赤い花と青い花


T  U  


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ザシュリと生暖かいものが体に触れる。
手についたぬるりとしたもの。そして自分の足元に倒れているもの。

ああ…生きているのか。
そう感じた。
手に握り締めたままのクナイ。
紅く紅く染まっている。
今は夜で暗闇で、そんな色など見えないのに。
それだけははっきりと自分の目に入ってくる。

死ななかったのか。
ただそう思った。



5歳の時アカデミーを卒業した。だけどその頃の記憶はあまりない。
幼い時に拾われて、おもちゃがわりにクナイをもって育った自分。拾ってくれた人はそれを見て、俺を忍に育てたから。だから、アカデミーなどで学ぶことなど何もなく、経歴だけにその証があるようなものだった。
木の葉では、下忍となった時スリーマンセルというものが組まれる。人と関わりあうことが好きではなかったが、そういうシステムだから仕方が無い。半分あきらめて、一緒になった奴らは、二人とも年上だった。だからだろうか、いつも偉そうに俺の世話を焼きたがったが、俺に取っては邪魔なだけだったからいつも無視していた。なのにあいつらは懲りない。

…馬鹿かこいつら。それとも学習能力がないのか?

「おい!無視するなよっ!!!カカシ!!!」
びしっと人に指を差す、ゴーグルをつけた黒髪の少年を、五月蝿そうな目でカカシは見た。それを見て、さらに機嫌の悪くなる黒髪の少年が何か言おうとした時。

「やめなさいよ!イザヤ!そんなんだからカカシに嫌われるのよ!」
「何だと〜カガリ!!!無視されてるのはてめぇも同じだろうがっ!!!」

元凶の元、カカシを無視して言い合いを始める二人。
カカシはふっとあきれたため息をついて、そこを離れようとする。

「って、どこに行くんだ?カカシあれはお前のせいだろう?」
「…知るか、そんなこと」

ゴン。

「…!!!何するんだよっ!!!」
「あいかわらず口が悪いな、お前は」

ふっ――とあきれた顔で首を振る金色の髪の青年だったが、その青い瞳はどこか楽しそうだった。その彼を睨んでいると、騒音を撒き散らしていた二人がようやく青年に気付いたようだった。

「あ!先生っ!やっと来たのかよ!!!」
「おっそ〜い!!!」
「すまなかったな」

駆け寄ってきたイザヤとカガリの頭を優しく笑いながら撫でた青年は、次にカカシの銀色の髪へと手を伸ばしすが、それはすいっと避けられた。それを見て、彼は少しだけ悲しそうな目になったが、カカシは気付かない振りをする。
この青年がカカシ達スリーマンセルの上忍。始めて会った時、何故かにっこりと笑って「君がカカシか」と勝手にカカシの頭を撫でた。
突然のことに硬直から目覚めたカカシが、すぐさまその手を振り払うと彼は先ほどと同じような悲しげな目をする。すると何故だかカカシの胸はざわついた。

んだよ…くそ…
不機嫌に目を細め、覆面の下で隠れた口をぎりりと噛締める。最近のカカシはよくこんなことをすることが多くなった。…こんなわけの解らない気持ちにとまどって。

「さてと!今日も任務に励むか!」
「って、どうせまた草むしりとかなんだろ〜」
「違うわよ子守りでしょ〜昨日どこかの金持ちの家に行くって言ってたじゃないっ!」
「よく覚えていたなカガリ。でも子守りじゃないぞ」
「え!?もしかして何か重要な任務とか!?」

わくわくと期待の篭った二対の眼差し。それに彼は微笑んで…

「年に一度の大掃除だ」
「「………ええええ〜!!!!」」

途端に上がる不満の声。ぎゃあぎゃあと喚く二人をよそに、一人カカシは空を見上げる。
どんな任務だとてカカシにとってつまらないものとしか思えない。
…命のやり取りをしないものはすべて同じ。
そんなカカシを彼はじっと見ていた。



廊下のぞうきんがけから始まって、荷物の大移動や庭の掃除にカカシ達は走り回る。普段は彼らを見守る上忍も今日ばかりは別のようで、力仕事に励んでいた。
一人、廊下を掃除していたカカシは、ようやく一通りめどがついたことにほっとし、少しだけ手を止めた。
庭に面した廊下に涼しげな風が吹き抜ける。しらずのうちに汗をかいていた体には心地よかった。
カカシは手に持っていた箒を壁に立てかけて、ぺたりと廊下に座り込む。そして、ぼうっと庭を眺めた。

