「…任務ですか」 「そうじゃ」 突然、火影から呼び出されたイルカは苦々しく呟く老人に不思議そうに首を傾げた。 「珍しいですね」 無論イルカも中忍なのだから、任務を言い渡されることはあるが、イルカのもう一つの役割を考慮してか最近任務へ駆り出される数は減っている。 「…カカシがそう言いおった」 「カカシ先生が?」 「今回の任務に中忍を連れて行けと言ったらお前が良いと言いおって…」 「…はぁ」 理由もなく駄目だとも言えず、不承不承、承知したからなのか火影の機嫌は悪い。 「あやつにねちねちと文句を言われるかと思うと…」 「…そこですか」 何故イルカを任務に出すのかと食ってかかる友人を思いだし苦笑する。火影は怒りのはけ口になることにげんなりしながら、深く溜息を吐いた。 「それで任務はどのような…?カカシ先生が出るとなるからには…」 「いや、最近五月蠅くなっおる盗賊退治だ。手が空いているものはあ奴しかおらんかったのでな。お前もつけると…高くついたものじゃ」 火影の言葉に笑い返し、イルカは頭を下げる。 「海野イルカ謹んで任務をお受けいたします」 「良い天気でよかったですね〜」 隣を歩くのんびりとしたカカシにイルカは笑いを返した。 闇に出て闇に帰ることが多い忍が太陽の中をのんびりと歩くのも滅多にないことだ。イルカは光に映える緑を目に入れながら、カカシに相づちを返していた。 カカシといると楽しい。 そう思うようになったのはいつ頃からだろうか。 博識で話題も豊富。里を代表する忍であり、それに見合う力と容姿。 顔のほとんどを隠しているが、それを差し引いても有り余るカカシの魅力に誰もが憧れている。ナルトという教え子をかえして知り合った中だが、よく羨ましと同僚から言われるのは特権かもしれない。 そんなカカシが何故自分を連れて行きたいと思ったのか、実はよくわからなかった。 話しやすいから…なんてことはないだろうしなぁ。 最近では飲みにまで行くようになったが、だからと言って任務に一緒にいけるほど中忍の自分が強いとも思わない。 ちらりとカカシを見たが、彼は笑っているだけで何も答えてはくれない。 ま、気にしても仕方ないか。 「今日はあの街に泊まりましょうね〜」 「わかりました」 イルカの返事にカカシは上機嫌に頷いた。 「あらあらあら。久しぶりねぇ。カカシさん」 「こんにちは〜女将さん。お元気でしたか〜?」 「勿論よ。あら今日はお連れさんがいるのね」 「よろしくお願いします」 カカシが選んだのは、中程度のごく普通の宿。 出迎えたのは まだ30代を過ぎたばかりの黒髪が綺麗な女の人。夫である主人と数人の下男で宿を切り盛りしているという。 彼女に案内されて、部屋に入ったカカシは荷物を解くとカラリと窓を開けた。 「一番にいい部屋とは粋なことをしてくれるね〜ほら、イルカ先生眺め最高ですよ」 「あ、本当ですね」 目の前に障害物がないので、街や人通りを一望できる。二人で町並みを眺めていると、襖が開き女将がお盆に茶を乗せやって来た。 「どうです?今日は天気も良いし、眺めも最高でしょう?そちらの方も気に入ってくださったかしら?」 「はい、勿論です」 「それは良かったわ。どうぞごゆっくり」 そう言って去っていった女将。だが、その後ろ姿にイルカは違和感を感じた。 「ここの女将は元忍なんですよ」 「ああ…どうりで」 なんでも、この宿の主人と恋仲になって忍を止めたという。どうりで隙のない動きをしていたと、イルカが納得したが。 「でも、よく気付きましたね〜さすがイルカ先生」 彼女特別上忍だったんですよ〜。と言われて思わずイルカはぎくりと体を強張らせそうになった。しかし、伊達に「黒の部隊」と内勤の中忍をやっているわけではない。そのすべてを隠して、照れくさそうに笑って見せた。 「まぐれですよ、きっと」 …危なかった… それ以上カカシが何も言わないことをいいことに、さり気なく話題を変えたイルカだった。 