「はぁぁぁ。毎日毎日ガキのお守ばっかりだと、さすがに疲れるぜ…」 ゴキゴキと首を鳴らしながら、深いため息をつき、サイはアカデミーの廊下を歩いていた。春に入った新しい子供達も学校になれ、それと同時に授業にも熱が入ってくる。それは教師達も同じなのだが、子供の場合、それが勉強に留まらず、比例するように悪戯の度合いも高まっていくのだから、気の抜く暇もない。何せ、普通の子供と違って、彼らの悪戯には覚えたての忍術が含まれるから始末が悪い。さっきも、水遁の初歩を覚えた子供が、自分に向けてそれを放ち、見事びしょ濡れにさせられたのだ。 「はぁぁ…任務でも受けてた方が楽だよなぁ…よくまぁ、イルカは平気だよ」 楽しいよと、笑う友人の気がしれない。 サイは理解できないと首を振った。 「あらら、そこにいるのはサイ先生?」 名前を呼ばれて顔をあげれば、そこにいたのは、はたけカカシ。 ちょっとぎょっとして、サイが固まるとカカシがひらひらと手を振った。 「何かぶつぶつ言っている人がいるなぁと思ったら。あれ?サイ先生髪濡れてる?」 「あ…子供の悪戯に巻き込まれまして」 「あ〜なるほどね。大変だねぇ。サイ先生も」 にこにこと、唯一見える右目が笑っている。 何故彼がこんなところにいるのだろう。この時間ならば、彼の受け持つ下忍達と任務に出ているはずなのに。 その疑問を感じたように、カカシが火影様に呼ばれてねと、告げた。 「はぁ…ご苦労様です」 「どーも…っと、遅いよアスマ」 「るせぇ。めんどくさいこと人に押し付けていたくれに文句を言うな…って、誰だ?」 不機嫌そうな顔でやって来たアスマは、タバコをふかしながら、サイを見て片方の眉をぴくりと上げた。 「サイ先生だよ〜イルカ先生の同僚」 「は…はたけ上忍。だから、先生というのは…」 「え〜だって、先生でしょ?臨時でも?だから、サイ先生」 やもなくここにいるが、先生という柄じゃない。 それを先刻承知のサイは、カカシにこう呼ばれるといつも落ち着かないのだ。だが、カカシはそれを改める気もないらしく、初めて言葉を交わした時以来、先生と呼んで来る。そのたびにサイが肩を落とすことを楽しんでるようにも見えるが。 「ふぅん。イルカのねぇ…ところで、カカシもう選び終わったのか?」 「いんや〜まだ」 「…てめぇっ!じゃあ、今まで何してたんだよ!30分以上前に部屋から出て行って!」 「今日、イチャパラの新刊発売日だったから、買いに行ってた。ほら〜」 「見せんでいいわっ!!!」 18歳未満禁止の本を堂々と見せてくるカカシに、アスマはうめき、サイは呆れる。カカシは2人のそんな態度に不満そうだったが、ああなんだと、ふいにぽんと手を叩いた。 「サイ先生。この後の予定は?」 「え?ああ…何もないですが、受け持ちの授業も終わってますし」 後は帰るだけだと呟いて、サイは自分をにこにこと見ているカカシに不安を覚える。 …嫌な予感。 「だって、アスマラッキー。ということだから、サイ先生にしようよ。いいだろ?」 「…は?」 「俺はかまわねぇけどな」 ちらりとサイを見たアスマが、気の毒にと呟く。 一体何なんだ!とこの状況が掴めないサイは、カカシの言葉に絶句した。 「今日の夜の任務に、中忍が必要だったんですよ〜サイ先生お手伝いお願いしますね」 「………は?」 ぽかんと口を開けたまま、サイは素直に答えてしまった自分を呪った… どうしてこうなるんだ…俺が何かしたか!? まさか、中忍の自分が彼らの要請を断ることもできず、泣きつくように火影の元に行ったものの、ちょうどそこにいたイルカとともに、いってらっしゃいと手を振られてしまった。 『運動不足だろ?良かったな』 …あれほど、友人の笑顔が憎たらしいと思ったことはない。火影も火影で、イルカの言葉に頷きながら、達者でななんてありがたくない励ましを受けたし。 今日は、酒引っ掛けて早々に家に帰る予定だったのにーーー!!! 