ピンポーン 「?誰だろう…」 アカデミーが終わって、7時頃ようやく家に帰宅したイルカは、それを見計らってチャイムを押す人物に首を傾げた。まさか、仕事に不備があったとか、急な任務とかじゃないことを祈りつつ、ドアを開けると、そこにはよく見知った人物が… 「カカシ先生」 「イルカ先生。お疲れさまです」 唯一見える右目がにこりと笑う。つい、つられて笑みを見せてしまったが、カカシが見せた小さな箱を見て、そのまま固まってしまった。 げ…まさか… 「ようやく今月の新作ケーキが出たんですよ。一緒に食べましょう!」 にこにことケーキの入った箱を見せたカカシは上機嫌だった。 カカシが甘党だと知ったのは、買い物帰りに偶然ケーキ屋から出てきた彼と出会った時だった。 カカシもイルカと会うと思っていなかったらしく、ひどく驚いた顔をして、なぜだかさりげなくその箱を後ろに隠したのだ。 それを疑問に思いつつ、イルカがそのケーキ屋を見ながら、ここおいしいんですよねと告げた一言が悪かった。 「…イルカ先生。ケーキ好きなんですか?」 「え?ええ。すごくではないですが食べますよ?時々」 「えーと、それじゃあ、一緒に食べませんか?ちょっと沢山買いすぎちゃったんですよね」 「え?いいんですか?」 その時、何故カカシが嬉しそうだったのか、突っ込んで考えるべきだった…カカシが大の甘党好きの可能性を… 「今月は洋なしを使ったタルトなんですよ〜」 手慣れたもので、イルカの台所にいって皿とフォークを取りに行くカカシ。その後ろ姿を見ながらイルカは小さくため息をついた。 月代わりのケーキは当然、新作が出れば必ずケーキを買ってイルカの元へとやってくるようになったカカシ。始めて会った時、何故箱を隠したのかと聞けば、ケーキが好きなんて知られると恥ずかしいでしょう?と訳のわからぬことを言ってくれた。 カカシの知り合いで甘いが好きな人はあまりいないらしい。唯一、特別上忍のアンコが甘味仲間だが、彼女はケーキよりも団子の方を好むので、いつも一緒に食べられないとのことだった。そこへ、イルカというケーキ好き(?)という同士を見つけ、こうやってイルカの元へと来るようになったのだった。 だが… 「おいしいですね〜イルカ先生」 「え、ええ…」 夕食も食べてないのに、ケーキ… 栄養が偏るし、今はそんな気分じゃなかったのに…という声はカカシに届かない。もう、一個を食べ終え、二つ目に取りかかるカカシを見て、気づかれないようため息をつく。 「?先生どうかしましたか?おいしくないですか?」 「え!?いえ!おいしいですよ!」 「そうですか!良かったです!まだまだありますからどうぞ!」 「あ…ありがとうございます…」 顔を幾分引きつらせ、笑ったものの、イルカは心で泣いていた。 俺の馬鹿〜!!! 「イルカ、お前太ったんじゃないか?」 同僚のその一言に、ぎくりとイルカは動かしていたペンを止めた。 「そっ…そうか?」 「う〜ん、何となくなぁ…それにお前最近体重いって言ってるじゃないか?」 「………ははは…」 笑ってごまかしたものの、イルカもそれを思っていた。生徒の相手をしていても、すぐ疲れるし、動きが鈍くなったような気はしていたのだ。していたのだが…気づかぬふりをしていた… まずい…これはまずいぞ… 人に気づかれるということは、それだけ体に脂肪が付いたということだろう…その原因は… ぐっと拳を握りしめ、イルカは何かを決意したように空を仰いだ。 「イルカ先生〜」 またいつものように、カカシがケーキの箱を持ってやってきた。 にこにこと嬉しそうに笑っているカカシに、イルカは心を鬼にする。 「カカシ先生。どうぞ今日はお一人で食べてください」 「え…?」 いつものように、ケーキを出そうとしたカカシに、ぴしゃりと言い切るイルカ。イルカは、自分の手元にいつもより、量の少ない夕ご飯を並べ黙々とそれを食べ出した。 「イルカ先生?どうしてですか?