ギィン!!! クナイをはじき返す音と火花。二つの影はすぐさま離れたかと思うと、再びぶつかり合う。 その度に聞こえる鋼の音。そして荒い息づかい。 どちらの忍も、その姿はぼろぼろだった。体の至るトコロに赤い筋が流れ、疲れ切っていた。黒い面を付けた忍の左腕はだらりと下に垂れており、肩の近くに深々と突き刺さっているクナイのせいでか、動かすことはできない。そして、目の部分以外、覆面で隠されている忍の方も、太股から流れている血が止まらず、地面に血だまりを作っている。 もう術を発動させるチャクラは残っていない。 後は互いの気力、闘争心だけ。 「ここまで…俺が追いつめられるとは…」 覆面をした忍が忌々しげに呟き、クナイを投げる。面を付けた忍はそれを避け、手裏剣を放った。 カッ、カッ、カッ!!! 「お前は…!!お前だけはっ!!!」 忍刀を抜き、覆面の忍は面をつけている忍へと向かって大きく飛び上がった。 「お前だけはここで殺す!!!!」 面の忍は、懐から何かの札を出し、それを放った! ドォォォン!!!!! 二人を包んだ煙と爆音が辺りに響き渡った。 「良い天気」 「…馬鹿?」 ガンと頭を叩かれたサイは、顔をしかめながらイルカを睨んだ。 「何するんだよ」 「なんかアホなことを抜かしている奴がいるんで、つい」 「アホって何だよ!アホって!!!」 「…この空を見て、良い天気とか抜かしている奴のこと」 イルカが指さした空は、どろどろと真っ黒な雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうだった。 「いいだろうがっ!少しぐらいそう思わせてくれたって!!!これから俺達は雨んなか護衛をしなきゃいけないんだから!!!せめて気持ちだけでもっ…!!!」 「そういう現実逃避は止めたら?むなしいだけだって」 「お前冷めすぎ。ったく…」 サイはため息をついて、恨めしそうに空を睨んだ。 「ほら、来たよ」 「はいはい…」 イルカに促され、下を見下ろした二人は、自分達のいる木の傍を通る籠を眺める。何人もの護衛の家来に囲まれ、ようやく争いの治まった故郷へと帰ることのできる姫君の乗った籠。それを無事着くまで護衛するのが、「黒の部隊」に所属する二人の任務だった。 いつも組んでいたレツヤとサヤカはいない。そろそろ二人だけで任務を遂行しろ。【黄】の【ウコン】の命令で、二人は初めて彼らだけで任務を受け持った。それが、その姫君の護衛なのだが… 「ったく、何で俺達までかり出されるんだ?こんなのあいつらだけで十分だろう」 ぶつくさと呟くサイが見ている先に、同じ木の葉の忍が身を潜めていた。完全に辺りと同化している実力から上忍だろう。彼らに気づいているのは、イルカとサイぐらいだ。 …そう、サイが今回の任務につい、文句が出てしまう理由。 あの姫の護衛には、数人の上忍が付いている。その上で、「彼らにも見つからないように姫の護衛をする」というのが、イルカとサイに与えられた正式な任務内容だった。 「俺達だけの初任務なのに…」 呟いた彼の肩を叩き、イルカはくいっと顎を引く。 「来たよ」 二人の視線の先には、籠を止めた無頼漢共がいた。 「…見学させてもらうさ」 全く動く気がないサイに、イルカは苦笑した。 いやな情報を聞いた火影は、これをどうするべきか迷った。 「どう思う?【ウコン】」 「はっ…」 火影の前にいる一人の忍は、彼から手渡された手紙を読み、考え込んだ。 「らしい、だけの可能性ですか。でも無視はできないでしょう」 「うむ。暗部も必死で探っているのだが、なかなか…しっぽが掴めぬ」 「はい。ですが、小さな可能性でもこれのことならば放って置くことはできません。気づいてからでは遅い…」 「わかった。「黒の部隊」を動かす。お前の部下をつけよう」 「御意」 火影の前で礼をしたのは、「黒の部隊」の【ウコン】と呼ばれる者。ようやく任務が終わり帰ってきたのだが、彼を待っていたのは頭を唸らせるような問題だった。 