ピーーーー 闇夜の中、どこからか流れてきた甲高い音。ある一定以上の能力を持つ忍しか聞き取れぬ警戒音に、夜道を歩いていたイルカは立ち止まる。 何か入り込んだのか? 身をこわばせるように、体に力を入れたがその音はそれっきり聞こえてこなかった。応援を頼むまでもない、注意程度の知らせだったのかと、イルカは止めていた足を動かし始める。 …最近多いな。 そういえば2,3日前にもこの音が聞こえてきた。あれは…昼間だっただろうか。あの時は授業の真っ最中で、子供達を守らねばと身構えたのだが…何もなくて安心した。だがこうも、あの音を使う事態が続くのは嫌な感じがする。僅かばかり目元に険しさを表したイルカだったが、他人の気配が近づいてくるのを感じてその目を和らげた。 「お帰りですか?イルカ先生」 「こんばんわ、カカシ先生。ええやっと終わったところなんですよ。カカシ先生は…お疲れのようですね」 「あ。見えます?というより臭うのかな…」 「確か今日の任務は」 「沼での失せ物探し。前日の雨で水が濁っていて…サクラは文句は言うわ、ナルトは足を滑らして全身ずぶぬれになるわ、それを馬鹿にしたサスケと取っ組み合いになるわ…散々でした」 「変わりませんね、あいつらは」 くすくすと笑うと、全くですとカカシが肩を竦める。もう慣れたとは言え、こう毎度ではカカシの疲労もたまるばかりだろう。だが、カカシが語る子供達の言葉には、憤りや苛立ちなどはなく、その馬鹿騒ぎさえも許容してくれる大らかさがあった。最低限のところは見守り、後は子供達の自主性に任せる。それは自分の力に自信があり、それに答えてくれる子供達への信頼の高さなのだろう。 「…イルカ先生」 「え?」 気づけば、カカシがじっとこちらを見つめていた。何かおかしなことをしただろうか…真剣な眼差しのカカシが口を開く。 「俺そんなに臭いますか?」 「…は?」 「いつもなら一緒に帰ってくれるのに、近づこうともしてくれませんし。無言だし。俺傷つきました…」 「え!?いえそんな!?」 「ひどいです…イルカ先生」 「カ…カカシ先生!俺っ…」 貴方のことを考えてましたなんて言える筈もなく、慌てふためけばカカシの肩が震えだす。押し殺した声が聞こえ笑い声に変わったことに、ようやく騙されたことに気づいたイルカは怒りで顔を真っ赤にさせた。 「カカシ先生っ!!」 「あんまりぼーっとしてると、つけ込まれますよ〜ま!俺で良かったと思ってくださいね〜」 「どこがですがっ!!」 ひらひらと手を振って、闇の中に消えるカカシ。質が悪いのは貴方の方でしょう!と叫ぶイルカの声は、空しく響くだけだった。 「相変わらずだな!あの人はっ!!」 人をからかうのが好きなのか、それとも振り回すのが好きなのか。彼の言動に翻弄される自分が時々情けなくなる。 「…あれ」 ずんずんと歩き始めていたイルカは、カカシの消えた方角を振り返った。何故彼は向こうに消えたのだろう。 「…カカシ先生の家とは別方向だよな…」 約束でもあったのかもしれないが、あれだけ臭いを気にしていたのなら一度家に帰る筈。すでに消えたカカシの気配を目で追いながら、先ほどの音が気になったイルカだった。 振る刀。 飛び散る血飛沫。 悲鳴、笑い声。 懇願、嘲笑。 ちりちりと、肌を刺す殺気。 震え。 違和感。 何が違う? お前達と私、何が違う───? 同じ事をしているというのに。 同じ殺戮者なのに。 何が違う? 「…ずいぶん古い資料ですね」 「まぁ、わしも今更こんなものを引っ張り出す羽目になるとは思わなかったがな」 突然火影から呼び出しを受け、渡されたのは古い任務報告書。