知らぬが仏

緋桜様☆リクエスト



「はぁぁぁぁ…」

何故か酷く重苦しい雰囲気を漂わせ、とぼとぼと歩く青年が一人。
とある日の暖かかな午後。ずっと雨続きだった木の葉に訪れた久しぶりの晴天。だが、この青年にそれを喜ぶ元気はなかった。
彼の名はうみのイルカ。忍者の卵を育てるアカデミーの教師だ。教育に対する厳しさと優しさを持つ青年は、子供達はもとより、彼らの両親や同僚、果てには火影にまで認められているところではあるが。
ここ最近、とある問題児からも好かれるようになり、その疲労の影が日増しに巻いてきている。子供に対することならば、真正面から向き合い、どんな困難も乗り越えてみせる覚悟はあるが。
その問題児はイルカの想像を遥かに越えるもので。

「…帰りたくねぇ…」

滅多なことでは弱音を吐かないイルカをここまで追い詰める者は誰なのか。そう問いかけられると、彼の同僚達は顔を引きつらせて一様に黙り込むという。

そんなイルカが空いた時間を使って、隣の町に住む、風邪で授業を休んだ子供の見舞いの帰り、とある菓子屋の前を通りかかった。そこは創立五十年は越える老舗の菓子屋で、作る味は上品でかつ繊細な上、大雑把なのに味わい奥深さを感じさせると、大名達の間でも人気の店だった。当然火影もここの菓子が大好物で、時々火影の仕事を手伝うイルカがそれを賞味する機会に恵まれた時、この世にはこんな美味いものがあるのかと、正直感動したものだが、味も最高級なら値段も最高級で、イルカのような中忍には滅多に手に入れることができない。火影が呼んでくれるのを待つしかないというのも情けないところだが、そんな思いを篭めてちらりとその菓子屋へ視線を向けた時。

これはっ…!!!
ばっとその菓子屋と隣の家の隙間に入り込み、イルカは真っ青な顔でぜぇぜぇと息を吐く。

何故だっ!!!何故こんなところにっ!!!
このままではマズイ。つつーっとイルカの額から嫌な汗が流れて、体は強張っていく。なんとかしなくては!と思っているうちに、あの気配が近づいてくるではないかっ!!!

こうなったらっ!!
すばやく印を組みイルカは白い煙に包まれた。


「…あれぇ」

後ろから、ありがとうございましたとかけられた声に、どうもと軽く頭を下げ店から出てきたカカシはおかしいなぁと首を捻る。

「確かにイルカ先生の気配を感じた筈なんだけどなぁ〜」

ぼりぼりと、銀色の髪をかく顔の半分以上は隠されているという、見た目のみならず、行動もどこか怪しい男ではあったが、これでも里内外問わず有名な上忍で、彼の名を聞けば敵は震えがあがってしまう…名をはたけカカシ。しかし。

「俺がイルカ先生の気配を見逃す筈はない。絶対そんな筈はない」

何をとち狂ったのかこの上忍。一人の熱血教師に恋をして、公衆の面前で告白という常識外れのことをしてのけた。始めは冗談と取り合わなかった教師とその周りも。毎日押しかけては告白しまくり、授業中はもとより、職員室にまでついてくるというストーカーぶりに段々を顔を青ざめさせ、果てには悲鳴をあげながら逃げ回る教師とそれを追いかけるカカシに教師の不運のなさを同情しながらも、上忍の報復が怖くて同僚達は見てみぬふり。普通、ここまで来る前におせっかいな奴が一人や二人はいて、彼らの間を取り持つようなことをするのだが、それに敢えて立候補する者はいなかった。
何故ならば。
その有名な上忍が恋した教師は、男だったからである。


「っと…」
「きゃっ!!」

ばっと菓子屋から出たカカシに小さな悲鳴があがる。次にはその人物が尻餅を付く音。

あちゃ〜
イルカのことばかり考えていたせいで、前を通った人の気配を見逃してしまった。

「ごめんね。よそ見していて…大丈夫?」

髪の長い女性にそう手を差し出せば、その女性は驚いたように顔を上げた。
大きな黒い瞳がびっくりしたようにカカシを見ている。大方自分の格好に驚いているのだろう。とりわけ珍しいことでもないカカシはその反応を気にせず、怯えさせないようにっこりと右目を細める。

