離したくない






「…マジ?」

思わず呟いてしまったカカシに、マジだよと目の前の青年がにこにこと笑う。
カカシは何か言おうと、覆面の下で口を開いたが、結局言葉は出ず、青年に向かってくるりと背を向けた。

「え!?おい、カカシ…」

慌ててて自分を呼び止める彼にカカシは一言。

「おめでとうゴザイマス。四代目」




中忍になって一年。スリーマンセルの上忍だった青年と、一緒の任務をこなすようになってから一年たったことになる。彼が何と言って、自分を傍に置くことを上層部に認めさせたかは知らない。だが、自分の赴く任務には必ず彼の姿があった。

…ま、どうせ俺が行けない任務もあるんだろうけど。
自分は休みなのに、彼が消える日があった。それはもっとランクの高い任務に彼がついていたのだろう。その度にカカシは、自分の実力のなさを痛感し、悔しい思いになるのだ。
そんな思いを抱えながらも、強くなることを願い日々をこなしていた時。突然彼が言ってきた。

「どうやら、火影になってしまったらしい」

何故かひどく楽しそうに、彼はカカシに報告した。



「ちょ…カカシ!!」

ぐいっと腕を掴んで、引き留めた彼を、カカシは見上げる。
何故か焦った顔をしている彼に、カカシは首を傾げる。

「…何ですか?」
「何って…その、喜んでくれないの?」
「はぁ、だから言ったじゃないですか、おめでとうゴザイマスって」
「いや…そうだけど…」
「それじゃ、俺帰りますんで」

ぺこっといつもと違い、礼儀正しく頭を下げて消えた教え子に、青年は困惑していた。


彼が四代目候補に選ばれていたのは知っていた。まだ若いとか、色々もめたようだったが、最後は三代目の一言で決定されたという。
だが、彼の実力は並はずれており、そして火影という最高の忍になることは相応しいとカカシも思う。
だが。

…もう一緒に任務に出ることはなくなるだろうな…
火影となったからには、彼はいつも里にいるだろう。それは当然だ。だが、そうなると自分はもう一緒に任務に行くことはなくなる。
彼は里を見守る者。
自分は里を外から守る、一介の忍なのだから。
それがカカシを暗くした。
あんな態度を取ったのも、自分なりのけじめだ。もう、彼に甘えることはできない。独り立ちしなさいと言われたのも同じだった。
いつまでも彼とともにいれるとは思っていなかったが…それが予想以上に早かった。
そのことに少なからずショックを受けている自分。

「…ガキだなぁ…」

いつの間にこんな風に思うようになったのだろう。
いや…最初からそうだったのかも知れない。ただ、それを認めるのが嫌で、目をそらしていただけなのか。
まさか、離れる間際になって気づくなんて…
ふっと自嘲気味にカカシは笑って、火影岩をぼんやりと眺める。
ここにあの人の顔が刻まれるのも、そう遠くはないだろう。

ふうっと一つため息をついて、さて帰るかと足を動かそうとした時。


「カカシっ!!!」


「…?先生?」

何をしていたのか、火影となろう人が、ぜえぜえと肩で荒い息を吐き、おまけに汗びっしょり。
もしかして、急な任務かと身を固くすれば、彼はつかつかとカカシの前に来て…

「探したぞ…ったくー…」

自分を抱きしめた。


「………は?」

彼の突然の行動に、カカシの頭がついて行かない。
何で自分は抱きしめられているのだろうとか、彼が汗だくになっているのだろうとか。
ぐるぐると頭の中を回って、でも答えは出なくて。

「…先生?」
「誰が…お前と離れるなんて言ったんだ…」

びくりと体が強ばり、それが答えだと、彼に伝えてしまった。

「なん…」
「まだ、早いよ。お前が俺の傍から居なくなるのは」
「俺は…」
「お前はまだ俺の傍にいなきゃ駄目なんだよ」
「……」
「駄目なんだよ。カカシ」

そう言われて…彼が自分を捜して、里を走り回ったのだと気づいた。
ようやく身を離した彼を見上げれば、困ったような笑顔。でも、何故か嬉しそうで。

「お前は俺の護衛なんだから」

そう言って、晴れやかに笑った。



「終わりだと思ったんじゃろう」

四代目にと自分を押した、三代目はそう言って、煙管を吹かす。ぷかりと輪になって消える煙を見ながら、自分は何故と問いかけた。

「当たり前じゃろう。火影は里の要。忍の頂点。これからも一介の忍としてやっていくあの子の傍に、お前がずっと居られると思っているのか?火影という名を継いだお前が、あの子だけを守って行ける訳はないじゃろう?」