…何するのもめんどくさいな…
前から何かに夢中になることなどはなかったが、最近ではそれに拍車がかかっている。
任務のない休みなどでは布団から出るのもめんどうだ。しかし、だからと言って寝てるということではなく。ただ入ってぼうっとしているだけなのだが。おせっかい焼きのイザヤとカガリがいなければ、食事を取ることさえめんどうで。それがどうしてなのか、カカシにもわからなかった。
ただ…そのきっかっけはあの時…


あの夜…


「何さぼってるんだ?カカシ」

ひょいっと目に入った金色の髪。

ちっ…
自分達の面倒を見る上忍は、勝手にカカシの隣に座って、疲れたなどとほざいている。上忍があれぐらいで疲れるかよと、呟くカカシの心の声を聞いたかのように、悪口言っているだろうと突っ込みながら。
しかしすぐに彼は無言になって、カカシも話す気もないからその場は沈黙に包まれて。
…二人は黙ったまま庭を眺めていた。

「…カカシ、心を閉ざしていたらどこにも行けないよ」
「…?何言ってるんだよ」
「ずっと一人でいることなんてできないんだよ。何も見ない、何も聞かない、気付かない振りをしていたら、お前はいつかすべてを失ってしまう」
「…だから何を言っているんだよ!!!」

立ち上がって上忍を見下ろせば、彼は静かな青い瞳でただカカシを見上げていた。

何が言いたいんだ!!!こいつは…!!!
いらいらする。
いらいらして…いらいらして…

「あ、先生いたぁ!」
「カガリ」
「?どうしたの?」

何か不穏なものを感じ取ったのか、カガリは怪訝そうな顔で立ち止まった。

「何でもないよ。もう終わったのか?」
「うん、お昼をどうぞって!あ、カカシも…」
「いらない」

カガリが何か言う前にすっと消えた少年。それを見て、カガリは悲しそうな顔になる。
ぽんと、頭に手を置かれ、カガリは先生を見上げた。

「大丈夫だよ」
「………うん」

いつもの力強い彼の微笑みに、ようやく笑ったカガリだった。


大丈夫だな?カカシ


大丈夫だな…



ぎゅっと目を閉じて、必死に頭から振り払おうとしても、それは叶わない。
大きな手、表情の変わらない顔。でも、その目が優しいことは知っている。

くそ…!!!何で忘れられないんだ!!!
寝ることをあきらめて、がばりと体を起こし、ため息をつく。
疲れたように、手を顔に当てる姿は疲れた老人のようだった。

気持ち悪い、眠れない、頭が痛い…
今にも壊れそうな、危うい雰因気を漂わせる彼は5歳の子供には見えなかった。何かを達観したような、あきらめたような、子供特有の明るい太陽の輝きなどどこにも見えず。
このまま、すとんとどこかに落ちそうな…

「…お兄ちゃーどうしたの?」
「!?」

突然声をかけられて、びくりとカカシは振り返る。自分の傍に誰かが来たことに気付かなかった失態に舌打ちしたが、同時に無意識に動かした手の先にクナイの入っていたホルダーが無かったことに安堵した。
そこにいたのは、3歳ぐらいの男の子と女の子。
兄妹なのか、二人は手を繋ぎ合い、きょとんとした顔でこちらを見ている。
カカシがいたのは、人気ない廊下。自分達が掃除していた場所より離れているためか、それともこちらにはめったに人が来ないのか。暗くどこか寒々しい場所。
しかし、誰にも会いたくなかったカカシにとっては好都合な場所だったが。
じっと見る大きな瞳に居心地の悪さを感じて、その場から立ち去ろうとしたが。

…ぴたぴた。

「………」

ぴたぴた。

「…んでついてくるんだよ!」

カカシが声を荒げれば、びくりと二人は立ち止まって…みるみるうちに大きな瞳に涙を浮かべ始めた。

「…げ」
「「ふ…うぇぇぇぇ…」」

そして泣き出してしまった二人に、カカシは表情には出さないものの慌てふためく。誰か来い!と思うものの、こんな時になっても人の子一人…いつもは邪魔でうっとおしい金髪の上忍も現れず、と言って、放っておいたまま立ち去ることもできずに、カカシは固まってしまった。

