貴方で良かった

一周年記念小説



バキッ。
「あ」
「またやった〜イルカ先生。今日で5回目だこれ。物は大事にあつかわなきゃ駄目だこれ」
「あははは…木の葉丸の言う通りだなぁ」

どっと上がる教室中の笑い声。それに苦笑を返したイルカは再び黒板に向きなおったが、何故自分でもこんなにチョークを折るのかわからなかった。

う〜ん、どうしたんだろう俺。
考えて見れば、朝から自分はどこか可笑しかった。可笑しいといっても体は健康そのものだし、頭の痛くなるような悩み事なんてない。なのに気分は憂鬱で。

…外もこんなにいい天気なのになぁ。
バキッ。
再び折れたチョークの音。それを暗示するような会話がされていることを今のイルカは知る由もなかった。




「…どうしてお前がここにいるんだよ」
「最初の挨拶がそれかよ。お前は」

何故かアカデミーの廊下でばったりと会った二人。当然最初の台詞はここに臨時講師としているサイのもので、相手は任務に赴いているはずのレツヤ。だが、いつもならここから飲みに行く算段などが始まるのだが、今日ばかりは違った。

「…お前の顔を見て嫌な予感が更に膨らんだ…」
「それはこっちの台詞だ…さっき聞いたありがたいお言葉が水増しされるようだぜ…」
「…」
「…」

二人は顔を上げ、同時に口を開く。

「ツバキの奴が里帰りだと…」
「サガラが任務終了で休暇を取りにくるんだってよ」

お互いの言葉を聞いて、絶望したようになる二人。

「「冗談じゃねぇ…」」

いつも後始末をさせられる側にいる二人は、同じ言葉を吐き、がっくりと項垂れたのだった。




「んじゃ、明日こそは時間通りに来るってばよ〜カカシ先生っ!!」
「あ〜はいはい」
「むかーー!ちゃんと聞けってばよ!」
「無駄なことをいちいち確認しないの!ナルト!」
「こいつに耳はついてねぇ」
「あ〜はいはい、さっさと帰りなよ〜」

上忍師として育生しているスリーマンセルとの任務が終わり、いつものように辛口を言いながら去っていく子供達。それを見送ったカカシは、今日の報告書を出しにアカデミーへとのんびりと向かっていた。

あ〜良い天気。眠くなるなぁ。
そんなことを考えながら、いつものように猫背で歩いていたカカシの目に、見慣れた背中が写る。

「あ、アスマ〜」
「よう。お前も終わったのかよ。カカシ」
「まぁね」

タバコをくわえている同僚に並び、大した会話もなく歩いていたが、不意にカカシがそうだと言いながら、唯一見えている右目を向けた。

「アスマ、またサイ先生つれて行ったでしょ〜」
「おう。単独任務だったが手が欲しくてな…でも何でお前が知ってるんだよ」
「その前もサイ先生連れて行ったでしょ。少し控えたら?」
「…何でんなことてめぇに…」
「紅が気にしてたんだよね〜最近連れて行く中忍のこと」
「…げっ」

まずいと言った表情がアスマの顔に現れ、カカシは頷く。

「あいつに狙われたらどうなるかわかってるでしょ〜かなり怪しんでるよ」
「ってまだ3回目じゃねぇかそれぐらいで…」
「十分でしょ。あいつが一度目を付けると、誰が何と言おうが引っ張るからね。こっちのことは勿論、サイ先生なんてどうなることか。注意しなよ」
「…だな」