木の葉の暗部でも、その動向を掴むのが難しい相手。 【闇霧】。 これが個人を差すのか、組織を指すのかさえもわからない。だが、最近の大きな事件には必ず関わっていると思われる彼ら。しかし、その存在を探そうにも、知っていると思われる人物は、皆黄泉の世界へと行ってしまっている。 徹底的な隠匿。 その見事という他ない手際に、木の葉の里だけでなく、他の里もその存在を探し出そうと躍起になっているという。 「して?誰を向かわせる」 「はっ…レツヤとサヤカの二人が適任ですが、生憎彼らは別の任務についたばかり。…あの二人を向かわせようと思うのですが」 「あの二人…イルカとサイか?」 「はい。レツヤとサヤカのサポートはあったものの、二人の実力はもう「黒の部隊」の一員と認めても良いでしょう。あの二人からもお墨付きをもらってます。そろそろ単独任務で動く時期かと」 「そうじゃな…よう成長したものだ」 火影も話は聞いていたのだろう。満足そうに煙管を吹かす。 「ただ、【闇霧】のことは伏して起きます。あの名を聞いて、いらぬ警戒をしても仕方ありませんので。…まだ完全に精神力を押さえることはできてないでしょうから」 「…お前の判断にまかせる。何もないことにはこしたことはない」 「はい」 ふっと風のように消えたウコン。火影はふうっと息を吐く。 「何事もなくか…」 その言葉がどれだけ無意味か。 身をもって知っている火影だった。 イルカとサイが護衛する姫の旅は順調だった。途中何度か、襲われたりもしたが、いずれも護衛や上忍達の活躍で、それを退けあと数日で国に入れる所まで来ている。 文句を言い飽きたらしいサイも、最近では静かになり、このまま何事もなく終わってくれればとイルカは思う。 だが、そんな願いはむなしく、明日には国入りができる前夜。 それは来た。 夜も更け、空には三日月。 交代で睡眠を取っていたイルカはふと目を開ける。 「サイ」 「ああ、わかっている」 身を起こせば、見張りをしていたサイが厳しい目で辺りを見回していた。二人は宿を見渡すことのできる、少し離れた林の中にいた。ここには、依頼人を護衛している木の葉の忍も身を潜めているはず。 肌に突き刺さるぴりぴりとした感覚。 町一番の大きな宿に、姫達は泊まっている。周りには民家もあるのに… 来るというのか? 木の葉の上忍達は気づいているだろうか。 何か嫌な者が近づいてくるこの空気の流れを。 イルカとサイは、小さく頷き合い、黒い面を取り出す。 「最後の最後で来るとはね」 「一番気の抜ける瞬間だろう?今までのは囮だった可能性もあるよ」 「だな…」 ざわざわと、空気が揺れる。すうっと辺りが暗くなった気がした。 「来たぞ!」 空気が震えた。 ぐわっと誰かの声が響く。イルカはその場所へと向かいながら、神経と鋭きすませた。 がちゃりと隣でサイが忍刀を抜いた。ふっと彼の姿がかき消える。その瞬間。 「ぐあっ!!!」 何もないと思われた場所から、息の根を止められた忍が現れた。気配だけで、それを切ったサイは眉を寄せる。 「イルカ…いや、シオンこれは…すげーやばいんじゃねぇか?」 任務時の呼び名に変えたサイは、先を走るイルカに追いつき、まさかと呟く。 「ああ…まさかとんでもない相手にぶちあたったかもしれない…」 完全に姿を隠している。この闇の中に。 「黒の部隊」であっても、彼らを見ることは難しい…彼らを捕らえるのは気配のみとも言われる… 「【闇霧】かよ…」 自分達が何故この任務についたのか、ようやく理解できた二人。だが、それなら何故それを教えてくれなかったのか。 「そいつらが出てくる可能性がかなり低かった。そして俺達に対する不安かな…?」 「何だよ!【闇霧】が出てくるからって、びびるとでも思われたのか!?ウコン様は!」 「いや、逆じゃないかな。あまりに警戒するあまり、本来の任務内容から出てしまうことを恐れたんだろう。まぁ…否定はできないけど」 これまで、つねに煮え湯を飲まされて来ている相手だ。