Sランク任務だったらしいが、済の印も押されており、それを渡される理由がイルカにはわからなかった。 任務内容はある男の抹殺。 その男はある団体を一人で作りあげた。始めは貧富の差や不平等差を訴え貧しい者達を救おうとするものだったが、その男が教祖を名乗りだした頃、彼のカリスマ性に惹かれてか人が集まり出し、大きくなるとその目的意識を変え、上流階級と呼ばれる者達を、粛正という言葉で次々と殺戮していった団体。始めは護衛を雇って対抗していたが、特殊な訓練を積んでいたらしい彼等に押され気味となり…木の葉へと依頼が来たのだった。 「…しかし、その教祖と呼ばれていた男は殺され、カリスマ的主導者を失った団体はすぐに崩れたと…兵士と呼ばれていた訓練を受けていた者達も討ち取り、任務は終了」 「うむ。その筈だったのだがな」 「…生き残りが居たと」 確認するように問うが、火影は難しい顔のまま唸るだけだった。 「その任務を遂行したのは、暗部の5人。すでに一人は数年前殉職しているが…一ヶ月前、その内の一人が任務中に殉職した。そして数日前、里で一人の男が道を歩いていて突然苦しみだし死んだ」 「何か持病が?」 「いや、その男は優秀な忍だったが、腕を無くしての忍を辞めた男だった。それ以外は何の病気の兆候もなく健康であったらしい。ただ、死ぬ数日前に妙な夢を見ると家族に訴えていた」 「夢…ですか」 「詳しくは話さなかったということだが、任務に関係のあることだったらしい。そのことを誰かに相談しに行っていたようなのだ」 「…」 「そして昨日、わしの元に報告が届いた。毎日同じ夢を見て…眠れないと訴える者がいる。だが、忍が夢にうなされるのは良くあることだ。そう思っていたが…数日前に死んだ男も同じ夢を見ると自分の元へ来ていたのだと言う。その男が死んだことを知って…自分達は呪われていると半狂乱になったらしい」 「呪いですか」 イルカは呟いて任務が行われた日付を見た。 十年前。そんな昔にかけられた術が今頃発動するものだろうか? 「それで…一体どんな夢を見るんですか?」 「…闇の中に一人の男が立っているそうだ」 悲鳴や笑い声が響き渡り、誰ともわからぬものが誰かを殺し、血飛沫が舞う。 楽しそうな、悲しそうな声が響き渡り、それを一歩も動けずにただ見ている。 そして男が振り向き…目を合わせる。 その瞬間に感じるのは、恐怖。もう死ぬしかないと、絶望的な思いで近づいてくる男を見ているだけ。 そして、血にまみれた刀を振り上げた男が自分に問う。 何が違う? お前達と私、何が違う? 同じ事をしているのに。 同じ殺戮者なのに。 鬼の面を被った男が最後に問う。 何が違う? そして自分が殺され……目を覚ます。 「ずいぶんと悪趣味な夢ですね」 「…だが、毎晩それを見せられるものはたまらぬ」 …忍なら誰しも心の片隅にある自分への問い。 任務だと、里の為だとわかっていながらも、手を血で汚している。ただ殺しをする者と職業としている者。それに違いはあるのかと問われて…ないと言い切れる者は少ない。 「ところで、もう一人は平気なのですか?火影様のところへとご報告は…」 「うむ。今のところピンピンしておるようじゃな」 「…はぁ…そうなんですか?」 「お前も良く知っておる奴じゃ。いつもへらへらしておるじゃろう。緊張感の欠片もない…」 「え」 思わずカカシのことを思い浮かべてしまったイルカは、カカシ先生に失礼だよな〜と思い返せば… 「今お主が思った奴じゃ」 「え!?本当にカカシ先生ですか!?」 「…やはりお前の中でもそのように思われるようじゃな」 「あ」 肯定する形となってしまったイルカは、ピキリと固まるが、火影はそれに気付かず困った奴だと呟き続ける。 