「よう」 「………お疲れさまです。猿飛上忍」 にやにやと髭を撫でながら突然目の前に現れたアスマにサイは顔を引きつらせつつ、なんとか挨拶をし終え、ではと踵を返そうとしたのだが。 「…」 「逃げることねぇだろ?」 「……逃げるわけではありませんが」 「そうか?」 がしりと掴まれた腕に、サイは深い溜息をついた。 先日、カカシとアスマのサポート任務についたサイだったが、どういうわけか彼らに気に入られてしまったらしい。もともとカカシの方は気軽に声をかけてくれる人だったが、問題はもう一方の上忍。声をかけるだけにしてくれれば良いのに、アスマは自分の任務のサポートにサイを指名してくるようになったのだ。アカデミーの臨時教師となっているサイには、滅多に任務は降りない。それを良いことに、惰眠をむさぼり、趣味の酒にうつつをぬかしていたのだが、この上忍のお陰で至福の一時がたびたび破られるようになったのだ。 『良かったなぁ。サイ。運動不足にならなくて』 前からそのことを良く思っていなかったイルカは、見るからににっこりと微笑んでそうほざき、里を治める老人は、若い内は働けと満足げ。冗談じゃないと、頭を怒らせて道を歩けば、この状況を聞き及んだ女好きがわざわざ笑いに現れる始末。 いい加減にしろっ!と叫びたいものの、そこは悲しい縦社会。中忍のサイが上忍にたてつくことなどできず、できるだけアスマに会わないよう日々を送っているというのに、隠れているものを見つけるのが上手いのか、結局は彼に捕まってしまう。 …俺の馬鹿。 あの時の自分を怨んでも怨みきれない。もしも願いが叶うなら、時間を巻き戻してもらいたいと心底願う。 「…そんな嫌な顔をしなくてもいいだろう」 「……でしたら、色々と考慮して頂きたいんですが」 「ははは、まぁ諦めろや」 「…」 豪快にサイの言葉を笑い飛ばしたアスマは、逃げることを諦めたサイの腕をようやく放した。 「ま、でも今日は任務のことじゃねぇんだよ」 「へ?」 「サイ先生、酒いける口なんだって?」 「は…?はぁ…まぁそれなりには」 いきなり話題が変わったことに、サイはぽかんとアスマを見上げた。そしてすぐに警戒した目つきに変わる。その変化を面白そうに見ながら、アスマはようやくサイを呼び止めた目的を話したのだった。 「ほらよ、いつも世話になってるのに飲みに行ったことねぇだろ?だから今晩付き合ってもらおうと思ってよ。ちなみにイルカも来るらしいぞ」 「…イルカも…?」 先ほどイルカに会ったのにそんなことは一言も言っていなかった。だとしたら…自分の後に誘ったのだろうか。 頭の隅に警戒音が鳴ったが、イルカが行くならいいかと、サイはその音を無視することに決め、わかりましたと頷いた。 「んじゃよ、仕事が終わった頃迎えに来るわ」 「わかりました」 ひらりと軽く手を振り、機嫌よく去っていた上忍。あの時、何故断らなかったのかと、再び後悔する嵌めになることにサイは気付いていなかった。 アカデミーでの授業も終わり、職員室に戻ってきたサイはきょろりと辺りを見回すが目的の人物の姿はない。 「どうしました?サイ先生」 「ん…と、イルカ先生は?」 「一時間ほど前に火影様の用事で出て行かれましたよ」 「げ、本当ですか?」 ええとにっこり笑う、最近教職についた女性はサイの顔が可笑しかったのかくすりと笑う。 「何か用事でもあったんですか?多分お戻りになられるとは思いますけど」 「うん〜ま、いいやこっちで何とかしますから。すみません」 そう言って話を終えたものの、内心穏やかではない。 …まさか逃げたんじゃねぇだろうなぁ。 一人でアスマと飲むなどとんでもない。またあれよというまに、無理難題でもふっかけられたら…と思うと気が気ではなかった。 …「黒の部隊」の任務でも受けようかなぁ… そうは思っても、自分の思惑を知っている火影が素直に許すはずもない。