まだ未熟な自分達なら、反対に手がかりと掴もうとやっきになってしまうかもしれなかった。 つくづく見透かされているな… 「んなことより!【闇霧】が出てきたってことは…!」 「ああ。護衛の忍達は全滅しているかもしれない!サイ!あ、いや…カイリだっけ。姫達の方を頼む!俺はできるだけそちらに向かうのを防ぐ」 「わかった!ウコン様に連絡を入れておく!気をつけろ!」 宿に向かって走るサイを見送り、イルカは走り続けた。同じ忍がまだ生きていることを願いながら。 今回、この護衛の任についているのは3部隊。上忍だけで作られた部隊が一つ、あとは、上忍を部隊長とし、中忍で作られている。一番近くで護衛しているのは、中忍が入った部隊だ。あとは、忍の刺客を警戒して、少し距離を取り護衛しているはずだった。だが… くっ… イルカが駆けつけた時、上忍部隊は全滅していた。少しだけ戦った後があるが、ほとんど相手にならなかったのはあきらかだった。 顔を上げると、遠くから知っている気配。 まだもう一つの部隊が生きている。 イルカは火遁で仲間だった彼らを天に送ると、すぐさまそちらへ向かった。 【闇霧】 彼らの存在がはっきりとわかったのは、半年前ぐらいだ。それまでは、誰かが裏にいる気配はあったものの、姿は愚か一つの手がかりも掴むことができなかった。彼らが【闇霧】と名乗っていることがわかったのは、【闇霧】が木の葉に進入しようとしたからだった。 闇の中に身を潜め、霧をまとい現れる。 姿を見ることは、上忍であっても難しく、気配でしか感じることのできぬ相手。 その不気味さと恐ろしさを、一度味わっているイルカとサイ。だから彼らに対して、必要以上に警戒し、恐れてしまう。ウコンが危惧したように… ざわざわとした気配が強くなる、悲鳴があがる。 見えた! イルカは気配に向かってクナイを投げつけた! 「ぎゃっ!?」 思わぬ方向から来た攻撃に、何もない所から悲鳴が上がる。姿の見えぬ相手と対峙していた木の葉の忍が、ぎょっとした顔をした。 だが、それも仕方ないだろう。突然死体となって人が現れれば。 「な…何?」 木の葉の忍は上忍一人と中忍一人しかいなかった。恐らく二人の中忍はすでに倒されている。驚く二人の忍の前に、イルカは姿を現した。 さっと警戒態勢を取った上忍は、それが木の葉の暗部だったことに少しだけ安堵する。しかし、その面を見て、敵が現れた時と同じようにぎょっとしてしまった。 「おま…」 「奴らは霧を纏って現れる!目で見ず、気配で掴んで下さい!!」 イルカが印を結び、土遁の壁を作り出す! するとそこに何かがぶつかる音と、舌打ちが聞こえた。 「ここは俺が受け持ちます。あなた方は姫君の元へ」 「…わかった。行くぞ」 ここにいれば、イルカの邪魔になると感じた上忍は、小さく頷くと中忍を連れ、宿の方角に向かっていく。その彼らに向かって行く気配。 …させるか!!! イルカは飛び上がり、忍刀を一閃させる。 ざぁっと空気だけ切れ、敵は消える。 「ほぉ…?俺の気配に気づくか」 イルカの後ろから聞こえた声。イルカが身を沈めると、ぎりぎり敵の刀を避けることができた。 「ただの木の葉の暗部ではないな。お前」 若い男の声。【闇霧】の一員かと思われる相手は、ようやく姿を見せた。 「なるほどね…」 サイはすでに忍と交戦中の木の葉の忍の間をすり抜ける。よほどの苦戦をしてなければ、サイは手出しをしなかった。サイはこちらに気づき、向かってくる敵を、目で追うのも難しい早さで倒すと騒ぎの中心へと向かう。横目で交戦中の忍達を見ながら、恐らくこの常時にターゲットに向かっている【闇霧】の元へ。 今、木の葉の忍と戦っているのは、囮だ。 闇の霧を纏うのが、術によるものなのかはわかっていないが、ともかく姿を見せているということは、それができないか、許されていないかに違いない。 木の葉の忍と護衛達が姿の見える敵に気を取られている間、姫の命を奪う。闇の霧を使えば、それはいともたやすい。 