「イルカ先生さよならぁ」 「おう!気をつけて帰れよ!」 小さな手を一生懸命に振る子供達に笑顔を返し、イルカは門から離れた。そこへ空から聞こえた鳴き声。 ぴるるるる… 一羽の鳥が空を旋回しながら飛んでいる。それを見たイルカの目が一瞬細められる。 「先生さよならぁ」 「ああ!寝坊するなよ!」 「しないよっ!!!」 むくれた顔の子供の頭を撫で、アカデミーに戻るイルカ。次々とすれ違う子供達に暖かな笑顔を振りまいて… そして、その子供達がすべて居なくなった頃、イルカが小さく呟いた。 「…行くか」 そして、イルカの姿は消え去った。 「よっ」 「サイ。早いな」 「ちょうど、火影様のところにいたんだよ。運の悪いことに」 「何が運の悪いじゃ。馬鹿者」 ごちんとサイの頭を煙管で殴った火影は、頭を押さえ、うずくまるサイを睨んだ。 「いつまで経っても口の減らない奴だ」 「火、火影様っ!痛いじゃないですかっ!」 「自業自得だろ」 「イルカっ!!!」 涙目になっているサイを見て、イルカは小さく笑って火影の方へ向き直る。 「それで、いかがしましたか?」 「うむ、お前に手紙が届いて居る」 「手紙…?ああ、ツバキからですか?珍しい」 「げ?あいつから?ってことはろくなことじゃねぇなぁ…」 サイの言葉に二人は反論せず、無言で肯定をしめした。イルカは見るのが嫌だなぁと思いつつ、ぱらりとそれを広げ読む。途端、うっと顔をしかめた。 「…なんじゃ」 「何だよ」 聞きたくないが、聞く二人。イルカは薄く笑いながらそれを読む。 「『趣味の悪い動物実験をしていた奴らと、動物の始末は完了!でも一匹見つからないのよね〜しかも、それ赤丸つけられていた要注意だった奴みたい〜こっちは後始末で忙しいから、あとよろしく!』…ツバキ…」 「あの女ぁぁぁぁっ!!!何がよろしくだっ!!!こっちに面倒押しつけや勝手ぇぇぇぇ!!!!」 怒り沸騰中のサイに、やれやれと火影が肩を竦める。 「で?どこに逃げ込んだのか予想はついてるのか?」 「はい。えーと…地図が入ってますから」 ぴらりとそれを広げ、確認したイルカは再度ため息をついた。 「イルカ?」 「どうやら、相当めんどうなことになりそうですね…」 イルカが口に出したのは、火の国でも5本の指に入る大きな街。 「逃げ込んで大人しくしていればいいんですが、そうもいかないでしょうね」 何しろ、肉食の獣ですから。 それを聞いた火影の眉が寄った。 「今のところ被害の報告は来ておらぬ。じゃが…」 「わかっています。人が襲われる前に見つけます」 すっと頭を下げたイルカに習うサイ。火影が頷いたのを確認した後、二人の姿は消えていった。 あとはよろしく。 手紙には軽く書かれていたが、その内容は重い。それはもしその獣が人を襲ってしまったら、任務は失敗してしまうからだ。 ツバキが自分の部隊を率いて着いた任務は、動物実験を繰り返す研究所を消すことだった。何をしたいのか、次々と奇形の動物を作り出す研究所に、火の国の大名が危険性を感じ、それをつぶすことを依頼してきた。だが、研究所は山深い場所にあり、おまけにその山に生み出した動物を放しているという。ツバキ達はその動物が里や街に降りないよう、捕まえ、隔離し、あるいは命を奪って研究所へ向かったのだが、研究所の内部資料を調べてみれば、動物が一匹足りないことがわかった。必死でそれを追跡すれば、場所は街の中。 しかし、あまり広い街。捜索に時間がかかることが予想できた。だが、そうすれば確実に被害が広がるだろう。