ざぁぁ… あー、まだ止まないなぁ。 授業が終わり、職員室に戻ったイルカは、出席簿をトントンと机で叩きながらぼんやりと窓の外を眺めていた。 「じゃあ、先帰るぞイルカぁ」 「ああ、お疲れさん」 そんなイルカの肩を叩き、手を挙げて去っていった同僚に言葉を返す。今日は土曜日で、午後の授業はない。用事がない教師はさっさと家に帰っていく。 「俺もさっさと終わらせて帰るかな」 ちょうどよく受付業務もないことだしと、イルカは答案用紙にペンを走らせた。 さぁぁ… 「ふー…終わった…」 ぎしりと背でなる椅子に重みをかけて、こわばった体を伸ばす。ちらりと目を上げ時計を見れば、2時を示していた。 「もう2時…どうりで腹減ったよなぁ…」 周りをみれば、残っているのも自分だけ。相変わらず熱中すると周りのことが目に入らないと苦笑いしながら、窓の外を見るとまだ雨は降っていた。 「でも、さっきより弱くなったか?」 窓に手をあてて、外を眺める。朝の天気予報では、午後には止むはずだったのになと思いながら。 しとしとしと… 目をつむり、雨の音だけを聞く。静かで何となくほっとする。他の音を消し去り、一定の滴の音だけを響かせる雨。イルカはそんな雨の音が好きだった。休日に雨が降れば、思わず手を休めてその音に浸るぐらいに。だが、ここでそんなことをいつまでもしてられないと、イルカは手早く荷物をまとめ職員室を出た。 ぽんぽんぽん… 傘にあたる音が、まるで子供が習いたてのピアノのようで、何だかイルカは楽しくなり、すぐ家に帰るのがもったいなくなってきた。 そういえば… ふと、今の時期に咲く花のことを思い出し、そこへ足を向けてみようと思った。きゅるると鳴りそうな腹をなだめ、イルカはその場所へと足を向けた。 ぱらぱら… どうやら、天気予報通り、雨はもう止みそうだった。空を見上げれば、ところどころに雲の隙間が見えてきた。 「お…予想通りか!」 イルカの顔に笑顔が広がる。彼の前に広がっていたのは、青と紫色の花の群。夏の始まりを告げる紫陽花の花。イルカが好きな花だった。 この町から少し離れた所にある紫陽花畑だが、昔はここに誰かが住んでいたようだ。しかし、いつしか住む住人もなくなり、家も朽ち果てたが庭にあった紫陽花だけはその場所にあり続け、少しづつ増えこんな群生になったらしい。この場所を火影に聞いてから、毎年ここに来るのがイルカの楽しみの一つ。 雨に濡れたせいか、花の色が一層鮮やかに見え、イルカがしばしその美しさを眺めていると、背後からおやという声が聞こえてきた。 「イルカ先生…?」 「カカシ先生!」 互いに思わぬ所で出会い、二人は驚いた。 「人の姿が見えたから誰かと思えば…よくここ知ってましたね」 「昔…火影様に教えて頂いたんですよ。カカシ先生こそどうして…?」 「前に任務帰りに偶然見つけたんですよ。それ以来、雨の季節になるとなんとなく足が向いてしまって」 苦笑するカカシに俺もなんですと言い、イルカは紫陽花に目を戻した。二人が無言のまま紫陽花を眺めている。と、いつの間にか雨は止み、切れ切れの雲の隙間から光が漏れだした。 雨に濡れた花びらが、光を受けて、きらきらと一斉に輝きだした。それはこの世と思えない幻想的な景色で、イルカとカカシは言葉を発するのも忘れ、それに見とれていた。 どのぐらいそうしていただろうか、二人ははかったように同時に我に返って、顔を見合わせると微笑みあった。 「…綺麗ですね」 「ええ」 気づけば、空にはうっすらと虹まで架かっている。それを見て、イルカがぽつりと呟いた。 「雨って不思議ですよね」 「え?」 「昔から思っていたんですよ、雨って…どうして安心できるんだろうって」 「安心ですか?」 「ええ。冷たいはずなのに、暖かかくて、寂しいはずなのにほっとできて…だからかな…俺昔から雨好きなんですよ」 「冷たいのに暖かい?…俺は雨が降れば視界が悪くなって任務がしづらいってぐらいしか思ったことありませんよ。ま、足音とかは消してくれますけどね」 「そうですね」 苦笑したイルカにカカシは何だか気まずい思いがした。 …どうして自分はこんなことしか言えないのだろうか… 折角彼と滅多に見られない景色を見て、語り合っているのに、雰因気の「け」の字もない感想を述べて… はぁっとカカシは小さくため息をついた。 そんなカカシに気づいているのかいないのか。イルカは笑っていた。 「だったら今度雨降った時に家に来てください。一緒に雨の音聞いて見ましょう?」 「え…?」 「暖かい雨。きっと、カカシ先生も気に入りますよ」 にっこりと微笑みながら言われた言葉に、無意識にこくりと首を振ってカカシは家に誘わたことを信じられない思いでいた。 「あ、そうだイルカ先生。今夜お暇ですか?」 「え?ええ」 「いつも行く店がね、珍しい酒を手に入れたって言って来たんですよ。一緒に行きませんか?」 「ええ!それは楽しみですね!!」 承諾の返事を受けて、カカシはにっこりと笑う。実はそれを聞いてからイルカを探し回っていたカカシ。この場所で彼と捕まえられるとは思っても見なかったが、当初の目的を果たせてそれまで以上にご機嫌になった。 「それじゃあ、行きますか」 「はい!あ、その前に家によっていいですか?荷物を置きたいので…」 「ええ。つき合いますよ」 「すみません」 さくりと雨で柔らかくなった土を踏んで、二人は歩き始める。 その時、きらりと紫陽花の上で光る雨粒が光ったことに気づいたイルカは、目を細めた。 …また見に来るよ。雨が降った時に。 …カカシ先生とね。 心の中で秘密の約束をして、イルカは先を歩くカカシの後を追う。 まるでそれを承知したと言うように、紫陽花達は輝いた。 暖かい雨・完(2003.4.28) 「雨」と聞いて、まず頭に浮かんだのが、紫陽花と虹とかたつむり。(…なんてお約束な…)最初は虹を中心に書こうと思ったのですが、自分が「雨」を見ている時どう思うだろうと考え、雨の音を中心として書くことにしました。イルカが言っているのと同じく、私も「雨」の音が結構好きです。暇な時、外を見ていても飽きません。さすがに何時間も…は、いかないですが。最近聞いてない綺麗な「雨」の音。ちょっと聞いて見たくなった、この頃です。 (2003.5.4) |