自分に気づいた木の葉の忍が口を開いたのを無視して、サイは依頼人のいる部屋へと向かう。扉の近へ進むたびに、護衛をしていた剣士達の死体が累々と広がっていた。 間に合うか!? 悲鳴が上がる。サイは死体を飛び越え、依頼人の部屋へと飛び込んだ。 そこにいたのは、何人もの護衛に守られた姫と、悲鳴を上げて死んでいく剣士達。 何故彼らが死ぬのかわかっていないのだろう。誰もが驚愕に震え、青ざめていた。 ギィン!!! 「ひっ!?」 突然真横で聞こえてきた鋼の音に、剣士が悲鳴を上げる。 「突っ立ってるな!!!!邪魔だ!!!」 黒い面をした忍がひゅっと刀を一閃させれば、小さなうめき声が彼らの耳に届いてきた。 「な…」 「こいつらを目で見ようとするな!気配を感じろ!!!」 突然現れた忍に、姫や護衛達は驚愕を隠しきれない。だが、サイに取って幸いだったのは、彼らが完全に恐怖で支配されていないことだった。まだ残っていた理性が、サイと味方だと理解し、彼に任せれば大丈夫だという安堵感が少しだけ余裕を戻す。 一人…二人か! 「もう一人来るぞ!!!」 サイが忍刀を振ると、それを受け止める音が響いた。 護衛達はサイの言葉に構えると、敵の気配を感じ取ろうとし始めた。 始め、仲間が次々と死んでいく姿に同様したが、敵が姿を隠しているのだとわかれば、彼らは落ち着いた。忍や剣士、職業に違いはあれど、どもに戦う者。剣を握りしめている彼らの目に、闘争心が戻りつつある。 「ちぃ…」 「思い通りにさせるか!!!」 サイと対峙している敵が、その様子に歯ぎしりする。相手のチャクラが高まった。 術がくる!!! すっと後ろに引き、身構えたサイだったが、バァンと響いた爆発音が後ろから聞こえたことに驚いた。 「何っ…!?」 どうやら、護衛達によって倒された忍が自爆したらしい。まずいことに、それに何人かが巻き添えになり、姫を守っていた陣に隙間ができてしまった。 まずい!!! サイが姫の元へと飛ぶ。だが、それを見逃す敵ではない。 「!!!」 焼け付くような背の痛み。だが、サイはそれに構わなかった。 印を切り、水遁の術を発動させ、敵にぶつけると相手がぐわっと声をあげた。サイは姫の前に立ちふさがると、続いて来ようとする敵へと刀を向ける。 「ぐっ…ぐわぁっ!?」 何もない場所から火の手があがる。それは部屋を焼き尽くすことなく、どんどんと大きく揺らめいた。 「水遁はおとり…かっ!!!」 すうっと闇の霧が引き、炎に包まれた忍が現れた。サイの後ろで姫がひぃっと声をあげる。 忍の足下には、起爆札。 彼はそれを踏みつけてしまったのだ。 「だが…ただでは死なぬ!!!」 にやりと忍の唇がつり上がる。サイが印を切り始めたと同時に、敵の忍の体が爆発した。 ぐ…強い!!! はぁはぁと荒くなる己の息に、イルカは舌打ちした。 だが、目は敵の姿を追い求め、体が自然と動く。飛び上がった場所から、イルカを追うように槍が突き出てきた。 トラップ!!! いつの間にか自分は敵のトラップ地帯に誘導されていたらしい。真横から遅いかかるクナイを弾き、傍にあった木の枝に飛び乗った時、そこが爆発した。 「ぐっ!!!」 直撃は免れたものの、ダメージを受けたイルカは地面に落ちてしまった。焼け付くような痛みが全身を襲うが、そこでのんびりとする時間はない。 一切の手加減などなく、次々と襲ってくるトラップに、イルカは横腹から流れ出る血を手で押さえながら、動き出した。 「そろそろ終わりかな?」 それまで隠れてイルカを見ていた忍が笑いながら現れる。木を背にし、面の下でぜぇぜぇと息を吐くイルカに、ゆっくりと近づいてくる。 「…おっと」 「っぐっ!!!」 イルカがクナイを投げようとした左腕には、深々と敵のクナイが突き刺さった。 「油断ならないな…だが、それだからか?興味をそそられる」 くすりと覆面の下で忍が笑う。 「お前がどんな顔をしているかをな…その顔を奪い、木の葉に紛れ込むのもおもしろい」 忍の手がイルカの面に伸ばされる。