかい声に邪魔されてしまった。 ちらりと目を向ければ、どこかへ走っていく一人の忍の姿。 どうやらあの子供を探しにか行ったのだろう。…あの九尾の子供を。
うずまきナルト。 木の葉の里の誰もが憎み、悲しみをぶつける相手。 その身にはかつて里を壊滅状態までにした九尾が封印されている。しかし、そのことを本人は知らない。 何故自分が里の大人達に嫌われているのか、理解できていないだろう。三代目がそれを固く禁じているから、彼が言葉の刃で切りつけられることはないものの、反対に視線という冷たい氷にいつも突き刺されている。 それでも、彼が里を憎み、九尾の力を解放しないのは少し不思議に思う。
「自分には無理だね」 くくくっと小さく笑う。 そう、自分ならその機会をずっと待っているだろうに。 里を再び壊滅させる時を。自分を苦しめ続けてきた大人達に、復讐するだろうに。
「不思議だねぇ…」
でも、そんな少年は嫌いではない。…自分の持てる力をすべて開いて、輝き続けようとする者は。 自分と…反対の所にいる者は。
「…だけどねぇ…」 「待てっナルト―――――!!!」 「…あの声はどうにかならないかなぁ…」
もうすでに寝ることはあきらめている。大人しく家に帰ろうとするカカシの耳に、ぎゃあぎゃあと喚く子供の声。…どうやら捕まったようだ。
「痛いってば!止めてくれよ!イルカ先生!!!!」 「馬鹿ヤロウ!!お前が悪いんだろうがっ!!!少しは反省しろっ!!!」
…どうやらあの馬鹿でかい声の主はイルカというらしい。 名前はわかったものの、それ以上の興味はなくカカシは彼の姿も見ずにその場を後にしたのだが。 こんな形で彼と関わりあい…見せ掛けの恋人のふり…いや親友以上恋人未満?の関係になるとは思っても見なかった。
さわりと優しい春の風がカカシの銀色の髪を揺らす。ふと空を見上げれば、その風に乗って舞うピンク色の花びら…
春…か… こんなに、のんびりと里にいるのは何年ぶりだろう。いつもなら、何かしらの任務について飛び回っている自分がいるはずなのに。あまりに静かな日常に、これが夢ではないかとさえ思ってしまう。 それほど今が非現実的なのだと、改めて言われてるようで… こんなところにいる自分は…
間違いのようで………
「カカシ先生!」
振り向けば、自分の方へと駆け寄ってくる忍が一人。ぴょこぴょこと頭の上で揺れる黒い尾っぽ。誰かが近づいてきているのには気付いていたが…
「イルカ先生」
どうしたんだろうと首を傾げれば、何故か複雑そうな顔をしている。しかしそれも一瞬で消え、いつもの…受付所などで見せている笑顔になった。
「どうしました?何か…」 「いえ、ちょっと通りがかって…あ、あいつらちゃんとやってますね?」
イルカが視線を向けると、桃色の髪の少女と黒髪の少年がぺこりと小さく頭を下げた。イルカが一番気にかけている金色の髪の少年は一心不乱に草を抜いているためか、まったく気付いていないようだ。
やれやれ、忍なのにそれもどうかね… カカシがあきれている横で、イルカも苦笑しているようだ。
「じゃあ、そろそろ行きますね。お邪魔しました」 「はぁ…あ、いいんですか?ナルトに…」 「あ―――!!イルカ先生っ!!!!」
カカシが気にするまでもなく、ようやくイルカに気付いたナルトが声を上げた。途端。
「うるさいわよっ!!!ナルト!!!さっさとやらないと帰れないじゃないっ!!!」 「とっとと手を動かせ、ドベ」 「んだとっ!サスケっ!!!」 「うるさいって言ってるでしょ!ナルト!!!」 「…ひどいよ。サクラちゃん…」
ゲィンと聞こえた音は、どうやらサクラの拳骨の音。いつものようにイルカに飛びつきたい気持ちを抑え、ナルトはしぶしぶ作業に戻ったが、イルカに大きく手を振るのは忘れなかった。
「それじゃあ」 「はぁ」
ぺこりと頭を下げて行くイルカを見送り、ふとカカシは思う。
…さっきの顔はなんだっただろうね…?
しばらく歩いてから、イルカは立ち止まり一度振り返った。 そこには3人の元教え子とそれを見守る上忍の姿…
ああ…良かった。
本当は声などかけるつもりはなかったのだけど。だけど…空を見上げていたカカシが…あまりにも儚くて。 まるで消えてしまいそうで怖かった。
そんなことはあるわけないのにな。何考えているんだろう、俺。 自嘲気味に笑って、イルカは歩き始めた。
春の夢・完(2003.3.25)
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