折角見つけたお気に入りの中忍。しかし、それが紅にばれればあのくの一のこと、あらゆる手を使って自分の手足に引っ張り込むだろう。…そんなことになれば。

「…死ぬな。あの先生」
「過労死間違いないよね〜紅の手足なんて、通常任務でも倍以上の精神力が必要だって言われてるんだから」

気をつけよう。
こっくりと頷き会った二人は、偶然アカデミーの門から出てきたサイを目に留める。

「お、噂をすれば…」
「あら、サイせんせ〜」

カカシが手を挙げると、呼ばれたサイは驚いたように目を開く。そして何故かほっとした表情を向け、こちらへ駆け寄って来た。

「猿飛上忍。はたけ上忍ご苦労様です」
「おうよ。…どこかへ出掛けるところだったのか?」
「え?いえ…別に」

明らかに何かを気にしている彼に、アスマとカカシは顔を見合わせその理由を聞こうと口を開いたが…

「逃げる気なのっ!!!サイっ!!!」

大声とともに現れた女性を見て、サイは嫌そうに顔を引きつらせた。その女性は、怒りの表情を見せていたが、追いかけていた人物の傍にアスマとカカシを見つけてあらと呟く。

「痴話喧嘩かよ?サイ先生」

年の頃もサイと変わらない、綺麗な黒髪を肩で切りそろえた美人のくの一を見て、アスマはにやっと笑ったがサイは冗談ではないと彼には珍しく嫌悪を見せる。

「とにかく、もうその話は終わりだ。聞く気もないからな」
「…よく言えるわね。まぁいいわ、それよりも…」

大きな瞳が立ち去ることのできないでいた上忍二人を視界に治め…銀髪色の上忍の前で止まった。

「貴方が『写輪眼のカカシ』。へぇ〜思っていたのと全然違うわ。強そうに見えないし」
「ツバキっ!!!はたけ上忍に失礼だろうっ!!」
「何よ。アンタだって特別上忍の私を呼び捨てにしてる癖に」
「あ〜サイ先生。別にいいから」
「しかしっ!!」

まぁまぁと取りなしたカカシだったが、その声が聞こえなかったように二人は睨みあった。まるで今にもうなり声を上げそうな二人に、カカシとアスマは彼らが自分達の思っていた関係ではないことを確認させられた。

犬と猿より悪い関係じゃねぇか?
アスマの内心の呟きは、在る意味的を得ていただろう。睨み合いが続くこの状況に、どうしたら良いのかと途方に暮れていた上忍達だったが、唐突にツバキがふんと鼻を鳴らして背を向けた。

「いつまでもアンタにつき合っている暇はなかったわ」
「それはこっちの台詞だ!」

去り際にちらりとカカシを視界に治め消えたツバキ。彼女の姿が見えなくなった途端、サイから大げさとも思える溜息が漏れる。

「申し訳ありません…」
「いや…いいけどよ。ずいぶんときつい性格だなぁあれは。紅と張るぜ?ありゃ」
「あれと比べるなんて夕日上忍に失礼です」
「…紅が喜ぶぜ」

きっぱりと言い切ったサイにアスマが呟いた。

「話し方からずいぶんと古い知り合いのようだけど?」
「ええ…ツバキ…あいつは由良ツバキって言うんですが…スリーマンセルを組んでいたので。俺とツバキと…イルカとで」
「ほう?そうだったのか…大変だったろうな。イルカ…」

思わず同情してしまったアスマの呟きに、その責任の一端を握っているサイが気まずそうな顔を見せた。彼としても、申し訳なくは思っているようだが、感情はその通りに動いてくれないのだろう。肩を落とすサイに、カカシは気にしないようにと明るい声を出す。

「ま!イルカ先生のことだから諦めてるでしょ!」
「…全然慰めになっていないんですが…はたけ上忍」
「おまえ…意味のないこと言ってるんじゃねぇよ」

二人のひんしゅくを買ったカカシだが、彼は気にすることなくアカデミーへと歩いていった。

…にしても敵意をもたれてるように感じたのは、気のせいかな〜
ツバキとは初対面のはずなのに、値踏みされたと感じたのは間違いではないだろう。彼女とは同じ任務に就いた覚えもない。その理由が全く思いつかないカカシではあったが。

ま、いいか。さっさとイルカ先生のところに行って、今日の約束取り付けよ〜
早足になったカカシの頭には、すでにツバキのことなど消え失せていた。


しかしその夜。


「…火影様〜急に呼び出したと思ったら、一体何です?それ?」
「うるさいわい。たまには素直に行かんか」
「素直にって…俺もう暗部止めたんですけど」

結局捕まらなかったイルカの変わりに、アスマをつき合わせていたカカシであったが、突然の火影の呼び出し。おまけにそれが、引いたはずの暗部の仕事というのだから、文句が出るのも仕方がないだろう。

「まぁ、命令なら行きますけど…で?いつです?」
「今からじゃ」
「…火影様…」

なんか悪いことした?俺?
深い溜息をついたカカシを追い払った火影ではあったが…

「…あやつも何を考えているのか」

首を捻った火影の前には、今回の任務の隊長を務めるものの名が刻まれた書類があった。




その日、イルカは疲れ切っていた。

よ…ようやく家だ…
玄関に入った途端、ばたりと倒れ込みしばし身動きができなかった。

…今日の予定では、カカシ先生を誘って居酒屋にでも繰り出す予定だったんだけど…
週に一度は、どちらともなしに誘い合う中になっていたが、とある人物によってその願いは叶わなかった。