ど…どうするんだよ…これ…
俺か?俺が泣かしたのか!?と一人突っ込んでいる間にも、二人の子供の泣き声はどんどん高く大きくなって…

「っ…!なっ…泣くなっ!!!!」

カカシに怒鳴られて、二人はびくりと声を止めたけど、再び目に沢山の涙を浮かべ…おまけに今までよりもすごいことになりそうな予感がして…

「お…俺が悪かったから!泣くのはやめろっ!!!」

最後は懇願になっていた。

(2003.3.29)




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「まーっしろ、きらきらぁ」

赤い着物を着た女の子が、珍しいカカシの銀髪に触れて喜んでいる。女の子と同じ青い着物を着た男の子は、カカシに抱きついて、何が楽しいのかきゃっきゃと笑っていた。
もはや抵抗する気力もなく、されるがままのカカシ。
この二人をどうにか泣かせずにすんだ後、彼らはカカシをとある部屋へと引っ張って行った。その部屋は長年人が使っていないようで、薄ら寒かったが、二人は気にせずその部屋に入り、庭に面している縁のふちにカカシを連れて行った。どうやらお気に入りらしいその場所は、まだ花も咲かない草木の緑が溢れ、命の力強さを自慢しているようだった。
二人はそこにカカシを座らせると、口足らずの言葉で次々と質問をしてきた(その大半は聞き取れなかったが)。そしてカカシの名前を聞き出すことに成功すると、とても満足したように笑ったのだった。

「カーチ兄ちゃー遊ぼー遊ぼー」
「…カカシだって…」
「カーチ?」

男の子の方はきちんとカカシと言えないらしい。ひっくり返りそうになるほど首を傾げて、大きな黒い瞳でカカシを見ていた。

「…いいよ…カーチでも何でも…」

はぁっとため息をつき、男の子に引っ張られるまま動こうとすると、くいっと服をつかまれた。

「…?」
「動いちゃだーめー!!!きらきら触るのぉ!!!」
「………」

すっかりカカシの頭が気に入ったらしい女の子は、ぎっと男の子を睨みつけたが、彼は怯まなかった。

「カーチ兄ちゃと遊ぶー!!!」
「だめだめーヤナギの馬鹿ぁ!!!カカシ兄ちゃんはスイラと遊ぶのぉ!!!」
「痛いってお前らっ!!!」

両方から引っ張られ、カカシは顔をしかめるも、二人は一歩も譲らない。一向に終わらそうな気配に、いらいらしてきたカカシは、ふいに二人の手を掴む。

「「?」」

怪訝そうに二人はカカシを見上げた。その際にカカシの服を掴む手が緩んだ。

フッ

「「!!??」」

突然姿を消したカカシに仰天する二人。

「カーチ兄ちゃん!?」
「カカシ兄ちゃん!?」
「…喧嘩するなら俺は帰るぞ」

いつの間にか、庭に出ているカカシを見て、再び仰天した二人だが、帰るという言葉を聞いて嫌だと叫んだ。

「やー!!!スイラもう喧嘩しないっ!!!」
「ヤナギもっーー!!!だから帰っちゃやーー!!!」

スイラとヤナギはカカシにしがみ付き、そう叫んでカカシを見上げた。そんな姿を見て、カカシは目を細める。

「じゃあ、仲良く遊ぶぞ?」
「「うん!!」」

きゃっきゃと笑う子供達。それを見ているカカシの目は優しい。
…純粋すぎる子供がいるせいなのか、カカシは自分が久しぶりに笑っているなど気付いていなかった。



「柳様〜水螺様〜!!!」

ぱたぱたと使用人たちが誰かの名前を連呼しながら、走り回っている。

「…何かあったのかな…」
「先生っ!!!それよりもカカシはどこっ!!!あいつったら掃除サボってどこに行ったのよっ!!」
「そうだぞ!先生っ!カカシはどこだよ!!!」
「はいはい。落ち着いて」

