夢を見る。 何度も何度もあの時の夢を。 あの笑顔が消えるなんて思わなかった。 自分の傍からなくなるなんて、思いもしなかった。 だってあの人は強かったから。自分よりも強くて…優しい人だったから。 木の葉を襲った九尾。 その日にあの人もいなくなるなんて…思わなかったんだ。 「先生、呼んだ?」 「ああ。カカシ来たね」 ぴりぴりとした雰囲気の中でも彼は笑っていた。 まるで戦いなど起こっていないように、いつもの笑顔を見せる。だからなのか、自分の他にも居る忍達に焦りの色はない。遠くから聞こえる爆音や、九尾の叫び声。先ほどまであった震えはいつの間にか消えていた。 四代目の後にも顔なじみの暗部達が控え、彼の命令を待っている。いよいよ出陣なのか、そう思った途端緊張のために拳を握り、それに気付いた四代目は笑った。 「大丈夫だよカカシ」 「!別に俺はっ…!!」 怖くなんかない。そう言おうとしたのだが、その前に四代目の手が伸びてきて、カカシの頭を優しく撫でる。いつもなら振り払う筈なのに手は動かず何故かそれを許す自分が不思議だった。その手が放れていくことに、名残惜しいと思うなんて。 「里を頼むよカカシ」 「っ…!!」 それはカカシを連れていかないという意味。 弾かれたように顔を上げたが、優しく笑っているその顔に何も言えなくなる。 自分だって役に立つ。四代目を守るためなら、この身を犠牲にすることさえ… 思考はそう訴えるのに、口は動かず彼を見返すことしかできなかった。そして、仲間達も何も言わない。いや…面の下にある眼差しが優しく感じる。 自分は…置いて行かれる。 その時、赤ん坊の泣き声が聞こえ四代目のもとに一人の忍が近寄ってきた。その腕にだかれていた赤ん坊は、九尾の気配に怯えているのか、ぽろぽろと涙を流している。こんなところに赤ん坊を連れてきてどうするのか。そんな視線を送ったが、四代目はそれに答えず赤ん坊を受け取って、涙を拭ってやっていた。 「この子を頼むね、カカシ」 「それは…どういう…」 「きっとこの子は辛い目にあう。里の仲間に憎まれて、怨まれて生きていくと思う。だからこそ…カカシに守って欲しいと思う」 「…先生…俺はっ…!」 「一番信頼できるカカシにこの子を頼みたいんだ。お願いだよ、カカシ」 言葉を封じ、そんなことを言う四代目をずるいとカカシは思った。そんなことを言われて、嫌だと、自分も一緒に行きたいなんて言えないではないか。しかし…この子が憎まれるようになるとはどういうことなのだろう。四代目によく似た金色の髪、この子が特別な力を持っているという意味なのか? 「この子の中に、九尾を封じるんだ」 「なっ!?」 「九尾を倒すことは不可能だ。でもこのままでは木の葉は滅亡してしまう…最後の手段なんだよ」 「だけどっ!!」 それはあまりにも重い宿命。 人柱、生贄、そんな言葉が頭を過ぎり、それを行おうとする四代目が信じられなかった。だが…赤ん坊をあやす目は優しかった。 「ごめんね。お前に辛い人生を背負わせて。私を怨んでいい、罵って良いから。お前に過酷な運命を背負わせる私を…憎んでいいから。でも…強く生きて欲しい。何者にも、誰にも負けないぐらいに強く。その宿命さえ吹き飛ばすぐらいに強く…優しく…勝手な願いだけど…生きて欲しい。ナルト…」 ぽたりとナルトの顔に落ちた一滴の涙。 それに気付いたナルトはびっくりしたように目を開き、泣きやむ。まだ目も見えてないだろうに、大きな青い瞳はじっと四代目を見て……笑った。 「それじゃあね、カカシ」 「……はい」 もう何も言えなかった。そして自分に託された重みを改めて実感する。暗部達がすれ違いざまに肩を叩いて四代目の後を追っていく…それは彼等なりの別れの挨拶だった。 どれぐらいその場に居ただろう、その声だけで恐怖を植え込む九尾が呪いの声をあげながら消えていく。音もない、気配もしない。 終わった。 そう思った途端、弾かれたように足が動き出す。 息が荒く、心臓が音を立てる。 吐きそうなぐらい、胸が苦しくて、目が熱い。 おぎゃあと響く泣き声。 「ナルトっ…!!」 何故泣いてるんだ。四代目に抱かれていればいつも泣きやむナルト。 何故泣いてるんだ。何故… 木立を掻き分け、着いた先に見たものは疲れ切った忍達の姿と、押し殺すような泣き声。三代目が小さなものを抱き、泣き続けるナルトを一生懸命にあやしていた。 …終わったんだ。 九尾との戦いは…そして… 四代目は…もういない。 「これをお前に渡そう」 四代目が居なくなり、急遽火影の地位に戻った三代目は、あるものを差し出した。それは、四代目がいつも身につけていたもの。 「しかしこれは…」 「お前にと、頼まれたのだ」 「…」 「受け取ってくれるな?」 「…はい」 手の平に転がる獣の牙。 それは何かと聞いたら、秘密だよ〜なんて言われて、呆れたのを覚えている。その癖、それで終わりにしようとしたら、もっと聞けと変なことを言っていたし…だが、あの時彼は言っていた。 何時かカカシにあげると。 『カカシを守ってくれる、共に戦ってくれるから』 三代目の部屋を辞し、ぼろぼろになった木の葉を眺める。 無くしたものが多すぎて、悲痛な色しかない木の葉。だけど…それを乗り越えることもできるだろう。だけど。 「居て欲しかった…こんなものよりも、先生…」 貴方がここにいない。 失うことがこんなに辛いなんて思わなかった。 悲しみが深いなんて、忘れていた。 そんなカカシの頬を柔らかい風が撫でる。それでも生きていくんだよと、言われた気がした。 いつもここに居るから…と。 「カカシ」 「…今行く」 今里は人手が足りない。焦燥感に浸っている時間はない。カカシも任務を割り当てられており、当分里にも帰れないだろう。それでも。 「約束は…守ります。貴方の願いは必ず」 九尾を封じられたナルト。 本当は傍に居て、自分が育てようと思ったのだが、お前のなすべきことは本当にそれなのかと言われ思いとどまったのだ。ナルトの中に九尾が居ることはかなりの忍が知っている。四代目が危惧していたように、九尾を憎みその対象をナルトとするのも時間の問題だろう。そうなったとき、自分はナルトを庇うだけで良いのか。それは本当にナルトを守ることになるのかと考えた。 『強くなれカカシ。誰もがお前を一目置くぐらい。今はわしが守れる。だがナルトが成長した時、わし一人ではどうにもならん。その時こそ、お前がナルトを守る番だ』 何時か火影としての地位が、ナルトを庇うことを許さなくなる。 その時こそ、カカシの出番なのだと言ってくれた言葉にカカシは納得した。 「それまで…さよならナルト」 獣の牙を懐に入れ、カカシは顔を上げる。 さぁ行こう。そして次ぎに帰ってくる時は。 四代目の願いを叶えられる男になっていることを誓って。 貴方へ誓う・完(2005.4.11) |