「…ツバキ…お前俺を殺す気かよ…」

予告もなしに(サイが伝える暇もなく)里に帰ってきたツバキ。彼女曰く、仕事ばかりの自分をリフレッシュするためだそうだが、それに何故イルカを付き合わせるのか。アカデミーの仕事を終わると同時に、イルカを街を引っ張り回したツバキ。どこに寄ったかなど思い出せないぐらい、付き合わされたイルカは心身共に疲れ切っていた。

「もう…寝よう。うん、そうしよう」

のろのろと起きあがり、どうにか立ち上がったイルカが、着替えようと服を脱ぎ始めた時、ポケットから何かが転がり落ちた。

「…?」

綺麗に折り畳まれた、手紙のようなもの。
いつの間に入れられたのだろう、イルカはそれを拾い上げ、ゆっくりと広げ文字を読む…





「何っーーーーー!!!」

ざあっと顔色を変えたイルカは、脱ぎかけていた服を再び被ると外へ飛び出していく。

「あ、イルカ…」

途中誰かに名を呼ばれたようだが、イルカの耳には届かず、彼は火影の元へ風のような早さで走り続けていた。




「火影様っ!!!」


夜も更け、今日の仕事も終わりと目の前の人物を付き合わせ一息ついていた火影は、扉を蹴破らんばかりに入ってきた乱入者にごほりと煙管の煙を吐く。
むせた胸をどうにか落ち着け、顔を上げた火影の前には顔を青ざめたイルカの姿。一体何事かと、顔をしかめた火影に、イルカは半ば切れかかっている形相で詰め寄った。

「ツバキはどこですっ!!!」
「…は?なんじゃいきなり…」

一瞬惚けた顔をした火影だが、尋常ならぬイルカに眉を寄せる。すぐに答えが返らぬことにイライラとしていたイルカだったが、ぽんと背中を叩かれ、イルカは振り返った。

「どうしたんだ?お前らしくないぞ、イルカ」
「サガラさん!お帰りになっていたんですか?」
「ああ今ね」

信頼する知己の顔を見て、一瞬微笑みを浮かべたイルカだったが、その形相はすぐに戻り火影へと向けられた。

「で!ツバキはどこですっ!!」
「…だから何じゃと言っておる」
「任務に行っているでしょう!?」

そうイルカに詰め寄られたが、何故彼が知っているのかと火影は首を傾げるばかり。

「…何やったんだよ。アイツは」

その時、苦々しげに入ってきたサイ。周りの様子など目に入らず走っていたイルカを追ってきたのだが…
サイはイルカが握りしめているものを抜き取り、開いた。横からサガラものぞき込み…

「…アイツ…なんつーことを…」
「何だ…そんなことか」

それを見て、顔色を変えたサイとは裏腹に、サガラは気が抜けたような声を出す。だがそれを聞いたイルカは、非難の矛先をサガラへと変えた。

「サイ」

イルカから逃れた火影がほっとした顔で顎をしゃくる。サイから見せられた手紙には…

『写輪眼のカカシ』と遊んで来るわ〜邪魔っぽいし』

「…」

それを見た火影は、ツバキに任せた任務書を見て溜息をつく。

「…道理で可笑しいと思ったわ」

暗部要請の任務に、ちょうど目の前にいたツバキに頼んだのだが、そこにカカシを入れろをと要求してきたツバキ。部隊どころか、彼女一人で十分な任務なのに何故カカシをと…?首を傾げていたが、こういうことだったとは。

「イルカ〜外まで筒抜けだぞ〜」
「レツヤさん」

ようと片手を上げたレツヤは、イルカにたじたじになっているサガラを見て楽しそうに笑った。唯一逆らえない…というか、イルカには頭が上がらないサガラの様子が可笑しかったのだが、恨めしそうにこちらを見るサガラに、レツヤは仕方がないと助け船を出してやる。

「イルカ、サガラと遊んでる場合じゃないぞ〜」
「…どういうことですか、レツヤさん」
「火影様。ツバキの奴部隊の編成を自分に任せろと言いませんでした?」
「うむ?ああ…その中にカカシを入れると言っていたが…それがどうした?」
「実は先ほど、俺の部下から【白】が動いたらしいと連絡が入りまして」
「何?」
「どうやら『写輪眼のカカシ』以外は自分の部下を連れて行ったらしく。これは何かあるなーと来て見たんですが」
「げ。それって…」