何が悲しくて、サポート任務につかなくてはいけないのか。 しかも… 「サイ先生。諦めが肝心だぜ?」 「そうそう、俺達に見つかったのがねー」 横を走る上忍達にはばれているらしい。にやにやと、笑って自分にそう言って来る彼ら。 はぁっとサイはため息をついて、諦めるしかなかった。 「…それで?今回の任務のこと、まだお聞きしていないんですが」 「そうだね、俺も巻物の奪還しか聞いてないんだよね。何?」 「…説明受ける前に、さっさと部屋を飛び出したのは誰だ!ったく!!」 がりがりと頭を掻きながら、アスマはサイを挟んで向こう側を走るカカシを睨んだ。だが、当人は笑っているだけで何も堪えていないようだったが。 「巻物は、昔木の葉から盗まれたものだ。それほど重要な術とかが書いているわけじゃねぇが、それがどこかの商人に売られると聞いては黙っちゃいられないだろう。つーこと」 「…それだけに俺らが借り出されたわけ?」 「しらねぇよ、んなことは。ま、運び出される時にちょろまかせれば簡単だろ。ただ、その屋敷が結構めんどくせぇ作りらしんだよ。見取り図もこれぐらいしかわからんそうだ」 ひょいっと、アスマはそれをサイに渡す。サイが広げると、カカシが覗き込んできた。 「…ごく普通の屋敷だねぇ」 「これだけですか?」 「そ、これだけ。中にあると思われるカラクリは何一つ不明つーことだ」 「…これまためんどうな」 カカシがため息をつき、サイもそれに同意する。 「後わかってることは、その屋敷には当然のごとく忍がいるつーことだ」 「やだやだ。忍の相手はめんどくさいね」 「だから俺らなんだろ」 「そんなの暗部にでもやらせればいいじゃん〜俺らは下忍達を育てるのに忙しいんだよ」 そんな、巻物の奪還に暗部を送るかっ!とサイは内心で突っ込みながら、だよなぁとカカシの言葉に同意を示すアスマ達をうんざりと見る。聞くだけによれば、中忍のサポートも必要なさそうな任務だが、やはりこの2人が借り出されるのを見れば、楽観もできない。 大した術が書かれているわけではないと言うが、どこかの忍国に渡るのは不味いということなのだろう。今まで何故放っておいたのか知らないが、そこに何らかの火影の意図を感じる。 食えないじぃさんだからなぁ。 火影に忠誠を誓っている身ではあるが、彼の先を見越す目には舌を巻く。 共に任務に出たことはないものの、人の心を見定めるのがうまい。だからこそ、火影であり続けているのだろうが… 「あ、そういえば暗部といえばさ、あれから会った?あいつらと」 「んな、ぱたぱた会える奴らじゃねぇだろうが。だったら苦労しねぇよ」 いつの間にかサイは少し遅れ、前を走る上忍達を追いかける形となっていた。自分の思考に嵌っている間も、彼らの会話は続いていたらしく、任務とは別なことに変わっているようだ。 「だよねぇ、こっちもからっきし〜さすがだねぇ」 一体何のことだろうろ、サイが首を傾げていれば、不意にカカシが振り向いた。 「ね、サイ先生。暗部に変わった集団がいるって聞いたことある?」 心臓が止まるかと思った。 「…?変わった?えーと、すみません俺…いえ、私は暗部のことはよくわからないんですが」 「そっか〜それは残念」 「って、普通アカデミーの先生が暗部と関わるわけねぇだろう、お前と違って」 「そりゃそうだけど、サイ先生は臨時だし。普通の任務には出ていたんでしょ?ならちょっとは聞いたことがあると思ったんだけどさ」 「申し訳ありません…あの、変わったって…?」 ちょっと待て、何でそんな話になってるんだと、内心サイは驚きながらも、それを出すことなく、何も知らない中忍を装う。 「暗部に変わりものの集団がいるって話だ。ま、知らねぇなら知らないに越したことはねぇ。悪かったな」 謝ってきたアスマにいいえと答えながらも、変わりものという表現にちょっと憮然となる。 それって、完璧に俺らのことだよな…? 暗部に属す「黒の部隊」。 