料理をしよう






「あぁもうこれ見てよ!!!」

ドロドロになった服を掴み、カガリは自分より少し下がった場所にいる男の子二人を振り向く。今日の任務は、雨でどろどろになった中に落ちた、指輪を探すものだった。無事目的のものは見つけたものの、おかげでひどく汚れてしまったことに、女の子であるカガリはひどくご立腹だった。
そんなカガリに振り向かれた二人だが、彼らも慣れたもの、反論もせず素直にこくりと頷く。ここで何かを言えば反撃を食らうのは明らかだからだ。

「それじゃあさっさと帰ろうぜ」
「そうだな」

これ以上カガリの傍にいられるかと、同じく服を汚しているカカシとイザヤは頷き会い、家に帰るべく足を早めた。

「ちょっと何なのよ!!待ちなさいよ!!!」
「さ!行こうか!カカシ!」
「あっ!!!!ちょっとっ!!!」

忍らしくぴゅーっと風のように消えた二人に、残されたカガリは大きな声で怒鳴り散らしていた。


「全く…やってられるか」

小さなアパートに帰ったカカシは、早速シャワーを浴びて体についた泥を落とした。濡れた銀色の髪を乱暴に拭き、ベットの上に座る。
アカデミーに入った時からカカシは近くにあるアパートで一人暮らしを始めた。一間しかない小さなアパートだが、まだ5歳のカカシにとってはちょうど良い。がさがさと店で買ってきた弁当を広げる。大人にはちょうど良い台所も、子供のカカシにとってはいちいち踏み台を持ってこなければ届かない。そのため、それを使うのは水を飲む時ぐらいだ。当然料理などせず、いつも買ってきたものを食べる。だが、もうそのことに慣れているカカシは、義務のように口を動かしていた。と。

「またそんなものばかりか。カカシ?」
「うぐっ!?」

一人しかいない部屋に突然声をかけられて、カカシは喉を詰まらせた。慌ててお茶を飲み、振り返ると、鍵をかけてなかった窓を勝手に開けたスリーマンセルの上忍が手を挙げていた。

「な…何だよお前はっ!!!」
「何だよじゃないだろ?そんなものばかりじゃ栄養偏るぞ」
「うるさい。人が何を食べようと勝手…ってああ!!!」

弁当を奪われたカカシが文句を言おうとすると、彼はまるで猫の子を掴むようにカカシの首を持ち上げた。

「何するんだよ!!!」
「よし。それじゃあ行こうか」
「は!?何言ってるんだよ!!!離せ!一人で行け!!!」
「さてと」

わめくカカシを気にすることなく、彼はカカシの首根っこを掴み、窓のところから姿を消した。

「はなせぇぇぇ!!!どこに…」
「あ!カカシ遅いっ!!!」

気づけば目の前にカガリの姿。後ろには、先ほど別れたばかりのイザヤの姿もあった。
ぽんと地面に下ろされたカカシは文句を言う前に、上忍に不信の目を向けた。だが、彼はにこにこと笑っているだけで何も答えようとしない。

「さっ!じゃあ行くわよ!」
「…って一体何なんだよ」

うろん気なカカシの目は、カガリが振り回すビニール袋に目を留めた。見れば、イザヤの手にも…

「一体何?」
「お料理教室」
「は?」
「だからそのまんまだよ。今から料理をするんだと」
「…はぁぁ?」
「知るかよ。いきなりそうなったんだから…ったく何で…」
「そこ二人っ!!!!!さっさと来なさいよ!!!」

びしっとカガリに指を差され、カカシとイザヤはため息をつきながら彼らの後をついていった。

上忍の家に向かいながら、何故突然こんなことになったのかとカカシが憮然とした表情で付いていく。同じく不満そうな顔をしているイザヤに、上忍は振り返り苦笑した。
彼が受け持つ子供達は他の班よりも優秀だと思う。どんな任務でも真剣に取り組む彼らは、まだ未熟ながらも忍に相応しいと言える。しかし、任務が終わった後、他の班はその年頃の子供に戻るのに、この子供達だけは違った。どこかあきらめたような、達観したような…互いにふざけあったりするものの、わがままは言わないし、子供が持つ好奇心の強さを感じられないのだ。
それは何故だろうと思い彼らの背景を調べれば、それは彼らを取り巻く環境のせいだっとわかった。

カガリに母親はいない。彼女を生んですぐに亡くなったらしい。父親は彼女を大切に育てているようだが、何せ彼も忍。任務で出ていることが多いため、カガリは一人で家にいることが多かった。そして、イザヤの両親もすでに亡くなっている。彼の面倒を見ているのは、彼の母親の弟だと言うことらしいが、この里で暮らすための名ばかりの保護者で、イザヤのことをまったく構っていないようだ。そしてカカシは…

三人とも、そう願わなくとも一人で生きていく道を探さねばならなかった。そして選んだのが忍という道。
誰にも頼らず、自分の力で生き抜く世界を見つけた子供達。
下忍になっても、まだその意識がはっきりと見えていない他の子供達に対して、それが確率しているこの三人が違って見えるのは仕方のないことなのだろう。
だが、そんな彼らにもう少し子供らしいところを求めるのはわがままだろうか…

これから彼らが生きて行かねばならぬのは、厳しい世界…だが、今だけは。この一瞬の時だけは、彼らの持つ子供らしさを、この時得た思い出で光を見失わないようにしてくれれば…

甘いのかもしれないが、それはかつて自分が教えられたこと。仲間を大事にする思いは、スリーマンセルを組んだ時に得た。あの時の絆は、この年になっても忘れず胸に残っているから…

