「おはよう、イルカ」 「おはようございます、イルカ先生」 「おはようございます」 アカデミーを歩くたび、かけられる声に一際元気に返しながら、イルカは今日も元気良く職員室へと向かう。 しかし、何故か今日のイルカは、職員室の扉を開けることに一瞬躊躇した。 「どうしたんだ?イルカ」 「え?ああいやなんでもないよ!」 同じく職員室にやってきた同僚に、怪訝な顔をされ、イルカは慌てたように首を振って、戸を開ける。 途端にそこら中からかけられる声の嵐。 「おはようございます!」 いつも笑みを絶やさないと言われる青年、うみのイルカは徹夜続きのせいで隈ができた目でにっこりと笑った。 はぁぁ… 最近妙に出てきてしまう溜息は、一体どうしたことなのか。 イルカは歩きながら、うーんと考え込みながら、疲れているせいか怠い体を、ぽんぽんと叩いた。 「お、イルカ」 「あ、アスマ先生、紅先生、お疲れ様です」 顔見知りの上忍にぺこりと頭を下げたイルカは、突然顔を寄せてきた紅に顔を真っ赤にしながら、後ろに下がる。 「くくくく…紅先生!?」 「…イルカ先生。なんかお疲れね?ちゃんと寝てる?」 「お、本当だな。顔色悪いぜ?」 アスマからもそう言われ、イルカはきょとんと2人を見返した。 どうやら自覚がなかったらしい。 「ま〜ほどほどにしろよな。…なんでも」 「そうそう得に、イルカ先生は何でも抱え込んじゃうからね。息抜きは必要よ?」 「ありがとうございます」 自分を心配してくれた、人の良い上忍に笑みを返したイルカは、それじゃあと行って背を向ける。それを見送った2人は、ふーーっと長い溜息をついた。 「…あれって、気づいていないわね」 「…ないな」 「ねぇ…大丈夫なの?昨日見たけど、かなり過激になってるわよ?」 「そうは言ったってなぁ…」 「そろそろ、押さえないと後が怖いわよ」 「…だよなぁ…全くめんどくせぇ…」 ふーーーっと溜息をついた2人のは、小さくなるイルカの背中を見送っていた。だが。 「よっ!イルカ!どこに行くんだ?あ、それ持つぞ?」 「えっ…別にいいよ。軽いし…」 「いやいや遠慮するなよぉ」 イルカの同僚と思われる人のあからさまな態度に、イルカは訳も分からず困惑し、それを見てしまったアスマと紅は、はぁっと溜息をついた。油断も隙もあったもんじゃない。 「イルカ!」 「え?アスマ先生?」 先ほど別れたはずの2人が、自分に向かって歩いているのを見て、イルカは首を傾げていたが、隣にいた同僚はびくりと体を揺らしはじめた。 「悪いなぁ。イルカに用あるんだわ」 「ちょっと借りるわねぇ」 「はははは…はい!どうぞ!」 イルカへ延ばしていた不埒な手を、上忍2人に睨まれて同僚はすたこら退散。 「あの、何かありましたか?」 きょとんとした顔で首を傾げるイルカ。そのあまりに無防備な顔に、とある難題に自ら首を突っ込むことを上忍2人は決心した。 アカデミーにはオアシスがある。 そう囁かれ始めたのは、いつの頃からか。 神経をすり減らして帰還する忍達の間で広まった噂は、次第に事実となって里中に広まる。彼らは、それを見て、里に帰ってきた喜びをいつも噛みしめていた。 「お疲れさまでした」 ふわりと、暖かい笑顔で向かえてくれる人こそ。 うみのイルカ。 その人だった。 誰もが手に入れたくて、その笑顔を独り占めしたかったが、恋愛ごとに鈍感な彼の性格と、ライバルが多すぎて互いに牽制しあっていたから、誰も彼を手に入れることができなかった。 しかし! それを今年やってのけた、人物がついに現れた。 その者の名は、はたけカカシ。 木の葉の里でも有名な忍。 それが知れ渡った時、誰もが悔しがり、邪魔をしようとしたが、彼の実力にことごとく蹴散らされ(俺に勝つなんて百年早いよ〜と馬鹿にした笑みを浮かべながら)、敵う者はいなかった。