ツバキの狙いを知って、サイが呻く。だが傍から立ち上った殺気にぎょっと目を開いた。

「ツバキっーーーー!!!」
「うわっ!!待てイルカっつーーー!!切れるなっーーー任務地知らない癖にどこ行くんだーーーー!!!」

飛び出したイルカを追うサイ。あーあと呆れ声を出したレツヤ。

「うわー久しぶりに切れたイルカ見たなー。さてと、俺達も行くか?」
「…何で俺が。あいつがどうなろうと知ったことか」
「そー言うけどよ。真っ正面からツバキを止められるのお前ぐらいじゃん。俺じゃ無理だし」
「知るか」
「それとも切れたイルカの相手するか?」
「…」
「つーことで、行くぞ」

顔をしかめるサガラを引きずり、火影の部屋を後にするレツヤ。それを見送る火影は深い溜息をつく。

「あやつらが揃うとろくでもないことばかり起きるな…」

その呟きは、誰もいない部屋に消えていった。




うーん、これはどういうこと?
カカシは今自分に起きている状況を、どう取れば良いのか諮りかねていた。


暗部要請の任務と聞いていたから、どんなものかと思っていれば、部隊を組んだことに首を捻るようなぐらい簡単な任務で、あっという間に要人の命を奪い終わってしまった。
戦いの余韻や、血に酔う暇もなく完了した任務に拍子抜けをしていたカカシだが、それは里へ帰路についている途中に起きた。
それが今の状況なのだが。

「…うーん、何で俺は囲まれてるんだろうねぇ…?」

目の前の部隊長となっている女の忍に問いかけたが、聞こえてくるのは小さな笑い声。そして自分達を囲んでいるのは、同じ任務についた仲間。

「どっかのスパイだったとか?」
「それはあり得ないわね」

女の割にはくぐもった声がカカシの言葉を否定する。それは面を被っているからというわけではなく、正体を知られないための作った声だろう。

「えーと、だったらどういうことかな?恨みでも買ってた?悪いけど全然覚えてないよー」
「別にアンタごときを怨むわけないでしょ」
「へーだったら何?理由教えて欲しいんだけどなー」
「ああそう。一言で言えば、邪魔だから」
「うわっ、本当に一言」
「だから死んでもらおうかと思って」
「えーそれは遠慮したいな」

呑気とも思えるカカシの返答だったが、内心カカシは困っていた。里を裏切っているわけでもなく、火影から命令されたわけでもない。だとしたら自分が戦う理由はなくて…

邪魔だから死ねと言われてもねー
こっちだって、命は惜しいし。仕方がない、里まで走るか。
少なくとも里に入れば、容易に攻撃など仕掛けられないだろうそう思って行動に移そうとしたのだが。

「…あらら」
「逃げるのは無駄よ?『写輪眼のカカシ』」

自分達を囲んでいた忍達が結界を張り、カカシと女の忍を閉じこめた。カカシの行動を予想し、それを封じるための手段。彼女の周到さにカカシは乾いた笑みを浮かべるしかなかった。

「行くわよ!!」

そう向かって来た彼女に、カカシはさっさとやられようかなぁと呑気に思いながら、結界内を逃げまどう。しかし。

うおっと?
予想したより早い相手の動きを、カカシは紙一重で避けた。ほっと息をつく暇もなく、繰り出されて来る体術にこの忍の能力の高さを知らしめられる。

これが仲間なら頼りになりそうだけど。
「無様な姿を見せないでよ!」

名の知れた忍と戦っているせいだろうか、声に興奮の色が見える。

敵…何だよね。はぁ〜
カカシは深い溜息をついて、再び逃げ始めた。



ツバキの奴っ!!
「…おいイルカ〜落ちつけってば」

前を走るイルカを追うサイは、先ほどから声をかけているのだが一向にイルカの耳には届いた様子はなかった。

何故…ツバキはカカシを邪魔だと言うのだろうか。否、彼女だけではない…他の五色だって。
サイはそれほどでもないが、何も言わないレツヤだってそうだ。カカシの存在を必要以上に気にかけている。警戒している。

イルカにとって、カカシは大切な金色の子供を守ってくれる存在。日々接する中でその思いが上辺だけでないことを感じ取り、カカシに対する警戒が徐々に綻んでいっている。心に少しづつ入り込んでいる。それが他の五色に警戒を生み出す結果になっていることを、イルカは気付いていなかった。

イルカの頭にあるのは、ナルトにひっつかれたカカシが苦笑しながら頭を撫でる光景。
どんなに良い人だと思っても、九尾を内にいれているナルトを見ると必ず眉を寄せる里の人達。そんな彼らとは違う優しい眼差しでナルトを見てくれる。決して甘やかしはしないけど、特別な目でも見ない人。ごく普通にナルトと接してくれる…そんな人。