「怪我してない?手は?ああ…荷物ばらまいちゃったね」
「え…あのっ!いいです!大丈夫ですからっ!!」

鞄と袋を拾い上げたカカシに女性が慌てるも、カカシは気にしないでと土埃を払って袋を手渡す。だが、運の悪いことに袋の落ちた場所が少し濡れていたらしく、袋の隅が黒くなってしまった。

「ごめん…少し汚れちゃったかな」
「え…き…気にしないで下さい。洗えばすぐ落ちますから」
「…そう?ごめんね」

本当にすまなそうに謝るカカシに女性はにっこりと笑った。その笑顔があまりにも思い人に似ていたのでカカシは一瞬息を飲む。

何を見とれているんだ…俺にはイルカ先生がいるじゃないか!
そう自分に言い聞かせ、カカシが鞄の方を手渡そうとした時、その重みにぎょっとした。

……重い。
「?どうしました?」

鞄の端を持ったまま止まるという不自然なカカシに、女性が声をかける。う〜んとカカシが小さく唸り、くるりと顔を向けた。

「ね。行き先って近く?」
「え?」
「ああ…別にナンパとかじゃないよ〜そう警戒しないでよ」

行き先を聞いた途端、女性の目が険しくなったことに気付き、慌てて修正を入れると、まだ警戒した目ではぁ…と呟く。

「いや、この鞄結構重いから。途中まで俺が持つよ」
「え!?そ…そんなっ!!いいです!大丈夫ですっ!」
「ぶつかったお詫びだよ〜こっちかな?」

必死に女性が辞退しようとしてもカカシは取り合わず、さっさと歩き出してしまう。呆然とそれを見送っていた女性は、慌ててカカシの後を追い始めた。


「あの…本当に大丈夫ですから…」
「気にしないでよ。それにこれぐらいで俺の気が晴れるんだから協力してよ」

勝手なことを抜かすカカシに女性はどう答えたら良いのかわからず、曖昧な返事をし続けている。だがカカシが鞄を返す気配がないことに諦めて、しぶしぶ御願いしますと軽く頭を下げた。

「ところで、行き場所はこっちでいいんだよね?」

カカシの指さした方向を見ず頷いてしまった女性はすぐにしまったと顔を歪めた。カカシの指さしている方向には何もなく…いや正確にはただの道。木の葉の主要な建物が揃う街の方角で。

「…はい」

その辺でカカシから鞄を奪い返す機会を失った女性は力無く頷いたのだった。


「ところで名前を聞いてもいいかな?あ、俺ははたけカカシね」
「えっ…と」

街を出て静かな道を歩いていたが、女性は無口なのか自分から話しかけようとしてこなかった。紐がついている袋を手持ちぶたさに持ちながら、視線は遠くか自分の足下。決してカカシを見ようとはしない。

怖がられているのかなぁ…
何となく話題が見つからなくて名前を名乗ってみたけれど、その女性は視線を泳がせてなかなか口を開かない。きっと一般人の女性には忍というものに縁がないのだろう。

「あ、ごめん。気にしないで」

ちょっと声が沈んでいたかもしれない。自分でもそう思っていたら、女性もそう感じたのだろう慌てたように顔を上げ、あの大きな目がカカシを見つめ返した。

「私は…センラと申します」
「センラさん…良い名だね」

にこりと笑えば小さく頬を染めて俯く。そんな彼女の態度に可愛いと思うも、同時にダブる影。その度に頭を振るえば、カカシの奇妙な行動に彼女は首を傾げていた。

「どうかしました?」
「え?いや…別に…」

まさか想い人を思いだしてますなど言えず、カカシは誤魔化すように笑った。

う〜ん、おかしいな俺。
何故彼女を見る度にイルカのことを思い出すのかカカシにもわからない。風が吹くたびに揺れる真っ直ぐな黒い髪。あの人と同じ黒くて深い大きな瞳。先ほど笑った顔も何となく同じ雰囲気を感じる。太陽のように暖かくて、静かで大きくてとても優しい。カカシが惹きつけられたあの笑顔を持っている女性。違うのに、イルカとは違うのにどうしてこんなにもセンラを見る度にその姿が重なるのだろう。