「まぁ…あったとしても絶対に言ってはこぬ。妙な所でプライドが高いというか…頑固者というか…気を付けておいてくれるか。こちらでも調査を始めることにした」 「わかりました。では、私の方でも呪術系のことを調べてみます」 「頼む」 頭を下げ、その場から消えたイルカ。 溜息ともつかない音が、火影の口から吐き出された。 「十年越しの呪いなんて愛されてるね、はたけ上忍は」 「冗談言ってる場合か。サイ」 ピシリと本で叩かれたサイは、肩を竦めながら関係のありそうな本を何冊か手に取ったが、真剣に調べる様子はない。というより、興味のある本がないのだろう。火影が禁書の扉を開けてはくれたが、昔から出入りしていたサイはこの中身を殆ど読破している上に、内容も覚えている筈だ。 その彼がここに興味を示さないのならば、関係する術がある可能性は低いだろう。 「第一呪術関係はレツヤの十八番だろ。俺よりも詳しいんだから、あっちに聞いた方が確率高いぞ?連絡取れないのか?」 「ああ。任務の真っ只中で、手が放せないらしい。終わり次第戻るって言って来たけど…」 「運が悪いというか…でもさ、イルカ。その夢だけで呪術と決めつけるのは早いんじゃないか?昔の記憶を使った催眠系の術、幻覚術ってこともあるだろ」 「ああ。だから今火影様が入院している男に話を聞いている。そこから何か掴めればいいんだけどな」 ふうと息を吐いたイルカは、窓もなく重苦しい気分にさせる部屋から出た。途端に体が軽くなり、部屋を守る結界の効力が離れたのをイルカは感じた。 「あ〜あ、何時来てもこの部屋は嫌な気分だよな」 「……って、この結界術お前が見つけたんだろ」 「見つけたって言うか、補強しただけだ。こんな細々とした結界術なんて一から張りたいなんて思わないね」 禁書の部屋はすべてのチャクラを封じるばかりか、動きも鈍らせる結界術が張られている。中身の重要性を考えれば致し方ないが、何重の枷もつけられたようで落ち着かない。 「取りあえずは、はたけ上忍を見張るしかないか。でも、あの人妙に感がいいから疲れるんだよな〜こんな時優秀な忍ってのは厄介だ」 「それは同感だな」 「俺の部下も使って何とか目を離さないようにする。お前は表の仕事もあるだろうし、プライベートで近づいていた方がいいだろ」 「頼む」 サイは手を挙げて、イルカとは別の方向へと歩き出す。彼の姿が角の奥に消えた頃、イルカも職員室へと歩き出した。その時だ、再びまたあの警戒音が鳴ったのは。しかも一度だけ。 一体何なんだ。 イルカは眉を潜め、さり気なく外に出ると周りに誰も居ないことを確認して、木々の影へと身を潜める。すうっとイルカの気配が気薄になり、上忍であっても気付かないほど自然と一体化した彼は、細心の注意を払いながら音の聞こえた方角へと走りだした。 程なくして、忍達が三人集まっているのを見つける。面で素顔を隠した暗部達。その一人が、緊急用の笛を指で転がしていた。 「気配が消えたってどういうことだ?」 「そう言われてもな…ほんの一瞬のことだったからな」 「見逃したってことか」 「そうじゃない、本当に消えたんだよ」 どうやら、笛を吹いた暗部が敵を見逃したと仲間に責められているらしい。だが、笛を吹いた暗部の声が不可思議な色に染められているのが何とも奇妙だった。 「ここを見回りしていたら…、妙な感覚が一気に来たんだよ。上から下へと一気にたたき落とされる寸前のような…だから咄嗟に笛を吹いたんだが…その姿は勿論、気配の元を感じ取る前に一瞬で消えたんだよ。まるで消滅したように。