そう思ったツバキは、イルカの元へ連絡してきたのだった。 「…全く」 サイは街を見下ろしながら、めんどくさそうに呟いた。横でそれを聞いたイルカは苦笑する。 「文句が多いな、サイ」 「当たり前だろう。何でわざわざ俺達が…」 「普段彼らに負担をかけている。文句は言うな」 「…わかっているさ」 そう、普通なら、サイも部隊を引いて「黒の部隊」の任務を遂行しなくてはならない。だが… 「もっと早く言えってんだよ」 ぐしゃぐしゃと髪をかいて呟いた彼に、イルカは笑った。 「さて…行くか?」 イルカが手に持つ黒い面をつけ、サイもそれに習う。 暗い闇夜の中で、五色の紐がふわりと揺れた。 ぜはっ、ぜはっ。 その四本足の獣は、使われなくなって久しい建物で荒く息を吐いていた。鋭いかぎ爪がある前足にはクナイが突き刺さり、血だまりを作っている。 ぜはっ。ぜはっ。 息を潜め、獣は外の気配を探る。 血が止まらない。 ずっと追いかけられて、この街に逃げ込んで、ようやく逃れたと思ったのに。あまりに腹が減ったため、狩りをしようと出たのが悪かった。襲おうとしていた生き物の悲鳴を聞きつけて、あいつらがやってきてしまった。そして自分に… ぜはっ。ぜはっ… べろりと血をなめり、ぐうっとうなって、冷たくて固いものをどうにか引き抜いた。 獲物が欲しい… 腹が空いているからではない、この体力を回復するために、獣は何かを口にしなければならなかった。 山にいた所と違い、獲物が自分の前を警戒もせずに通っている。だが、慎重に動かなければ、またあいつらが来てしまう。 獣は血が止まったことを確認して、のそりと動きだす。山にいた頃よりも警戒し、注意深く。外が完全に暗闇に覆われたのを確認して、獣は外に歩き出した。 街に着いた二人は、闇の中に隠れながら、意識を街全体に飛ばしていた。 ふっ… ソウの意識に何かが触れ、彼は面の下で目を開ける。 「…シキ様ですか?」 どこか緊張したように現れた一人の忍。彼は膝をつきながら、未だ意識を飛ばしているシキをそっと伺った。 「お前は?」 「はっ、私は 【白】の部隊【セツ様】の配下のものです。【セツ様】のご命令でこの街で例の獣を探しておりました」 何も言わないシキの代わりに、ソウが男に尋ねる。男の言葉にソウは小さく頷いた。 「一人でご苦労だったな。私はソウ。手がかりはあるか?」 「はっ。昨夜、獣に遭遇した時傷を負わせたかと」 男の言葉が緊張に包まれる。それは、獣を見つけたのに始末できなかった失態と、【黒の五色】の【青】を名乗ることを許された人物と直接会話しているせいだ。 直属の上司である【白】の【セツ】でさえ、言葉を交わすことがまれなのに、それも他の【黒の五色】なら尚更のこと。しかも、【青】の【ソウ】は【シキ】の右腕と呼ばれていると同時に、ほどんど姿を現さない謎の人物としても有名だったからだ。男はそんな彼に出会えたことに体の隅々まで、緊張しているのを感じる。 シキが何かに目を開けたらしい気配を感じ、ソウは彼をちらりと見た。 「傷を負わせたと言っていたな。ということはお前は獣の気配を知っているな」 「はい」 「手傷を追わせた場所に案内してくれ。その後のことはそこで決める」 「わかりました」 ソウがぼそりと呟き、シキが頷いた。それは「黒の部隊」に所属する男にも聞こえない、小さな声だった。 「行くぞ」 ソウの合図で三人が飛んだ。 柔らかい…肉だ。 獣は自分の前を素通りする二本足の獣を物陰からずっと眺めていた。自分がいることなど気づかず、歩き、簡単に背を向ける。