その夜。 不意に流れてきた夜風にイルカは目を覚ました。 寝る前に窓を確認したはずなのに。 目を瞑ったまま、辺りを伺えば、隣に寝ていたはずのカカシの気配がない。 「え…?」 ゆっくりと起きあがり、閉まっている窓をそっと開ける。 月の光が注ぐ闇の中。消えていく銀色が見えた。 カカシさん…? 何も聞いていなかったイルカは戸惑い、起きあがろうとしたがふいに廊下の方から人の気配を感じ取った。 どうやらこちらを窺っているらしい。何故との疑問が起きたが、イルカは悟られないよう眠った振りを貫く。すると、襖が少しだけ開いてイルカ達がいることを確認したようだった。 今のは一体… 襖が閉められ気配が遠のく。自分達と同じ臭いを感じ取りながら、イルカは目を閉じた。 「おはよ〜ございます。イルカ先生朝ですよ〜」 ぼけっとした顔で目を開ければ、カカシがイルカをのぞき込んでいる。朝の光が顔にかかっているのを感じとってがばりと起きたイルカは、自分が寝坊してしまったことに気付いた。 「うわぁぁぁ!すみませんっ!」 いくら顔見知りとはいえ、任務の最中。おまけに上忍のカカシよりも遅く起きるなんて。 俺はなんてことを〜 と、自己嫌悪に落ちるイルカにカカシは気にしないように笑った。 「よっぽど疲れていたんですね。朝食できてるらしいですよ?食べに行きましょう」 隣を指さすカカシに真っ赤になりながら頷き、慌てて身支度を整える。 あ…そういえば… 「ここの飯は美味しいですよ。俺が保証しますから」 そう言って先に行ってしまったカカシ。タイミングを外されたイルカは、昨夜のことを聞く機会を失ってしまう。 ま…後でもいいか。 そう思ったイルカだったが。 「それじゃ、ちょっと出掛けてきますね。それじゃ」 止める暇もなく、さっさと消えたカカシ。任務の詳しい話しもせずに、残されたイルカはあっけに取られた。 「あら?カカシさんは?」 「それが出掛けてしまったんです」 後片づけに来た女将に申し訳なく言うと、彼女は置いてけぼり?と小さく笑う。 「それじゃ、イルカ先生。この街始めてでしょう?観光でもいかが?」 イルカが教職についていると聞いて、女将もイルカを先生と呼んでくる。そのことにくすぐったい思いでいながら、イルカははいと頷いた。 「ゆっくり楽しんできてね」 玄関先まで見送ってくれた女将は、消えゆくイルカの背を見た後、それまで浮かべていた笑みを消した。 お弁当まで作ってもらっていいのかなぁ。 女将に渡された包みを抱えながら、店をのぞき込んでいたイルカは、彼女の好意に頭が下がる思いだった。 にしても…カカシ先生は一体どこにいったのだろう。 今日もそうだが昨夜のことも。 任務に関係のある話なら自分に言ってくれてもいいのに。 確か盗賊が出る街はまだ先のはず。そこに向かわずここに逗留する理由がイルカにはわからなかった。 自分には言えない理由でもあるのだろうか。 そんなことをもんもんと考えていたイルカだったが、とある店を覗いた後自分が付けられていることに気付いた。 それとなく人影から覗けば、若い男のようである。昨夜部屋を覗いていた気配に続きこれは何だろう。 ま…知らぬ振りをしておくか。 帰ってカカシに会ったらこのことを相談せねば。そう思っていたイルカだが、宿に戻ったイルカを待っていたのは… 『当分宿には戻りません。時間もあるのでイルカ先生はゆっくりと宿でくつろいでいて下さいね。はたけカカシ』 「………カカシ先生っ!?」 手紙を見て思わず叫んだイルカを、女将は苦笑して眺めていた。 あの人は!あの人は!あの人は〜!!! 夜になっても怒り冷めやらぬイルカは、一人布団の中で憤慨していた。内容を知っているらしい女将が、ゆっくりして下さいと慰めてくれたが、こちらに何の一言もなくいなくなったカカシが恨めしい。 