その後何か来るかと警戒したが、何にも起きず…お前達が来たんだよ」 「ああ〜なんだよそれ。お前の勘違いってことかよ!」 「勘違いごときで笛を吹く筈はないだろう!確かに気配はしたんだ!だが…」 「二人とも落ち着け」 険悪になりだした二人を引き離したのは、一番大柄な男だった。どうやら部隊長クラスの実力はあるらしく、彼の言葉に二人はしぶしぶ口を閉じる。 「実はな、昨日もお前と似たようなことがあったんだ。気配だけ感じて、後は何も起きない…というのがな。昨日聞いた時は何も思わなかったが…お前が感じたものと同じだったようだ」 「では、侵入者ってことですか?」 「ならば、襲ってくるだろう。その気配で動きを止め、無防備に近かったんだ。殺れた筈だ」 「では何故…」 考え込んだ二人だったが、このまま居ても埒がないと思ったのだろう、大柄な男は取りあえずと歩き出す。 「念のため他の奴らにも聞いておこう。警戒するに越したことはないからな」 大柄な男は二人が頷いたのを確認して、木の上に飛び上がる。それに二人も続き、彼等の姿は木々の合間に消えていった。木の影に身を潜めていたイルカは、今の話を聞いて考え込む。一瞬で消えたとはいえ、暗部が警戒するような気配を気のせいで済まして良い筈がない。 「ん…?」 木の幹に触れた手がぬめりとした感触を伝え、イルカは眉を潜めた。何かの液体が残ったような痕と、僅かな異臭。水の腐ったような臭いに、嫌な予感を覚える。その時小さな羽音が響き、青い小鳥がイルカの元へ降りてきた。指に止まると紙の姿に戻り、内容を見たイルカのはすでに乾き始めている液体をもう一度眺めたのだった。 最近何かが可笑しい。そう思いながらも、正体が掴めないことに、カカシの気分は良くなかった。数週間前から感じる嫌な臭いが始終離れない。最初は寝ぼけてゴミバケツでもひっかぶったかと思ったが、何度風呂に入ってもシャワーを浴びてもその臭いが取れることはなかった。これが自分の臭いなのか密かにショックを受けたが、子供達と任務をしているうちに臭うと感じているのは自分だけだと気付く。 始終こんな臭いを振りまいてたら、サクラが文句を言うだろうし〜 泥だらけになるだけで、汚いと騒ぐ彼女が、こんな臭いに我慢できる筈がない。ということは、精神的なものと考えられるが、こんな臭いをつけなくてはいけない原因は思い当たらなかった。 水というより、沼の臭いだよな、これ。 数日前、沼での失せもの探しの任務を受け、その場所と自分が感じている臭いが同じものに気付いたが、それで原因の究明が進む筈もなく、ずっと不快な気分を味合わされている。 「…全く」 しかも…だ。首筋はずっとぞわぞわしており、勘がこのままではいけないと告げている。それに従い毎夜里を回ってるのだが、何もわからなかった。 「…火影様に言った方がいいのかねぇ…」 そうは思うが、ついでとばかりに小言が返ってくる気がして、できれば行きたくない。う〜んと首筋を撫でながら、家に向かってトボトボと歩いていれば、ぞわりとした感覚が全身を襲う。 …やっとご登場? 首筋に感じていたのと同じもの。 カカシは立ち止まり、くるりと視線を一周すれば、何か足下で蠢いている。 「…ちょっと気持ち悪いかも」 ピチャリと水の音が響き、ゆるりとそれは起きあがった。水の固まりと言えば聞こえはいいが、ぐにゃりと動き回り、それから発せられる臭いがここ数週間カカシを悩ませていたものと同じだと思うと、薄笑いが口元に浮かぶのも仕方のないことだろう。 「何かね、君は」 そう問いかけてやれば、それはようやく動きを止め… ある人間の顔を作り、にやりと笑った。 まるで手のように、伸びてきたものを避けたが、それは一度では終わらなかった。