誰もがその状況に歯がみしていたこの頃… 天は彼らを見捨てなかった(?)。 彼が一週間という任務に赴き、里を留守にしたのだ! それを聞いて、気合いを入れた者は数知れず。 これまで、イルカと面識がなく、親しくできなかった者はこれ幸いにと(カカシが殺気を出して近づけさせなかったから)喜び、その中にはあやよくば…などと考えている不埒な輩もいたが、大体の者は、せめてイルカと仲の良い友人に!という望みを込めて、カカシが任務に赴いたその日から「イルカ争奪戦」という戦いに身を投じたのだった。 がらりと、受付の扉を開けた途端、中にいた人々が一斉に振り返る。 「イルカ!」 手を挙げた同僚ににこりと笑い、任務を終え、報告書を出しに来ている人々に軽く頭を下げて、イルカは同僚の座っている椅子へ向かう。きょろりと顔を動かして、いつもと違う受付所の雰囲気に首を傾げながら。 「…何か今日人多くないか?」 「え…あ〜偶然だろ」 目が泳いでいる同僚に、そうか?と答えてイルカは引継を始めた。そして、イルカが椅子に座った途端、ずらりと列ができる。 「お疲れさまでした」 にこりと笑い、報告書へ手を伸ばすイルカ。それを今日一番に得た忍は、にへりと笑いながらそれを差し出す。 「そっちこそ、いつも大変だな」 「そんなことありませんよ」 軽く交わされる会話が始まった途端、並んでいる人たちから殺気が生まれ、言葉を交わしていた忍は、すごすごとその場を離れた。 「え〜と今日さ」 「はい?」 ぶわりと高まった殺気に次の忍もその場を離れる。 そうしたことが永遠と続き、誰もがイルカを今晩誘いたいのにできない状況にある中、ついに一人の上忍がそれを言い切った! 「今晩、一緒に飯でも食わないか?」 「え?」 あまり会話もしたことのない上忍に誘われ、イルカは驚く。ぽかんと口を開け、まじまじと彼を見返した。 そんなイルカを間近で見て、上忍の顔が真っ赤になる。 「いつも世話になってるからさぁ…たまには…」 しどろもどろにそう言ってくる彼に、イルカは小さく笑ってありがとうございますと、告げる。 まさか、成功!? がぁんと、周りからショックの渦が巻き起こって来たが、それを素直に見送る忍達ではなく。 「だったら、俺も世話になってるからなぁ。イルカ俺と行こうぜ」 「えっ」 「だったらこっちも…」 驚くイルカの目の前で、次々と声が挙がり、辺りが剣呑になっていく。 「おい!最初に誘ったのは、俺だぞ!」 「知るかってんだ!お前なんぞと一緒に行けば、イルカがあぶねーよ!」 「それはこっちの台詞だろうがっ!」 「あのっあのっ皆さん…!!」 ゴウッと吹き出す上忍の殺気に、中忍達はそそくさと受付所から避難した。しかし、受付業務をしているイルカと数名の中忍はそれが叶わず、彼らの殺気に当てられて、真っ青な顔で震えていた。 「や…やめて…やめてくださいっ」 どうして、こんなことになったのか。ちゃんと行けませんと(残業があるから)断らなかった自分が悪いのか。 イルカは、泣きそうな顔で彼らの間に割って入ろうとしたが… 「何やってんだ。てめーら」 どけっと、殺気を押しのけてアスマがイルカの前にやってくる。 ぷかっと煙を吐いて、アスマは殺気を放っている上忍達を一瞥した。 「こんなところで、殺気振りまいてるんじゃねぇよ」 「あらあら、イルカ先生大丈夫?泣いちゃだめよ」 「紅先生…アスマ先生…」 ほらほらと、アスマに続いて入ってきた紅は、ハンカチでイルカの目に溜まった涙を拭いてやった。はいと、頷くイルカに可愛いわ〜と思いつつ、振り返って馬鹿な争いを始めていた上忍達を睨んで。 「イルカはね〜今日私達と、一緒なの。ごめんなさいねっ」 ふふっと笑う紅に、イルカはえっと声を出しそうになったが、アスマの視線に話を合わせて首を振った。 