しかもだっ! その後女将が言った台詞は… 「この街にはカカシさんの馴染みの方がいらっしゃるし」 ということは。 つまり。 任務もせずに女のところに行ってるってのか〜あの人はっ!!! カカシをいい人だと思っていた自分が馬鹿見たいだった。カカシを好意的に見ていた分、任務を放り出し、いなくなってしまった彼にとてもショックを受けた。 ぐしゃりとカカシからの手紙を握る。忍からの手紙は読んだらすぐ消し去るのが常識だが、あまりに悔しくて今までそれを忘れていたのだ。 火遁の印を結ぼうとしていた時、目の前にある燭台の火が手紙を揺らす。それを見たイルカははっと目を開いた。 これは…忍文字! 火に炙られて出てきた文字にイルカは顔色を変える。 そうだ良く考えてみればカカシが何も言わずに消えるなどおかしかったのだ。自分と話をしないようにしていたり、わざわざ手紙を渡して来た理由を考えるべきだった… 話せない…それほど警戒しなければならない理由があるということを。 浮かび上がった文字は、イルカの考えを裏付けるもので。 『任務はすでに始まっています』 火遁の印を結び、イルカは手紙を消し去った。 カカシが一体何を警戒していたのか。 それを考えながらイルカは今、自分が知っている任務内容を思い出す。 ここ数ヶ月近隣の街で盗賊騒ぎが頻発している。 狙われるのは大棚の家ばかりで、その家の財産をごっそりもっていくばかりか、時には人を傷つけることもあるという。どんなに警戒していても、盗賊達は入り込んでしまうのだから、財産を持っている商人達などは戦々恐々だ。そんな彼らが最後の手段とばかりに、木の葉へと盗賊退治を依頼して来た…確か経緯はそうだったはず。 うーん、普通の盗賊ならカカシさんがあんなに警戒するかなぁ。 盗賊たちが盗みに入った場所を辿れば、カカシほどの忍なら予想をつけることも可能だろう。なのに、カカシは自分の姿を消すという方法を取っている。…自分をこの場所に残して。 だとしたら、相手もそれなりにできる人物と考えて良い。カカシを…というか、忍を知っている者。 ん…? 布団に入ったまま考えていたイルカは、昨夜に続き再びこちらを伺う気配が現れたことに気づいた。 イルカが忍だと知っているのだろうか、息を潜め極力気配を隠してはいるが、その隠し方では下忍は騙せても中忍は無理だろう。 舐められているのかなぁ。 そんなに自分は頼りなく見えるのだろうか。 思わず布団の中で苦笑していると、その人物は一晩中こちらを張っているつもりなのか、立ち去る気配が一向に無い。 さてと…どうするかな。もう一晩ぐらい様子を見ようか。 段々と状況がつかめてきたイルカは、今無理に動くことは止めておき、彼らを油断させる作戦に出る。 一晩中見られるのも落ち着かないけどなぁ。 それはここにいないカカシも同じだろう。 すやすやとたてられるイルカの寝息に、見張っている人物はふっと息を吐いたようだった。 それから数日、この状況が続いた。 夜な夜な現れる人物は、イルカを見張るだけで危害を加えるつもりはないようだ。だが、日中どこに出掛けるにも後を付けられ正直良い気持ちはしない。だが、イルカはあえてその状況を続けることを望み、毎日を過ごしていた。…つまらなそうに。 「全くカカシさんは何をしてるんでしょうねぇ」 女将がイルカに同情したように、話しかけてくる。イルカは頷きながらはぁっと溜息をついた。 「上忍の方ですから何か考えがあるんでしょうが…」 「庇うことはないのよ。イルカ先生」 特別上忍であった女将は容赦なくイルカの言葉を一双。それに同意するわけにもいかず、イルカは苦笑いで止める。最近暇をもてあましているイルカに、女将はよく話しかけてくる。里のことや、アカデミーのこと。答えられる範囲で話はしているが、本当に聞きたいのはそういうことではないような気がしていた。 