さぼってずるいという怒りを隠さないイザヤとカガリに詰め寄られ、青年は困った顔をしながら二人を宥める。そこへ天の助け(?)とばかりに、使用人がやってきた。

「すいません!3歳ぐらいの男の子と女の子を見ませんでしたか?」
「いえ…?」
「ああもう!どこに行かれたんだろうっ!!!」

旦那様に怒られる〜と悲痛に暮れる使用人。

「ここのお子様ですか?」
「ええ!柳様と水螺様という1歳違いのご兄妹なんですが、先ほどから行方不明なんですよ〜屋敷から出てないとは思うんですが〜」

どうしようとうな垂れる使用人に、イザヤとカガリは目を合わせる。

「それじゃ!私達が探して来ましょうか!?」
「ええ!いいんですか!?」
「もちろん!まかせておけよ!じゃ、先生行ってくるからっ!!!」

上司の口を挟む隙を与えず、消え去る二人。掃除に飽き始めていた彼らはここぞとばかりに逃亡を果たしたのだった。それを苦笑しながら見送る上忍の横で使用人はまだ悲痛に暮れていた。

「ああ、もうあれだけ目を離すなって言われていたのに〜」
「…そんなにお元気なお子様達なのですか?」
「あ…いえ…そうではないんですが…」

口篭もる使用人は、一度ちらりと上忍を見たが、すぐに口を開いてきた。

「実は、3ヶ月前奥方様がお亡くなりになりまして…まぁ、今回の掃除もそのためなんですが、それ以来おふた方は心を閉ざしてしまわれて…あれほど明るかったのに笑顔も全く見せなくて、いつも二人で手を繋いでどこかに行ってしまうんです」
「…それは…」
「旦那様も心配なされて、色々手を尽くしたのですがそれが返って裏目に出たのか、余計に心を閉ざされたようで。おふた方の小さい時からお世話をしていたものにさえも、こんな調子で…お気持ちはわかるのですが、これではあまりにも…」

いつの間にやら使用人の話し相手となっていた上忍は、一向に立ち去る気配のない彼に苦笑した。

「ちゃんと私達はいるのに…やっぱり奥方様には敵わないんですかね…」
「………」

がっかりと肩を落す彼に、上忍の目も悲しげに揺れ、そしてその二人と同じく心を閉ざした少年を思い浮かべたのだった。



こてんと、遊び疲れたヤナギの頭がカカシの膝に落ちた。すると反対側からも同じことがおきて、カカシは苦笑するしかない。
庭でおにごっこやら、かくれんぼに突き合わされ、へとへとになっていたカカシは、よっこらせと子供ならぬ声をかけながら部屋に上がると、足を伸ばした。
それを見て、追いかけっこをしていた二人もカカシの元へやってくる。随分と気に入られたものだと自分でも思いながら、カカシは一生懸命に自分の注目を引こうとする二人の相手をしていたのだ。
だが、遊び疲れたのか、二人の目はじょじょに閉じられて…現在の状況に陥ったのだが。

カカシのまだ細い足を枕代わりにして眠る二人。しかし二人は何かを求めるように自分の体を丸める。
何気なく、スイラの頭を撫でると、彼女は小さく身じろぎをした。そして小さく呟いた。

「母さま…」

見ればぽろりと一滴の涙。ぽろぽろと、怯えながら何度も母親の名を呼んでいる。ヤナギも泣いてはいなものの、とても悲しそうに顔を歪めてとても寂しそうに見えた。
そんな二人を見て。

ああ…誰か大事な人を無くしたのだな…
とカカシは感じ、自分もそれと同じ想いを抱いていることに気付かされた。

悲しい。

悲しい…
胸の中にぽっかりと開いた穴。
いつもあったはずの温もりが突然消えてしまった寂しさ。
怖くて、苦しくて、辛くて…そして悲しい。

俺は…悲しかったのか…?
「あの日」から、何するのもめんどくさくて、眠るのも食事をとることさえもめんどうで。何もしたくなくて。する気力がなくて。
なのに見えない何かをずっとずっと追っていた。

ふいに、生暖かいものが蘇る。自分の両手を見れば、ありえないはずの紅。
ぞっと身を強張らせれば、感じるのは固まり冷えて行く体。
そして、蘇る声。


大丈夫…


大丈夫だな?カカシ…


「っ………!!!」

賢明に頭を振って、それを追い出そうとするのに声は頭を木霊する。


大丈夫…


大丈夫だな?