こんな馬鹿な獣がいるかと笑いたくなるほどに。 だが、うかつには出られない。もし、しくじったら…昨夜のように真っ黒な奴がくる。そいつらは、こいつらと同じ生き物のはずなのに、全く違う。自分が住んでいた山の獣と同じように、牙をむく。しかも強い。 真っ黒な奴らが山に来たとき、自分はすぐ身を隠すことに決めた。絶対に狩られる。そう本能で感じたから。だが、自分が逃げたことに気づいた奴らは追ってきてしまった…幸いにも、人数は少ないようだったが… ガシャーン! 何かが割れ、怒号が響く。獣はすっと目を細め、暗がりを静かに歩いていった。目の先には、怒鳴りあう二本足の獣が二人。雄と雌か。 獣は唇を舐めた。もちろん、どちらも狩るつもりだが、最初に食うのは肉の柔らかい雌がいい。しかし、雄に逃げられたら面倒だ。 まず雄に牙を突き立て、雌を狩ろう。 「いいかげんにしてよ!!」 「なんだと!!!」 じりじりと近づく獣に気づかず、二人は暗がりに移動していく。 好都合だ。 辺りには、他の気配は感じられない。獣の目が光る。 獣は一気に距離を詰めた。 「「!?」」 男の後をついていっていた、シキとソウはびくりと足を止めた。 「シキ様?ソウ様?」 怪訝そうに振り返った男に、二人は何も答えず、辺りを伺う。 「感じたか」 こくりと頷いたシキ。その瞬間、二人は走り出す。 「シキ様!?ソウ様!?」 どこへと言いかけた男だが、すぐ理由に気づく。今いる付近から、昨夜の獣の気配がすることに。 これに…気づいたのか!? じっくりと探らねばわからぬような、異質な気配。ほとんどこの街と同化している獣の…この気配に! 男は、もう目から消えようとする二人の後を慌てて追った。改めて【黒の五色】を名乗る二人の忍の力を感じながら… 「うわっ!?」 「えっ!?何!?」 女に突き飛ばされて、よろめいた男だが、突然肩辺りに鋭い痛みを感じ、声をあげた。女も、突然横切った影を追って目を動かす。 「うわっ!?血!?」 「え!?ちょっと何っ!?」 女が男にしがみつき、不安そうに辺りを見回した。だが、あの影らしき姿は見えない。男はがたがたと震えだしながら、女の肩を掴んだ。 「なっ何だよ一体…」 「ちょっとあれっ!」 女が指差したのは、一匹の動物。姿は見えないが、大きさは中型犬ぐらいだろうか。 「犬っ!?野良犬かよ!野良犬の分際でよくもっ!!!」 腹を空かせた犬が襲ってきた程度にしか思わなかった男は、震えた自分を恥じるように、一歩足を踏み出す。 「この俺に…って、え?」 じゃり。 その獣が一歩踏みだし、男に近づく。 そして、その異様さに始めて気づいたのだ。 「な…だんだよ…これ…」 建物の隙間をぬってこの場所を照らす、わずかな街灯の光が見せたのは、頭はは虫類、体は犬、前足は鋭いかぎ爪で覆われていた。 べろんと蛇のように長い下が自分の唇を舐める。瞼のない、は虫類特有の目に見つめられ、二人は悲鳴を上げた。 「なんだよこれっ!ひぃっ!!!」 「きゃぁぁぁっ!!!!」 獣に飛びかかられ、男は地面に倒れる。首にあたるなま暖かい息… 「うわぁぁぁ助けてくれっ!!!」 獣を振り落とそうとしても、爪が体に食い込むだけで、男は恐怖と痛みに悲鳴を上げた。横で立ちつくす女は、顔を青ざめ、がたがたと震えている。 「いやだぁぁぁっ!!!」 「きゃぁぁぁぁっ!!!」 ザシュッ!!! がくりと男の首が落ちる。それを見つめていた女が意識を失い倒れた。 「どうにか間に合ったかな?」 