「そ…そうなんです。すいません」 「ああ…そうか」 「悪かったなぁ」 はぁ〜と一斉に溜息が漏れ、イルカは嘘をついてしまったことに、胸を痛めた。心で何度も詫びながら、すごすごと受付所を出ていく彼らを見送る。 「で?何時にしよっか?7時でいいかしら?アスマ」 「だな。つーことで、いつものとこだ。イルカ」 「…へ?あ、あの!?」 あれはあの場を納める冗談じゃなかったのか!? 狼狽えるイルカに、紅はまぁまぁと落ち着けるよう、肩を叩く。 「嘘つくの嫌なんでしょう?」 「あ…」 ぱちりとウィンクされて、イルカは自分の思いが筒抜けだったことに、顔を赤くした。そして了承の返事を返してきたイルカに、紅はご機嫌よく踵を返す。 アスマも手を挙げて、受付所を出ていった。そんな彼らを見送りながら、なんていい人達だ〜なんて、イルカは感激していたが。 「あ〜疲れる」 「全くよねぇ。イルカ先生の同僚達、個人が駄目なら団体でって狙ってたものね」 は〜と溜息をついた2人は、あとちょっとの辛抱だと互いを慰め合っていた。 「イルカ!」 「いや、こっちだよ!イルカ!!!」 次々と上がる声に、イルカは狼狽え、立ちつくしていた。そんな間にも、どんどんと騒ぎは大きくなっていく。 「イルカの横を歩くのは俺だ!」 「何を!お前は次授業があるだろう!」 「それを言うならお前だって授業の準備があるだろうが!」 「ちょ…俺一人でやるから!」 火影から資料室の整理を命じられ、それを聞いた同僚2人が手伝うと言ってくれた。そこまでは良かったのだが、自分の横をどちらが歩くというだけで、どうしてこんな騒ぎになるのか。 声が高くなり、険悪になる同僚を見て、イルカは最近多くなった訳の分からない状況に狼狽えるしかなかった。 何故みんな喧嘩するんだろう。 始まりは、いつも大したことではないのに。 落ちた消しゴムを拾ってくれたり、お茶を入れてくれたり、それにありがとうと返すだけなのに。いつも喧嘩になっていく。 どちらの、茶が旨いとか、この鉛筆の方が書きやすいとか、1本ならまだしも、20本以上も目の前に差し出されて、どれを選べと言うのか。 もう俺っ… 彼らが親切心でやっていることはわかっている。なのに、気づけば自分は喧嘩の渦の真ん中にいて。 自分がしっかりしないから、みんな喧嘩をしてしまうのだろうか。 自分がはっきりしないから、苛立たせてしまうのだろうか。 それとも、何か重大なミスを犯して、その腹いせに… まさか、そんなはずはないっ!自分がふがいないせいだ! と、自分に言い聞かせても、目の前に起こっている惨状を見れば、その自信はがらがらと崩れそうで。気づけば。 「ご…ごめんなさいーーーー!!!」 そう叫んで、イルカは人気のない裏庭へと走っていった。 「あれ?イルカは?」 「え!?なんでいないんだよーーー折角のチャンスだったのにっ!!」 しまったぁぁぁと、己の失敗に頭を抱える同僚の傍を、今が狙い目だっ!と駆け抜ける人たち。 彼らの好意がイルカに取って、好意となっていないことを誰も気づいていなかった。 「あれ?イルカ先生!!」 裏庭を何をするでもなく、トボトボと歩いていたイルカは、突然の声に歩みを止めた。するとがさりと、茂みからナルトが顔を出してきて、思わぬ所で会えた恩師へと駆け寄って来る。 「…あ、本当。イルカ先生どうしたんだろう。何か元気ないね」 「………」 ナルトに続いて、茂みから顔を出したサクラが、気遣わしげに呟き、サスケと顔を見合わせる。イルカは、ナルト達を見てどこから出てくるんだと驚いた顔をしていたが、すぐに顔を綻ばせた。 「どっから出てくるんだよ!お前は!髪に葉一杯付けやがって!」 「3人で修行してたんだってばよ!イルカ先生こそ、こんなところで何してるんだ?」 