形を自由に変えることができるのか、全身から何本も手のようなものが現れ、すべてそれを避けて、空中に飛び上がると火遁の印を組み炎の固まりでそれを焼き尽くす。ギニィアと悲鳴ともつかない音が聞こえたが、それは消滅しなかった。 「!?」 炎を突き破り、ぬめぬめとした光沢を纏いながら伸びてきた手は、カカシの首を掴もうと指を開く。空中に居るということでそれを避けられないと判断し、クナイを取りだし切り裂こうとしたが、その前に手首らしきところが切り裂かれる。 最初に目に入ったのは紫色の髪紐、そして黒い面。彼の登場に目を見開いたカカシだったが、別方向から伸びてきた手を見て、すぐさま思考を切り替える。 「…アンタが登場するなんて意外」 地面に降り立ったカカシは、自分と少し離れた場所に居るシキに話しかける。うっすらと赤い刀身が揺らめていた。だが、彼は何か言いたげなカカシの視線を無視して、水の物体に意識を集中している。カカシは相変わらずつれないな〜と呟いたが、ぼこぼこと音を響かせながら何体も現れるものに顔を引きつらせる。 「…何だろうね〜まったく…」 火遁も効かず、クナイで引き裂けるだろうかと 考え込んでいる間に、シキはさっさと動き出した。スパァンとまるで音が聞こえるような切り口がカカシの横を通りすぎていく。一瞬で、正確で、何一つ無駄のない彼の動きに、何時ものカカシなら見惚れるか、高見の見物と高をくくっただろうが、飛ばされた水の欠片がもぞもぞと動き、一つに纏まって元の姿を取り戻すのを見てしまっては、カカシも動かざるを得なかった。 カカシの背に彼の体が当たり、背合わせになったのを感じる。トンと肩を叩かれ振り向けば、彼の持つ刀の刀身が先ほど見た時より赤く輝いていた。 何をするつもりだ。 刀の赤みが増すたびに、何かの力も膨れあがるようにカカシは感じた。それを水の固まり達も感じたのだろうか、少しづつ彼から離れていこうとする。だが、シキはそれを許さなかった。 水の固まりに近づき、人間で言えば心臓部分に刀を突き刺す。バァンと弾ける音がして、水は飛び散り姿を消す。どうやら刀に籠めたチャクラを内から爆発させたらしい。ざぼるなとの意味も込めて方法を教えたシキに肩を竦めて見せ、カカシは何かと取りだした。青い蛍火のような光が手元に集まり、じょじょに広がっていくかと思われた時、それは姿を現す。 シキの持つ刀と正反対の色を持つもの。闇の中でもうっすらと蒼い刀身を放つ刀をカカシは握りしめ、目の前の水の固まりへと突き刺す。最高クラスの忍二人によって、水の固まり達はどんどん数を減らしていくが、比例して新たな水の固まりも増えていく。 「ちょっとキリないよ〜」 まさしくウンザリとした様子を見せるカカシだが、それはシキも同じだったらしい。 『こちらへ』 「へ?」 シキの指文字に、首を傾げたカカシだったが、素直に彼の傍に寄る。一体何をするつもりなのかと、彼を伺えば… 『面倒だ』 今日見た中で一番の輝きを放った刀が、一気に振り下ろされた。 炎の小爆発。 水の固まり達を飲み込み、弾けて消えた赤を、それ以外の言葉で表すことはできなかった。地面には焦げた後もなく、闇夜の静寂が戻る。水の固まりなどもともとなかったように、痕跡一つない。 「……何したわけ」 『吹き飛ばした』 事も無げに言うシキに、カカシはただ呆気にとられるしかなかった。 「…道理で見たことのある顔だと思った」 パタパタと闇夜の中降りてきた赤い小鳥を迎え入れて、そこに書かれたことを説明したシキは、カカシの言葉で顔を上げる。 十年前、カカシ達が葬った教祖。それが水の固まり達が作った顔と同じだったのだ。