「あの…カカシ…さん?」
「え?あ、ごめんごめん」

知らぬ内にセンラを見つめていたらしい。失敗を誤魔化すように笑いながら顔を逸らし前を見る。
最近カカシの頭にあるのはいつもイルカのことだった。イルカと始めて顔を合わせたのは受付所。ナルトがいつも五月蠅くイルカ先生と呼んでいたので彼の名前だけは知っていた。始めて受け持った七班の報告書を持って、まだ人影の少なかった受付所に入ると立ち上がった一人の男。

『初めまして。カカシ先生ですね?私はあいつらの担任をしていたうみのイルカと申します』

そう言って丁寧に頭を下げた。
その時の笑顔が忘れられなくて、何か遠くを見るような眼差しでそれでいて優しさに溢れた黒い瞳が、カカシの心の何かに触れた。その時はそれが何なのかわからなかった。一夜考えてもわからなかったのでもう一度会おうと受付所に行って。彼の顔を見た途端。

『好きです』

自分でも予想していなかった言葉がぽろりと出た。だがそれを耳にした時ようやく自分の気持ちがわかったのだ。

俺はこの人が好きなんだ…と。
だがそれを聞いたイルカや周りにいた奴らは信じなかった。ご冗談を。そう言って笑うイルカに本気を示す為に毎日毎日彼の元へと通い詰めた。最初は冗談が過ぎますよと返してくれた言葉も次第に消え去り、カカシの顔を見た途端イルカは逃げ出すようになった。イルカが逃げるから追いかけて、ようやく捕まえたと思えば仕事が忙しい、火影に呼ばれている…などなどの言い訳を言って再び消える。その騒動を知ったナルトには怒られるし、サクラとサスケはあきれ顔。顔見知りの上忍達も何を考えているのだと言われる始末。
実を言えば。
カカシは落ち込んでいたのだった。

自分の気持ちが迷惑で、好きな人がいるからと断ってくれればまだ納得できる。しかしイルカは逃げるだけ。それ以上の話もせず、いつも姿を消すばかり。迷惑だと彼の態度ではわかる。だが、どうして迷惑で何が嫌なのか、イルカは何も言ってくれない。まるでそのままカカシが忘れるのを待つように…
だからカカシも諦められない。納得できないから追いかけ続ける。しかしその追いかけっこも疲れてきていた。上忍の権威を使えばそれらはすべて解決するだろう。だが、イルカの気持ちを無視することは絶対にしたくなかった。だからこその告白であり、追いかけっこであるのに…

本当に何だかなぁ…もう…
最近では火影からも遠回しの忠告を受けた。お気に入りの中忍に妙な噂がかかるのが嫌なのだろう。はぁと疲れたような溜息が口に出る。がさりと鞄とは反対の手に持つ箱が鳴った。

多分…イルカと会うのが最後になるモノ。

「…何か悩みごとでもあるんですか?」
「え?」
「あ…余計なことですよね…でも…そのカカシさんがあまり辛そうなので…もし私でよければお話ぐらいは聞きます。その…鞄を持って下さるお礼として」

自分の申し出が迷惑でないのか迷いながら言ってくれたセンラ。言うつもりなどなかった。言ったとて彼女にどうすることもできないのはわかっていたし、何も変わらないと。だが、こんなことを話すのは見知らぬ他人だから良いのかもしれない。気心の知れた上忍どもには酒の肴にしかならない上、諦めろとの言葉が返るのみなのだから。