「…何とかしろよ、サイ」
「できるならさっさとしてるぜ!ったく…ツバキの奴面倒なことをしてくれる…」
「トラブルメーカー健在だな」
「全然っ嬉しくねぇよ…」

そうレツヤに返し、サイは溜息をついた。

ツバキは攻撃型のくの一で、戦場に立つといつも先頭を切る役目を担っていた。見かけによらず強い忍と戦うことが大好きで、それは【セツ】となっても変わらず、周りがどんなに指揮官の立場を説いても聞こうとしない。

強い忍を前にしたときの、獲物を見つけたような獣の目。

だが今までそれを木の葉の忍へ向けたことはなかった。一応、同じ里の者ということで自重していたようだが、イルカのことを理由についにその癖が出てしまったということか。

最近カカシを始めとする一部の忍が、「黒の部隊」のことを調べているとの情報は耳にしていた。まぁそれがカカシだとしても、火影の秘設部隊とも言えるこちらのことが容易にばれることはないだろうと、放置していたのだが、誰が洩らしてしまったのかツバキに知られてしまったらしい。
お陰で、自分は何をしているのかとなじられ、ついでにいつも以上の嫌みを言われるし、挙げ句の果てにはさっさとカカシを始末しろとか叫いてくるし。
ツバキを自分に押しつけ逃げ回っている他の三人に、密かに復讐を考えていたりもしていたのだが。

何だ…?
「…おい。これは…戦闘の気配か?」

イルカが気付いたのと同時に、最後尾を走っていたサガラが呟いた。彼の声で我に返ったサイは、自分でも感じられるようになったその気配に眉を寄せる。

「おいおい…これツバキと…『写輪眼のカカシ』じゃないのか?どーゆーことだよ」
「理由など、ツバキが残した手紙を見てわかるだろう。『写輪眼のカカシ』と戦うことがツバキの目的だったのだから」
「いや、それは変だ」

サガラの言葉を真っ先に否定したのはサイ。訝しむサガラに、サイはこの気配を感じ取り正気に戻ったらしいイルカへと目を向けた。

「カカシ先生はいくらツバキが挑発しても乗るような人じゃない。それはサガラさんが一番良く知っているでしょう?」
「…」
「あーそういえば、そうだったな」

サガラがどんなに嫌みを吐いても、一向に相手にしなかったカカシ。サガラ相手にしてよく続くものだとレツヤは酷く関心したのを覚えてる。そんなサガラを無視できて、ツバキの挑発に我慢できないはずもない。

「…だったら、これはどういうことなんだ」

ツバキの部下と思える忍達が張った結界内で、飛び散る火花。それを見下ろしサガラは呟く。

「さぁな。それよりもまず、ツバキの部下達をどうにかしないと…あいつらもう限界だぞ?」

サイの指摘に、木の上から見下ろしている面々は、結界内から膨れあがるチャクラを押さえきれなくて、ふらついている忍達に気付く。

「レツヤ。あの忍達と代われるか?」
「ああ。大丈夫だけど…ったく何やったんだよアイツ…」

懐から三枚の札を出したレツヤは、それに己のチャクラを注ぎ込み、結界を張っている忍の元へと投げた。
はっと顔を上げた彼らに、レツヤは叫ぶ。

「どけっ!!!」

その怒号とも言える声に、忍達は木の上にいる彼らが誰か理解したのだろう、すぐさま命令にしたがった。レツヤの投げた札が彼らと入れ替わった瞬間。


ドォン!!!


結界内からチャクラの爆発音が響いた。

「ちっ…!!!これじゃ破られるぞっ!!【ソウ】!!溢れたチャクラをここで押さえるっ!手伝えっ!!」
「わかった!」

ばちりと札が破れ、結界を消し去った。支えているのが忍であったら彼らはどれほどの傷を追っただろう。結界が消えたことにより、その中にいた人物が姿を現す。

カカシ先生…!ツバキ…!!