いつもやりこめられている火影にとっては良い機会だとばかりに、責められるのが落ちだ。何故自分はこんな気苦労を背負い込んでいるのだろう。暗い気持ちになりながら、のろのろと玄関に赴くサイの目に大柄な人影が写った。 「ご苦労さん」 「…お疲れさまです」 これで逃げることはできなくなった。見るからにいやいやな顔で歩くサイに、アスマは苦笑を漏らす。 「さ、行こうぜ」 「………はい」 返した言葉はすぐに闇の中へと吸い込まれていった。 警戒心が強いと言ったのは誰だったか、もう覚えていない。小さい頃から人見知りが激しく、初対面の人間の前には絶対顔を見せない子供だったと両親に言われたことがある。年が経つに連れて、顔に呑気な仮面を付け相手を見分するのが上手くなる。どうしてこんなにも相手を疑うことから始めるのか、自分にもわからない。だが、ただ一つ例外があるとすれば…それはイルカだったろう。 彼に声をかけたのは自分。何故と問われても理由はわからない。だが、彼と一緒にいるようになって、相手のことをすべて知らなくともつきあえるものだと、教えて貰ったような気がする。 「ここだ」 アスマが指さしたのは、アカデミーの同僚達とも行ったことがある居酒屋だった。はぁと相変わらず気乗りのしない返事をしていると、アスマが入り口にかかっている赤いのれんを押し上げた。 「おい?」 …アスマは嫌いではない。いつも任務に付き合わせるのは勘弁願いたいが、彼の人となりには尊敬できる部分はあると思う。よくいる上忍のように横柄でもなく、自分の力を誇示するわけでもない。だが、それは自分に自信がないわけではなく、自信があるからこそ、他人の意見を聞けてそれを冷静に判断しうる大らかさを持っていた。それは多分カカシにも言えること。本当に強い忍という者は、そんな人達なのかもしれないとサイはアスマをじっと見ていた。 「そんなに嫌か?」 「…へ?」 はっと顔を上げれば、のれんを押し上げたままの格好で止まっているアスマが困った顔をしている。慌ててそれに首を振り、突然思惑に耽ってしまった自分を恥じながら、サイは足を踏み出した。 覚悟を決めるか。 自分がしっかりしていれば良いのだと、アスマががらりと開けた扉をくぐろうと顔を上げた瞬間。 …何だこれは。 「アスマ遅いではないかっ!もう宴は始まっているのだぞ!!」 「あ〜悪い、悪い」 「ちょっとそれ私のよっ!とるんじゃないわよっ!」 「こっちに別のがあるだろう」 「おい酒が足りないぞーおら」 「本当一本なんてけちくさいこと言ってないで、そこにあるやつ全部持ってきてよ!!」 扉を開けた途端聞こえてきた喧噪と、目に入ってきた状況にサイは固まったまま動くことができなかった。 「どうした?サイ先生」 「…」 不思議そうに首を傾げているアスマだが、サイはどうしても動くことができない。 …子供顔負けの騒ぎ、しかも顔ぶれが上忍か特別上忍ばかり。こんな中に平気で入っていける中忍など居る者か。 「…猿飛上忍」 これは一体どういうことなのか。顔を引きつらせつつ、横目で睨めば、ここへ連れて来た上忍はしゃあしゃあと言った。 「今日、上忍連中の集まりがあることを思い出してよ、ついでだからここを利用させてもらおうと思ったんだよ」 「…ついでって…」 「サイ先生は結構飲むんだろ?俺と行けば奢りでも懐を気にするだろうが、今日の集まりは積み立てしてたやつで払うからな、気にするな」 「ってそう言われましても」 足を竦ませて動けなくなってしまったサイに、アスマはにやりと笑った。 「怖くねぇって」 まるで子供に対する台詞に思わず言い返そうとしたサイだったが。 とある一角では笑いながら中忍が真っ青になりそうな体術を繰り広げている上忍がいると思えば、部屋には酒や酒瓶が飛び交っている。時々起動がそれて他のテーブルへと落ちていく落下物をひょいと交しながら酒を飲む上忍達。 …怖いって。 ここは自分の知らない未知の世界だ。すうっと気が遠くなりかけたサイへ、現実へと引き戻す声がかけられた。 「お!来たかサイ!」 「……イルカ?」 サイは、ある一角の席からこちらを振り向き手を上げている人物を見て呆然とする。少しだけ頬を染めて、明らかに酔い始めのイルカの前にはカラになったらしい熱燗のビンがごろごろと。 …何で平気なんだよ。お前。 探していた友人は、周りの上忍と談笑しながらこの席にもぐりこみ楽しんでいる。立ちすくんでいた自分が馬鹿らしく思えたサイは、、肩を叩かれたのを合図に、アスマにつられてイルカのいるテーブルへと向った。 「あ!サイ先生〜ようやく来たんだね」 「はたけ上忍」 素顔をさらしだしているカカシに少し驚きながら、イルカの隣に座ろうとすれば何故かそれと入れ替わるようにイルカが立ち上がってしまう。 一体どこに行くんだろう。 そう思いながら、サイが見上げるとイルカは酒が入っているせいかいつも以上に機嫌が良さそうに見えた。 「んじゃ、後はよろしくな。サイ」 「…はい?」 「俺、今からアカデミーに戻らなきゃいけないんだよ。カカシ先生に捕まってここに来たけど、サイがいるなら大丈夫だな。ということです。カカシ先生、今日は失礼しますね」 「お仕事がんばってくださいね。イルカ先生」 「ありがとうございます」 笑いながら、カカシや周りの上忍達に頭を下げて去っていこうとするイルカに、我に返ったサイが慌てて呼び止めようとするが。 「はいはい〜今度はサイ先生と飲みまくりましょう〜」 「おう。こっちの席に頼むわ」 「ちょっとまてぇぇぇイルカっ!!!」 両側からがしりと上忍に押さえ込まれ、サイは悲鳴をあげることしかできない。イルカの口が悪いなと動いたが、その目はそれを裏切っていた。 は…嵌めやがったなぁぁぁ!!! 人を犠牲にして、そそくさと安全な場所へ逃げたイルカに、サイは覚えていろと心の奥底から叫んだ。 「よし!行きましょうか!サイ先生っ!!」 「そうそう遠慮するなよ!」 両側にいる上忍を見て、なんて人たちに目をつけられてしまったのだろうとサイは今更ながらに己の不幸をかみ締めていた。 「いや、本当サイ先生強いねぇ」 目の前に置かれた酒を飲み干すと、心底関心したようにカカシが呟いた。あれから三時間。サイを酔い潰そうと企む上忍二人が、次々とサイへ酒を進めるも、それをことごとく飲み干しながら全く顔色の変わらないサイに二人は尊敬を抱き始めていた。 「マジで強いな…先生」 「そうですか?お二方もこれぐらいはいくでしょう?」 けろんとした顔でそう言い返したサイにカカシとアスマは少しばかり顔を引きつらせる。何しろカカシは頭の半分がすでにぐるぐると回っており、アスマは酔いをごまかすためにタバコをふかしているのだから。 「昔から俺、アルコールってあまり聞かない体質なんですよねぇ…限界を超えると酔うというより気分が悪くなる方ですから」 「へぇ、それじゃあんまり楽しくないんじゃない?」 「美味いものを食べたり飲んだりするのは好きですから。酒を飲む時、相手が酔っ払っていつもみせない顔を見るのが楽しいかもしれませんね」 そういうもんか?とアスマが呟いていると、同じ面子に飽きたらしい人が、場違いな場所にいるサイに目をつけやってきた。 「あら、サイ先生じゃない。どうしたの?」 ふさりと黒い髪をかきあげ、酔っているためかいつも以上の色気を出しながらやってきたのは紅。一応顔は知っていたが、言葉を交わしたことのない紅が自分を知っていることに驚きながら、サイが頭を下げると彼女は後ろからがばりと抱きついて来た。 「とわっ!?」 「男ばっかりで飲んでいても面白くないでしょ〜?」 持っていた酒が零れそうになり、声をあげたサイの耳に紅は顔を近づける。サイの背に当たるふくよかな感触や体に回される細い腕と耳にかかる吐息。