「イルカ先生~~~」 火影からの用事を終えて、アカデミーの道のりを歩いているとどこからか聞こえ慣れた声が彼を呼んだ。イルカはその場に立ち止まり、きょろきょろと辺りを伺ったが、当然あるだろうと思われた金色の頭は見つからない。 「…聞き間違いってわけじゃないよな」 火影様じゃあるまいし。 そんな失礼なことを思っていると、ようやく手を振る子供を見つけた。数百メートルは離れている高い家の窓から手を振る子供と、大声を上げて恥ずかしいと彼を殴っているらしい少女。それでも、イルカが気付いたことが嬉しいのか、めげずにもう一度叫ぼうとする。途端、サクラがもう一度ナルトを殴った。 「やれやれ、あいかわらずだなぁ。あいつら」 そう微笑んでいれば、僅かに顔を赤くしたサクラも手を振り、家の中からサスケと彼等の担当上忍カカシが顔を出してきた。そういえば、今日は最近羽振りの良いと言われる商人の家での任務だったなと思い出す。忍者らしい仕事だと、ナルトが張り切っていた。 「な~に、にやにやと道ばたで笑ってるんだ?怪しいぞ、引くぞ」 「…そういうお前こそ、何やってるんだよこんなところで」 友人であり、同僚のサイの言葉にイルカが眉を潜めると、俺は今日あがりだもんと得意そうに言う。アカデミーの帰りだからか、忍服だが手には数冊の本を持っていた。 「図書館でも行っていたのか?」 「いや、人から借りてた本を返しに行くところ」 珍しくも忍術書ではない本に目を止めると、サイはタイトルを見せるようイルカの前に差し出した。薄い花や動物の図鑑。旅行記らしいサブタイトルをつけた本。 「こないだ知り合った奴が結構面白そうなものもっていてさ、数冊借りたんだよ」 「へ~確かにな。こんな花や動物知らないな」 木の葉は勿論、任務先でも見たことのない動物が書かれた本にイルカは感心する。そんなイルカを見て、サイはある家を指さした。 「お前も借りに行くか?蔵書でもないらしいから、貸してくれると思うぞ。人も良かったし、会いに行くか?」 「近くなのか?」 「ああ。あの家」 サイが指さしたのは、ナルトが手を振っていた家。話している間に子供達は任務に戻ったのだろう、もう窓には誰もいなかった。本もそうだが、依頼主の興味も出てきてイルカは頷いた。任務の様子を見られるかもしれないと思ったのは、ちょっとだけだと言い訳しつつ。 「あ。イルカ先生!」 扉を開けた途端、サクラが出てきたことにサイは固まった。なんで?と振り返ったサイに笑うと、サクラに見られないようぎろりと睨まれた。 利用したな~とか言われそうだけど。 ナルト達がここにいたのは知っていたが、偶然だ。それにサイから誘ったのだから、俺は悪くないと笑ってやれば、案の定、サイは顔を引きつらせる。サクラは扉の影にいて見えなかったサイを見つけて目を見開いた。 「あ…確か、サイ先生ですよね。こんにちは」 「あ~うん。こんにちは。ここで任務?」 「はい。で、先生達は何で?」 「此処の家の人とサイが知り合いらしんだ」 イルカの言葉に頷くサイを見て、じゃぁ呼んで来ますねと、サクラは家の中に引っ込んだ。その様子をにこにこと見ていれば、横から奇妙な視線が。 「…何だよ」 「知ってただろ」 「ああ。でも、お前が本を返すのとは関係ないだろ」 「知ってたら明日に延ばした」 「お前…」 そんなにナルト達が嫌なのかと、むっとしたイルカにサイは慌てて首を振った。 「子供達が居るってことは、はたけ上忍もいるだろっ!」 変な誤解をされたら、後で何をされるかわかったものではない。かなり必死でサイが言うと、イルカはああと納得。最近上忍達に気に入られ、任務に駆り出されるようになってしまったサイは、何をされるわけでもないのに、道ばたでも上忍に見つからないよう気を張ってるのだ。 …その元凶がカカシ先生とアスマ先生だからなぁ。あの二人に目をつけられたのが一生の不覚ってことか。 「…その哀れむ目はヤメロ」 「ああ。すまん」 「先生達~どうぞ!」 サクラが来たことで話は終わったが、後からは何度もサイの溜息が聞こえてきたのだった。 「あ!イルカ先生にサイ兄ちゃん!どうしたんだってばよ!!」 イルカを見つけて飛びついてきたナルトは二人を不思議そうに見つめる。イルカが簡単に説明すると、ナルトはサイの持つ本をちらりと見ただけで興味を示すようなことはなかった。 おいおい、お前も忍者なんだから、見てみようぐらいは思えよ~ 口に出さないで苦笑したが、ナルトは全く気付かなかった。そう思っているうちに、カカシとともに30代ぐらいの男性がやってくる。 「やぁ、サイ君。もう返しに来てくれたのかね?ゆっくりで良いと言ったのに」 「そうは思ったんですが、興味深いとつい…良ければ別の本を貸してくださいますか?」 「いいよ、いいよ。もう僕は読んじゃったしね。ところで後の青年は?」 サイがイルカを紹介し、連れてきた訳を説明すると男性はにこにこと笑い、イルカが本を借りることを承諾してくれた。