「ところで、ずっと思っていたんだけど、ここに来たのは任務じゃなかったの?」 「…そのはずなんですが…一向に向かう気配がなくて困ります…って女将さんに愚痴を言っても仕方ないんですけどね」 あははと笑うイルカに、女将はそうと笑い返した。 「この街は平和一色ですから、盗賊騒ぎなんて無縁でしょうに」 ぴぃ。 朝の目覚めを促す小鳥の声に、イルカはそっと窓へと近づいた。いつも廊下にいる気配が、イルカが起き出したのを感じ取り姿を消す。それを確認した後、イルカが窓を開けるといち羽のすずめが腕に止まる。 「…こちらも準備はいいですよ」 パンくずを投げるとすずめはそれを啄み飛びだった。 「おはようございます。イルカ先生」 「おはようございます。女将さん」 いつもと変わらない朝が始まった。 「…やはり盗賊退治に来たのかあの忍達は」 「ご安心おしよ。気付いちゃいないさ」 くすりと笑う声に、男はしばし無言の後頷いた。 「あの男は?」 「女のところに入り浸りで一歩も外に出ようとしねぇ」 下卑た笑いが広がる。 「明日、ようやく行くようだよ。朝犬っころが手紙を届けに来たから」 男は頷き、ではと言葉を続ける。 「明日の夜決行だ」 ここ晴天続きのせいか、夜の満月はいつになく美しい。 静かな夜を支配する光りは、小さき者がどう動こうと気にしない。ただ平等に夜の光を与えるだけ。 その闇を走る複数の影は、様々な方向から現れ一点を目差していた。その人数はおよそ十人。黒装束に身を包み、目配せのみでそこへ向かう。 やがてついたのは、一軒の家。この街を仕切っている商人の住む豪邸だ。 一人が壁を叩くと、閂が開けられ、彼らは中に向かい入れられる。 中は、警備についているはずの護衛達が、家人とともに意識を失い倒れていた。影達を掠める微量の香り。 影の仲間の一人が得意とする眠り香の一つだ。 影達は内部を詳しく知っているのか、迷いもなく倉の場所へと向かい、重たそうな鍵穴を器用に開けた。誰かが中にあるものを想像してか、ごくりと喉を鳴らす。 扉は開かれた。 「は〜い、そこまでね」 倉の中に入っていた影達がぎょっとしたように振り返る。 入って来た扉に寄りかかる一人の男。 輝く銀色の髪を、月の光に浴びせながら彼はひらりと手を振った。 「貴様っ!?」 「残念だけど、中身は空だよ〜さっき移しちゃったから」 「なっ!?」 カカシの言葉を確かめるため、影の一人が金が入っているはずの重箱を持ち上げたが… 「っ…!!!」 子供でも持ち上げられる重さ。 影の悔しそうな声を聞き、カカシは笑う。 「俺を出し抜こうなんて…良い度胸してるじゃない?女将?」 「…やはり気付いていたのね…はたけカカシ」 もう隠す必要がないとばかりに、女将は覆面を取る。ふわりと長い黒髪が黒装束の上に落ちた。 「貴方があの抜けた中忍をおいていったのも計算の内かしら。あの顔に騙されたわ」 「その言い方はひどいなぁ。イルカ先生は中忍の中でも優秀だよ?アカデミーの教師になれるんだから」 「そうね、里を離れて鈍ったのかしら忘れていたわ」 カカシに置いて行かれたと、落ち込んでいたのをそのまま受け取り、彼が零した情報を鵜呑みにしてしまうなんて。 「すべては私達を動かす…作戦ってこと」 カカシが盗賊の根城となっている宿を離れたのも。 イルカをおいていったことも。 ずっと女のところから出てこようとしなかったのも。 「アンタほどのくの一でも、惚れた男には弱かったんだねぇ」 夫が盗賊だと知っても離れられず、逆に忍の力を利用して女頭目とまでなっていた。 「笑えばいいわ。特別上忍までなった女が身を落とした姿を」 女将がクナイを構え、カカシを睨む。その眼光を受け止めながら、カカシは静かに呟いた。 「…許されることじゃないんだろうけど。…嫌いじゃないよ、その考え方は」 女将は目を細めて…笑った。 「…どこに行くんですか?」 一人走っていた男は、かけられた声に立ち止まる。