「グシュルル!!!」 獣が怒りの声をあげた。あと一歩であの獲物の首に食らいつくはずだったのにっ!!!それをっ!!! 「怪我はしてるが生きてるぜ?シキ」 ソウの言葉に頷いたシキは、獣と対峙する。 「あれが…ね。なるほど、異様だ」 ソウの声に獣がうなり声をあげた。 シキが忍刀を握りしめ、獣に向かう。獣は戦闘態勢のままだったが、ふいに姿を消した。 「!?」 「上だ!シキっ!!!」 ギィン!!! 獣の爪と刀がぶつかる。 シキがそれを横に振り、くるりと体を回すと、獣は建物の上に飛び上がる所だった。 「逃げ足が早い…」 シキが指文字で何かを伝え、ソウが頷いた。 「この二人の記憶操作はやって置く。行け」 シキが飛んだ。 獣は逃げた。何てことだ!何てことだ!!! 一度ならず、二度までも!邪魔をされた!しかも、今回の相手は… 獣は自分を追ってくる気配に、低く唸る。このまま逃げても殺されるだけだ。ならば… 早いな… 実験の末いろいろな動物の長所だけを融合させられたのだろう、逃げ足も早いが、先ほど自分に向かってきた爪の固さと鋭さに内心驚いた。そして、その知能にも。 獣が逃げたのは、自分にはかなわないと思ったからだろう、見栄やプライドなど捨てて、生き残ることを最優先させた。その判断力は人間に近いのではないのだろうか。ただ、獲物を食らう獣ではない。 あんなものを野放しにすれば、どうなることになるのか… しかし、それを作ったのは人間なんだよな… 不条理だ。それがわかっていても、シキがするべきことはただ一つ。任務を遂行するだけだ。 恨むななんて言わない、憎むななんて言わない。 そして、悲しんだり同情したりしない。 「黒の部隊」のシキは… ん…? いつの間にか獣は屋根の上に立ち、自分を見ていた。 胸をあげ、こちらを睨み付けている。シキと戦うことを決めた、堂々とした姿。 それを見て、シキも一度立ち止まる。そして彼と獣は同時に動いた。 「なんだ…?」 男の手当をし、気絶している女とともに記憶の操作を施す。その作業を終えたソウは、立ち上がり、空を睨んだ。 何だこのなま暖かい気配… 「ソウ様!」 自分たちを待っていた忍が、ようやくソウを見つけ横に降りてきた。探しましたよと、彼が一瞬肩の力を抜いた瞬間。 「どけっ!!!!」 ソウがクナイを放つのと、それが忍を襲うのは同時だった。 「ぐわっ!!!」 「ちっ!!!」 勝手に体が動き、致命傷は免れたものの、忍は背中に大きな傷を負う。ソウはクナイを爪で受け止めたその動きの隙をついて、忍に駆け寄り、その体を肩に担ぎ上げた。 「グワルルルル…」 「お前っ!!!」 それは、先ほど逃げたはずの獣だった。シキが追ったはずではなかったのか。何故と理由を考える間もなく、獣はソウに向かってくる。 「ちいっ!!!」 忍を担いでいるため、動きが重くなった。鋭い凶器と貸している爪をどうにか避けたものの、思いの外早い動きに内心舌を巻く。 「う…」 「動けるかっ!?」 「はっ…はい!」 少しの間、意識を飛ばしていた忍が声を出したのを確認し、ソウは忍を下ろす。そして、忍刀を抜くと、獣に向かってそれを振り上げる。 「グルル!!!」 キィン。 忍刀がはじかれ、空に舞う。にやりと獣の目が笑ったようだったが、ソウは始めから忍刀で獣を倒そうとしていた訳ではなかった。 素早く印を組む。 ゴオオオッツ!!!! 「ギャワァァ!?」 ソウが放った火遁の術に獣は驚く。まさか炎が出てくるなど思っても見なかったのだ。そのため、まごつき、獣が一瞬目を瞑った瞬間。 