その道に終わりがあるのか。誰も知らない。 「イルカ先生っこんにちはっ!」 「ご苦労様です。カカシ先生」 「今日も元気に任務を終えました〜子供達は怪我もなく無事終了です!」 にこにこと笑いながら、いつもの報告をし終えたカカシにイルカはにっこりと笑った。途端にカカシの顔が赤くなったが、すぐに下を向いたイルカは気付かなかったようだった。 カカシがイルカに惚れているのは周知の事実だった。というより、これを見れば気付かぬものはいないだろう。 『写輪眼のカカシ』 女性の身でありながら、戦忍として有名な彼女は里内外から恐れと畏怖を持って呼ばれていたが、実際彼女の姿をみると誰もが驚くのだ。 20歳は越えているだろうに、その姿は大人と少女の間を止めたまま。木の葉でも珍しい銀色の髪と大きな目。普段は火影の術により左目にあるという写輪眼は封じられており、その事実を忘れてしまえばそれほどすごい忍とは思われない。可愛いという言葉が似合う、一人の女性。現に上忍の間でも人気度が高く、年がら年中告白を受けているという噂もあるくらいなのだが。 「結構です。お疲れさまでした」 「…あ、もう終わったんですか?イルカ先生はや〜い…」 「ありがとうございます。お疲れで帰ってきた皆様をお待たせするのは申し訳ありませんから」 「……待ってもいいのに」 「はい?」 「いえっ!何でも!それでは又ねイルカ先生!」 ぶんぶんと手を振るカカシを微笑ましそうに見つめるイルカの目は、アカデミーの子供達と大して変わりない。 故に思うのだ。横でそれを見る同僚達は。 何で子供にしか目のない男に惚れてしまったのだろうと。あれだけあからさまな好意に全然気付かないイルカの鈍さに。 このカップルの成立する日があるのかと。 一斉に溜息をついた。 「あ〜あ。もう終わっちゃった。つまらない」 外に出たカカシは、木の上に座り、足をぶらぶらとさせながらある場所を眺めていた。それは勿論…受付所の窓の中。この場所にいればイルカの後ろ姿をずっと眺めることができ、暇な時はこうやって彼を眺めているのだが。同僚は気付いても、イルカが気付くことはなかった。 「やっぱり食事に誘うべきよね!でも…イルカ先生っていつも忙しいし…隙がないのよね。でも!これ以上の発展を願うなら!やっぱり少し押さないと!!」 「…何お前は木の上で力説してるんだよ」 「あれ。アスマ。どうしたの?」 木の下からタバコを加えながら見上げている同僚に問いかければ、彼は呆れたような顔で首を振った。 「…最近お前がストーカーしてるってのは聞いていたが…本当だったとはな」 「ストーカー…って失礼ねっ!少しでも長く好きな人を見ていたいって乙女心を!!」 「乙女心…お前が言うと寒い…」 「の…熊っ…!!」 腕にできた鳥肌をさする仕草に、カカシはぶちんと頭に来てアスマに蹴りの一つでもお見舞いしようとしたが。 「カカシ先生?何をやっているんですか?」 「イイイイイイイルカ先生!?」 窓を開けて顔を出したイルカに何故!?と狼狽した声を出すカカシだが、あれだけ傍で騒がれて気付かない方が可笑しいだろう。イルカは視線を下げアスマを見つけるとぺこりと頭を下げた。 「アスマ先生もご一緒でしたか。任務の方は終わりましたか?」 「おうよ。いつも通り無事…ってとこか?」 「こちらに問いかけられても…ではお待ちしていますね」 ではと、カカシには頭を軽く下げるだけで戻っていったイルカ。きっとカカシはアスマを睨んだ。 「なんだよ」 「アスマの馬鹿ーーー!!!」 外から聞こえる爆音に、受付所にいた忍達は知らない振り。 「騒がしいな」 「イルカ!外は気にせずさっさと終わらそう!お待たせするのは失礼だろ!!」 「そうだな!」 最近では受付の花とも言える笑顔を振りまくイルカに、今日もカカシの想いは届かなかった。 「でもカカシ先生って何でイルカ先生を好きになったの?」 とある任務の帰り道、サクラが横を歩くカカシに何気なく問いかけた。ちなみに彼女がイルカを好きなことは子供達も知っている。…毎日毎日のろけるようイルカの話を聞かされれば、その方面には鈍いナルトでさえも十分わかったが。 「知りたいの?サクラ!」 「え…ええ」 ぱあっと満面の笑みを見せたカカシに、ちょっと失敗かもと思ったサクラだが、前から疑問だったので取りあえず首を振る。 