桐生様よりキリリク小説!







陽炎カゲロウ

 春の天気の良い穏やかな日に、地面から炎のような揺らめきが立ち上る現象。
 捕らえがたいもののたとえ。












「何でこいつがいるんですか」

不機嫌さを隠さずに、その男は言った。
指差したのは、一人の少女。
その場にいるのは四人。
皆、暗部の恰好をしていた。
指された少女は反論もせずに、男を見返している。

「どういう事だ、ジン」

黒髪の暗部が静かに訊ねた。
もう一人、年齢不詳の暗部がいるが、興味無さそうにそっぽを向いている。

「エリート部隊じゃないんですか、陽炎は!!」

ジンと呼ばれた男は、興奮したように叫んだ。

「あのユエもヨミもクエもいる部隊だって聞いてたんです。
 だから、俺、すっごい憧れてたんですよ!」

なのに、何でこんな新人がいるんですかと、また少女を指す。

「誰に聞いたのか知らねぇけどな、ここはエリート部隊でも何でもない」

彼を落ち着かせようと、言い聞かせるように話す。
それに、ジンはいいえ、と首を振った。

「ヨミさんがそう思って無くても、周りは皆そう思ってるんです。
 現にヨミさんもクエさんもいるじゃないっすか」

熱く語るジンに、ヨミは頭をかいた。
(いつの間に俺達や陽炎は有名になったんだ?)
出来るだけ目立たないようにしてきたのにと、ため息をつく。

「大体、俺が三年目でようやく参加できたのに、何でこいつが」

そう言うと、忌々しそうに少女を睨む。
(ホント、ユエは何を考えてるんだ。レンを代わりに寄越すなんて・・・)
ヨミは同僚の考えが分からず、また、ため息をついた。
ジンの言う通り、ユエ、ヨミ、クエは陽炎の主力メンバーである。
確かに、他にもエリート部隊を呼ばれても可笑しくない者が多い。

筋はいいが、如何せん経験が足りない。
ヨミはレンをそう見ていた。
なのに、今回の任務で、彼女は自分の代わりにとレンを寄越してきたのだ。
ユエの真意が読めないヨミだったが、レンから火影の承諾も得ていると聞き、仕方なく受け入れたのだ。

ちなみに、こうしてレンにいちゃモンをつける輩はジンが初めてではない。
ヨミはそういった場面に何度か出くわしたが、レンがほとんど気にしていない事と、ここで口を出したらレンの為にはならないと考え、極力手も口も出さないで来た。



「三年目だろうと、一年目だろうと、実力は同程度だろ」

急にクエが口を開いた。
その言葉に、ヨミはハッと我に帰る。

「なっ・・・俺とこいつが!?」

ジンが心外そうに言った。
(何で、ユエもクエもすぐに人を煽るかな)
どこか似た二人に、ヨミは深くため息をついた。

「ジン、これ以上編成に口を出すようなら、この任務から抜けてもらうぞ」

ため息をついていてもしょうがないので、ヨミは止めに入る。

「は、はい。すみませんでした」

ジンは意外にも素直に謝った。
それに頷くと、ヨミはクエに振り返る。

「そろそろ行くか」

「・・・ああ」

クエは返事をすると、フッと姿を消した。

「二人とも遅れるなよ」

ヨミもそう言うと、姿を消す。



「いいよな、恵まれてて」

ジンは後を追おうとしたレンに憎々しげに言った。
レンが振り返ると、ジンはヨミやくえがいたとき以上に不機嫌そうであった。

「ユエの金魚のフンかと思ったら、ヨミのお気に入りでもあるってわけか。
 いいねぇ、トントン拍子に名が売れるだろうよ」

ジンの言ったように、レンはユエの任務にはほとんどついてきていたので、一部からはそう呼ばれていた。

「私は、名を上げたいわけではありませんから」

今までジンに何を言われても沈黙していたレンがポツリと言った。
それだけ言うと、ジンを置いて姿を消す。

「・・・・・あの、ガキ!!」

ジンは呟き、舌打ちすると、自らも姿を消した。




















「でも俺、ホント感激っすよ。あのくえさんと任務だなんて」

ジンは懲りずにクエに話し掛けた。
ヨミとレンが先発隊となり、標的の屋敷に侵入し、標的とそのお付を討つ。
そして、ジンとクエは、前の二人が非常事態になったら、カバーに入るという分担で、只今、待機中である。
クエは聞こえているのか、いないのか、屋敷を見据えたままであった。