「じゃあ…聞いてくれる?」
「はい」

力強く頷いたセンラの顔に勇気を持ち、カカシは歩く速度を下げてゆっくりと口を開いた。

「俺ね〜好きな人がいるんだけどその人に嫌がられている見たいなんだ」

その言葉にセンラの足が止まった。何故か驚愕したような眼差しで見てくるセンラにカカシが首を傾げると、彼女は我に返ってすみませんと呟く。

「話しても…いいのかな」
「はい!ごめんなさい…驚いちゃって」
「うん?おかしかったかなぁ…一応本気なんだけど」

間延びしたいつもの口調。ふとそれが相手に真剣には聞こえないのかな?とカカシは考え込んだ。すると慌てたようにセンラが口を挟む。

「あの…どうぞ続きを…」
「うん。俺ね、あまり好きな人ってできたことないんだよね。気の置ける仲間とかはいるよ?こういう職業柄だし、背を預ける相手は選ぶからさぁ。でもそんな条件とか全部考えないで好きになった人って少ないんだよね」

そう。つねに戦いに身を置いてきたから、知らずの内に相手を見る目が厳しくなる。それは自分だけではなく、忍…得に上忍ならば尚更だろう。だからこそ、コピー忍者として他国にも名を馳せるカカシの周りには、彼と同等な力を持つ者達が集まる。その中にいれば一番安全で心地よい。だが、恋というものはそれをすべて蹴散らしてしまう。だからこそ最初はわからなかった。何故自分がイルカを好きになったのか。

「その人は自分にないものを持っているんだ。暖かくて大きくてとても深くて優しい。それを持つのは容易なことじゃない。名を馳せても、力があっても、金を持っていても、容姿が優れていても手に入れられるものじゃないから。欲しいと思っても得られない。得に俺のような人間にはね。だから憧れた、欲しかった…いや責めて傍に居たかったのかな…こんなふうに言葉にできたのは最近のことなんだけど」

センラはカカシの言葉を真剣な面もちで黙って聞いていた。小さな手が強く握りしめられている。それに苦笑しなら、でもねと溜息をついた。

「その人は別に俺のことを好きじゃない。多分…俺が担当している生徒の先生としか思っていないと思う」
「…それが苦しいんですか?それが…辛いと…」
「そうじゃないよ。いや…ないとは言えないけど。人の気持ちなんて強制できるものじゃないから、その人が俺を好きにならなくても仕方がないと思うんだ。答えてくれれば勿論嬉しいけど。ただ…」

ふっと笑った笑みはとても苦くて。自分の弱さを言うようで一瞬躊躇う。

「好きだと言ったんだ。でも本気だとは思ってくれなかった。最初はそれも仕方がないと思ったんだ。会って間もなくだし、その人は俺のこと何も知らないし…でも冗談でしょうと言われた時はきつかったなぁ…だから俺は何度も本気だって言ったんだけど全然取り合ってくれない。そればかりか…ようやく本気らしいって気づいた途端いつも俺の前から逃げ出すんだ」
「…」
「嫌いだと。答えられないと言ってくれればいいのに、その人はいつも逃げる。何の答えもくれずに俺の顔を見れば真っ青な顔で。最近じゃ俺の気配を感じただけで雲隠れ。唯一その人と会える場所…任務の報告を受け取る場所なんだけど、俺の来る時間になるとどこかに消えるんだ。ここまで来るとね…さすがの俺でもへこむよ」
「…カカシ…さん…」
「でも俺諦め悪いし、納得できないからその人を捜すんだけど…なんか…もう疲れて来ちゃって」

ひょいっと菓子箱をセンラに見せて笑う。

「謝って諦めようかなって思ってるんだ」
「…っ…!」

センラと始めて会った時と同じように笑うカカシ。だがセンラにはわかる、カカシが今にも泣き出しそうな顔をしていると。それがわかるからこそ、センラは手を握りしめて、血がでそうになるほど強く握りしめて。

「なんで…貴方が謝るんですか!菓子折なんか持って!!謝る必要なんて…ないじゃないですか…」
「う〜ん、でも迷惑かけたし。ここの菓子が好きらしいってこと聞いてさ〜最後ぐらいは喜んでくれるかもしれないし」
「何で…だって貴方は悪くない…自分の気持ちを伝えただけでしょう?なのに…」

ぼろぼろとセンラの大きな目から涙が溢れていた。なんで最後の最後まで相手のことばかり気にかけているのだろう。最後は笑ってくれるかもしれないからと言って、一度も答えてくれない相手の好きなモノを捜して。
なのにカカシはそれを思い描いて笑っている。その笑顔が…あまりにも悲しい。