対峙しているらしき、二人の忍。だが、片方は酷くチャクラを消耗しているように見えた。ともかくどちらも無事だったことに、一安心したイルカだったが。

「…へぇ?これはあんたらの仕業だったのか」

闇を切り裂くカカシの声。その冷たすぎる響きに、イルカ以外の五色達も思わず動きを止めてしまった。

カカシ先生…?
イルカが目にしたのは、青白く光る抜き身の刀をもった暗部姿のカカシ。銀色の髪が闇の中に映え、色のない辺りを静かに染めていた。

一体どうしたんだ?
こちらに顔を向け立っているカカシに、イルカは戸惑う。カカシが…酷く怒っているのがわかる。静かに、とてつもなく。
そこにいるのは、いつものんびりとしていて、少し自分勝手なところはあるものの気さくな人柄を見せている彼ではなくて。
不気味に光り続けるカカシの刀。まるで、カカシの怒りを刀身に写しているようにイルカは感じられた。
任務にかこつけて、挑んできたツバキに怒るのは理解できる。だが、彼はそれぐらいのことで頭に血を上らせるような人ではないし、ここまで殺気を振りまく人でもないことは、これまでのつき合いから知っていた。

それとも…まだカカシ先生の知らない側面があったのだろうか。
飲みに行くようになった間からになったとはいえ、二人の生きてきた道は違う。たった数ヶ月知り合ったばかり…自分の思いは、思い上がりだったのだろうか。

「シキっ!!!」

サイの警告に、はっと顔を上げる。

ギィンっ!!!
「!?」

無意識に相手の刀を受け止めていた。自分に襲いかかって来ている。
…誰が…

真っ先に飛び込んできたのは赤。始めて間近に見る…カカシの左目。『写輪眼』。いつの間にか面を投げ捨てていたカカシの顔が、今にも触れそうだった。その近さに驚いている暇もなく、カカシは青白い刀身を突きだしてきた。

響く鋼の音と、赤と青の火花。

「シキっ!!!」

イルカに襲いかかったカカシを見て、チャクラを消耗していたツバキが怒りをたぎらせる。結界内で戦っていた時とは違う、明確な殺意を感じ取り、サイは叫ぶ。

「コウっ!!!」

すぐさまその意味を察知し、サガラが飛び出そうとしたツバキの前に立ちふさがった。

「どけっ!!コウっ!!!」
「刀を治めろセツ!」
「うるさいっ!どけっ!!!シキに刀を向けた奴を許してはおけぬっ!!!」
「ち…!!!」

どうやら、今度はツバキが切れているらしい。自分がこの事態を招いたことも忘れ、刀とクナイを取り出したツバキ。自分を強行突破するつもりかと、サガラは薄く笑う。

「面白しろい!この俺を倒せるものなら倒して見ろっ!!!」
「邪魔だっ!!!」

ギィィィィン!!!

「………おいおい、ちょっと待てよ。おいっ!!!何で、こっちでも戦いが起きてるんだよっ!!!コウも乗ってるんじゃねぇよっ!!!」

叫んでもその声を聞く者はおらず、レツヤは違う場所から聞こえる二つの音に頭を抱えた。

「ソウ!」
「こうなったら俺達が足掻いても無駄だろ。できるのはせいぜい被害を拡大させないことだな」
「冷静すぎるぞっ!お前っ!!五色が二組戦っているようなもんだぞ!怖くねぇのかよっ!!!」
「俺はまだ命が惜しいから割ってはいる度胸はない。お前ら、こっちにこい結界張るから」

とうにサイは止めるという選択を放棄し、言葉を無くしているツバキの部下達を手招きする。自分の力以上の忍が頭上で戦っているのだ。生きた心地はしないだろうなぁとサイは思う。

「…後始末はこっちの仕事か…」

諦めた呟きについにレツヤも傍観を決め込んだ。



ぐっ…!!!カカシ先生っ!!!

もし声を出して良いならば、イルカはそう叫び、何故怒っているのか問いただしただろう。だが、完全に戦闘状態に入っているカカシが聞いてくれるかどうかは不明であったが。
闇の中、赤い目が動く。
その度に射すくめられるような感覚を受け、イルカはカカシの敵になった恐ろしさを実感させられた。

あの刀は一体…
それと共に気になっているのはカカシの持つ刀。イルカの愛刀でもあり、先代のシキから受け継いだ名刀「焔」。それにひけを取らないぐらい、鋭ぎ澄まされた光を放っている。

ギシッ。
合わさった刀が嫌な音を立てた。まさか折れる!?と腕を動かしたのが悪かったのか、突然カカシの体が沈んだことにすぐ対処できなかった。

「っ……!!!」

腕を交差し、カカシの蹴りがまともに入ることを防いだが、それでも重い威力に後ろへ飛ばされる。
イルカが本気になっていないとはいえ、その姿を見たサイとレツヤは息を飲んだ。
そして続けざまに振られた刀…