「え〜あ〜ちょっと休憩だ〜」 「顔色悪いですけど、体の具合とか悪いですか?」 少しやつれたイルカに、サクラが声をかける。桜色の少女に笑みを見せながら、イルカはちょっと残業が続いてな…と、照れたように笑った。 「…それだけか?」 「ん?何か言ったか?サスケ」 ぼそりと呟いたサスケは、きょとんとしたイルカをしばし無言で見た後、何でもないと首を振る。 「あ、そうだお前らジュースでも飲むか?奢ってやるぞ?」 「やったってばよ!」 「いいんですか?!実はもう喉からからで…」 「…ありがとうございます」 三者三様の反応を見せる子供達へと笑みを見せ、イルカは踵を返した。その背が建物に消えた頃… 「ねぇ。やっぱりそうよ。イルカ先生気づいてないわ」 「…だな。あの調子だと、嫌がらせを受けているしか思っていないな」 「う〜でもイルカ先生疲れた顔してたってばよ…」 イルカ争奪戦と言われるものに、忍のほとんどが参加しているのは子供達の耳にも入っていたのだ。人当たりも良く、相手の気持ちを癒すイルカは、男女問わず人気がある。だが、鈍感なイルカはそれに気づかず、彼の気を何とかして引こうと、皆が我策しているというのに… 「これは、私達が一肌脱ぐしかないわ!」 「ああ。その内倒れるぞ」 「やるってばよ!イルカ先生は俺が守るっ!」 堅い決心をした3人。だが、ふいにサクラが呟いた。 「ねぇ…そういえば、カカシ先生っていつ帰ってくるんだっけ?」 「え〜と一週間の任務って言ってたから、明後日だってばよ!」 「ふん。あいつのことだから、その前に帰ってくるだろう。行く前、あんなにごねていたんだから…」 貴方のために一秒でも早く帰って来ます!!! がしっとイルカの手を握りしめ、子供達の前で宣言していた上司を思いだし、3人は溜息をついた。 「アスマ先生や、紅先生も協力してくれてるけど…」 「さすがに、これ以上無理だろうな」 「それじゃあ!今から、俺達はイルカ先生の護衛をするってばよ!」 「そうねっ!カカシ先生が来るまで、私達が守らないと!」 「ああ、奴らもそう思っているだろうから、明日が一番激しいバトルとなるだろう」 「大変だ!!!はたけ上忍が、明日の朝一で帰還だぞ!!!」 えっ…と、子供達がそう叫びながら、アカデミーを駆け回る忍を目で見送った。 「…ねぇイルカ先生来るの遅くない?」 「…自販機はすぐそこにあったよな」 イルカが消えた場所を目で追った子供達は嫌な予感にさらされた。 うわぁぁぁぁぁ!!! 「イ…イルカ先生っ!!!」 走り出したナルトを追って、サスケとサクラもアカデミーへと駆け込んでいった。 うわぁぁぁぁぁ!!!! 群衆となって追いかけてくる人々からイルカは逃げる、逃げる、逃げる! 一体何でこんなことに!? ジュースを買おうと自販機に近づいた途端、ずらりと並んだ忍!忍!忍! 彼らのせっぱ詰まった様子に、思わず逃げてしまったイルカは、追いかけてくる人達の血走った目にひぃ〜んと泣きながら、アカデミー中を走り回っていた。だが、普段イルカの涙に弱い彼らも、最大の天敵はたけカカシが帰ってくるとなれば、一刻の猶予もない。 何としても、今日のうちにお友達に! ギラギラと獲物を狙うような彼らに、イルカはただ逃げるしかなかった。 誰か、誰か助けてくれ〜!!!! イルカも気づかない内に、彼の足は受付所へと向かっていた。イルカはパニックになりながらも、その中に知っている気配を感じ取る。 こっ…これはっ!!!!! ガラッ! 「あ!イルカ先生〜どこに行っていたんですか?探しましたよ〜?」 扉を開けた途端、目に入ったのは一人の銀髪の男。 カカシは、嬉しそうにひらひらとイルカに手を振った。 「カ…カカシ先生ーーーー!!!お会いしたかったですーーーー!!!」 「………へ?」 