前を見れば道をふさぐように立っている男。 「貴方がいるべき場所はここではないでしょう」 「黙れ。どけ!どかねば殺すぞ!!」 寡黙だった宿の主人は、本性を曝し出すように唸る。だが、目の前に立つ男がいつも見せていた人の良さそうな顔はなかった。 「貴方のために盗賊までなったのに…その頭目の貴方が、部下どころか妻まで見捨てて逃亡ですか」 「うるさいっ!俺がやれと言ったわけじゃない!あいつが手伝うと言ってきたんだ!だから手伝わせてやっただけだ!」 特別上忍までなった忍が、忍の技を貶める。 彼が盗賊だと知って、どれほど彼女は苦しんだだろう。だが、彼女は男から離れられなかった。忍としてのプライドをすべて無くしても、男の傍を選んだ彼女。 必ず制裁が来ると知って尚、離れられなかった女。 「貴方には…すぎた女性ですよ」 男の傍で微笑む彼女が見えた気がした。 「機嫌直してくださいよ〜先生。イルカ先生なら、奴らを油断させられるし、俺の意図に気付いてくれると思っていたんですよ〜」 里への帰り道。 必要上話そうとしないイルカに、カカシは参っていた。 情報が漏れるのを恐れて、イルカに何も言わず勝手に作戦を動かした自分に責任があるのはわかっている。だが… 「…別に怒っていません」 「…そのしかめっ面で言われてもねぇ…」 むっと寄せられた眉。いくら話しかけても返って来るのは短い返事。これが怒っている以外に何なのか。 「イル…」 「…良い人でした。いつも花のように笑っていて。元忍とは思えぬほど…明るくて」 あの笑みは、情報を得るためだったのかもしれない。だが、幸せそうだと思ったのに。忍から離れて幸せになったと… 「…笑うなんてない女でした。任務でもね、どこか冷たい笑みしか浮かべない女」 人形のようなくの一。 それが始めて目を輝かせた日があった。 「惚れた男ができたと…この任務が終われば忍を止めるのだと…嬉しそうでした」 「…カカシ先生…」 「たまにね顔を見せる度、笑うようになっていて。何だか俺もそれが嬉しくて、時々行ってました。けれど…」 いつの頃かその笑みに陰りが見えて。 「知ってしまったんでしょうね…その時に」 だから、彼女が忍の技を悪用していると聞いた時、そうだったのかと思った。 「最後まで笑ってました。人形ではなく…人間の、一人の女として」 「…」 「彼女を人間にしてくれた。それだけは、認めますよ」 すっと先を歩くカカシの背に、イルカはかける言葉がない。 くの一を一人の女とした男。 だが、彼は卑怯で自分のことしか考えない男だった。それでも…女はきっと。 「?どうしました?イルカ先生」 突然イルカが手を掴んだのでカカシは驚いた。 だがイルカは何も言わず、カカシの握られた拳をゆっくりと開いていく。 「…強く握りすぎると血がでますよ?」 「あー…本当ですね」 本当は悔しかったのだ。 あの女をそのままにしておけなかったこと。手にかけねばいけなかったことが。 カカシはイルカの手に包まれた自分の手をじっと眺めて、小さく息を吐く。心配そうな、見上げてくる黒い瞳にふっと笑った。 カカシが優しげに笑ったのを見て、イルカはどきっとした。 一体自分は何をしているのだろう。 カカシの手を慌てて離したイルカだったが。 「イルカ先生」 カカシの声に反応して見上げれば、覆面を取った男前としか言いようのない彼の顔が目の前にあって。 え。 思わず見惚れてしまった間に……触れた。 「ありがとうございます。イルカ先生、慰めてくれて」 覆面を戻したカカシがにっこりと笑って歩き出す。 だが、イルカは動けない。 「カカカカカ…カカシ先生っ!!!???」 真っ赤な顔で立ち止まったままのイルカ。 今回の任務に、彼が指名されたのは、もう少しお近づきになろうというカカシの作戦があったのは。 また別の話。 (2004.2.10) (2004.2.10) |