「先生?どーしたの?」
「ん?いや、カガリは料理うまいのかな?と思って」
「もちろんよ!自炊してるもの!当然でしょ!」

ふふんと胸を張るカガリに、それは頼もしいと告げ、彼は振り返る。

「ま、あの二人は役に立たないと思うけどね」
「あ!私もそう思うわ!」
「…って何二人で言ってるんだよ!誰が役に立たないんだ!?」
「あ〜ら、貴方のことよ?イ・ザ・ヤ。ついでにカカシも」
「ついで?」

むっとしたカカシに、そうよと鼻を鳴らすカガリ。

「ふん。料理ができるから何だってんだ。そんなの忍の実力には関係ないだろうが」
「おや?カカシ。料理をなめちゃいけないよ。案外難しくて奥が深いんだから。術を使うのと同じぐらい難しいんだぞ」
「ふん。そんなもんできなくたって…」
「そんなもんできない奴が、術もうまくできるのかなぁ…」

上忍の言葉に、ぴきりと額に青筋を浮かび上がらせたもの2名。

「そうよね!先生!微妙な塩加減とか、見極めの瞬間とかできない奴が強くならないわよね〜その点私は大丈夫よ!」
「ああ、頼もしいね、カガリ」
「任せておいてよ!あの二人なんか引き離してやるから!」
「んだとっ!!!カガリ!!!」
「黙って聞いていればっ!!!」
「何よ!本当のことじゃないっ!!!」

ぎゃあぎゃあと道ばたで喧嘩を始める三人の声に、上忍は苦笑する。

「ほらほら、早く歩かないと時間なくなるよ」
「てめぇには負けないぞ!カガリ!!!」
「こっちこそ!受けて立とうじゃない!!!」
「こっちこそ!後で後悔するなよ!!!」

ばちりと三人の視線がぶつかりはじけた。



…そして、夕食時。

ようやく料理を終えた上忍の台所は、鍋やらフライパンやらが散乱するすごい状況になっていた。さすがの上忍もこれを見て、顔を引きつらせる。だが、料理は無事(?)に終わったらしく、ちょこんとテーブルの前に据わる三人は、じっとできあがったものを眺めていた。

うーむ…
彼らが作ったのは、カレーライス。野菜を切って、茹でるぐらいだからそれほど難しくはないだろうという上忍の提案で決まったのだが、目の前にあるものは、店で出されるものと何だか違う。

まず…何だかルーが黒い。カレーのルーが入っていたパッケージの絵にに比べると真っ黒と言っていいぐらいに。そして、ばつばつと不揃いに切られた野菜。入れたのは、じゃがいも、にんじん、タマネギがほぼ原型で入っている。そして小さく切らなかった肉がベローンと乗っかっていた。

これは…すごいワイルドな…
多少は失敗しても多めに見るか。そう思っていたのだが、これにはちょっと引く。しかし自分が誘った手前、一人だけ食べないわけにもいかないだろう。しかし、子供達もこのカレーはおかしいと思っているのか、誰もスプーンに手を伸ばさない。

「…食べないのかい?」

上忍の声にびくりと肩を振るわす子供達。

「おいしいって自信があるんじゃなかったっけ?見た目悪くても、味は大丈夫じゃないの?」
「そ…そうよね…私が作ったんだもん!」
「そ…そうだな…俺が手を貸したんだ!」
「……じゃあ、いくか」

カカシの合図にごくりと喉を鳴らす、二人。三人は同時にスプーンを手に取った。


「あ…」

ぽろりと声を出したカガリに、上忍は緊張する。

「味が…しない…」
「う…味がしねぇって言うか…味が混ざりに混ざっているっていうか…」
「まずくはないが…」

何だか複雑な顔をしている三人。上忍は、自分の前にあるカレーライスにおそるおそる手を出して…

「…………」

きゅうっと倒れた。

「せっ先生!?」
「おわっ!?」
「お…おい!?」

な…なんだこの味は…!?
上忍は心配そうに自分を見る子供達を見上げた。

「な…何でこんな味になるの…?」

何と言っていいのか。
この味は…麻婆豆腐にソースと醤油を混ぜたような味。おまけに焼きすぎたのか肉は固く、じゃがいもは煮くずれしてどろどろ。にんじんにも芯が残っているし、タマネギはちゃんと皮を取りきらなかったのか、口の中にひっついて気持ち悪い。そんな状態の上忍を見て、責任逃れとばかりに彼らは言い合いを始める。

「カガリ!やっぱり、香辛料入れすぎなんだよ!唐辛子とかキムチとかっ!」
「なっ何言ってるのよ!色が足りないって言って、ソースやら、ドレッシングやら入れまくったのはイザヤじゃない!」
「そ…それを言うならカカシだろっ!スパイスが必要だとか言って、変な薬草混ぜたからっ!ついでに味噌も入れやがって!」
「人のせいにするな!臭いを消すために生魚をすりつぶして入れたの誰だっ!!!!」

ぎゃあぎゃあと言い合いし始めた三人に、上忍は床に突っ伏したまま動けなかった。

キムチ…味噌…生魚…
どうしてそんなものをカレーに入れようと思うのだろう。自分はカレーに入れるものをちゃんと並べたはずだ。何故…そこにあるもの以外を入れるのか…


第一…


「ちょ…ちょっと!!!先生!?二人とも!!!先生が大変よーーー!!!」
「げっ!?顔真っ青だぞ!?泡吹いてるしっ!!」
「い…医者だっ!!!!」

珍しくカカシまで慌てる中、上忍は消えゆく意識の中こう思った…


どうしてお前達は平気なんだ…



料理をしよう・完(2003.5.12)