むぎゅーーっと抱きつかれ、カカシは一瞬何が起こったのかわからなかった。というのも、イルカは人前でくっついたりするのを非常に嫌がり、過剰なスキンシップをすると、しばらく口をきいてくれないほど怒るのだ。 (ゆ…夢か?) 思わず、自分の頬を抓って見たが、痛い。 では、これは夢ではない? 現実? 「イ…イルカ先生?一体どうしたんですか?」 「カ…カカシ先生っ!!!!!俺っ俺っ!!!」 うるうると目に涙を一杯ためて、何かを訴えるイルカに、カカシは。 か…可愛すぎるーーーー!!! と、叫びだしたくなったが、滅多にないこのシュチューエーションを自ら壊すほど愚かではなく、平静を装ったままいつもより数倍以上優しく問いかけた。 誰だよ〜俺のイルカ先生を泣かせたのは。 イルカの目に浮かぶ涙を見ながら、ちょっとむかむかするカカシ。 泣かせていいのは「俺」だけなのっ! 「わ…わからないんです!俺!何かやったんでしょうか!?」 「…は?えーと、どういうことでしょう?イルカ先生」 「カ…カカシ先生が任務に行ってからっ…ぐすっ…皆さんすごい親切で…ぐすぐす…でも、段々みんな俺の前で喧嘩になるようになって…!!!俺っ俺何かしたんでしょうか!?彼らの気にさわることっ!だから皆、皆〜うわーーん!!!」 「へぇぇ…そうなんですか」 よしよしとイルカを宥めながら、カカシはイルカに見えないよう、ギラーンと目を輝かせる。 そこには、イルカを追いかけて来た人々が、カカシを見て凍り付いていた。 「俺が居ない間にねぇ…」 てめーらいい度胸してるんじゃねぇか。 そう言ってるカカシの眼光に、人々はがたがたと震え出す。 「…イルカ先生。大丈夫ですよ。貴方は何もしてません…だからね?泣きやんでください…」 イルカの顔を上げて、ちゅっと真っ赤な目に唇を落とす。ぽろぽろと落ちる涙を口で受け止める様を、見せつけながら。 「ああ…もう、隈できてますよ?俺が居ない間に無茶ばかりしてたんでしょう?」 「…だ…だって、仕事が…」 「人の良い貴方は、他人の分も背負ったんでしょう?全く…困った人ですねぇ…」 すいませんと、ようやく涙が止まったイルカは、照れながらカカシの胸に寄りかかる。 普段、アカデミーではやらないイルカのこの行動に、人々はじたんだを踏み、カカシはにやぁりと笑った。 完璧に2人の世界だ。 「ということで〜火影様〜俺とイルカ先生は今から休暇もらいますね。それじゃ!」 しゅたりと消えた2人。消え間際に、イルカが何か叫んでいたようだが、それを気にするものなど一人もおらず。 「…すごい疲れたってばよ」 「杞憂だったようね…」 「あの変態上司…」 ようやく追いついた子供達の感想が、この騒動を傍観していた火影と、参加していた人々の間を吹き抜けていった。 「…本当に、油断も隙もないね〜この里は」 隣ですやすやと眠る愛しい人を見ながら、カカシは憎々しげに呟く。 彼が里中から愛されていることは知っている。そして誰もがその存在を欲していることも。だが、互いに相手を牽制していたせいか、彼を手に入れることができるものはいなかった。それを成し遂げたのがカカシだった。 それに火影を交えた共同戦線を張って対抗しようとするのだから、非常にむかつく。 今回、カカシが任務に出ていた時のように彼らはいつも、隙を狙っているのだ。 「当分任務なんかには行くもんか」 火影が何と言おうと、イルカを泣かした罪は重い。 それを火影も反省してるだろうから、無理な任務は押しつけてこないだろう。 イルカをぎゅっと抱きしめながら、カカシは呟く。 「この人は誰にもあげないよ〜」 この人は俺のものなんだからねっと、本当の意味での「イルカ争奪戦」の勝者は、鼻をかすめた黒髪へと口づけを落とした。 (2003.10.15) (2003.10.15) |