ガキン!!! 自分のすぐ傍から聞こえた音。 慌てて目を開けば、すぐ目の前にソウの姿。 チャンスだと前足を横に振るが… それはソウに届かない。 何故だと獣の目が見開かれる。 片方の前足が…ない。 「ギャァァァァァ!!!!」 それを認識した途端襲う激しい痛み。獣は悲鳴を上げた。 痛みのあまり、暴れまくる獣。このままでは、騒ぎを聞きつけて誰かが来てしまう。ソウは獣から離れ、手を素早く動かした。背に傷を負いながらも、気を失っている男と女を守っていた忍は、はっと顔を上げた。 「ソウ様!?」 ゆらりと揺れた視界。慌てて伸ばした手は、ばちんと弾かれる。 結界。 「ソウ様!!!」 己と獣を封じ込めたそれに、忍は何も役に立たない自分に唇を噛んだ。 「くっ…そっ!!!」 その悔しさは、背に受けた傷よりも、何倍も何倍も苦しくて痛かった。 …おかしい。 闇の中、獣と相対していたシキは、眉をひそめる。 ギィン! ぶつかり合う、爪と刀。だが、先ほどよりも手応えが軽い。おまけに、この獣から感じる殺気は… 獣から離れ、もう一度よく確認しようと目を凝らす。だが、暗闇の中、見えるのは獣の目とシルエットだけ。シキが自分から離れた途端、獣は動きを止めた。そして先ほどのように胸を張り、こちらを見下ろすように首をあげる。 …違う。何かが違う。 最初見た、あの獣とは何か… 「お前は…何だ」 いつもなら、自分の代わりに口を開くソウはいない。そのため、シキは仕方なく言葉を発した。 その声に、ぴくりと獣が反応する。 「お前はあの獣ではないのか?」 言ってみて、妙にしっくりした。そうだ。違う、この獣は… 「アレを知っているのか」 驚くことに、獣がシキに答えた。獣は、シキの殺気が少し収まったのを感じ、ゆっくりと近づく。だが、すぐにその場から離れれる間隔を置いて。姿を見せたのは、あの獣と同じ姿だが、その色は白かった。そして、野生の本能のまま動く獣と違い、この白い獣の目には知的な輝きが読みとれる。 「お前は…」 「ワレはアレを追ってきた。探している。どこだ」 「その前に、お前が何かを聞きたいが」 その問いに、獣は何か考えているようだった。 「アレはワレと同じく生まれた。アレとワレはもとは一つだった、同じモノだった」 「同じモノ…?」 「だが、アレはワレと離れてから暴走し始めた。狩るのが喜びとなった。ワレはそれが嫌で消えた。だが、アレがあの場所を離れた。だから追った」 「追ってきた…?だが、あの山から逃れたのは一匹だと聞いていたが」 「…ワレとアレは同じ狩るものだった。あの場所から離れたモノを狩れと言われた。だがアレは離れなくても狩るようになった。だから、アレはあの場所に置かれた」 この獣の答えは簡潔で、それを理解するのに、しばし考えねばならなかった。 「お前は…いやお前達は、あの研究所から逃げた獣を消す役目を持っていたのか?だが、あの獣が命令を聞かなくなったから、狩る獣と一緒に山に放たれたのか…」 「ケンキュウジョ?なんだ?それは?あの四角いものか。ならば、そうだ」 「そうか…」 あの動物実験場で生まれた動物たちが、外部にでないよう、この獣たちに始末をさせていたのか。 どのように命令させていたのかは知らないが、それだけを忠実に守り 生きている目の前の獣… マルデジブンダチノヨウニ。 「アレはどこだ」 はっと我に返ったシキが答えようとした時。 「!!?」 街の中、高まるチャクラ。ばっと振り向いたシキは、獣を見つけた場所に結界が張られたのを見た。 