「…まさか一目惚れっておちじゃないだろうな」 とても嫌そうな顔で呟くサスケは、まるでそんなものがあり得ないという表情をしていた。 「う〜ん一目惚れ…に近いかもしれないけど、最初に会った時はすごい生意気って思ったのよねぇ」 「…生意気なのに一目惚れ…わけがわからん」 「あはは。だってサスケ。初対面の人に説教されればそう思うでしょ」 「せ…説教されたんですか?イルカ先生に」 「うん」 でもそれが良かったの〜と跳ねるカカシを見て子供達は顔を引きつらせている。 「あの日はね…すっごい酔っていたのよね〜」 その日カカシは振られたらしい。 らしいというのは、付き合ってもいなかった男に会うのはこれっきりだと言われたからだ。 「ったく…何がゴメン…よ!!わっけわかんない!!」 約束を取り付けたのは向こうの方。特に何も考えず、まぁいいかと待ち合わせ場所に来てみれば、男が緊張した顔で立っていて。 「悪い用事ができたんだ…もう合うのも今日限りにしよう、な」 ごめんと頭を下げて去っていく男。 はっきり言って何が何だかわからなかった。 昔からカカシはもてた。もてるという基準がどういうものなのかは知らないが、ともかく誘われることは多かった。だが、その殆どは一夜限りのことで、一肌が恋しくなった時だけカカシもそれに応じ、朝になればただの仲間。それがいつものことだった。 今目の前から去った男も、何度か一緒に任務をこなし、後腐れもなさそうだと思ったから誘いにのって来たのに。 「……なんつーオチ…」 間抜けという以前の問題だ。 だが時間が経ち、男の言われた言葉を理解していくにつれて、カカシはその言葉が自分に相応しくないことに気付く。子供ではないが、手も繋いでない相手に振られるなど、プライドの高いカカシは許せなかった。 「舐めたまねしてくれるじゃないの」 ぶっ殺す。 決意を胸に秘めたが、すぐに実行しなかったのは男に取って幸いだった。しかし…すれ違った人々はかなり迷惑だったろうが。繁華街を一つ外れれば、ぱたりと途絶えた人影。傍にある公園の塀に腰をかけ、先ほど買い占めた酒を飲み干しながらカカシは一人で叫んでいた。 「あ〜あ。アホらしい。紅が聞いたら笑うわよね」 いつまでも本気にならないからよ。 その場限りの関係に満足しているカカシへいつも妖艶なくの一は釘を差してきた。だが、本気とは何だろう。任務に行けば命の保証のない毎日に、心の残るものを持っていても仕方がない。逆に気になって集中できないのではないか。そんなことを言えば、悲しそうに目を伏せて、わかってないわねと呟く彼女。 「わかりませんよ〜だ。一般の女心なんて持ち合わせてませんから」 なまじ腕がある為に、くの一の任務などは廻ってくることないカカシ。そんなのに使うならば戦場にでも出した方がマシだと、誰もが言うだろう。勿論自分もくの一任務など性に合わないが…でも… 「何をやっているんですか」 「…?」 突然聞こえてきた低い声。きょろきょろと見回したが姿はない。 「…下ですっ!!」 「え?あ〜はい。見つけましたぁ」 「見つけましたじゃないでしょう!」 何故か怒っている男。私服を着ているがその雰囲気から忍だろう。鼻筋に一本の傷があるのが妙に印象的だ。 「え〜と何?」 「何じゃないでしょう!!いいから降りてください!!」 「…何で?」 大人二人分の高さはある塀の上に座っているカカシ。勿論彼女に取ってこんな高さは問題ではないが…この男は違うのだろうか。 後から考えればその時カカシも酔っていたのだろう。知らない男に命令されるのにむっとし、ふんと無視した。その間も何か言っていたようだが、右から左の耳に通していると、いい加減男も痺れてきたらしい、ばっと壁の上に飛び上がった。そして言ったのだ。 「こんな時間まで女性が一人で出歩るくものではありません!!」 「……はぁ?」 「全く…どうやって上がったんですか?行きますよ!!」 「ちょ…何よアンタ!!」 腕を掴んだ男にぎょっとなり、睨み返し、おまけに殺気を含めたというのに男はけろんとした顔で受け止め、もう一度同じ事を言う。 「離してよっ!!アンタには関係ないでしょう!!」 自分の手を引き寄せ、男を睨み付ける。人の良さそうな顔はしているが、実力は中忍ぐらいだろう。