ひやりとした手の感触が、名残惜しさを残してやまない。 二人で見上げる空も、踏みしめている大地からも感じる相手のぬくもり。彼は今何を思っているのだろうか。自分と同じことを感じているだろうか。 初めて出会い、酒場での語らい。 勇気を振り絞った気持ちと、叶えられた願いに歓喜する心。 毎日が楽しくて、愛しくて、不安で、悲しんだこともあった思い出を。 貴方も感じでいるのだろうか。 ピィっと青い空を舞う鳥が、終わりの時を告げる。 それを同時に見上げながらも、手は離れるどころか、強く握り締めるばかり。 「…時間ですね」 「そうですね」 互いの顔を見ることができないほど、いや、見れば終わりが来ることを知っていたから… 伏せた黒い瞳は、相手を失うことに傷ついていた。 彼女はアカデミー時代からの同級生だった。 姉御肌で、周りの面倒見が良く、いつも悪戯をするイルカと時には叱り、アドバイスして、共に遊びまわった。 彼女と自分の間には恋愛という言葉はなく、男と女ではあれど、二人の間に結ばれていたのは友情の二文字。 それはイルカがアカデミーの教師になっても、彼女が長期任務専門の忍となっても変わらなかった。だが、その彼女が任務で毒を負い、死人のような顔で帰って来た。 いや、実際は半死人のようなものだろう。 あれほど健康的だった体は青白く、女性の中でも力の強かった腕は痩せ細り、嫌な堰が白く始終出て、発作が出れば覚悟しておくようにと、医者からも告げられていた。 だが、それでも彼女は笑っていた。心配げに見舞いに来るイルカに、私のことばかり気にするなと、仕事をおろそかにするなと説教までたてて。その姿は昔と変わらない、彼女の強さに見えたが。 ある日見てしまった。声を殺して泣いている彼女を。もう忍ができないことを、自分の誇りがすべて奪われたことに絶望していたあの涙を。一人で絶えて、親友であったイルカにさえも打ち明けずに、一人で戦っていた彼女を。 だから…支えたいと思った。二人の間には愛と言う言葉がないとは知っていても。 彼女を一人にしておくことはできなかった。 眠たげな目は、必死に涙を堪えていた。 彼女は遠い異国の地で人々の頂点に立つ巫女だった。 幼い時から一国を背負い感情をすべて殺してきた彼女の心を開いたのは、偶然護衛についたカカシだった。それをきっかけに度々任務を受け、護衛というより語り合える友としてすごして来た時間。カカシの方に恋愛感情は無かったが、彼女の方には淡い恋心はあったのかもしれない。しかし、己の心を偽ることに長けていた彼女は、熟練の忍であったカカシに悟らせるようなことは決してなかった。 その彼女が事故に遭い、毎日寝たきりの生活を過ごしているという。 彼女の傍仕えである者の手紙が来て初めてそのことを知ったカカシ。道理で、一年に一回はあった護衛要請がなくなったと、渋い顔をすれば、彼女の巫女である期間はとうに終わっており、巫女の病状は国民に隠されたまま彼女が消えることを本人も、周りから望まれているという。 そんなのは悲しすぎる。せめて貴方がお側に。 傍仕えの者は、自分が溜めたお金或いは彼女の寿命が尽きるまで、カカシを巫女の傍に置くことを望んだ。当初は、カカシほどの忍を拘束されることを渋った里だが、最終的には破格な依頼料と里の有利とも思える条件を飲んだ。 だが、それはカカシから故郷を奪った。今日から帰る場所は里ではなく…彼女の傍になったのだ。 こんな任務を受けた里を憎むより、ただイルカに会えないことが悲しくてならなかった。 ピィッと再び鳥の鳴く声が響く。 二人の目を覚まさせるように、時間を壊すように。 くるりくるりと舞う二羽の鳥。 それは二人が幸せだった過去の時間。 いつか。 またいつか… 思いは声にならず、強く握った手の温もりがそれを告げる。 二人の顔が近づいて、離れ、互いの顔をこれ以上にないぐらい、愛しく、切なく、微笑む。 愛しています。 言葉にせず、ただ見つめるだけで告げた二人は、手を離し、別の方向へと歩き始めた。 二度と振り返ることなく。 心の中に貴方を閉じこめて。 (2005.1.7) (2005.1.7) |