彼は死んだが、彼に陶酔して生き残った者はずっと木の葉を怨み続けていたらしい。だが、兵士でもなかったその者が、忍に叶うはずもなくただ恨みだけを胸に秘めていた。 ところが、偶然にも身につけた呪術。これが媒介としてある沼の水を使ったことで効果を発揮してしまったのだ。水は術者の意志に従い、水を飲んだ動物達の体を使い、木の葉へ忍び込む。そして、小さな器を飛び出し、森の中に息を潜めていたのだ。教祖を殺した忍達を捜して。 この時の気配を、暗部達が感じ取ったのだろう。 「でも誰がその任務についていたかなんてわかるもんなの?」 『…抜けた忍に、匿う条件として出したようだ。もう十年も前のものだ厳重に保管されてなかったのだろう』 「ああ。火影様の怠慢か〜」 ぽんと手を叩くカカシはとても嬉しそうで、巻き込まれては叶わないとシキは見ない振りを決め込む。サイが手伝わされて文句を言いそうだと思いながら。 沼から現れる化け物が街を襲う。 現在レツヤが就いている任務はその調査と原因の排除。それと偶然リンクしてしまった。あの沼の水によって。 「…偶然とは恐ろしいね〜その沼って教祖を沈めた沼でしょ」 『…ああ』 殺すだけでは許せないと、死体を持ち帰ることを望んだ依頼者達。 彼から受けた損失や砕かれたプライドの為に土に帰ることも、火にくべられることも許されず、誰も寄りつかない森の沼に沈められた彼の体。彼のことを思い、彼の恨みを晴らすための媒介としては、これ以上のものはない。それは偶然だったのか、彼の怨念が導いたのかはわからない。予想以上の怨念に染まっていた沼は、サイの部隊が手を貸したのもあって、思いの外早く浄化出来たとレツヤが報告してきた。勿論その術を使ったものは、彼等の手で葬られただろう。 「ま、でも怪我の功名って奴かもな〜アンタが出てきたし。もしかしてずっと守ってくれたとか?」 『…守られる玉か?』 「うわ〜ぐっさり」 くすくすと笑ったカカシはじゃぁね〜と手を振る。それに頷き返そうとしたが、ふと気になった。 『…何故お前は平気だったんだ?夢は見なかったのか?』 「…見たよちゃ〜んと。毎晩毎晩ご丁寧にね」 『…では』 「お前と違うに決まってる〜って言ってやったんだ」 血に染まり、悲鳴を裂き、命を消し去っても。 お前とは違う。 「楽しんで鬼になるお前とは違う。大事な者を守る為なら、鬼以上の者になる。たかが仮面の鬼ごときで、俺と同格になるなんて百年早いってね」 誰も居ない場所を見つめるカカシの目は思いの他真剣で、シキは息を飲む。だがそれも一瞬のことで、カカシは目尻を和らげると ひらひらと手を振り闇の中に消えていった。彼の気配が完全になくなると、シキは近くの木に寄りかかった。実を言えば、「焔」が放った力は彼のチャクラを殆ど奪っていたのだ。立っているのも辛く、本当は座り込んで終いたい。そんな欲求に負けそうになるほど力を使いすぎた。だが、今のシキが浮かべているのは苦痛ではなく笑みだ。 「まったく…あの人と居ると疲れるよ…」 だが、教えられることも多い。そして彼の強さに憧れてしまう。今回のことも、彼の強さに呪術が負けたと言ってもいいかもしれない。いつかはその強さの理由を聞いてみたいものだ。…出来ればシキでなく、イルカの時に。 「…俺も負けないようにしないとな」 まずは彼に並ばねば。 ぴぃっとすべての終わりを告げる青い小鳥が飛んできた。こんな所を見られればまたサイが五月蠅いなと、シキは重い体を木の上へと持ち上げた。僅かに見えてきた朝日の中に飛び込み、シキの姿は見えなくなった。 (2005.3.4) (2005.3.4) |