そんな男が…上忍の自分に意見を言うなんてっ! 生意気こいつっ!! 身の程をわきまえろ。自分の殺気を前にすれば、どんな敵も一度は怯む。同里の仲間かもしれないが、人の邪魔はしてほしくないと、殺気を全開にした瞬間。 「変な男に襲われたらどうするんですっ!!」 「…はい?」 カカシには絶対あり得ないことを大声で力説する男。 予想外以上の言葉に、カカシは唖然となって正気かと男の顔をのぞき込もうとした。 ズル。 「あ」 情けないことにバランスを崩したカカシは、壁の下にあった茂みへと見事に落下したのだった。 …あれ。痛くないし。 というか暖かい。 「ててて…」 耳元で聞こえた声に視線を上げれば、今まで自分に説教していた男の顔があった。 「あ…大丈夫でしたか?」 自分が男に助けられたのだと気付いたのは、ガサリとなった茂みの音でだ。こくりと素直に頷いて、カカシはまじまじと男の顔を見つめる。 …助けられた?自分が? 良かったと呟きカカシを先に立たせた男は、葉や枝に服を擦られて頭はぼさぼさ、服は乱れていた。さすがにそれを見て悪いなと思ったカカシが、謝ろうと口を開きかけた。 「怪我はないですか?良かった」 そう微笑んだのだ。 「それであの後家の近くまで送ってくれたのよ!その人がイルカ先生だったって、分かったときもう小躍りしちゃったぁ」 うっとりと遠い眼差しでその時を思い出しているらしいカカシ。こうなったら誰の声も聞こえないだろう。 「…つまり、女扱いされたから好きになったのか…くだらん」 「サ…サスケ君…でも助けて貰ったってのは女の子にとっては点数高いのよ!!」 「点数?馬鹿馬鹿しいな…」 毒舌感想を吐く子供一名と、必死に取りなさそう、或いは自分もそうなりたいと思う子供が一名。 「…でもイルカ先生は気付いてないんだろう?好意も。なら駄目だな」 「……サスケ…アンタ私のスペシャルメニューの特訓受けたいわけ?」 上忍の殺気を振りまき、すごむカカシに子供達は竦んだ。 「ほ…ほらカカシ先生!!今すぐ行かないとイルカ先生交代しちゃうわよ!!」 「あ!そうね!こんな生意気なガキに付き合ってる暇はないんだわっ!じゃ解散っ!!」 一瞬で消え去ったカカシに、子供達は深い溜息をついた。だが…サクラは不思議に思う。 「…ねぇナルト。アンタ妙に静かね」 「そ…そうだったばよ?サクラちゃん?」 「そうよ。カカシ先生の話聞いて、絶対突っ込むと思ったのに」 それどころか貝のように口を閉ざし、話に参加しなかったなんて。あり得ない。 ナルトは口をぱくぱくさせて、がくりと肩を落とす。珍しいナルトの様子にサスケが眉を寄せた。 「…イルカ先生ってさ…結構嫉妬深いんだってばよ」 「?はぁ?」 「腹立つと相手の意見を無視した、すっごくいい先生モードになるんだってばよ…」 「それがなんだってんだドベ」 「ドベって言うなってばよ!!サスケっ!!」 「絡むんじゃないわよっ!!で、どういう意味なの?」 腰に手をあてた少女にナルトは再び溜息をついた。 「カカシ先生ってば…男の知り合いが多いってばよ?シカマルんとこの、アスマ先生とか…げじ眉の先生とか…紅先生ぐらいだってばよ。女の人」 「……ちょっと待ってそれって…」 ナルトから聞かされた真実に、子供達は立ちすくんだ。そして思う。 カカシ先生…がんばってね。 と。 「イルカ先生〜終わりました〜」 「お疲れさまです。カカシ先生」 また今日も同じ挨拶がやってくる。少しでも話をしたいカカシとそれに気付かぬ振りでいつも同じ対応をするイルカ。端から見てもイライラとするカップルに同僚達はやきもきする毎日。 「ご苦労さんだな。イルカ。こいつうるせーだろ」 「何よアスマ!!勝手に入ってこないでよ!!」 いつもの通り怒鳴り返したカカシは、イルカの前だったことに気付いて顔を真っ赤にさせて口ごもる。それを見て、笑うアスマをカカシは睨み付けるも、それ以上の醜態は見せられないと、カカシは我慢したが。 「それではよろしいですよ。お疲れさまです。カカシ先生」 いつも以上に事務的にイルカはカカシへと頭を下げた。アスマのせいでいつも以上に短かったとがっくりとカカシ。それを見送るイルカの笑みが多少引きつっていたと気付いたものは誰もいなかった。 二人が恋人になる道は遠い。 道は遠し(2004.8.10) |