「…暑いなぁ…」 ぼそりと呟き、カカシは真っ青な空を眺める。 散々と降り注ぐ太陽の光や、それを和らげる風もなく、冷たいものが食べたいなぁと思っていると、彼がいる木の下から、弱々しい声が上がった。 「カカシ先生〜終わった ってばよ〜」 汗びっしょりで、ぐったりした様子のナルトは、涼しげな木の上にいるカカシを恨みながらそう声をかけた。サスケやサクラも同感だろうが、炎天下の下での草取り作業は予想以上に体力を消耗したらしく、言葉を発することができないようだった。 先ほどのセリフを聞いていたら、クナイを向けられるだろうなぁと思いつつ、カカシは下に降りると、彼達の労をねぎらった。 「ご苦労様〜んじゃ、戻ろうか」 「う〜少し休みたいってばよ〜」 「同感…」 「………」 カカシとしては、さっさと報告を終わらせ、家に帰りビールでも飲みたい所だが、こんな彼らを急かすのはさすがにまずいと思ったらしい。だが、そうだねとは言わず、う〜んと唸る。 あ、そうだ。 その時、ぴんとカカシの脳裏にひらめいたもの。 「お前ら、こんなところじゃ、暑いだけだろ〜行くぞ〜」 「ええっ!!!ちょっとぐらいいいじゃん!!」 「そうよ…先生〜」 「いいから、いいから、ほら動く〜」 鬼のようなカカシのセリフに、3人は殺気を膨らませるも、だてに上忍だけは名乗ってない。いや、それとも馬鹿にされているのか、カカシは、まったくと言っていいほど気にしてなかった。 すたすたと歩き出した彼に、のろのろと従う子供達。 あまりに疲れていたから、彼らは何故かカカシが機嫌良いことに気づかなかった。 ころころと、光に透かせば輝いて、子供のように目を輝かせていた。 綺麗だろうと、自慢げに話す彼は幼くて、あきれる自分とそんな彼に微笑む老婆。 『子供よね、先生は』 少女の言葉は自分の気持ちを代弁していたけど、気持ちはわかると笑っていた。 『でも、はしゃぎすぎだよな』 肩を竦めた少年は、それでも、彼の真似をして、ビンを光に透かす。 『本当のことだろう?』 なぁと、彼はもう一度ビンをかざして、微笑んだ。 「カカシ先生〜どこに行くってばよ〜こっち、アカデミーじゃないってばよ〜」 受付所に行くどころか、まるっきし反対の方向へ歩くカカシに、ナルトが声をかける。 「カカシ先生?あの…」 「もう少しだから我慢ね〜あ、見えた」 カカシの指差した方向に、子供達が目を向ければ、そこには一軒の家。街から離れているせいか、ぽつん寂しく見えるそれを目指す上忍に、彼らは顔を見合わせ、ため息をついた。 「今の時間ならいるはずなんだけどね〜」 「「「?」」」 彼の言葉に少しだけ好奇心が出てきたが、やはり暑いためかすぐにその気持ちは萎える。いい加減頭に来たサスケが、付き合ってられないと、声を上げようとした時、その家から、老婆が出てきた。 「ビンゴ〜」 彼女を見て、にっこりと笑ったカカシ。知り合いなのだろうか。3人が怪訝そうな顔をしていると、老婆の方が気づいたらしい。 「こんにちは〜お久しぶりです〜」 暑苦しい覆面をした男が片手を挙げるのを見て、老婆の顔は不信の眼差し。そりゃそうだろうなと、子供達が思っていると、彼女はぽんと手を叩いた。 「こりゃ…珍しい」 「あ、覚えてくれてましたか〜お久しぶりです〜」 「何がお久ぶりじゃい、何年も顔を見せんで…とっくに死んでたと思ったがの」 「あはは〜すいません」 嫌味の入った言葉だが、彼女の顔は笑っていて、そして後ろにいる子供達を見てその笑みをなお深めた。 「お前の教え子かい…?」 「そうです」 「こんにちは」 まずサクラが頭を下げ、ナルトとサスケがそれに続く。 「おぬしと違って礼儀をわきまえてるようじゃの」 「おや、ひどいですね」 「ふん…ま、良いさ…入りなさい。すぐに用意するよ」 「ありがとうございます」 家に引っ込んだ老婆。カカシはそれに続き家に入ろうとしたが、それをナルトに止められる。 「なぁなぁ、カカシ先生…一体…」 「ん〜?」 「今日は暑いからの。ちょうど良いじゃろ」 いつの間にか老婆が彼らの前に姿を現していた。そして、手にもっていたものをナルト達に渡す。 「暑い時にはこれに限るよね〜」 青、緑、赤色のビン。 カランと音をたてるのは、透明なビー玉。 「ラムネ…?」 受け取った子供達は嬉しそうに笑った。 カランと空になったビンの中のビー玉が鳴る。