男を惑わすのが任務の一端にあるくの一は、ここぞとばかりにそれを利用しサイをからかおうとしたのだが、サイははいはいと言いながら何の反応も示さない。 それを見ておっと目を丸くするカカシとアスマ。そしてむっとする紅。 「飲みすぎですよ。紅上忍」 「…このぐらい平気よ。それよりもぉ…なんで平気な顔をしてるのかしらぁ?」 「?はい?」 一体何のことだと顔を後ろに向けたサイに向って、紅は極上の笑みを見せる。だが、一向に変化は見られなく、紅の顔から笑みが消え、プライドが傷つけられた怒りの形相に変化しようとした瞬間。 「そういうのは、本当に好きな方に見せた方が良いですよ?勿体無い」 べたな誉め言葉など耳にたこができるほど聞いていた。こちらの気を引きたいだけの、そして一夜の楽しみに誘うためだけの言葉。彼らの下心がわかっているので、相手がどんなに男前でもふんと鼻をならして背を向けてやるのだが、他の意味も持たない直球でぶつけられたサイの台詞に、紅は少女のようにかぁっと顔を赤くしてしまった。手練れのくの一から酒の上とはいえ、そんな反応を引き出したサイは、何事も無かったような顔で、漬物をぽりぽりとかじり始めた。 …ただもんじゃねぇ…この先生。 カカシやアスマのみならず、それを見てしまった上忍達は一斉にサイに注目したが、当の本人は何も知らずに紅に抱きつかれたまま酒を飲み干している。 「ちょっと!そこ、何静かになってるのよ!もっと騒ぎなさいよ!!」 サイを凝視していたせいで、静かになってしまったテーブル。それが気に入らなかったのか、アンコが腰に手を当てやってくる。彼女は紅がくっついている見知らぬ人物を見て、眉を潜めた。 「アンタ誰」 「サイ先生だよ〜」 サイが答える前にカカシが言えば、あっそうと呟く。どうやら入る前に悩んだサイの杞憂など、ここにる上忍達は誰も持っていないようだった。 「誰でもいいけど!騒ぎなさい!はしゃぎなさい!静けさなんて今日は無縁の代物なのよっ!!幹事の私の顔が潰れるわっ!!」 「そうだぞっ!マイライバル、ここに居たのかっ!よしっ!ここで一つ勝負と行こうじゃないかっ!」 「げ…」 眉の濃い人物の登場に、横にいるカカシが見るからに嫌な顔をした。一体誰だろうと、あまり上忍に詳しくないサイが首を傾げていれば、その本人がくるりと振り返りびしっと親指を立てる。 「君がサイだなっ!カカシとアスマのお気に入りだそうじゃないか!聞いているぞっ!」 「…どこからそんな話が」 「あら〜だって、最近アスマのご指名ばかり受けてるじゃない?こいつが、同じ中忍ばかり連れて行くなんて滅多にないのよ」 まだ背にくっついている紅が補足する。サイはじろりと大柄な上忍を横目で見て、ふっと笑った。 「どうぞ、猿飛上忍。手が止まってますよ?」 「…おう」 「先ほどからタバコばかり吹かしているなんてルール違反じゃないですか?今日は飲み会なんですから」 「うむ!サイの言う通りだぞ!もっと飲め!アスマ!!」 「酒飲まないで何やってんのよアンタっ!ほら次々と行くっ!!」 ガイとアンコに迫られて仕方がなく酒を飲み干したアスマだが、勢いに乗った二人は止まらず次々と酒をつぎ始める。 「…こわ〜」 にこやかなサイにカカシが一言。さすがはイルカ先生の親友とカカシが呟いたのは言うまでもなかった。 そして夜も更けて、サイは辺りの惨状を見てやれやれと呟いた。 殆どの上忍が畳の上に酔いつぶれて眠っている。意地汚いのか酒瓶を抱えたまま寝ている人まで居る。紅はくうくうとサイの後ろで寝息を立て、カカシもうめき声とも付かないものを上げて畳の上に突っ伏していた。 「…無事なのは先生だけかよ」 壁に頭をつけながら、呻いているアスマにそう見たいですねとサイは返した。この惨状を里人などには見せられないなぁと思いながら。だが、平気な顔をしているが、やはり飲み過ぎているのだろう少々気分が悪い。