「ソウ!?」 「!アレの声!」 獣とシキが走り出す。もう、この獣が敵ではないとわかったシキは忍刀を鞘に治めた。 「まずい。アレが暴走する…!」 「そうしたらどうなる?」 「アレの体には狩るモノを消すものが入っている」 「狩るものを消す…?」 「牙で喉をかみ切られる以上の苦痛。白いモノが黒く変わる。それは食うことができない」 「毒!?」 「お前達の間で何と言うのかは知らないだが、近づくだけで気分が悪くなる」 ぎりっと獣の擦り合った牙の音が聞こえる。 「暴走するとアレは消すモノを周辺にまき散らす。一度ワレもそれを浴びて動けなくなった」 「それほど…強力なのか」 「アレを浴びた場所は、何も育たない。他の獣も近づかない。アレを止めるには、殺すしかない」 ダンッ! 獣が高く飛び上がる。シキもそれにならった。 「急がないと」 獣の言葉がぞくりと背筋を突き抜けた。 ぐらり。 「っ…」 ソウは自分の体が痺れていることに気づいた。ぎゅっと、先ほど弾かれた忍刀を握りしめて見る。 掴めた。 まだ…大丈夫だ。 戦えることにほっとしながらも、この不利な状況をどう看破するか。ソウの頭が目まぐるしく回る。 「ぐうるるるる…」 ぴしゃり。 無くなった前足から、出るおびただしい血。だが、それは本来の色をしていなかった。 赤紫色。 …毒かよ。 前足を切り落とした時、それを浴びたせいだ。こんな体になったのは。 毒の中でも、空気感染や皮膚感染が一番質が悪い。この毒がどの程度で、危険性がどのぐらいあるのかは知らないが、治療に費やす時間など今の自分にはない。 獣の目がソウを捕らえる。 獣がソウに飛びかかって来る! 「シキ様!!ソウ様がっ!!!」 シキの姿を見て、駆け寄ってきた忍は、隣に降り立ったもう一体の獣にぎょっとした顔になった。だが、シキが大丈夫だというように頷いたのを見て、落ち着く。 「ここか…?何だ入れないのか」 シキは獣に答えようとしたが、そこに忍がいることを思い出し、指文字を使って指示を出す。 「この二人を避難させるのですね?わかりました」 気を失っている男と女を抱え、忍はこの場から消え去った。シキはそれを確認すると、結界に向き直る。 「これは中にいる俺の仲間が、これ以上逃げたりしないよう、あの獣を中に閉じこめたものだ」 「そうか。ならばこの中にアレがいるのか。で?どうやって入る」 「それは…中にいる奴が入れてくれるか…」 「入れてもらえ」 当然のように、言う獣。だが、その返答にシキが詰まる。 ソウが自ら気づいてくれれば、問題はない。だが…戦闘中であれば、気づいていても手が回らないだろう。 だとしたら、方法は…この結界を破るしかないのだが。 「どうした。ん?」 じれたような声の獣が、ふいにひらりと落ちてくるものに気づいた。その声につられるように、シキも上を見上げる。 それは一枚の青い羽根。 風に揺られながら、シキの手に落ちてくる。と、それが触れた瞬間。 しゅううう… 小さな煙が巻き起こり、それは小鳥へと姿を変えた。 「何だ、それは」 「どうやら、仲間が気を利かせてくれていたらしい」 ぴぃぴぃと鳴きながら、小鳥は飛びだつ。そして、結界へとぶつかった。 ゆらり。 「今だ!!!」 シキの合図とともに、一人と一匹が結界へと入り込む。彼らが消えた後には、真っ黒に焦げた羽根の残骸が地面に落ちていた。 「ソウ!!!!」 鼻を紡ぎたくなるような臭い。その中で、獣の咆吼が響き渡る。それに重なるような影。 