「おめでとう」 ふわりと笑った優しい笑顔。 きらきらと輝く髪も、まだみたことのない海のように深い瞳も。 いつもと変わらないはずなのに、それは何だか悲しい。 そう思う自分の感情にとまどいながら、他の二人を見ると、彼らはただ嬉しそうにはしゃいでいた。 「よしゃぁ!これで中忍だぜ!!!」 「ふふん!私達の実力なら当然なのよ!!!」 ぼろぼろのの姿になりながら、笑っているのはイザヤとカガリ。 「なんだよ、カカシ。今日ぐらいお前も喜べよなぁ」 イザヤがやれやれと肩を竦める。 …そう今日俺達は、見事中忍に昇格したのだった。 カカシは6歳。イザヤとカガリは7歳。 まだ幼すぎると、周りが反対するのをよそに、彼らの上忍は中忍試験に部下達を推薦した。そして見事に合格。 カカシがたった6歳で中忍になったことに、まわりは驚き、その才能に瞠目した。そしてそれを見抜き、推薦した上忍にも… だが、何故だろう。 推薦した彼は違う。 いつもと…何かが違う。 部屋に帰り、カカシは気怠そうにベットに伏した。 確かに才能には恵まれていたかもしれないが、体力はまだ子供。緊張が解けるとすぐ眠りの中に入りそうになってしまう。 とろとろと体が睡眠を求める。 シャワーを浴びることさえめんどうで。カカシはそのまま身をゆだねようとした。が… おめでとう。 「…何なんだよ!!!」 あの瞳が忘れられない。 「…あれ?カカシ?」 きょとんと、振り向いた彼は、むっすりとしながら、近づいてくる教え子に首を傾げた。 「どうした?何かあったのか?」 「…別に」 試験を終えたばかりで疲れているはずなのに、自分に会いに来たらしいカカシに、彼は首を傾げるしかない。 「…何してるの」 「ん?いや、空が綺麗だなぁと思って」 辺りを真っ赤に染めながら、地に沈んでいく太陽。彼はそれをじっと見つめ、カカシもそれに習う。しばらくの間、沈黙が流れ、彼はくるりとカカシを振り返った。 「カカシ、おめでとうな。他の先生から誉められたよ。お前達の力を」 「……」 まるで場をつくろうように、話し始める。 …らしくない。 カカシはそう思いながら、沈黙を守った。それでも、ずらずらと彼は何かを話している。何かをふっきるように…気づかないように。だから口を開いて、問いかけてみた。 「…何でそんなに悲しそうなわけ?」 カカシにそう問いかけられて、彼は黙った。 彼の背から太陽の光が輝いていて、カカシは表情が見ることができなかった。それでも何となくわかる、彼がおめでとうと言った時と同じ顔をしているということを。 「…カカシには…もう俺は必要ないね…」 「?」 「カカシだけじゃない…イザヤも…カガリも…もう一人前だ。もう…お別れだね」 中忍になれば、スリーマンセルは解消される。そう、この三人が組むことなどありえないのかもしれない。 「カガリは…医療班へ行きたいと希望を出していたよ。ずっと彼女はそう言ってたから」 「…ああ…」 そう、カガリは中忍になったら、医療班へ行くのだと、決めていた。それを毎度聞かされていたメンバーはいつも、わかったと適当に流していたのだが… ついに来たのだ、それが現実となる日が。 「イザヤも中忍の任務に張り切ってたしな。何でも長期任務を希望してるって聞いたよ」 「…へぇ…」 それは知らなかった。 「色々な国を見たいらしい。まぁ任務で行くんだからそんな余裕があるかどうかはわからないけど…」 ふぅんと呟いたカカシは、彼が自分に何か聞きたそうにしていることに気づく。だが、同時にそれを聞くことを恐れている。 「カカシは…どうするんだい?」 長い沈黙の後、彼が問いかけた。 カカシは黙って、消えゆく夕日を眺めた。 その手を受け入れることはいつもできなかった。 それは、別れが来ることを知って居たから。怖かったから。 孤児だった自分を育ててくれた人は、幼い時から忍の心得をカカシに叩き込んだ。