「シキっ!!!」


まずいっと声を荒げたサイだが、その刀がイルカに吸い込まれることはなかった。

「…やっぱり強いんだアンタ」

その理性の籠もった声に、顔を上げれば刀を突きだしながらも満足そうな顔ししているカカシが目に入った。
すいっと引かれた刀。

…え、もしかして?
「一度アンタと戦って見たかったんだよね。やっぱ強いな」
「…」

…どうやらカカシはとうに正気に戻っていたらしい。思わず見えないとは言え、憮然としてしまったイルカに、カカシは小さく笑った。

「とは言っても、途中までは俺も血昇ってたんだけどね〜まだまだだね、俺も」

ははっと笑ったカカシは、イルカが良く知るカカシの顔でほっとしてしまう。

「…だけどさ」

不意にイルカへと近づいてきたカカシは、赤い瞳でイルカを睨んだ。

「巫山戯た真似するな。幾らアンタらでも許せることと許せないことがある」
「…」
「あの忍が挑んで来たこと、アンタのあずかり知らぬことかもしれない。だがアンタはあいつの上司だろう。部下の責任はそれを止める…制することのないアンタにもあることを覚えて置いて欲しい。そして…」

イルカの肩に手を置き、カカシは耳元で呟く。

「…ナルトに何かしたら許さない。相手が「黒の部隊」の【シキ】でも」

そう言い置いて、カカシはイルカから離れた。ふわりとカカシの持つ忍刀が光り消え去った。まるでカカシが握った拳に吸い込まれたようにイルカには見えた。

「行くぞ」

そうカカシが呼ぶと、風が動き一対の黄金色の瞳が現れる。五色の誰にも悟られることなく、カカシに寄り添ったのは一頭の大きな狼だった。

「あ、報告書はよろしくね〜」

ひらひらと手を振り狼ともに消えたカカシ。その姿が完全に見えなくなった頃、イルカの傍にサイとレツヤが降り立つ。

「なんか…まだ謎を隠し持っていそうな人だな…あの狼。かなりの年月を生きてると見た。ビンゴブックはだてじゃないってことかー」
「ああ。俺達の名が泣かないよう気をつけないとな」

こくこくと頷くレツヤとサイ。しかし何故かイルカは無言のまま。

「…シキ?」
「……コウ、セツ、お前達いつまで遊んでいるつもりだ」
「「…」」

イルカの発した声に、レツヤとサイは静かにその場を離れた。当初の目的を忘れ、戦い合っている二人に、イルカの殺気が飛んでいく。

「「!!!」」
「いい加減にしないと…どうなるかわかってるのか?」

戦闘中であったにも関わらず、二人はその殺気を感じ取りすぐさま冷静になった。ばつが悪いように顔を見合わせた二人はすぐ離れたが…イルカの立ち上る殺気は治まる気配を見せない。

「…穏便にな…シキ」

一応仲間ということでそうレツヤは口を添えたが、イルカは完全に無視した。こりゃ駄目だと、レツヤは肩を竦める。

「…セツ」
「な…何よ。悪かったと思ってるわよ。勝手に『写輪眼のカカシ』に勝負を挑んで…でも、シキのことを色々探り始めてるって聞いたし、ならさっさと排除していた方が…」
「セツ。それは俺と火影様が話し合って決めることだ。独断専行の理由にはならない」
「だけど!私たちを暴こうとするものは、闇に葬るのが鉄則でしょ!それは間違いではないわ!!」
「無条件は「敵」であればだ。言い訳にはならん。お前は自分が戦いたかったから『写輪眼のカカシ』にちょっかいを出したんだろう。…それがこの結果か」

イルカは戦闘の爪痕が残ったままの森をぐるりと眺め、再びツバキへと視線を戻した。

「自分の部下を巻き込み、「黒の部隊」を動かす俺達の存在を逆に教える結果となった。勘の良いあの人のことだから、ここにいた俺達が隊を指揮する存在であることに気付いただろう、だがお前の一番許せないのは…『写輪眼のカカシ』を怒らせた理由」
「?どういうことだ?」