上忍連中を見返すために、安い酒を請われるまま飲み干したのが悪かったらしい。 …二日酔いにならんようしとかないと。 また明日もアカデミーでの授業がある。子供達の前でさすがに酒の臭いを放つのは不味いだろう。しかし、明日の上忍の待機所のことを考えるとちょっと怖い。 きっと二日酔いで一杯だろうなぁ。 つついても起きなさそうな上忍連中の屍。それを眺めつつ、そろそろ退出をアスマに告げようとした時だった。 ピィーー かすかに響き渡る笛の音。 これは…侵入者の合図?サイがはっと顔を強張らせた瞬間。 「なんて無粋な奴だろうねぇ。こんな時に」 「運が悪かったとしか言いようがないんじゃい?」 「ご苦労なことだな」 それまで酔いつぶれて身動き一つできなかった上忍達が次々と起きあがってくる。しかもその顔は、先ほどまで見せていた酔っぱらいではなく、忍の顔を張り付かせて。 唖然としているサイの目の前で、上忍達はふらつくこともなく立ち上がり、一部の上忍はあっという間に姿を消した。 …嘘だろ。 その光景は信じられないものだった。サイの目から見ても、あきらかに動けるような状態ではなかったというのに。酔いつぶれて、意識を失っていた人も、たったあの笛の音だけで、何も無かったように目を覚ました途端、消えてしまった。 まるで骨の髄まで忍というものを叩き込まれているような人達。どんな時でも、どんな状態でも、彼らの頭には自分達が忍であるということを忘れてはいないのだろう。 だからこそ上忍と呼ばれるのか。サイは改めてその二文字にかかる重みを目の前で見せつけられたような気がした。 「さてと…俺達はどうする?」 「みんな所定の位置にいっちゃったねぇ…でも侵入場所はまだわからないんでしょ」 取りあえず外に出れば、アスマとカカシが真っ暗な空を見て呟いていた。上忍師についている彼らには、他の上忍と違って決められた守りの場所がないのだろう。 「気合いだ!気合いで!敵を捜す!これこそ青春!!」 「…わけのわからない青春なんて入らないわよ」 ガイをあきれ顔で宥めた紅だが、考えてみれば彼らはこういうときにはどこにでも援軍に行きやすい立場なのかもしれない。四人を後ろで眺めながら、さて自分はどうすれば良いだろうと思う。 俺が動かなくても、あれだけの上忍が行ったんだ大丈夫だろうな。 情報を得ようとするのは簡単だ。式紙を飛ばせばすぐに自分の部下から返事が返ってくるだろう。しかし、これ以上自分の持つ力を一端とは言え、目の前の上忍達には見せたくなかった。 …これ以上、めんどうなことに巻き込まれたくねぇ… 自分の保身を最優先にしたサイは、ぼけっとした顔で夜空を見上げていた。そんな中、ばさりと時間的に不似合いな音が響いてくる。 「あら?何かしら」 「…鳥…だな」 ちょっとまてぇぇぇぇ!勘弁してくれよっ!!! その場にいる全員の目に、小抱えするほどの大きさの鳥がやってくるのが見えた。何事かと上忍達が見ている中、その鳥は真っ青な顔をしているサイの元へと降りてゆく。 「クワー」 「…なんでお前が来るんだよ」 サイが差し伸べた腕に止まった鳥は、意味がわからないと首を傾げた。こいつが悪くないのはわかっている。わかっているが… 「サイ先生?」 …何もこの人達の前に要るときに来なくてもいいじゃないか。 しかし、何を言ってもすでに彼らの目を誤魔化すことは不可能で、サイはがっくりと肩を落とす。 「…イルカからの連絡ですね」 「黒葉!黒葉!お使い来た!誉めて誉めて!」 「はいはい…わかったから」 「イルカからのお使い!サイ喜ぶ!サイ嬉しい?」 まだ言葉を覚えたばかり黒葉は、主人に喜んでもらえたかとくりっとした目を向けてきた。 長い首を撫でてやれば、満足げな声を洩らし首をスリ寄せて来る。黒葉を肩へと移動させ、運んできた手紙を見れば侵入者が向かったと思われる先が書かれてある。 