その指先が面に触れた瞬間、空気を切り裂く音がした。 「っ…!?」 慌ててその場を飛び退いたが、腕や足を切り裂く細い糸。 「トラップ!?いつの間に!!!!」 イルカの周りに仕掛けられていた見えない糸。忍が、クナイを取り出した瞬間、腕にぎりりと糸が巻き付いてきた。 「!?」 ぶんとイルカの腕が動かされる。忍の手が勝手に動き、持っていたクナイが自分の太股に突き刺さる! 「ぐわっ!!!」 ひゅるっと再び空気が動き、糸が忍に向かって蠢く。 忍は太股に刺さったクナイを引き抜き、それをクナイで切り落とす。そして忍刀を構え、飛びかかってくるイルカを受け止めた。 ドォン!!! とっさに出した札が爆発し、覆面をした忍とイルカが吹き飛ばされた! どちらも声にならないうめき声を上げ、それでも再び立ち上がる。 「おのれ…!!!」 覆面をした忍がクナイを構え、イルカもそれに習う。先ほど持っていた忍刀はどこかに吹き飛んでいた。 ぶつかり合う火花。互いに血まみれだった。 「お前だけはっ!!!」 忍が叫ぶ。 「お前だけはここで殺す!!!!」 覆面をした忍が忍刀を抜き、イルカに飛びかかった!イルカが懐から札を取り出し、それを放つ! ばちばちとそこから電撃が現れた。 ドオオオン!!!! 辺りを揺るがすような地響きと光が響き渡った。 全身が焼け付くように痛い。 ぎりぎりと身を苛むそれに、イルカはもう止めてくれと叫びたかった。 …誰かが自分を呼んでいる。 だが、そちらに行きたくない。行けばこの痛みが増すことを知っていたから。だが、自分を呼ぶ声はいつまでたっても止まなかった。 …ふいに、その声の先に子供が見えた。 自分の名前を叫んでいる。 その子の頭は。 きんいろで。 青い瞳は。 なきそうで。 ナルト。 それは、自分が守ると誓った子供――― 「イルカ!!!」 「…サイ?」 ぼんやりと目を開けたイルカが見たのは、珍しくも焦ったようなサイの顔。 何が起きているのかわからない顔で、辺りを見渡せば、自分はベットの上におり、真っ白な天井が広がっていた。 「俺…」 「馬鹿野郎!!!あんな至近距離であの札を使う奴があるかっ!!!お前もう少しで黒こげだったんだぞ!!!」 「…あ…」 「あ、じゃねぇよ!!!このドアホがっ!!!」 気を失う前の状況を思い出して、イルカは少しだけ顔を青ざめる。だが、あの時もう手持ちの札はあれしか残っていなかったのだ。しかし、サイの言う通り、あの札をあんな近くで使うのは、無謀だったかもしれない。 「ごめん…」 ひどく心配をかけたのだろう。泣きそうに顔を歪めた彼にイルカは詫びた。 サイは膨れたようにそっぽを向く。だが、歩けるようだが彼の姿も包帯だらけだった。 「ドアホはそいつだけじゃないでしょう」 がらりと扉が開いて、若い女が部屋に入ってきた。 自分達とそう歳の変わらない、医療班の忍だろう。彼女は、あきれたようにサイを見る。 「自爆しようとする相手に印が間に合わないからって、それを自分の体で受け止めようとした人が。ウコン様が間に合わなかったら、死んでいたのは貴方の方でしょう」 「…うるさいな」 横を向いたままのサイに、イルカのあきれたような視線が注がれる。それしか思いつかなかったんだよ!と文句を言う彼に、ため息をつく人がいた。 「やーれ、やれ」 「!レツヤさん!」 外にも話が聞こえていたのだろう、見知った彼があきれたように現れた。 「うるせーぞ、サイ。声でかすぎ」 「…るさいなっ!」 「レツヤさん…何故ここに…」 「お前を拾ったのが俺だから」 「あ…」 「話せるってことはもう大丈夫か?カガリ?」 「ええ、そうね。まったく、3日も眠ったままだったというのに、意識を回復した途端これだもの。あいかわらず「黒の部隊」は化け物揃いだわ。あ、筆頭は貴方だけど」 医療班の女性の名はカガリというらしい。最後の言葉を向けられたレツヤは、はいはいと肩を竦めながらも、ご苦労様と彼女をねぎらった。 「あ、名乗るの遅くなったわね。