「お帰り〜カカシ〜」 「…今度は何をした」 火影の執務室に来た早々、そう言い放つカカシに金髪の青年はピタリと動きを止める。 「…カカシ、普通はそこでただいまって言うんじゃないのかな?」 「こっちだってそう言いたい。けど言えない状況にしてるのはそっちだろう」 「…それひどい…」 うじうじと拗ね出す青年のこと、四代目にカカシはくるりと背を向けた。すると火影の護衛をしている忍達がにわかに慌て出す。 このままの状態で帰られても困る。 そう言いたいのだろうが、こっちは一週間もかかった任務で疲れているのだ。逃げだしていないのだから、機嫌ぐらいそっちで取れと、カカシは内心呟きながら歩き出そうとした。 「…カカシ〜」 うっとおしい。 大の大人いや、火影ともあろうものが、そんな情けない声を出すなよ。 カカシが顔を引きつらせ振り返れば、案の上ぐじぐじといじけた気配を漂わせ、こちらを縋るように見てくる四代目と…護衛の忍達。 里に俺の安らぐ場所はないのか。 カカシはがっくりと肩を落としながら呟いた。 「…ただいま」 四代目の護衛として配属されてはいるが、どちらかと言えば四代目の見張りとと言った方が良いのかもしれない。カカシは自分に見られながら、精力的…もとい、今まで溜めていた書類を書き上げる四代目の姿に冷たい視線を向ける。 小さく彼の方が揺れた。 どうやらその意味に気づいたらしい、先ほどよりもスピードを上げガリガリとサインを書く四代目。横では秘書の忍が感激したように、その姿を見ている。 しかし、その手は休むことなく新しい書類を机の上に置いているが。 「も…もう少しで終わるから〜」 「あと残っているのは154枚です」 「「………」」 カカシの呆れた視線と四代目の泣きそうな視線。 「2時間もあれば終わりますよ」 秘書の言葉にカカシはうんざりとした溜息を吐き、四代目はこれで当分カカシの機嫌が悪いなと、半泣きで仕事を続けたのだった。 「寝るのは食べてからだよ!カカシ!!」 折角用意したごちそうよりも、睡眠をほしがっているカカシに四代目は膨れたような声を出した。 「あ〜うん」 もそもそと箸が動き大好物のサンマに手が伸びる。 だがそれからがなかなか動かない。四代目は、眠りかけているカカシを諦めたように見る。 一週間もかかった任務から帰ってきたばかりなのに、自分に2時間もつき合わせてしまったので疲れはピークに達しているだろう。しかし、任務中はろくなものを口にしていない、今9歳という成長期の彼にはあまり良くない状況だと思った四代目は栄養満点の食事をさせたかったのだが… 諦めるしかなさそうだね。 四代目は立ち上がると、固まったままのカカシの手から箸を取る。それではっと目を開けたカカシに、四代目はにっこりと笑った。 「寝た方がいいね」 「え…いや…」 「明日になったら一緒に食べてくれるよね?」 申し訳ないと視線を動かすカカシを無理矢理引っ張って、ベットの中に押し込める。 「おやすみ」 その言葉に引かれるようカカシは目を閉じた。すぐに聞こえてきた寝息に四代目は優しい笑みを浮かべる。 大きくなったね、カカシ。 子供の寝顔になったカカシを眺めながら、四代目は彼の髪をそっと梳いた。 昔はこんな風に髪を触るのにも一苦労だったのに、それを許してくれるようになった状況がとても嬉しくて。 自分が受け持っていた時よりも伸びた手足。あいかわらず細い体だけれど、背も伸びてだんだんと子供から少年へと変わってゆく。 そして、比例するように忍としての実力も。 火影の護衛とはなっているけれど、最近は自分の側から離すことが多くなった。それは忍としてのカカシを高く評価しているからだ。 あいかわらず無愛想だが、任務の評判は良い。自分を越えたいと思っているせいか、彼は年長者からの話を積極的に聞くらしい。彼らの過去話は、まだ未熟なカカシに取って最上の教科書。そのあまりの熱心差に、話を強請られる忍達も悪い気はしないらしく、その上それを吸収して力を付けて行くのだから、目の前でその成長を見ることのできる彼らは楽しいようだ。 それが悔しい時もあるけれど。こんな顔で眠るのは自分の前だけだと知っているから、見逃してやろう。 「ん…」 寝返りを打ったカカシは、壁の方を向いてしまい顔が見えなくなった。それを残念だと思いつつ、四代目はその側から離れる。まだ仕事が残っているのだ。 「ったく気の利かない人たちばかりだよね〜」 自分の怠慢を棚に上げそう呟いた青年だったが、彼の表情は明るい。 「ゆっくりおやすみ。カカシ」 大切な子供が傍にいるのだ。同じ里で安らかな眠りについている。それだけでこんなに安心できるなんて。 「子離れせいっ!!!」 昨日、あまりにだらけきった彼に切れた三代目が言い放った台詞。 「まだ早いですよ。まだまだ」 自分も…カカシも。 まだ互いが互いを必要としてるのだから、見逃してくださいよ。 そうだよね?カカシ。 窓から外に飛び出すと、どこかで待っていた暗部の護衛が無言で従う。 「さっさと終わらせようか。こちらも疲れたしね」 「…また三代目に説教を受けますが」 「気にしない、気にしない。ストレスためると困るのはあっちだし」 ですねと返って来た声に、でしょう?と肯定し彼は里の門まで一気に駆けた。そこには、彼が来るのを待っていた暗部の一個小隊。 「…行こうか」 すっと闇で見えない青い瞳に、冷たい色を漂わせ四代目は走り出す。 向かうは、木の葉に侵入してきたどこぞの忍の始末。ご丁寧に上忍がいるというのだから、ちょうど良いというもの。 「木の葉の力を思い知るがいい」 その呟きに答えるような、風のざわめき。 ざあっ千切られた葉が、闇を舞い空へと駆け上がった。 優しさの中で・完 (2003.12.8) |