「どうやら術書を狙ってきた奴らみたいだねぇ」 手渡された手紙を読み、カカシはアスマ達を見回す。 「じゃ、行きましょうか。サイ先生は…」 「勿論付いてくるよな?」 「………お供しますよ」 紅の言葉を遮ったアスマ。もうどうにでもしてくれと、サイは黒葉を空に飛び立たせ上忍達の後を追う。 「ところで、先ほどの鳥はとても賢そうだな!信頼関係も強そうだし!良いことだ!」 「…ありがとうございます」 ガイが歯を輝かせ、うむうむと頷く。だが、幾ら誉め言葉を貰っても嬉しいどころか、サイの心中はこの先の展開の方が気になっていた。前を走るカカシとアスマ、そして紅。彼らが黒葉のことを何も言わないのが不気味で仕方がない。 「見つけた〜」 カカシの声が聞こえたと思った瞬間、瞬時に彼の姿が闇の中に消えた。それにアスマも続いたと思うと、紅が幻術の印を切る。途端にぴりっと空気が触れ、辺り一体が彼女の空間に支配された。 「クリーンヒットォォォォ!!」 ドゴンッと木の幹が折れ、サイの横にいた筈の人物はすでに敵との戦闘に入っている。すうっと銀色の光が流れたと思った時には、侵入者の死体だけが残され、上からはすでに息の止まった忍が落ちてきた。ぱしんと紅が手を叩くと、辺り一帯を幻術で封じ込めていた景色が晴れる。自分が手を貸すどころか、存在も必要とされぬまに終わってしまった侵入者の始末。 「…さすがの一言だな」 改めて上忍の力を確信させられ、小さく笑ったサイは、息も乱さず倒れた敵を見下ろしている上忍達を眺めた後、真上を飛ぶ黒葉を見上げる。それだけでサイの意を読みとった黒葉は、それを伝えに火影の元へと飛びだっていった。 次の日アカデミーに行くとなんだか自分の周りが可笑しい。 朝からよく上忍と会うし、ろくに話したこともない上忍からも声がかけられる。一応挨拶をしかえすものの、一体何が起こったのだろうと、一人で考えにふけっていた時後ろから抱きつかれた。 「…紅上忍?」 「あら、わかっちゃったかしら」 ふふと笑って長い腕を解いた紅の後ろには、カカシとアスマまで揃っている。 …なんだか嫌な予感がした。 「そうそう、サイ先生〜上忍連中の間ですごい有名人だよ〜」 「はぁ?」 何だそれは。 別段目立ったことをした覚えのないサイは、訝しげな顔でカカシを見ると、アスマが困った顔で説明しだす。 「あ〜俺達よ、毎回最後まで素面でいるのが誰だって賭けをしてるんだよな。それが大穴だったもんでそれはどいつだってことで…」 道理で朝から上忍ばかり見ると思った。その原因は解明されたが、解明されてもサイにはちっとも嬉しくない。逆に何でそんなことにと、頭を抱えた。 そんなサイの耳に、和やかに話す上忍達の会話が飛び込んでくる。 「いや〜本当に大穴だったよね〜さすが〜」 「ま、一番知っているんだ。当然と言えば当然だがな」 「でも上忍がどれぐらい飲むか知らなかったでしょう?」 一体何の話をしてるんだろう。サイがぼんやりとした目で彼らを見れば、カカシがさも楽しいようにぽんと膝を叩いた。 「イルカ先生の一人勝ちってね〜参ったよ!」 …………イルカの野郎っ!!!! 「ま、でも紅。言っておくがサイ先生は貸さないからな」 「あら。そんなのいちいちアスマの許可を取る必要なんてないでしょ」 「ん〜でも、紅と組むと死んじゃいそうだし〜」 「なんですって!カカシっ!!そんなことはないわよね!サイせんせ…あら」 振り向いた上忍達の目には、この場から逃げ出すサイの後ろ姿。 「や〜だね。俺達から逃げられるわけないのに」 あはははと笑う上忍達。そんなことも知らず、必死にアカデミーを走るサイは心の中で半泣きになっていた。 俺の日常が遠くなる… とりあえず、親友に一撃入れなくては気がすまんと、受付所へ向って走るサイであった。 (2004.6.2) (2004.6.2) |