カカシ…


「やめっ…!!!!」
「にいちゃん?」
「カーチ兄ちゃん?」

気付けば、自分の膝で寝ていた子供は心配そうに自分を見ていた。歪んでいきそうになる顔を見られないよう、背けようとしたが、その前に自分の頬に触れたのは小さな暖かい手の平。

「お兄ちゃんも痛いの…?」

その手がすくっているものは、カカシの目から零れた涙。

「スイラもね…痛いの…ずっとずっと…そうしたら、目から沢山水がでるの。ぽろぽろって。止めたいのに止まらないの。ぽろぽろ…母さま、いなくなってからずっと」
「ヤナギはここ痛いの。ずきずきするの。ぎゅって。カーチ兄ちゃんもずきずきするの?」

自分の胸を抑えて、ヤナギはカカシを見る。
…こんな子供の前だとか、そんな気持ちは吹っ飛んでいて。カカシは素直に頷いた。

「痛い…ずっと痛い…苦しくて…息もできないぐらい…」

「あの日」からずっと…

あの人が死んでからずっと。

「お兄ちゃん…痛くないよ、こうなぜなぜしたら痛くないよ。もう大丈夫なんだよ」

スイラが胸を抑えたカカシの手を優しく撫でた。ヤナギも同じくカカシの手を撫でる。

癒すように、優しく…優しく…

そんな二人の行動に、よけいに泣きたくなるのを必死で堪えて。カカシは笑う。それを見て二人はほっとしたようだった。

「痛くない?もう大丈夫?」
「…うん。痛くない。ヤナギとスイラが撫でてくれたから…もう痛くないよ」
「良かったぁ」
「だから、今度はお前らの番だな」

赤い目で笑うスイラとヤナギの頭を撫でると、二人はびっくりした顔になる。
そして、優しく撫でるカカシの手を感じ、二人の目にはみるみると涙が浮かびはじめていた。

「痛いのか?」

不安そうなカカシの声に一生懸命首を振って、二人はカカシに抱きついた。

「っく…ったくないっ…スイラ…痛くないっ…!!!」
「ヤナギも!!!カーチ…兄ちゃんが…痛くないっていうから…痛くないっ!!!」

ぼろぼろと涙を流しながら、声を殺す二人。その二人をまだ小さな手で抱きしめてやって、呟いた。

「…俺も…もう痛くないよ…」

本当は。全然胸の痛みは苦しみを取れていないんだけれど。
だけど互いを思う優しさに、少しだけ胸につっかえていたものが和らいだのをカカシは感じた…



「どこにいるのよ〜!!!!」

イザヤとカガリは一向に見つからない子供達にいい加減疲れ果てていた。これなら、掃除をしていた方が良かったのかもしれない…こんな馬鹿でかい屋敷を走り回るぐらいなら。

「しかも、カカシの奴も見つからないしよ〜あいつどこ行ったんだよ」
「後で見つけたらただじゃおかないわよ!あいつ!!!」

文句を言いながらも探すことを止めない二人は、いつの間にやら寂しげな一角に彷徨いこんでいた。

「?何だここ…」
「さぁ…」

怒られるわけでもないのに、何故かこそこそと足音を立てないように歩く二人は、やがて一つの部屋に辿り着く。そこを覗き込むと…

「「あ」」

掃除をサボった自分の仲間と一緒に転がる二人の子供。どうやら寝ているらしく、こちらには全く気付いていないようだ。

「ちょっと…!!!むがっ!?」
「はい、静かに〜」
「先生?」

カカシを起こそうとしたカガリの口を塞ぎ、彼らの先生は唇に一本指を立て、静かにするよう促した。

「…折角気持ちよく寝てるんだしな」
「でもぉ…」

不満そうなカガリをなんとか言いくるめた上忍は、いつもより安らいだ顔をして眠るカカシに小さな笑みを浮かべた。
何があったか知らないが、彼らしかぬ無防備な姿。忍が気配に気付かないのも問題だが、今日ぐらいは大目に見てもいいだろう…