火影の直轄の忍達で、その存在は闇の中でもさらに深いところにいる。 主にSランクの任務につき、陽の目をみない存在でありながらもその力は最強とまで言わしめる者。 「黒の部隊」は【黒の五色】と呼ばれる5人によって統括されている。その彼らをまとめているのが【黒の五色】の一人でもある【シキ】と呼ばれる忍だ。彼らはほとんど里に戻ることはない。Sランクの任務でも、長期に渡るものを多く受けるため、色々な場所にある隠れ家を拠点にして動くことが多い。ただ、今は事情があって、3人の【黒の五色】しか里外の任務を受けることはしていないが。 「黒の部隊」の存在は、火影を含める一部の上層部のものしか知らない。 同じ暗部に属する者でも、彼らの存在は噂や伝説として流れているだけだ。 黒の面をかぶる忍として。 だからと言って、それを秘密裏にしているわけでもないから、時々どうしても関わってしまう忍達が現れる。 …前を走る2人のように。 …そういえば、この2人…というか、猿飛上忍と話たことがあるんだよな…俺。 カカシが、【シキ】という人物を探しているという噂を聞いて、つい忠告をしてしまった。 余計なことだったかもしれないが、カカシに限らず、他の忍達が「黒の部隊」その中でも【黒の五色】に関わろうとすることを仲間達は良しとしない。それは彼らが「黒の部隊」の生命線でもあり、自分達が絶対の信頼を置く者達であるからだ。もし【黒の五色】を暴こうという存在が出れば、彼らは排除に動き出す。 それが…木の葉の忍であっても。 「ところで、サイ先生。そんなにかしこまらなくていいんだよ?」 「え?」 「ムリに私とかさ、敬語使わないでよね。そういうのあまり好きじゃないでしょ?」 にこりとカカシに言われて、サイは苦笑いを浮かべるしかなかった。 よく見てる。 話すことになったとは言え、共にいるのは初めてだ。それなのに、見抜かれている自分の性格。 ビンゴブックに載るのは伊達じゃない。 色々な意味で気をつけなければならない人だと、サイは前を走るカカシを見続けた。 ギィン! どこからか投げられた手裏剣をクナイで弾き飛ばすと、隣にいたアスマが敵の居場所へ回り込み仕留める。 少し離れた所からは、複数のチャクラを感じ高まっては消えていった。 あーあ、やっぱな、こうなると思ったんだよ。 サイは小さくため息をつくと、目の前に現れた忍の攻撃を避け、膝にケリを入れる。バランスを崩したところを、身体を回して下から顎へと足を入れた。 ぎゃっと悲鳴が聞こえ、敵が後方に吹っ飛ぶ。それにクナイを放ち、その先を確認する間もなく新しい敵と対峙する。 屋敷に侵入し、無事巻物を取り戻したものの、屋敷を護衛していた忍達と戦闘になった。 それでも、屋敷から脱出し、木の葉の里に向って走っている途中、追って来た敵に追いつかれ再び戦闘になる。 「大丈夫か?サイ先生」 「はい。猿飛上忍」 自分達より倍以上の敵に囲まれているというのに、隣にいる上忍はサイを気遣う余裕があった。どうやら、自分達を囲んでいるのは中忍らしい。サイは彼らの攻撃をぎりぎりでかわしながら、敵を仕留めることに専念する。 「…大丈夫でしょうか」 「あーあいつなら平気だろう。気にするな」 そんなことを言いながら、アスマは一人敵を倒した。彼が先回りして敵の数を減らしてくれるから、サイは楽なものだ。…まぁ、実力を押さえて戦わなければいけないという辛さはあるが。 「にしてもよ、予想以上に敵の数が多いのは気のせいか?」 そう呟いたアスマに、サイはそうですねと言いながら、複雑な思いで敵を見つめる。 敵が襲ってきたのは巻物を手にした瞬間。彼らは待ち構えていたように、襲ってきた。その部屋に複数の気配があったことは、カカシとアスマも気づいていたらしく、当然のように確保していた退路に逃げ込み、彼らが有利にならないに最低限の戦闘を行い逃げることにしたが。 逃げ出した途端、追って来る複数の影。 まるで揃えていたような、彼らの手際にサイも眉を寄せる。