イルカの言葉に首を捻ったのはレツヤだけではない。ぐっと拳を握りしめたツバキ。


「お前、ナルトに何かするつもりだったのか」


イルカの言葉に、げっとなったのはサイだけではない。ここにいる全員は、イルカがナルトを大事にしていることを十分知っている。勿論ツバキもだ。

「本気じゃないわよ!本気でナルトを傷つけるつもりなんてなかったわ!けれど、アイツが逃げばかりだったからっ!!!だからっ!!!」


『アンタが担当してるスリーマンセル。あの狐の子と遊ぶのも面白いかもね』


「…馬鹿かお前」
「信じられねぇ…」
「…何も言う気がおきないな」
「う…うるさいわねっ!!!つい出ちゃたのよ!だけど、それを聞いた途端アイツ…!!!」

とりなす気もおきんとそっぽを向く仲間に、ツバキのむなしい声が響き渡った。
突然殺気を纏い、ツバキに襲いかかって来た。まるで逃げまどっていたのが嘘のように…全身の隅々まで怒りをたぎらせて…ツバキと同じく狩る側の目になって。その変化に一番驚いたのは…それを目にしたツバキ。

「…申し訳ありませんでした」
「…しばらく謹慎しろ。咎は後で正式に言い渡す」
「…承知しました」

ようやく終わった騒動に、安堵の溜息をついたのは…誰だったか。




「ずるいってばよ〜カカシ先生っ!」
「あ〜はいはい。文句を言ってないでやる」
「むかつくってばよ〜!!」

きっーーと騒ぐ金色の子供をあやすように、ぐりぐりと頭をなで回すカカシ。不満げなナルトだが、そうされてくすぐったさを感じているのが遠くで見てもわかる。

あの子は。そういう存在が極端に少ないから。
「お出かけですか?イルカ先生」
「ええ。ちょっと隣町へ。今日は公園の清掃ですか?」
「子供達が遊ぶ所ですから、危険なものがないようにとのことなんでしょうね」

いつの間にか傍に来ていたカカシ。 背負った籠にゴミを入れるナルト達を見て、イルカの顔は綻ぶ。掃除とは言え任務とサスケと張り合いながら、仕事に精を出すナルト。

「安心しました?」
「…はい」

カカシに目を向けると、にっこりと笑われた。それに返すイルカの笑みもいつもより深くなる。

ナルトを傷つけられると聞いて、怒りに包まれたカカシ。…本当にこの人がナルトの上忍師で良かったと心の奥底から思う。
九尾ではなくナルトを一人の忍として育ててくれる人。優しくて、強くて、大きくて。

「?どうしました?イルカ先生?」

普段通り、のんびりとした口調で問いかけるカカシ。まるであの夜のことが夢のように思えてしまうが…あれはもう一つのカカシの姿。

…あの時、耳元でカカシから忠告を受けた時、震えてしまった体。
あれは…あの冷たい声音と距離の近さ故だったのだろうか。

「…カカシ先生で良かったな」
「?はい?」
「いえ、そうそうカカシ先生今日はお時間ありますか?この前行けなかったので…」
「あーそうですね。大丈夫です。喜んでおつきあいいたしますよ?」
「ありがとうございます」
「あーーー!イルカ先生っーーー!!」

こちらを見て指を差しているナルト。ぶんぶんと手を大きく振りながら、こちらへ向かって走ってくる。

「あいつ…任務中だろうが」

そうは言いながらも、イルカの顔は嬉しさを隠しきれない。金色の子供を受け止めるために手を広げて。
何も気にすることなくそうできるのは、きっと隣にいる銀髪の上忍もいるからなんだろうな。
そう思いながら、イルカは飛び込んできた子供を受け止めた。



「…やっぱり気に入らないわ」
「…全くだ」
「…懲りてないなお前ら」

無理矢理レツヤを引き連れて、カカシは当然のことイルカにも気付かれないよう彼らを見る一団。付き合わされたレツヤはいい迷惑。

「そろそろ戻らないとサイの奴がうるせーぞ」
「あんなの放って置きなさいよ。あいつが困っているなんていい気味だわ」
「…それはお前の仕事をアイツに押しつけただからろうが」
「うるさいわね」

罰として、当分の間アカデミーの雑用を言いつけられた二人だが(両成敗だったらしい)、監視のはずのサイに仕事を押しつけて彼らはここにやってきたのだった。

「…しらねぇぞ、俺」
「…うるさいわね…レツ…」

それは突然だった。レツヤの結界が破られたのは。
すぐに結界を張り直したものの、イルカの視線はツバキ達を捕らえていて。

「あーあしらねぇ」
「ちょ…何で…」
「俺じゃねぇよ。ほら」

レツヤが指を差した先は…

「…サイ…あいつ…」

ばーかと口を動かし去っていくサイ。後でツバキとサガラにイルカの雷が落ちたのは言うまでもない。

(2004.3.10)