しかし、同時に教えてくれたのは人の温もり。 いつ死ぬかわからないのに、彼は心を殺す方法でなく、人を慈しむ心を教えてくれた。 だからだ。 彼を失った時、自分は壊れそうになった。 忍がいつか死ぬことはわかっていたはずなのに、その現実を受け入れたくなくて。 俺が死んでもお前は大丈夫だよな? 大丈夫?何が?! アンタがいなくて苦しくてたまらないのに!!!! こんなにも悲しくてたまらないのに!!!!! そんな思いをすべて心の奥底に押し込んで、平気な振りをしていた自分に気づいたのが、彼だった。 彼がどうにか自分の心を救おうとしてくれていたことは知っていた。だが、その手を取ることは絶対にできなかった。 …だってそうだろう?また失ったら? 自分は…どうなるかわからない。 けれど、彼は焦らなかった。ほんの少し、自分にも気づかせないようにちょっとだけ、手を差し伸べていた。それは…自分をからかったり、頭を撫でようとしたり、適当に理由をつけて自分を外へ連れ出したり… 気づけば、すべての人を拒絶していた自分が、イザヤやカガリと子供のように口げんかをしていた。彼に突っかかったりしていた。 自分はもう彼の手を受け入れていた。 「寂しいの…?」 ぽつりと呟いた言葉に、彼が息を飲んだ。彼は何か言おうと、口を開きかけたが、カカシの顔を見て、それを止める。 …下手な言い訳は通用しない。回りくどい言葉はカカシが求めるものではないと、わかったから。 「寂しいよ」 初めてもった教え子だった。いつも任務を遂行していた自分が、まだ幼い彼らを導いていけるなど思ってもいなかった。無理だと、何度も断って、しかし火影命令には逆らえなくて、しぶしぶ了承したのに。 一日、一日と成長していく彼らを見ていくことが、こんなにも楽しく嬉しいことだと思わなかった。…そして、いつか別れがくることも… 知っていたはずなのに。 「寂しいよ…」 こんなに離れがたいものだとは。 「…だったら、俺を部下にしてよ」 「…え?」 「部下にしてよ。…俺は強くなりたいから、俺を強くするために部下にしてよ」 「カカシ…」 「俺はあんた以上の忍になると決めた。必ずアンタを越えてやる。だから部下にしてよ。俺はアンタの傍にいて、ありとあらゆるものを盗んで自分のものにする。そして必ずアンタを越える」 強い決意の裏に、ある優しさに。彼は言葉を無くした。そして、手を出す。 「俺は…この里で誇れる忍になってやる。他国にも名の知られた忍に。必ずなる」 だから。 「…これからもよろしく………先生」 ぷいっと背けられた顔は、夕日のせいなのか真っ赤で。彼は思わず止めてしまった手を再び伸ばす。 「…俺以上の忍になるだと?ずいぶんな口を聞くな?カカシ!」 「うわっ!!!てめっ!!!何するんだよっ!!!!」 ぐしゃぐしゃとカカシの頭をかき回す彼に、カカシは悲鳴をあげる。 「俺を越えるのは百年早いぞ!!!」 「るせっ!!!必ず越してやる!見てろよ!!!!」 満面の笑みで笑う彼を睨み付けるカカシ。 ああ、もう大丈夫だ… 今見上げる笑顔は本物。 まるで太陽のような笑顔。 「さてと!じゃあ、イザヤとカガリを誘って、昇格祝いでもするか!」 「へぇぇ?ずいぶん気前いいですね〜」 「教え子全員が中忍になったのうちだけなんだぞ!それも一回で!それを祝わなくてどうするんだ!」 やっぱり俺の育て方が良かったからだなと、ほざいている彼に、カカシは言ってろと呟いた。 「ほら、行くぞカカシ」 くしゃりとカカシの銀髪に手を置き引き寄せる。 笑っている彼に、カカシも小さく笑って… 「よし!競争だ!」 「なっ…!!!ずるいぞ!上忍のくせに!!!」 一足先に消えた彼を追うカカシ。 太陽はいつのまにか地平線に消えていて、空には満天の星空が広がっていた。 太陽の笑顔・完(2003.6.16) |