横では、ラムネを飲み干した子供達がようやく一息ついたと笑っていた。 カカシがそれを光に透かしてるのを見て、ナルトが声をかける。 「何してるってばよ、先生?」 「ん?ほら綺麗だろ〜」 満足げに言うカカシに、ナルトは彼と同じく空になったビンをかざす。 「本当だってばよ!青い光がきらきらしてるってば!」 「馬鹿ね〜ナルト。ビンが青いんだもん当たり前でしょう」 「そうだけど…あ!ってことは、サクラちゃんのは、赤いかな?」 興味津々にそう問い掛けられて、サクラは仕方がないといいながら、赤いビンをかざす。 「おお〜光が赤いってばよ!」 「じゃ、サスケ君のは!?」 めんどくさそうに、だが、2人と同じ目をして、ビンをかざすサスケの傍に、ナルトとサクラが行く。 「綺麗ね〜」 「緑の世界だってばよ!」 「…ふん…」 楽しそうにそう言う彼らを見て、カカシと老婆が微笑む。 「それは夏の世界って言うんだよ〜」 「?夏の世界?」 「何それ、カカシ先生」 きょとんとカカシを見る子供達に、カカシはラムネを指差して。 「ラムネを飲むのは夏ぐらいだろ?そして、それで、こんなに強い太陽を覗けるのも夏だけ。だから、夏の世界」 「…なんか子供ね〜カカシ先生」 「単純だってばよ」 「短絡思考…」 「…お前達ね…」 憮然としたカカシに、老婆はお腹を抱えて笑い出す。 「おばちゃん〜」 「あはははは…すまんねぇ…だけどさ…」 困った顔のカカシに、困惑したような子供達。 「まったくね…本当に…変わらないよ」 懐かしげに、カカシを見る老婆。カカシもそうだねと、同意する。 『夏の世界?何それ〜先生子供〜』 『単純だな〜』 『ガキ…』 『お前達ね…どうしてそう冷めてるんだ?』 「さてと、時間あるのかい?なら少し休んでおいきよ。もうじき風が入る時間だ」 「勿論そのつもり〜お前達、ここで少し休憩していくぞ〜」 「ええっ!?何でってばよ!」 「…そうね…また暑い中行くの嫌よね…でも良いんですか?」 「いいんだよ。慣れてるから」 そう言う老婆は優しげだが、遠い過去を思い出しているような目をしていた。 ちりんと風鈴が鳴る。 さわりと家を抜ける風が、眠ってしまった子供達の頬を撫でる。ある時間になると、いつも風が通るこの家は、夏の良い昼寝場所。 「あの生意気な子供が、先生と呼ばれるなんてね…世も末だよ」 「ひどいですね。それは」 縁側で腰掛ける2人は、軽口を叩き合う。老婆は後ろで眠っている子供達を見て、目を細めた。 「よく…夏になるとお前達を連れてきたよね。でも全員が揃ったのは…始めの年ぐらいだったかねぇ…」 「そうですね」 スリーマンセルを組んでいた夏。任務が終われば、よくカカシ達を引き連れて、ここへ来ていた彼。子供達がそれぞれの道に分かれても、暇があればここに来て、ラムネを飲んでいた。 「お前さんの顔はよくみたけど、あとの2人はあまりこなかったね…」 「2人ともよく留守にしてましたから…でも、忘れたことはないですよ?会えば、ここに来たいって言ってましたしね〜」 「…の割には、成長してから、お前は顔を出さなかったね。薄情なもんだよ」 「ははは…」 申し訳ないと、謝るカカシだが、老婆はそれ以上責めなかった。彼女にはわかっていた。一番彼と一緒にいたからこそ、ここに来ることができなかったことを。あまりにも思い出の深いこの場所。 「ありがとうよ…」 それは、老婆も同じだったのかもしれない。カカシの顔を見れば、思い出して、泣いてしまうかもしれなかった。 あの笑顔を知っていたからこそ。 でも… 会いたかったのも確かだったから。 「もう、ラムネの行商はやってないんですか?」 「あんな重いもの運ぶ体力はないよ。数年前に辞めた。でも…夏になるとね…傍にこれがないのが妙に寂しくて、ついつい置いておくんだよ…これを誰かがここで飲んでるのを見たかったのかもしれないけどね…」 「じゃあ、また来てもよいですか?」 「勿論だよ。また…来ておくれよ。夏の世界を見にね」 「ええ。ここで見る夏の世界は最高ですからね」 きらきらと輝く夏の世界。 あの人が無邪気に笑ったあの世界。 彼がもう笑っているそれを見ることはできないけれど、それと同じ気持ちをまた感じたい。 『ほら…夏の世界だ』 そんな声が聞こえてきそうだ。 夏の世界・完(2003.8.13) |