「朝ですよ、起きて下さいカカシ先生」 とっくに太陽は目覚め、朝食の準備まで完了したイルカは、まだ布団の中で眠りについている某上忍を、ゆさゆさと揺する。だが、銀髪の上忍は、う〜んと小さく唸ったものの、ごそごそと動き、体を丸め再び寝息を立て始める。全く起きる様子のない彼にイルカは苦笑し、そのまま部屋を去る。 一人で食べる朝食に少し寂しい気持ちを覚えながらも、久しぶりの休日だと、部屋の掃除に張り切るイルカだった。 珍しくカカシとイルカの休日が重なったと知った時、人の家を住処と決めて久しい上忍は、小躍りするほど喜んだ。少しわがままな恋人は、いつもイルカと出かけられないことに拗ねていて、それを慰めるのも大変だったのだが、これで当分小言を言われないなとイルカも安心し、同時に彼と一緒に過ごせる日を楽しみとしていたのだが、やはりそのまま行かないのが彼らの宿命らしく、休日の3日前カカシに任務が入ってしまったのだ。 「嫌です!!!絶対に行きませんっ!!!」 その任務に一週間はかかると聞いて、彼は火影の前でごねだした。同じ任務につくことになった上忍達が、彼の吐く言葉とは裏腹のものすごい殺気に卒倒しそうになっていたなど、カカシの気にするべきところではなかった。だが、火影の命令は絶対。 「ふん、ならば3日で終わらせればよかろう」 この返答に、上忍達が逆の意味で卒倒しそうだった。できるかっ!と叫ぼうとした彼らを止めたのは、カカシの一言。 「わかりました〜では、3日で『絶対』終わらせます」 …巻き込まれた上忍達が、どんな目にあったのか、イルカは知らないが、ともかく明け方彼は言葉通り見事任務を終えて帰ってきたのだった。そして、そのままベットに倒れ込み、ぐっすりと寝てしまっている。 「ま、仕方ないな」 ただでさえ、大変な任務を、自分のために3日で終えて帰ってきたのだ。彼の体は休息を要求してしかるべき。イルカが、出掛けるの予定から、部屋の掃除へと変えるのも当然の結果だっただろう。 どうせ深く眠っていて起きないだろうと思ったイルカは、掃除機をかけ、洗濯機を回す。それを終えるとちょうど昼になり、そうめんでも煮ようかと、一応カカシにお伺いをたてていったが。 くーかーくーか。 全くどころか、全然起きる気配なし。 むにゃむにゃと何の夢を見てるのか、幸せそうに笑っているのを見て、イルカは苦笑し、部屋を後にする。 真っ白なそうめんを自分の分だけ用意し、緑鮮やかな夏の庭をみつつ、それを食べ終える。ちりりんと、縁側にかけている風鈴がなり、しばし休憩。 「さてと、終わらせてしまおう」 茶碗を洗い、風呂場の掃除などを終えて、今日の夕食のメニューを考える。 「…まだ起きないよな。きっと」 そうは思ったが、疲れたカカシに栄養のあるものを食べさせたくて、悪いとは思ったが彼の元へ行った。 「カカシ先生」 「…ん…イルカ…せんせい…?」 少し寝て落ちついたのか、寝ぼけ眼のカカシが目をぼんやりと開けた。ようやく自分を見てくれたと、嬉しく思いながら、イルカは笑顔で問いかけた。 「何か食べたいものとかありますか?夕飯に用意しますよ」 「ん…なんでも…」 「そうですか…じゃ、もう少し寝ていて下さい。夕飯は食べてもらいますからね」 イルカの言葉に、ふにゃりとカカシは笑い、手をイルカに伸ばして来る。 「はいはい、寝て下さい」 しかし、イルカを抱き込もうとした手は、彼によって遮られ、カカシは唇をとがらす。 「…イルカ先生…一緒に寝ようよ〜…」 「俺はまだやることがあるんですよ。すいません」 「ええ〜…」 不満だと、訴えてくるカカシに苦笑し、イルカは銀色の髪へと手を伸ばす。 「ゆっくり休んでくださいね」 「…は〜い…」 優しく、何度も何度もなでるイルカの手にカカシは素直に従った。だんだんと瞼が下がり、呼吸が小さくなっていく。安心仕切った彼の様子があまりに可愛くて、カカシが寝入った後も、少しだけイルカはそれを眺めていた。 「行くか」 離れがたい気持ちを振り切るように、カカシの瞼に一つ唇を落とし、顔を赤らめながらイルカは買い物に出掛けた。 