その…食事の後に…」 「いえ、結構です。それと当分ケーキも食べません」 その言葉に、カカシはがーんとショックを受けていた。 「せ…先生!もしかしてケーキが嫌いになったんですか!?そんなひどいです!こんなにおいしいのに!それとも、俺とケーキを食べるのが嫌になったとかっ!?」 「ち…違いますよ!」 「じゃあじゃあどうしてですかっ!!こんなに甘くて、とろけそうなほどおいしいのにっ!!!」 「だからですよっ!!!!」 イルカに詰め寄るカカシをえいっと引き離し、イルカは立ち上がった。何だか怒っているらしいイルカを、カカシはきょとんと見上げる。 「貴方がっ!3日とあけずにケーキばっかりもってくるから!俺太ったんですよ!!!体も重くなって…疲れるしっ!!!だから当分甘いものは禁止なんですっ!!!」 「…太った…?えーでも俺は平気ですよ?」 「貴方はっ!毎日子供達と任務をして体を動かしてるじゃないですかっ!俺は日によっては、座っているばかりの仕事で動く時間が少ないんですよっ!!!」 「あ〜」 そういえば、そんな気が… ぼそりと呟いたカカシの言葉にイルカが切れた。 「だからもう俺の所にケーキを持って来ないでください!ケーキだけじゃなく、甘いもの全部ですっ!」 「ええっ!?どうしてですか!?」 「何でって…アンタっ!人の前でばくばくと甘いもの食べる気なんですかっ!?5コも6コも!!悪いですけど、そんなに食べる所を見せられると気持ち悪くなってくるんですっ!」 「えっ!!じゃあ、俺どこで食べればいいんですかっ!!」 「家で食べればいいでしょう!」 「そっそんな嫌ですよ〜一人でケーキを食べるなんて〜!つまんないじゃないですかっ!!!」 「そういう問題じゃないでしょう!!!」 どう泣き落とそうとしても、首を縦に振らないイルカに、カカシはしょぼんとうなだれた。そのあまりの落胆ぶりに、ちくちくとイルカの良心に針が刺さるが、彼は自分のためだと言い聞かせそれを無視する。 だが、ふいにカカシが顔を上げた。 「……?」 「イルカ先生、いいこと思いつきました」 「は?」 「太ってしまうから甘いもの食べられないんですよね?じゃあ、動けばいいんですよ」 「!?だから…!!!」 「今日の夜から修行しましょう。俺がつき合いますから」 「……はっ!?」 ぱかんと口を開けたままのイルカに、カカシは妙案だと手を叩いた。 「そうすれば、カロリーも消費するし、実戦から引いている先生の勘を取り戻すのにちょうどいいじゃないですか!」 余計なお世話だっ!と言おうとしたが、カカシにぐいっと腕を引かれて、イルカは前につんのめった。 「それじゃあ行きましょう〜」 「え!?い…今からですかっ!?」 「当たり前じゃないですか〜ケーキのためですよ!」 「ええええ〜!!!!????」 「行きましょ、行きましょう!」 ということで、イルカはカカシに引っ張られ、夜の闇へと消えていった… 「やっぱり、おいしいですね〜」 「………そうですね…」 今夜もカカシがケーキを持ってきた。イルカは自分の皿にあるケーキを眺め、ため息をつく。 「どうしたんですか?食べないんですか?おいしいですよ〜」 「…はぁ…」 「そして、また修行に行きましょうね〜」 ぱくっと最後のひとかけらを口に入れたカカシはとても幸せそうだった。だが… 地獄だ… あの日、カカシを相手にしたイルカは、まざまざと実力の違いを見せつけられた。ケーキのためです!と主にカロリーを一番消費すると思われる体術を2時間。永遠と繰り返されたのだ… お陰でイルカは全身ぼろぼろ、打ち身だらけ。しかもその後、イルカが疲れ切っているというのに、カカシはケーキを食べさせるし… 俺…ケーキ嫌いになるかも… 「おいしいですね!イルカ先生!」 イルカの気など知らず、カカシは目を細め、こう言った。 「最高に幸せですね!」 (2003.5.13)最高の幸せ・完 (2003.5.20) |