シキが結界の中に入った瞬間、その影が大きくはじき飛ばされた。それに覆い被さろうとした獣に向かって、シキは手裏剣を放つ。 「ぐわぁるるるる!!!!」 とどめを邪魔された獣がシキに向かって、大きく口を開けた。 それに向かって、シキは印を切る。 ごうっと炎が、獣とソウの間を走る。それに一瞬身を引いたものの、それ以上引くことはせず、尚、ソウに向かっていく。 「くそっ!!!」 だっとシキが駆け出す、その間にも手を休めることはなく、チャクラを練り続ける。 させるか…!!! 獣の牙をソウが受け止める。しかし、怪我でもしているのか、彼の動きが変だった。 ひゅうっ… シキの周りで風が巻き起こり、それを獣に向かって叩きつける! 「ぐわっ!!!」 獣が目を瞑った隙に、シキはソウに駆け寄り、その体を支え、飛び退いた。 「…すまない…どじった」 「しゃべるな」 明らかに毒の症状を出しているソウ。腕の皮膚が赤く変わっている。 「解毒を…」 「そんなことをしている暇はないっ!来るぞ!!!」 ソウが印を切り、水が噴き出す。それを顔面に浴びた獣が悲鳴を上げる。 「おい!」 突然、横からあがった声に、ソウはぎょっとした。しかもその獣は… 「ソウ!敵じゃないっ!」 「え…?」 姿、形、今戦っている獣と全く変わらない。だが、獣の体は白く、黒い意志の強そうな目は毒を吹き出す獣と全く違った。 「これは…」 「おい。コレは私に任せて、アレがこないようにしてくれ」 「…わかった」 「シキ!?」 ソウを地面に下ろし、獣に向かっていくシキに、ソウは慌てて立ち上がろうとするが、それは味方と言う獣によって止められる。 「どけっ!!!」 「動くな!もっと動けなくなる!それをなくすのが先だ!」 白い獣はそう言うと、がりっと前足を噛んだ。途端、溢れる赤い血液に、ソウは怪訝な顔をする。 「ワレの血はアレの血を消す!早くしろ!!!」 この獣を信じていいのかわからなかったが、シキが敵ではないと、自分に言った言葉を信じようと決め、ソウは赤くなり、もう感覚もなった腕を差し出す。獣の赤い血が、ソウの腕を濡らす。そんなに血液を流していいのかと心配するぐらいに… 「あ…?」 じゅううっと、何かを焼くような音。だが、赤い煙が立ち上るソウの腕は、熱くもないし痛くもない。逆にどんどん軽くなっていった。 浄化。 ソウの頭に浮かんだ言葉の通りに、赤くなっていた皮膚が、白く変わっていく。 「これでいい。だが、完全に平気になるには、待て」 「ああ、わかった。すまない。だが、お前は…」 平気なのかと、問いかける前に、白い獣はシキの方へ向かって走り出す。ソウを助けた前足は、赤かったが血は止まっているようだった。 それを追い、走り出すソウ。この腕の感覚が戻るのを待ってなどいられない。クナイを左手に握りしめ、毒の獣との戦いに身を投じた。 獣が動くたびに、失った手から毒の血液が飛び散る。何故、血が止まらないのか。それを不思議に思いながらも、なるべくその毒に触れないよう、シキは足止めしていた。 「ぐうるるる!!!」 「!?」 ぐわりと獣が口を開ける。その鋭い牙を見たシキは、はっと目を見開いた。 先ほどまでその牙は白かったはず…!!!!! ばっと飛び退いたシキは、自分の代わりに噛まれることになった、壁がじゅくりと嫌な臭いを発したのを見た。 「口からも…」 「ぐぎゃるるる!!!」 獣が、怒りの目でシキを見上げ、今までよりも早い速度でシキに飛びかかってきた! 「!?」 壁に気を取られ、一瞬反応が遅れたシキ。