「お、イルカ」 「アスマ先生、紅先生」 下忍達との任務を終えた後なのか、これから二人は居酒屋に行くところらしい。 「カカシの奴お前のとこいるんだろ?後で来るか?」 「よしなさいよ、アスマ。そんな野暮なことしたらカカシの奴後がうるさいわ」 「それがおもしろいんじゃねぇか」 にやりと笑い、どうだとアスマはもう一度問いかける。だが、イルカは困った顔で、辞退した。 「カカシ先生、昨日の任務でお疲れのようなので…申し訳ありませんが」 ぺこりと頭を下げて、去っていくイルカを見送りながら、そういえばと紅が切り出す。 「一週間かかる任務3日で終わらせたらしいわよ。一緒に行った上忍達が地獄を見たとかなんか言ってたわね…」 「…あいかわらずイルカが絡むと鬼だなあいつは」 「イルカ先生も久しぶりの休日だし、お邪魔はしない方が身のためね」 つまんねぇなと、呟くアスマを促し二人は町の方へと消える。明日聞かされるであろう、のろけ話しにうんざりとしながら… 「ただいま…と言っても返事は返らないか」 買い物を終え、家に戻ったがカカシはまだ寝ているらしく、ベットから出てもこない。その間に、乾いていた洗濯物を取り込み、夕食の支度に取りかかる。 生きのよいサンマが手に入ったのをイルカは喜び、ご飯にみそ汁、煮物などを時間をかけゆっくりと作っていく。ほどなく、良い臭いが台所から上がり、本を読みながらそれを待っていたイルカは、時計が6時半を差すのを見て、ちょうど良かったと、カカシのもとへ呼びに行った。 「カカシ先生。起きられますか」 半日寝ていたせいか、今度はカカシも目を開ける。 「イルカ先生…?あ、ご飯…ですか?」 「はい。まだお疲れだとは思いますが、少し食べた方が良いと思いますので」 「…起きます…イルカ先生のご飯食べます」 もどもどと動き、ようやくベットから出たものの、カカシの足取りはおぼつかなく、まるで、前を歩くイルカついていく、ヒヨコのようだった。それでも、銀色のヒヨコはちゃぶ台の前に座り、久しぶりの味のある暖かい食事を前にすると、子犬のように目を輝かせた。 「いただきます」 イルカが手を合わせたのに続き、カカシも小さく頭を下げる。ゆっくりとした動作で、だが美味しそうに食べるカカシに、イルカの胸はほわりと暖かくなった。だが。 「………あの」 食事が始まって間もなく、何故かカカシの頭が上下に揺れ出す。最初はこくり、こくりとだったが、突然ごくりとちゃぶ台に頭をぶつけそうなほど、下へ動き、前に座っているイルカはびびった。だが、すぐにはっとなって、何事もなかったように食事を再開するカカシ。しかし、数分後にはまた同じ事をしている。 こくり、こくり、ごくり! ビクッ!! こくり、こくり、ごくり! ビクッ!! し…心臓に悪い… イルカが冷や冷やしながら、それを見ていたのだが、それでもカカシはどうにか食事を食べ終えた。 「ごちそうさまでした」 「お…お粗末様でした…」 米粒一つ残さず食べ終えたカカシだが、イルカの茶碗にはまだ半分ほどご飯が残っている。 「あれ?イルカ先生って、食べるの遅いんですね」 「……はぁ…」 のほほんと言うカカシに、ちょっとむかついたイルカだった。 「あれ?起きてたんですか?カカシ先生」 後かたづけを終えて、居間に戻れば、ベットに戻っていると思っていたカカシが起きていたのに驚いた。 「もちろんですよ〜イルカ先生」 と、ふにゃりと笑う。が、彼の目は半分閉じていて、無理矢理こじ開けている状況どいうのが、端から見てもわかった。しかも、あんな笑い方をするときは寝ぼけているらしいことが、イルカもわかっており、そんな彼にただ苦笑するしかない。 辛い任務を終えて、自分と休日を過ごしたいがために、それを早く終わらせて来た人。 一緒に話したり、笑ったり、出掛けることも魅力的だけど、それよりもこの小さな空間に一緒に居られるこの事実がイルカには嬉しい。 こやって、手を伸ばせば、すぐ届く所にいてくれる。怪我はしてないかと、無事に帰って来てくれるかと心配しなくても。 「イルカ先生?」 あの腕で自分を包んでくれる人。 「カカシ先生」 ふわりと笑ったイルカに、眠そうだったカカシの目がびっくりと開く。