「そんな卑怯な人のために…貴方が傷つく必要なんてないのに。貴方が…悲しむ必要なんてないのに…」
「うん…それでも好きだから仕方がないかな?」

止まることのないセンラの涙を指ですくう。綺麗な涙だった。自分の為に流してくれた涙。綺麗で…綺麗すぎて。
思わずそれに口づけた。
頬に触れたカカシの唇にセンラは驚いたように目を開く。左目に額宛を付けたままだが、始めて見るカカシの素顔。


「ごめんね?イルカ先生」

センラが大きく息を吸い込んだ。なんで…と言いたいのに言葉がでない。口をぱくぱくと開けるセンラを見てカカシは笑う。

「そりゃぁ好きな人だからわかりますよ…って気が付いたのはついさっきなんですが」

申し訳なさそうに笑うカカシにイルカは言葉に詰まる。ぼんっと煙が立ち、イルカは変化を解いた。

「会った時から似てるなぁと思ってはいたんですが、その目つきとか雰囲気とか妙に貴方と重なりすぎて…よくよくチャクラを探ってみればイルカ先生じゃないですか。驚いちゃいました」

何も言わず目線を下に下げたままのイルカ。きっとセンラという女性になってカカシの心情を聞いてしまい、居たたまれないのだろうとカカシは思った。最後まで気付かない振りをしていれば良かったのだろうか。街に入って鞄を渡して、さようならともう二度と会わない人として。しかし…あの涙を見てしまったら体か勝手に動いてしまった。ぽろぽろと溢れる滴のように漏れていた涙。
自分の為に流してくれた涙。
それを見たら…ただ頬を伝い、落ちていくのが勿体ないと嬉しい気持ちを押し殺しながらそっと触れたのだ。

「ということで、はい。イルカ先生」
「え…?」

差し出された菓子箱にイルカは困惑する。まだ頭がついていっていないのだろう、カカシは押しつけるようにそれを渡す。
そして。

「今までごめんなさい。もう貴方にご迷惑はおかけしませんから」

ぺこりと頭を下げてカカシは歩き出す。

次第に遠くなっていく背中。けじめをつけるように一度も振りかえることなくイルカから離れていく。

どんどんと開いていく距離は、自分達の心の距離を見せているようにも見えて。
イルカは叫んだ。

「待ってくださいっ!!!カカシ先生っ!!!」

カカシの前に走り込み立ちふさがるように彼の目の前に現れる。右目が驚いたように目を開き唇を噛みしめるイルカを見ていた。

「イル…」
「俺はっ!!貴方が思っているような奴じゃないっ!!!」

何故だろう。こんなに悲しいのは。胸の中が抉られるように苦しいのは。
あんな…悲しそうに笑うカカシの顔を見たせいなのだろうか。

「俺は…卑怯なんです。貴方の告白を聞いて本当に最初は冗談だと思いました。でもすぐに貴方の目が真剣なことがわかったのに気付かぬ振りをしていたんです。そう言っていればいつかはそうですよと言ってくれる気がしていて。貴方はナルトの先生だからあいつのことを時々聞きたかったから、今の関係を壊したくなくて…でも貴方はいつまでたっても頷いてはくれなかった。そんな俺は同僚達が同情してくれていることを利用して、徹底的に貴方から逃げることにしたんです。そうすれば頭を冷やした貴方はこれが馬鹿馬鹿しいことに気付いてくれると思って…」
「…」
「俺は自分のことばかり考えていて、貴方の気持ちを考えたことはありませんでした。なのに…女性に変化してまで逃げようとして、その癖悩みがあるなら話せと…傲慢で卑怯な…俺はそんな奴なんです」

すうっと息を吸い込み、イルカは頭を大きく下げた。

「申し訳ありませんでした。カカシ先生」

イルカは頭を下げたまま動かず、カカシも言葉をかけなかった。
ただ二人の間を吹き抜ける風や小鳥の声が鳴き響くそんな時間がしばらく流れた。イルカはカカシが何か言う迄頭を上げる気がないらしい。ずっとそのままの体制でカカシの言葉を待っている。非難でも軽蔑でもすべて受けると。今度こそは逃げずにそれを受け止める覚悟だった。