その際、後のカカシと目が合い、彼が目を細め挨拶をしてくれるたことを理解する。 「では、こっちに。商品の方は頼みますよ」 「はい!」 「まかせろってばよ!!」 サクラとナルトが勢い良く返事をする。ここにいないサスケは、一人で荷物を見張っているのだろう。男性のナルト達を見る優しい目に何となく安堵しながら、イルカはサイとともに彼の後を追っていった。 「うわ、すごいな」 本で埋まった部屋をぐるりと眺め、イルカは素直に感心する。図書館などはともかく、一個人でここまで集めたのは本当にすごいと思う。しかも、本を傷めない為に、空調の設備なども整っており、きちんと手入れもされている。 「子供の頃から、とにかく本が好きで。行く街で本を買いあさっていたらこんな調子に」 照れた様子を見せるこの家の主マカサは、好きな本を選んでくださいと二人を追い立てた。 地方ごとに分けられた花や動物、虫の図鑑。経済史や歴史学と堅めの本があると思えば、その隣には子供向けの童話があったりと…色々な意味幅広い本の趣味だ。 サイは旅行記が気に入ったのか、その本が揃っている棚に向かい、イルカは子供達の遊びを纏めた本を手に取ってみる。 「終わりましたら、客間の方へ来てくださいね。お茶をご用意しておきますから」 「え。そんな…」 「本の好きな方を迎えるのは私も嬉しいんですよ。急ぎのご用がなければ少し付き合ってください」 「すいません」 二人が頭を下げると、マカサはごゆっくりと言い置いて去っていく。 「いい人だな…商人というより学者の方があってそうだけど」 「本人も学者になりたかったんだが、家を継がなきゃいけなかったんだと。早く引退したいとか言ってたな~まだ若いのに」 「ずいぶんと詳しいな…ってかどこで知り合ったんだ?」 「居酒屋。飲み過ぎて潰れたあの人の友達と思われたんだ。何故か」 今でもそのことが不思議なのか、仕切に首を傾げているサイ。イルカは子供の遊びについての本を何冊か取ると、さっさと客間に戻ろうとする。それを見てサイがぼそり。 「…ナルトの活躍が見れる!って思ってるだろ。お前」 「ななな、何を言ってるんだ?俺は選び終わったから先に行ってるだけだぞ!!」 なんでばれたんだ!?顔に出していないのに! 自分では何気ない不利を装っていたイルカだが、あれだけ目線が動いていれば誰でもわかるだろうとサイは思った。そんな視線に耐えられなくなったのか、イルカは行ってるぞ!と止める暇もなく、部屋を出ていく。 「…相変わらずだなぁ。アイツは」 まぁ、はたけ上忍に捕まってくれるともっといいんだけどと、それを期待しているサイはゆっくりと本を選び始めたのだった。 「イルカ先生!今日一楽行こうってばよ!」 「悪いな~ナルト。これから一つ寄らなきゃいけないところがあるんだ」 「残念ってばよ…でも俺の活躍を見てくれたから今日は我慢するってば!」 イルカとサイが退出すると同時に、ナルト達の任務も終わったらしい。商品を見張っているだけなのだが、イルカが居たことでナルトも張り切ったのだろう。いつもならカカシに駄々をこねるだろうに、最後まで文句を言わなかった。 「おう!ちゃんと見てたぞ!しっかりやったな!」 「へへっ!当然、俺ってばもうりっぱな忍者だってばよ!」 と二人が親子オーラを出すのを見る白けた目。と言ってもそれをはっきり見せていたのはサイのみで、サスケとサクラはさり気なく、カカシは苦笑していたが。じゃあ、とカカシ達は任務の終了を報告しにアカデミーへ向かう。それを見送るイルカの顔は満面の笑み。 「今日はいい日だったな!サイ!」 「…それはお前だけだ」 サイの願いは叶わず、客間に戻った途端カカシに捕まったサイ。イルカは助けてくれるどころか、カカシの誉めとも嫌みとも付かない言葉に乗るし、マカサもいつの間にか二人の仲間になってるし。 何で俺ばっかり… そんな哀愁漂う背中を見せたサイのことなど気付いても居ないイルカは、鼻歌まで歌い始める。 どうどうとナルトを見れる機会なんてないもんな!良い本は見つかったし、今日は本当に最高の日だ! 先ほどから笑みばかりのイルカが悔しい。サイは、どこかに行くと言っていたことを思い出す。 「お前どっか行くのか?」 「ん?火影様のところだよ。用事が終わった報告にな!今日は家の方に行かなきゃいけないんだ」 「…急ぎじゃないのか?」 「終わったらすぐだけど?」 それが?と首を傾げるイルカにサイは呆れた。 「お前…今何時だと思ってるんだよ」 サイがイルカと合ったのは一時頃。今は夕焼けも美しい五時過ぎ。こう立っている間にも、太陽は地平線の彼方へ消えようとしている。 「…やばい」 ぎゃぁぁぁぁと雄叫びにも似た悲鳴を上げ、イルカは忍らしい速さで火影の元へ向かう。 「高い代償だったな…」 ちょっとだけ気が晴れたサイは、飲んで帰るかと馴染みの居酒屋に向かって歩き始めたのだった。 高かった代償・完(2005.3.18) |