そう言われて、自分はすっとどこかが引いていく音を聞いた。
そうか…あの子はわかっていたんだ…もう自分と一緒に任務が出られないことを。
だから…

「あの子なりのけじめだ」


おめでとうゴザイマス。


そう言って、頭を下げたあの子は…
『火影』に頭を下げていたんだ。


もう先生と生徒。師弟の関係じゃないと…


「…嫌です」


「…は?」

きっぱりとそう言った目の前の青年に、三代目はあんぐりと口を開けた。
何かを決めたように、青い瞳が三代目を見据える。

「…お主何を…」
「カカシはまだ手放しません」
「…お主は…」

中忍とは言え、まだ7歳の子供が、師の手が離れたという事実を認めたというのに、その師が嫌などと言うとは…

「ではどうすのじゃ、火影となるお前の傍に置いて、あの子の忍としての才能を伸ばしてやらぬというのか」
「まさか。そんなつもりはありませんよ」
「だがお主は…」
「三代目」

金色の髪の青年が笑う。その顔に三代目は一瞬見惚れた。

「カカシは勘違いしてるんです。自分が未熟だから、私が傍にいるのだと…あの子は忘れてるんですよ」

ちゃんと言ったのに。


「その手を離せないのは、私の方なんですよ」


決してあの子を甘やかしたり、贔屓したり、汚いものを見せないようにするつもりはないけれど。

大事で。
ただ、あの子が大事で。

自分のすべてを継ぐぐらいに、強く、逞しく、そして優しい忍に育って貰いたいと。
まだ、自分の存在を、ちっぽけなものだとしか思っていない彼に。

癒されているのは自分なのだと気づいて欲しくて。


「…それに火影になれば、どうとでもできるでしょう」
「まさか…お主っ!!」
「知ってるんですよ。三代目。実力がつきつつあるカカシに、私とは別の任務入れようとしてたでしょう〜それは駄目です。私の許可なく、勝手に任務入れるのは許しません」
「そのために、あんなに渋っていた四代目を受け入れたのかっ!!!道理でおかしいと思ったわ!!!」
「火影になれば、全部わかりますからね」

…こんな男を押した自分は正しかったのかと。三代目は、煙管を吹かすことで、その答えを出すことを止めた。

「…馬鹿?」
「ひどいなぁ、カカシ」

三代目とのやり取りを聞いたカカシは、ため息をついた。
まさか、自分を勝手に任務に行かせないために、火影を引き受けるなんて…



「大馬鹿…」

それ以外何を言えよう。隣でショックを受けているらしい青年を見て、何だか自分の未来が見えた気がした。

でも。

「そういうけどさぁ。火影の護衛なんて、暗部がするんだよ?それも生え抜きの。すごいことだと思わない?」
「思わない」
「カカシ〜」

それじゃあ、嫌なのか?と、びくびくしながら問いかけてくる彼をじっと見て、くるりを背を向けた。

「カカシ!?」
「俺帰る」

焦った気配が自分を追いかけてくる。それにめんどくさそうに振り返って。

「明日から、もっと大変そうだから」



嬉しかった。まだ、彼と一緒にいられることを。
自分を必要としてくれていることが。

でも、自分は素直じゃなくて。
けれど、そう言うことは絶対にできないから。


それが精一杯。


「カカシ!」


自分の一言にあんなに喜んでくれる人。

違う。喜んでいるのは自分。
良かったと思っているのは自分の方。


本当に離れられないのは…


立ち止まり、振り返ると、青年はこちらに向かって手を振っていた。
空を照らす太陽の光と重なって、眩しさに目を細める。




あの人が火影だ。




カカシは覆面の下で笑う。


「ありがとう、そしてこれらもよろしく、先生」

貴方が火影であることを、そして自分の師であることを。



俺は何よりも誇りに思いますよ。

離したくない・完(2003.7.16)