それに…二手に分かれたカカシを追ったのは、明らかに上忍だった。 ドォン! 遠くから聞こえて来た爆音。 敵の忍がびくりと震えたのを感じた。それをアスマは見逃さず、すぐさま仕留めるとサイに合図を促し共に走り出す。カカシと再び合流するために… 「なんとなくね、火影様にやられたなぁと思うのは俺だけ?」 ようやく顔を見せたカカシは、アスマにそう問いかけながら、帰りのルートのことを考えていた。 「気のせいじゃねぇだろ、ただの巻物じゃねぇな」 一杯食わされた、2人の顔がそう語りサイも苦笑するしかない。 達者とはこういう意味も含まれていたのか。 めんどくさい任務に放り込んでくれたものだとサイは火影を恨みながら、自分達が身を潜めている洞窟から外を眺めた。 敵があれだけ準備をしているとすれば、この先も待ち伏せさせられている可能性が高い。木の葉の里に戻るにはこのまま森を抜けるか、大きく迂回して谷を抜ける方法がある。だが、迂回する方法を取れば、いくつもの町や村を抜けなくてはならず、その間戦闘によって被害を出す可能性も高かった。こちらの動きがばれてなければ、一般人に身を潜めその方法も取れたが、今回は止めた方がよさそうだ。 「ん〜やっぱりこのまま行こうか」 カカシが出した結論もサイと同じらしく、アスマは了承した。しかし、森を抜けるとすれば、また別の危険性を孕む。…森はトラップなどを仕掛けるのに最適な場所。そこを敵を倒しながらどれだけ進めるか。彼らの手にいれた巻物を無事里に届けるためには。 「別れた方がよさそうだね、んじゃ俺囮になるわ」 飄々と告げるカカシに、アスマは一瞬苦い顔をする。そんなアスマにカカシは持っていた巻物を差し出す。任務を遂行させるには、なんとしても巻物を持つ者を里に戻さなくてはならない。そのために囮になるカカシは、この中で最も適している者だろう。 敵を足止めし、数を減らす。もしカカシが逃した敵がいても、そこにはアスマがいる。その間に中忍のサイが里に戻り、火影のもとへ救援を要請すれば良い。だが… 2人の間で交わされる会話を聞きながら、サイは笑みが零れるのを止められなかった。 こいつら…変な上忍。 何故簡単な任務にも中忍がサポートにつくか。 それは不測の事態に陥った時、真っ先に足止めをする役割を与えられるからだ。 つまり捨て駒。 勿論、上忍達の手が足りず、純粋に中忍の力を必要とする任務もあるだろうが、中忍達に求められる役割は上忍達を生き残らせることにもある。 忍としての才覚を持つ上忍を、できるだけ減らさないように。中忍5人より、卓越した力を持つ上忍1人を重要視されるのは里を維持していく上で必要あることなのかもしれない。だが、上忍の中にはそれを当然とし、中忍や下忍を平気で犠牲にする者もいるのだという。 里を支えているのは、上忍だけではない。平均的実力を持つ中忍や下忍がいるからこそ、上忍達も仕事ができるというのに。 それを忘れている上忍達が多い今、自分達が囮になり中忍を里に戻そうとする彼らに。 それを当然のことのようにする2人に。 …本当に、火影様に嵌められた感じだな。 緩みそうになる口元を隠して、サイは笑う。 そんな姿を見せられたら、絶対に死なせたくないって思うじゃないか… 彼らの作戦に乗っても、彼らが死ぬことはないかもしれない。 それが功をなして、無事任務を終えれるかもしれない。2人はそれを成し遂げる実力も運も兼ね備えている。だが、それ以上に安全な作戦を自分は思いついてしまった。このまま黙っていれば、ただの中忍として無事任務を終えられるだろう。だけど… 「はたけ上忍。僭越ながら、私に一つ作戦があるのですが」 それまで黙っていたサイに驚いたように振り向く彼ら。カカシが首を傾げて、問いかけてきたことに、サイは笑みを浮かべる。 「はたけ上忍と猿飛上忍に囮役をお願いいたします」 そう告げた。 カカシとアスマが一足先に洞窟を飛び出し、木の葉に向う。