自分の頬に手を伸ばしてきたイルカに、眠気もぶっ飛んだカカシは、どきどきと胸を高鳴らせながら、イルカを見つめていた。 …あれ? だが、その後カカシが思っていた状況にはならず、イルカの手はカカシの頭へと移動する。 「たまにはね、こんなのも良くないですか?」 自分の膝の上にカカシの頭を乗せたイルカが笑う。一瞬何が起こったのかわからなかったカカシは、いたずらをしでかした子供のように笑っている彼を見上げていた。 「眠って良いんですよ?カカシ先生」 自分が見守っていてあげるから。 カカシはイルカの言葉の裏にあった想いに、目を閉じる。 「…いつもはお願いしてもしてくれないのに」 「今日は特別です。カカシ先生が可愛いから」 「何ですかぁ…それ…」 ぷうっと膨れたカカシは、イルカから伝わる熱に、とろとろと眠りの中に落ちていく。 自分の髪を撫でる優しい手と、穏やかな空間。カカシが何を犠牲にしても、帰りたいと想い、願う場所。 この人がいる場所。 「おやすみなさい、カカシ先生」 「…何だお前その顔は」 「…ちょっと、鬱陶しいわよ、カカシ」 朝一番から、ずーんと不幸を背負ったようなカカシに、アスマと紅はあきれ顔。 「…放っておいてよ」 「あ、イルカと喧嘩したんだろ、お前」 「あら、何だそんなこと」 「するわけないだろっ!!!!!俺とイルカ先生は、月の果てに行っても仲良しなんだからっ!!!!」 「勝手に行ってれば」 があっと言い返したカカシを、一蹴する紅。きっとカカシに睨み付けられても、フンと鼻をならして見せる。 「じゃあ、何でそんな顔なんだよ。お前昨日はイルカとずっと一緒だったんだろ?」 「そうだよ!一緒だよっ!当たり前だろっ!!!」 「じゃあ、何でそんなに暗いのよ。いつものアンタなら、体中から花咲かせて飛び回ってるんじゃないの?」 晴れてイルカと恋人同士になった時、地に足がついてなかったカカシ。あれは気持ち悪かったと、アスマとともにそのことを思い出した紅は、顔を引きつらせた。だが、紅の言葉を聞いたカカシは再び暗くなる。 「そうだよ…ずっと一緒にいたよ、いたけどっ!!!」 拳をぎっと握りしめて、空に向かって叫び続ける。 「俺としたことがっ!!!一日中寝ていたなんてっ!!!始めてのイルカ先生との休日をそんな無駄にすごすなんてーーーーっ!!!」 俺って奴はぁぁぁと叫ぶ彼に、アスマと紅は背を向ける。 「…くだらねぇ…」 「全くだわ」 はぁぁとため息をついていたアスマは、ふと紅に問いかける。 「そういやよ、カカシの奴すごい寝起きが悪いって知ってるか?」 「はぁ?それぐらい知ってるわよ。有名でしょ。あいつの下忍達が犠牲になってることから」 「まぁな。で、その最中のことって、あいつあんまり覚えてないんだよ」 「へぇ…って何が言いたいわけ?アスマ」 ぴっとアスマが親指を立て、それをどこかに差す。それを目で追った紅は、アカデミーの廊下を歩く人物を見つけた。 「…あっちはすごい機嫌が良さそうね」 「だろ?」 彼らの目には、カカシとは正反対にすごぶる機嫌が良さそうなイルカの姿。 「あの先生、以外としたたかな上に策士なんだよなぁ」 「知ってるわよ、そんなこと。あのカカシを翻弄させてる人よ。…ああ、なるほど、もしかして…」 「そ、あいつが寝ぼけて後悔している休日は、あの先生にとって最高に幸せな日だったんだろうよ」 「あっ!!イルカ先生っ!!!お仕事ですかっ!!」 「…カカシ先生、まだ行ってなかったんですか?ナルト達が待ってるんですよ?早く行ってください!!」 「わ…わかってますよ!でもね、イルカ先生俺、昨日夢見たんです!」 「?夢?」 「はいっ!!!何と、イルカ先生が膝枕してくれる夢なんですっ!!」 「…良かったですね、ほら、早く行ってください!」 「冷たい〜イルカ先生っ!!!」 里一番はた迷惑なカップルの会話に、アスマと紅は顔を見合わせ苦笑する。 「ま、それでも、あいつらは幸せなんだろうよ」 まだ騒いでいる二人を見ながら、二人の上忍は微笑んでいた。 (2003.8.28) (2003.8.28) |