ああ…綺麗だな。 闇に光るそれを見て、イルカはそう思った。 あれは…いつ頃の任務の話か。もう5,6年は立つだろうか。暗部の人間が大量に借り出された任務で見たもの。自分は仲間と離れ、ある場所へと一人急いで向っていた時だった。 「ぐわっ!!!」 複数の気配を感じ取って、立ち止まれば、そこには敵の忍が多数。血の匂いと、殺気。 イルカは面の下で、敵の人数を探る。 (10…20はいないようだが) 気配を殺し、そっと木の下を伺えば、そこには隊を崩され、敵に囲まれてしまった仲間が、血だらけになりながら戦っていた。もう息も絶え絶えで、クナイを握っているのさえ、奇蹟。それでも、仲間は諦めず、たった3人で彼らに立ち向かっている。 彼らを助けないと。 そのために、自分がここまで来たのだ。 戦いの中で、敵の陣地に取り残されたと聞いた仲間は5人いたはずなのだが、いない者は来るのが遅かったため、死んでしまったのだろう。 自分のせいではないとわかっていても、そのことに罪悪感を覚えてしまうのは、まだ自分が甘い証拠なのかもしれない。それよりも… 敵の忍が一斉に動き出した。木の葉の忍は覚悟を決めたように、クナイや忍刀を構える。その間にイルカが割って入ろうとした時。 「ぎゃぁぁっ!!!」 瞬く間に敵が2人ほど倒れた。両者が何が起きたのかわからないという顔をしている間にも、敵の人数は減っていく。イルカもその光景に唖然とし、助けに入るのも忘れて、ただその光景を眺めていた。 悲鳴と、真っ赤な血と。 月夜に光る銀色の軌跡。 一切の無駄がなく、動き、舞うように的確に急所にクナイを打ち込んでいる。反撃しようにも、中忍を中心とした部隊らしかった敵は、次々と倒れていった。 …なんだあれは。 思わず呟きそうになった口を慌てて塞いで、イルカはただその銀色を眺めていた。 きらきらと。 銀の髪と光が舞って。 その美しさに見惚れて。 初めて、誰かを綺麗だと… そう思った瞬間。 「…間に合ったかな?」 銀の髪の人物らしき声に、イルカは我に返って、下を見れば、そこには、仲間を囲んでいた敵の躯。10人ほどしかいないのを見れば、残りは逃げ出したようだ。 逃したのか。 思わずちっと舌打ちしたくなった。何故見逃したんだ。イルカは手のひらを返したように、銀色の髪の男を剣呑な眼で睨む。勿論、殺気は隠し、気づかれないようにしているが… 「何故…貴方がここに…」 「何故って?あんた等を助けに来たんでしょ。何当たり前のことを言ってるわけ?」 「しかし貴方はっ…!!!昨晩大怪我を追って、動くのは危険だと医療班の者達に…!!!」 「まぁ、確かにドジ踏んだけど、気にすることないよ。こうして俺、ここにいるんだしさ」 軽い男の口調に、助けられた男達は喜んでいいのか、怒っていいのか戸惑っているようだった。 「それよりさ、動ける?動けるよね、だったらあっちにいる奴ら連れて、先に戻ってくれない?」 「え?あっちって…?」 銀髪の男が指を差した方向を見て、男達は絶句する。 「…お前達はっ…!!!!」 「大丈夫、生きてるから」 ひらひらと軽く手を振る銀髪の男に、もはや言葉にするものなど見つからず。 「あいつらは…俺達を逃がすために盾になってくれて…生きて帰れるなど…」 「あ〜もう、いいから。ほらほら、落ち込むのは後にして、さっさと連れて帰ってよ。俺はまだ、しなきゃいけないことがあるんだから。ね」 「…はい、わかりました…お気をつけて…」 命令だと、わずかに含まれた言葉の強さ。だが、男達にこれ以上彼に反論する気力はなく、ただ彼に救ってもらったことだけが、胸の中に残っていた。 「じゃ、またね」 ご苦労様と労わられたような、優しい響き。 よくがんばったねと、よく生きていたねと、顔もわからない仮面の下に隠された仲間の微笑を、彼らは見たよな気がしていた。 やがて、彼らの気配が消え去った頃、銀髪の男は突然座り込んだ。 「ちゃぁ…無理したかなぁ…」 はははと力なく笑って、仮面を取る。 顔を地面に向けているため、木の上にいるイルカには彼がどんな顔をしてるかわからない。わからないが… な…なんて無茶を!!! 彼の腹から流れている血の匂いと量が尋常ではないのだけはわかった。 先程男達が言っていた言葉を思い出す。昨夜彼が大怪我をしたということを。平気な振りをしていたが、医療班が止めるほどなのだ。相当酷い怪我だったに違いない。なのに… 「また怒られるなぁ…でも、しょうがないじゃんねぇ?仲間を…それも、俺と同じ部隊の奴らが危ないと聞いて黙ってられんでしょうが」 誰ともなしに独り言を呟く男は、そう言って、顔を上げた。 蒼白な、今にも倒れそうな顔。両目を瞑り、空を見上げている姿は、まるで天に祈りを捧げているようで。 きらきらと月の光に照らされる、銀色の髪。 綺麗…この人は…本当に綺麗だ… 仲間を思って、怪我を押してやってきた心も、怪我を感じさせないほど、的確に動き敵を仕留める姿も、何もかもが。 美しく見えて。 「…シ…−−!!!」 銀髪の男の名前だろうか、遠くからこちらへ向ってくる複数の気配。 イルカはそっとその場所から移動した。 『写輪眼のカカシ』 そう呼ばれる忍がいる。 わずか6歳で中忍に昇格し、暗部も経験したエリート忍者。左目を額宛で隠し、覆面もしているため、彼の容貌がわかるのは、唯一見える右目だけで、それがとても怪しいのだというもっぱらの噂の。 だが、任務を共にすればこれ以上とない、仲間だとも。 もう一度…見てみたいな。 彼の名を聞くたびに、あの光景が蘇る。 月と銀の軌跡を。 だけど、自分に与えられた任務と、彼の任務はかけ離れていて、その機会が訪れることはなかった。 聞けば、暗部も止めたという。 だったら余計に…もう彼を見る機会は… 「どんな方なんですか?」 アカデミーで問題児だった、元気のいい子供がつく上忍。それが誰か気になって、三代目を昼に誘ってそれとなく聞いてみる。 火影が渡してくれた、合格者リストを見て、信じられない思いがしたけれど… この…名前… はたけカカシ。 …もしかしたら、会えるのかもしれない、また。そして… 銀の軌跡をもう一度… それは、確信に近い予感。 あの綺麗な人を、傍で見れるのかもしれない… 夕方、イルカの願いは、金色の髪を持つ子供によって叶えられた。 銀の軌跡・完(2003.7.25) |