「…イルカ先生」
「はい」

静かにかけられた声は頭を上げることを願っていた。それを察したイルカはゆっくりと顔を上げ、ただ静かに自分を見るカカシを見つめ返す。久しぶりに真っ正面から見たカカシの顔。

一発ぐらい殴られるだろう。拳を握ってその時を覚悟していたイルカにかけられたのは。


「貴方が好きです」


「……へ………」

まさかそんなことを言われるとは思っても見なかったイルカは、あっけに取られる。だがカカシの目は真剣で、先ほどの言葉などから考えてもこれが嘘だとは思えない。


でも何故。俺はあんなに酷いことをしたのに…
「イルカ先生が自分のことをどう思おうと、俺は先生のことが好きなんです。子供達に笑いかける顔や、叱る顔。小さな頭を撫でる手。貴方はそのすべてが暖かいから。俺は…貴方のことが好きなんです。イルカ先生」


あまりにも優しい目でイルカを見ながらそう言うカカシにイルカは見とれてしまう。見返りなど期待していないような、ただ純粋に向けられる好意。ただイルカを想っているだけの…

ただ俺を好きな…

それを深く認識した途端。イルカの顔が傍目からわかるほど真っ赤に変わる。

「あ……あの…そのっ…」
「はい?」

イルカの答えを待つカカシは、しどろもどろになっているイルカに首を傾げる。だが、軽いパニックに襲われているイルカは自分がどうすれば良いのかわからなくなっていた。だから思いついた言葉をそのままに言う。

「……ありがとうございますっ!」

そう口走り、自分は一体何を言っているのだろうと顔を青ざめさせる。今まで散々逃げ回っておきながら、再度告白されてありがとう。それはないだろうと。
赤くなったり青くなったり、ころころと表情を変えるイルカが可笑しくてカカシは小さく笑った。

「イルカ先生?」
「は…いっ!?」
「取りあえず、嫌われてはいないと解釈していいんでしょうか?」
「えっ!?はいっ!それは勿論…」
「良かった。ちょっと安心しました」

にっこりと今度こそは心から笑ったらしいカカシを見てイルカは何だかほっとした。もうあんな目をするカカシは見たくなかった。寂しそうな諦めたような目をするカカシは。

「それじゃ、帰りましょうか。イルカ先生」
「そうですね…ってこの手は何ですか!カカシ先生っ!!」
「え〜?手を繋ぐぐらい良いじゃないですか。それにさっきから思っていたんですけど、何でカカシ先生なんですか?センラさんの時はカカシさんて呼んでくれたのに…俺そっちの方がいいなぁ…」
「なっ!?あれはっその場の状況というか…雰囲気というか…とにかく!カカシ先生はカカシ先生です!」
「え〜」
「え〜じゃないです!早く離してください!」
「…センラさんの時はすごい親しげだったのに…」
「全然違います!!!」

先ほどまでの雰囲気は何のその、 ぎゃあぎゃあと言い合いをしながら歩いていく二人。彼らの手が離れるのはもう少し後だった。



「…これは…あいつのか」

上忍達が休憩する部屋で、椅子の上に置かれている見覚えのある表紙。人生の書と宣言している男が、これを忘れるなんて珍しいなと思いながら、アスマはなんとなしに手に取る。そしてページの上の方が小さく居られている場所を開いて見た。


『どうしていつも彼女は俺に冷たいんだろう…俺は彼女のことをこんなに愛しているのに』
『お前はな好きだと言い過ぎるんだよ。そんなにあいつの気持ちを確かめたいんなら、たまには引いてみることも必要だぞ?そしたら必ず心配になってあっちの方から何らかのアプローチがある筈だ』


「………ふぅ」

ぱたりと本を閉じて元のあった場所に置いておく。すうっとタバコの煙が宙に消えていった。


知らぬが仏。

(2004.5.19)



初の女体変化で、お待たせ過ぎというご迷惑をおかけしたお話です。女性がイルカ先生だと気付かなければ浮気ネタになったかなぁ…など思いながら、結局はカカシの方が一枚上手で締めとなりました。緋桜様リクエストありがとうございました!

(2004.5.19)