獣の牙が、彼の体に埋め込まれる… ドン!!! 「!?お前!!!」 「ぐっ…!!!」 「!?」 シキの体とはじき飛ばし、代わりに牙を身に受けたのは…毒の獣をまき散らす、彼を追ってきた… 「ぐわぁぁぁっ!!!」 直接体内に毒が混ざり込み、白い獣が悲鳴を上げる。だが、すぐに首を動かし、毒の獣の首筋に己の牙を埋め込んだ。 「ぎゃぁっ!!!」 その痛みに、毒の獣が悲鳴を上げる。そして白い獣を引き離そうと、めちゃくちゃに暴れまくった。 「シキ!!!」 ソウがこの場にたどり着いた時。 ぶちん、と何かが切れるような音が響く。 「ぐがぁぁぁぁぁ!!!!!」 毒の獣の首から血が噴き上がり、白い獣を赤く染める。そして、ぐらりと地面へと倒れた。 血が治まるのを待って、二匹の獣に近づいた二人は、白い獣がまだ生きていることに気づき、手を伸ばそうとした。だが。 「いい…」 「いいって…!!だってお前…!!」 「ワレはもう動けぬ。アレがワレに牙を立てた時、もうこうなると知っていた。そしてワレの役目ももう終わった」 「…終わった?」 シキの問いに、白い獣が小さく頷く。 「ワレの狩る獣はもういない。あそこにいたモノはもういない。ワレの役目はもうない。終わった」 どこかほっとした白い獣に、シキとソウは黙り込む。 「頼みがある。我らの体を消してくれぬか」 いくら死んだとは言え、この場所に毒の獣の体を放置はしておけない。言われなくてもやらなければならない作業だったが、改めて頼まれてしまうと、心に苦いものがわき起こることを止められなかった。 「わかった」 シキが頷き、獣の目が閉じられる。がくりと首が落ち、2匹の獣は寄り添うように眠りについた。 赤く、紅く、立ち上る炎。 人の手によって作りだされ、最後まで翻弄されてしまった。だが、あの獣たちに人を恨むという気持ちはなかったのだろう。だから、白い獣は自分達に己の体を消すことを頼んだ。 二つの体であったものが混ざり合い、一つになって空に消えていく煙。 もとは一つだった。 あの言葉の意味は最後まで分からなかった。だが、一つの炎に包まれた獣達。 これで、一つになったと思ってもいいだろうか。 シキはあの白い獣の言葉を思い出し、そう思った。 「おはよう!イルカ先生〜」 元気な子供達の声が、響き渡る。それに笑顔で返し、イルカはもう授業が始まると教室へ追い立てた。 「はぁ。またうるさい一日が始まるな」 「サイ、もういいのか?」 「ああ、平気平気」 念のため、一日病院に泊まらされたサイだったが、白い獣のお陰か、毒の影響は一切なかった。 「本当はさ」 「え?」 「狩るために追って来たんじゃなくて、一緒にいたくて追ってきたのかと思ってさ。白い奴。最後にほっとしてたから」 「…そうかもな」 獣だからと言って、彼らが寂しさや苦しさを知らない訳じゃない。それが、知能をもっていれば尚更のこと。 一つだったのに、別れてしまった。 白い獣は一つに戻りたかったのかもしれない。 「まぁ、柄にもなくそう思ってしまったよ」 なんか、幸せそうに見えてさ。そう言いながら、歩き出すサイとともにイルカもアカデミーに向かって歩き出す。 大切な何かを守るためとはいえ、圧倒的に命を奪うばかりのこの仕事、でも、命が消えるあの瞬間、すべての憂いを消し、穏やかに逝ったとしたら。 今だけ、少しだけ、良かったと。 この手から血の色が消えることは無いけれど、あの獣に対してだけは。 思っても…許してくれるだろうか。 (2003.5.23) (2003.5.31) |