それを見送り、サイはようやく他人がいなくなったことに緊張を解いた。 「あ〜あ、ずっと敬語ってのも身体に悪いな」 そう言いながらも、サイは自分の機嫌が良いことを認めぬわけにはいかない。長い前髪をくしゃりと手で上げて、もう隠す必要のない笑みを浮かべる。 「全く…俺が自主的に頭を働かすなんて、滅多にあることじゃねぇよな」 「黒の部隊」としてならいざ知らず、サイは中忍として任務を受ける時、いつも必要なことは言わず、上忍の命令に従っていた。例えそれに無駄があり、不必要な怪我を負うことになっても、命に関わることがなければ、進んで頭を働かせることをしたことはない。 それは、見た目によらず用心深い性格のせいかもしれない。 「黒の部隊」のように、年月によって培われた信頼は、サイの体すべてをフル稼働させて彼らに安全を与えようとする。 1人でも多く生を。 1人でも長く共にありたいと。 無意識に願っている思いが、「黒の部隊」の中でも屈指といわれる頭脳を発揮するのだろう。だが、サイがただの中忍である時はその思いがすべて消えてしまう。 サイは共に任務につく仲間でも、相手が信頼できる疑うことから始めるのだ。 本当に自分の背を預けられる相手なのか、裏切りはしないか、戦闘になった時に怯え動けなくならないか。 例え木の葉の忍であっても、いちいち疑い警戒するのだからそれだけで疲れてしまう。任務の間ずっと神経を張り詰めているので、その状態で頭を動かす気になれないのだ。 だが、今回は別だった。 もともとカカシには、好印象を持っていたせいなのかも知れない。その彼に信頼されているアスマにも、無意識のうちに警戒を解いていたのだろうか、いつもより疲れがない。そんな中、彼らがしようとした行動はサイの疲れを消し去った。 「あんな人たちばかりなら、任務を受けるのもたまにはいいんだけどね…さて、そろそろ行くか」 愛用の刀を持ってこれなかった替わりに、密かに忍ばせていた鋼糸。イルカほど上手くはないだろうけど。 「久しぶりのお仕事ってね」 ふっと小さく笑ったサイの目は、【黒の五色】の1人【ソウ】でもあった。 「無事かな、サイ先生は」 「大丈夫だろ、自信満々に言っていただろうが、それよりこっちの演技の方が問題じゃねぇか?」 「ははっ、それは言えてるね」 サイと別れた2人は、そう時間もたたないうちに追って来た敵と交戦を始めていた。 「…にしてもね、驚いたね、あの先生。頭の切れること」 サイが2人に告げた作戦は、上忍2人が囮となるというものだった。 だが、ただの囮ではない、囮に見せかけたものだったのだ。 『敵は来たのが『写輪眼のカカシ』だと気づいていますよ。だから、先ほどの戦闘では貴方の元へ上忍クラスの忍が押しかけたのでしょう。貴方を倒して名をあげるために』 カカシの名は、忍の間でビンゴブックに載るほど広く知れ渡っている。有名な忍を倒した時、その者は自分の名をあげることができる。そのために、カカシのような忍は任務とは別にしても、命を狙われる危険が高いのだ。サイは、それを逆手に取ることにした。 『貴方の元には、自分の名をあげるために上忍クラスの忍が向うでしょう、それを1人で防ぐには少しきついはずです、だからこそ猿飛上忍とともに行動すべきです。そして俺は別行動を取り、里に向います』 『だがよ、サイ先生。向こうはこっちが3人で来たってことは知ってるんだぜ?あんたが1人で行ったら、当然狙われやすくなる』 『はい、だからそれも逆手にとりましょう』 『『は?』』 カカシへと先ほど渡された巻物を差し出すサイ。彼は眉を寄せたカカシに小さく笑う。 『俺が1人で行動すれば、当然敵はこちらが巻物を持っていると思うはず。これが重要であれば、貴方の元へ向かうはずの上忍も、半数は追ってくるでしょう。そうなれば、はたけ上忍達が里に戻るのも容易なはずです。中忍ごとき…と、舐めてると尚良い。はたけ上忍が1人で囮になるより、最初から敵を分断させる方が良いはずです。