久しぶりに夢の中に入っている今だけは。

「向こうに行くぞ」
「えっでも…」
「あと少しだけだ」

なにやら考えがあるのだろうか、にっこりと機嫌よく笑う上忍に二人は首を傾げながら従った。



「カカシ〜!!!手紙来てるわよ〜」

静かな木の葉の里に少女の声が響く。カカシはにやにやと隣で笑っているイザヤに肘鉄を食らわし、走ってきたカガリから手紙を受け取る。

「何するんだよ!!!てめぇっ!!!」
「…うるさい」
「なんだとぉぉぉ!!!」
「ちょっと!イザヤうるさいわよ!!!!」

カガリにびしっと指をさされ、イザヤは何だと〜!と叫び、何時ものような喧嘩が始まった。それを見て、ため息をつき、カカシはすっと消える。

「あ!?カカシのやろーーー!!!」
「あー――!!!私も見たかったのにっ!!!アンタのせいよ!!!」

と…再び喧嘩が始まったのだった。


カカシのお気に入りの、里を眺めることができる木の上でカカシはぱらりと手紙を開いた。そこに書かれているものを見て、カカシは笑みを浮かべる。

そこに入っていたのは一枚の絵。赤い服と青い服、そして頭が白いクレヨンでかかれている三人の子供がどこかで遊んで場面のようだ。

「…これが俺かよ」

くすくすと笑いながら、頭の白い子供に触ると、指にクレヨンのなごりがついた。それと見て、さらにくすくすと笑うカカシ。
本当は、こんなものをもらうのはいけないのかも知れないが。任務を依頼した人の願いによって、ヤナギとスイラの描いた絵をカカシの元へ送ることを許された。帰り間際、いつまでもいつまでも、カカシの手を離そうとしなかった二人。心を閉ざしていた彼らが、昔のようにわがままを言う姿に、二人の父親は感動したらしい。
何度もありがとうと頭を下げられたが、カカシは自分が何かしたという気が全くなかったため、返せるのは困惑だけだった。

「じゃあ、カカシ兄ちゃんにお手紙送る。いい?」

それが二人の精一杯の譲歩。使用人が言った手紙を書けばいいと言った一言に、ようやくカカシの手を離した二人。去り行くカカシ達をいつまでも見送っていた小さな目…

「…ありがとうを言うのは俺の方だよな…」

自分の気持ちに全く気付かなくて、どんどんと知らずのうちに壊れて行きそうになっていた。
あの人が、死んで。いなくなって、泣きもしなかった自分。
忍はいつ死ぬかわからないから。そう聞かされていたから、死んだと言われてああそうかと思った。
でも、その日から食べ物は食べられないし、夜も眠れない。何もやる気がおきないのに、無理やりアカデミーに入れられて、卒業させられて、スリーマンセルを組まされて…

心を閉ざしていたことに気付かなかった。

その人がいなくなって悲しんでいることに気付かなかった。

あの上忍に言われたことさえも…


カカシはごそりとズボンのぽっけを探る。そこには小さなプレートに入っている赤い花と青い花の押し花。
ある日、歩いていて道に咲いているのを見つけた。寄り添っている姿に思わず手にとって、今度彼らに送ってあげようと、大切に持っていたもの。

カカシはそれを空に透かして見て、これを受け取った時の二人の顔を想像してみる。
きっと喜んでくれるだろうと思いながら、カカシはそれを買ったばかりの封筒にそっと入れた。

「さてと…」
「あーーいたっ!!!カカシ!」

カガリの声にぎくりと体を強張らせ、カカシはヤナギとスイラから貰った手紙をポケットの中に隠す。あれに捕まれば、見せろとせがまれるのがわかっているので逃走を開始して。

「あーー!!逃げたわよ!イザヤっ!!!」
「げ…イザヤもかよ!」
「ジャンケンに負けたんだよ!!!悪いなカカシ!!!」

迫ってくる二人の子供の手をすいすいと避けながら、カカシは里に向かって走る。

「カカシーーー!!!」
「待て――――!!!」
「誰が待つかよ!!!」

騒々しい声を張り上げながら、追いかけっこをする三人を、彼らの上忍が苦笑しながら見守っていた。

赤い花と青い花・完(2003.3.31)