ふわり。 それを最初に感じたのがいつだったのかは覚えていない。 だが、とても暖かく、優しく、いつも心地良いものだったのは覚えている。 ナルト 限られた人たちしか呼んでくれない自分の名を、ここまで優しく呼んでくれる人を俺は知らない。 「イルカ先生ーー!!!」 「ナルト?今帰りか?」 任務が終わり、家に帰る途中見つけた恩師イルカ。 どこかへ行っていた帰りなのか、彼は立ち止まり、駆けてくるナルトを待った。 「今日の任務はどうだった?」 「またまた大活躍だってばよーー!!!」 誇らしげに笑うナルトにそうかと呟く彼は、夕闇の光を受けて尚、暖かく見えた。 「イルカ先生仕事は終わったってば?」 わくわくと何かを期待するナルトに、すまなそうにイルカの顔が苦笑する。 「悪いなぁ。俺これからアカデミーに戻らなきゃならないんだ」 「えええーーー!!!」 がっくりと、肩を落としてうな垂れるナルトに、イルカはもう一度謝って、ぽんと頭を撫でた。 ふわり。 「わるいなぁナルト…?どうした?」 「え…?な、なんでもないってば!それじゃ、俺帰るから!先生も仕事がんばれってばよ!!!」 「え?あ、ああ…前見て走れ!転ぶぞ!!!」 「大丈夫だってばよ!俺はもう忍なんだから!!」 怒鳴って駆けて行く子供の姿に、イルカは笑った。 ナルトはイルカが見えなくなると足を止め、呆けたように立ち尽くす。 そして、自分の頭に手を乗せた。 同じ… 地平線に落ちる太陽を眺めながら、思い出すのは幼い時。 大きくて、優しくて、暖かい…手の持つ主のこと。 そして。 ナルト 自分の名を呼ぶ彼の声… 子供の頃から、自分が他の子供達と違うことは知っていた。 そして、自分を見る目にも。 蔑みや、嫌悪。自分が何かした覚えもないのに、大人達はそう自分を見てきていた。 何故。 その疑問を聞こうとも、それを口に出す暇もなく、顔はそむかれ、暴力が身を襲ってきた。 誰も信じてはならない。近づいてはならない。 自分を守るために見につけた処世術。そうすれば、自分は傷つかない、苦しまない。 だが、そう思っても、寂しさは埋められない。 唯一、側にいてくれる火影だが、彼は忙しく言葉を交わすこともまれだった。そんな中、あまりに暇だったので、外に出た。 そして…その代償は。 どうして、どうして、自分が何かしたのか。 何をそんなに怒るのか? 俺を蹴るの?殴るの? 自分を見れば皆不快になるから、隠れるようにしていたのに、何故わざわざ見つけ出すのか。そして痛めつけるのか。 わからない、わからないよ… ぽろぽろと流す涙はとうに尽き、だんだんと広がる虚無感。 何故、自分はここにいるのだろう。 生きているのだろう。 こんなに憎まれているのに、どうして自分は… どんどんと闇が広がり…自分を覆い尽くす。 だが。 「ごめんな?」 初めて言われた言葉。驚いて見上げれば、その人は泣いていた。 どこか痛いのか、苦しいのか。そう思って聞けば、違うという。自分じゃないと… 意味がわからなくて、困惑していれば、その人はぎゅっと自分を抱きしめた。 初めて感じた温もり。 驚いて、身を強張らせていたが、次第にそれは離したくない物と替わり、いつまでもいつまでも、そうしていたかった。 しかし、いつの間にか眠ってしまったらしい自分が目覚めた時、その人はいなくて、ああ、夢なのかと…一人で久しぶりに泣いた。 けれど… 「ナルト!」 次の日、その人は自分の下へやって来た。にっこりと笑って、満面の笑みで。 それが自分に向けられていたものだと、与えられたものだと、理解した時、泣いてしまった。 突然泣き出した自分に、その人はおろおろと、どうしたらいいのかわからないと、自分を見つめていたけれど。 ぽんと、自分の頭に手を乗せて、ゆっくりと撫でた。 あったかい… 自分はますます泣いてしまった。 「どうしてるのかな…あの兄ちゃん…」 あの後、何回か自分の前に姿を見せてくれたけど、突然彼はこう言った。 「当分これないよ…ごめんな?ナルト」 嫌だとだだを捏ねたら、とても困った顔をした。離れたくなかった、会えないなんて嫌だった。ずっとずっと一緒にいて欲しかった、傍にいて欲しかった。けれど、その人の意思は返られなかった。でも… 「ナルト、俺が傍にいなくても、俺はずっとずっとお前を思っているよ。お前は俺の光だから。この里に戻ってこようと思うほど、何よりも守りたいものだから」 ぎゅっと抱きしめて、その人はそう言った。 「お前がいるから、俺はここに必ず帰ってくるから」 光。 自分がいるからこそ、その人は帰ってくる。 「どうしてるのかな…」 あまりに幼い時の記憶のせいか、残念なことにその人の顔は覚えていない。ただ、あの人の手が、自分の頭を優しく撫でてくれる手を、覚えている。 それは、自分は初めて感じた温もり。 ナルト 自分の名を、あれほど優しく呼んだ人を知らない。 暖かく、包んでくれた人を知らない。 俺を光と言ってくれた人。 「…明日も修行だってばよ!!!」 高く手を上げて、空に声が木霊する。 あの人の言葉で救われた、誰かに必要とされる喜びを知った。 だからこそ、自分はそれに誇れる人になりたい。 真っ赤な夕日に向って走る。負けない、どんなことがあっても、弱音は儚い… がさり。 どんどんと小さくなる背を見送る男が一人。 そっと木の上で彼の様子を伺っていた男は、元気にかけてゆくナルトの姿にほっとした。 「さて…急いで帰らないとな」 はらりと木の葉が一枚宙に舞う。 そこにはもう誰の姿も見当たらなかった。 優しく呼んだ人・完(2003.5.18) |