私はカガリ。「黒の部隊」付きの医療班。ちなみにここも、「黒の部隊」専用。だから、顔とかは気にしないでね」 「あ…そっか」 それまで、面が無いことに気づいてもいなかったイルカ。彼はカガリの説明を聞いて、ふーっと目を閉じた。 「俺…助かったんだ…」 「全く…無茶ばっかりしやがって」 「何だと!!!」 疲れたようなレツヤに、サイがくってかかろうとた。 「でも…良くやったよ。お前達。依頼人を守って生きているんだからな」 そっとカガリが出ていった。任務の話に気を遣ったのだろう。 イルカは、そうだと任務がどうなったのか、声をあげる。 「依頼人は無事国についたよ」 「そう…ですか…」 「ったく…お前もか?イルカ?サイと同じ顔をするんだからな…」 「え?」 レツヤが、イルカの頭にぽんと手を乗せる。怪我に響かない程度に、乱暴に頭を撫でて。 「最後まで自分達が任務を完了できなくて、悔しいんだろう?」 「………」 そう。レツヤの言っていることはあたっている。 初めてのサイとの任務だったのに、結局はレツヤはウコンの手を借りてしまったことに。 もう「黒の部隊」に入って1年以上立つのに、まだ足手まといにしかならない自分が…悔しい。 黙ってしまったイルカにレツヤは優しく声をかける。 「お前ら自分がどれだけすごいことしたのか。わかってねぇだろ。【闇霧】が狙ったターゲットを無事守り通したことがどれだけすごいか。しかも、たった二人で。あいつらは一度狙ったものは、必ず外さない。それなのに…お前らはそれを見事成し遂げた。誰にでもできることじゃない」 「だけどさ…!!!」 「サイ、イルカ。お前達が早く他の仲間に追いつこうと、追いつきたいと思っていたことは知っている。だが、焦ったらだめだ。忍の世界はそんなに甘いものじゃない。焦りはミスを呼び、自分の命を危機にさらす。お前達はゆっくりでもいい、一歩一歩自分の命を守りながら前に進め。それが任務の成功にも繋がる。今回、お前達はそれを成し遂げた。最後、俺らに助けられたからなんだってんだ。一歩どころか三歩も四歩も進みすぎなんだよ。…少しは俺らにもいいところ残しとけってんだ」 がりがりとイルカの頭を撫でるレツヤに、イルカはうわっと悲鳴を上げる。 「本当に、お前達が無事で良かったよ」 レツヤの言葉に、イルカとサイはようやく笑った。 「全く、無茶をしおって」 「申し訳ありません」 憮然とする火影に謝るウコン。火影はお前のせいではないと、手を軽く振った。 「だが…よくも【闇霧】から守ったものよ。さすがだな」 「ありがとうございます…私も正直驚きました」 …サイの連絡を受けて、近くにいた部隊とともにそこへ向かったウコンだが、間に合うかどうかは微妙な所だった。 戦闘がある場所は二カ所。依頼人が止まっている宿から離れた所をレツヤに向かわせ、自分が宿に飛び込むと、敵と思われる忍が自爆する所だった。 それを自分の体で受け止めようとしたサイの前に、結界を張ることをどうにか間に合わせたウコンは、ほっと安堵のため息をついたのだった。 「して?イルカが目を覚ましたとか」 「ええ…医療班はもう大丈夫だと言ってくれました」 「そうか…それは良かった…」 ゆっくりと目を閉じた火影だが、次に目を開けた時、それは鋭いものに変わっていた。 「…して?イルカと戦っていた奴の死体は」 「…ありません。レツヤが駆けつけた時、見つけたのは倒れて気を失っていたイルカだけだったそうです」 「…生きているか」 「おそらくは」 死んだ【闇霧】達は一人も死体を残さなかった。死ぬときは自爆するように決められていたのか、それともさせられるようになっていたのかは、わからない。今だ姿を見せぬ彼らに対する不安はある。だが、その時はまた向かい打つだけだと火影は心で呟く。 「…しばらく里で休息をとるがいい。ウコン」 「はい」 本当に彼らが生きて帰ってくれて良かった。火影の優しい眼差しがそう語っていた。 (2003.6.18) (2003.6.24) |