いかがですか…?』 敵を分断させる方が、相手をするのにも楽だ。だが、普通ならばカカシはそれを了承しなかっただろう。何故なら、サイの実力は敵の半分を任せて良いほどあるとは思われないからだ。だが、サイは『写輪眼のカカシ』がいることによって、上忍でもより実力のあるものがカカシの元へ向うと踏んだ。 こちらが中忍ということで、楽に仕留められると考えている可能性も高いと。だとすれば、自分も救援が来るまで逃げられる可能性が高い。 だから大丈夫だと。 『こう見えても、逃げ足だけは早いですから。それよりも、手の焼く敵のお相手お願いします』 自分の作戦に絶対に自信を持っている者の顔だと、カカシは思った。だからこそ、頷いたのであり、まだ渋っていたアスマも納得させたのだ。 「お前の名も利用した作戦か。あれだけなら上忍並だな」 「それだけじゃないよ、俺たちの通るルートも示してくれた。来る時別の道通って来たじゃない?おまけに帰りここを通るって教えてなかったのにさぁ」 「…おい、ってことはこの辺りの地形を把握していたってことか?それとも、任務行くまでに調べた…ってことかよ!?」 「調べる時間はなかったと思うよ?だって任務のこと聞いたの行く時じゃない。…この巻物を手に入れる時、彼これよりも部屋の中を見ていたことの方が多かったんだよね。おまけに探していた場所も机とか多かったし。領主とか、それなりの商人の部屋って地図置いていること多いじゃない?あれ、巻物探すついでに帰りのルートを確認してたって見た方がいいかもね」 「…マジかよ」 巻物を探すのは上忍達に任せて、何が起きても大丈夫なように情報を仕入れていたのだとしたら。 「…中忍でいいのかよ」 「さぁ?本人は満足みたいだけど!」 敵の間を走り、悲鳴を血を撒き散らす。2人はそれを見届ける必要などないように、走り続けた。 日が昇り、朝がやってくる。 何も目覚めていない静寂の中、彼らは木の葉の里の門を目に入れた。アスマがこくりと頷き、カカシから巻物を受け取り走り出そうとする。その瞬間、ぴいっと小鳥が2人の間に降りて来た。 それにカカシが手を伸ばすとそれは一枚の紙切れと化す。 「?何だ?」 「サイ先生はご無事ですと。相変わらずだねぇ、火影様は」 『暗部を向わせた、先ほど無事を確認したと連絡が来た。ご苦労だった』 2人はため息をつき、門に近づくとゆっくりそれに背を預けた。 「今回の功労者にご苦労様って言わなきゃね」 「お疲れさん」 「うるせー俺は寝る。帰れ」 ベットに突っ伏すサイに、イルカはくすくすと笑った。久しぶりの遠出の任務に、体が疲れたようで、すぐに睡魔に引き込まれそうになる。 「何だよ。アカデミーのプリントなら明日読む。今日は任務明けの休みなんだからな。一日中寝てるぞ」 「別に文句はないよ、ただね」 意味ありげに言葉を止めたイルカへ、サイが枕の隙間から彼を顔を見上げる。 「今回の任務は、疲労が少ないなと思って」 いつも、中忍の任務が終われば会話もままならないほど眠りに入るサイ。体力より精神力の消耗が激しい彼と会話ができているのは、珍しいことなのだ。 「…たまにはこんなこともあるさ。ああいう奴らだとな」 「そうか」 イルカはサイの返事に満足して、ご苦労様と告げサイの部屋を辞した。途端に、サイの瞼は下りて規則正しい寝息が静かな部屋に響いていった。 「アスマ、今回のこと紅に教えるなよ」 「たりめぇだ。あいつにいったら、すぐにかっ去ろうとする」 上忍の待機所で、こくりと頷き返す2人。紅だけではない、他の上忍達にも教えないでおこうと2人は固く誓う。 「何しろ、これからも世話になるんだからな」 「そうそう、優秀な中忍はつねに確保できるようにしてないとね〜」 にやりと笑った上忍2人は、心の中でサイに言う。 頼りにしてますよ。 …この後の不幸をサイはまだ知らない。 (2003.10.26) (2003.11.2) |