「それに、あのはたけカカシすら入っていない陽炎に入れるだなんて、俺ってツイてるな〜」

反応の無いクエを気にもせず、ジンはひたすらにしゃべる。
と、急にクエがジンを見た。

「ビンゴブックに載るって事は、それだけ目立ってるって事だろ」

「え、何かいけないんすか?」

忍として名誉な事じゃないっすか、と能天気に言う。
(五歳以下かよ、こいつ)
クエは呆れすぎて、ため息も出なかった。
五歳の自分でも分かることだと、怒鳴りたい気持ちを抑える。
ただし、クエの知能、知識は五歳どころか、成人した者でも、そうそう敵う者はいないので、ジンの評価は少し酷かも知れない。

「あ、合図見えてきましたね」

ジンが指差す方向には、青い光が見えていた。
無事終了という合図である。

「帰るぞ」

クエは立ち上がりながら言った。

「はいっ!!」

返事をしたジンは、千切れんばかりに尾を振る犬のようである。
(よくも、こんなの押し付けやがったな)
クエは先発隊の二人よりも疲れた気分だった。
もっとも、ヨミとしてはそんなつもりは更々なかったが。















「もうすぐっすね」

ジンは嬉しそうに、そして、どこか名残惜しそうに言った。
先を行くクエは無言である。
先ほどから、ジンが一方的に話していた。

「疲れました?」

黙ったままのクエに、ジンは心配そうに聞く。

「あのな・・・」

クエは振り返って、誰のせいだと、つなげようとしたが叶わなかった。
腹部に衝撃があり、そこが急激に熱くなる。
見ると、暗部特有の刀が刺さっていた。

「油断し過ぎですよ」

笑顔で言い、ジンは刀を抜くと、思い切り振りかぶる。
クエが反撃する間も与えず、そのまま袈裟がけに振り下ろした。

「がっ」

クエは目を見開いたまま、前のめりに倒れ込む。

「・・・・・あっけないな」

それを冷たく見下ろして、ジンは呟いた。
そして、背後の闇を振り返る。

「もういいぞ。俺一人で済んだ」

そう呼びかけるが、返答は無い。
ジンは訝しげに辺りを窺った。

「おい、聞いてるのか!」

苛立たしげに怒鳴る。と、



ドサドサドサドサドサッ



黒い物体があちらこちらから落下した。

「なっ・・・なんだ?」

驚きながらも、それらが微動だにしないので、ジンはそっと近寄る。


「っ!!」

ジンは息を飲んで固まった。
それらは黒装束の人であった。
それも、彼の顔見知りの者達である。
(一体、何が・・・)
一様に忍と思しき者達は絶命していた。
気を張りつめて辺りを探るが、何の気配も感じられない。

「何だってんだよ、ちくしょうっ!!」

叫ぶと、苛立たしげに面を地面に叩きつける。
(誰が、こんな・・・、まさか、気付かれた!?)
そわそわと周囲を見回すが動くものは無い。
ホッと息をつくが、思いついたようにクエの死体に近寄った。
ゴクリとつばを飲み、その首筋に手を触れる。
1秒、2秒、・・・・・

「ハ〜〜・・・」

まだ生暖かいが、脈はない。
(俺も何やってんだか)
つい、安堵の息をついた自分を恥じて笑う。



ピィ〜・・・



微かな笛の音が森に響いた。
座り込んでいたジンはハッとして立ち上がる。

「あっちも成功したか」

酷薄な笑みを浮かべると、闇の中へと走り去った。



















「何とか上手くいったな」

ヨミは後ろを走るレンに話し掛けた。

「はい」

返事をするレンは、いくらか疲れいるようだ。
(やはり、まだ五歳だもんな・・・)
ふと、いたわりの言葉を掛けようとしたヨミが、急に立ち止まった。

「これは・・・」

振り向くと、レンも立ち止まって辺りを警戒している。

「強い・・・血の匂いですね」

レンは警戒を緩めずに、辺りに気を配りながら言った。

「ああ、一人や二人じゃない」

そのまま、二人が歩を進めると、開けた場所に出た。
月の光が煌々と差している。

「どこの忍でしょうか」

レンが落ち着いた声で言った。
全く声が震えていない事に、ヨミは舌を巻く。
(伊達にユエに鍛えられていないって事か・・・)
二人の前方には、明らかに事切れた様子の黒装束が何体も横たわり、辺り一面、血の海になっていた。
ヨミは検分するためにしゃがみ、死体を覗き込む。

「額当てはしていないな・・・。だが、この武具は・・・、レン!!」

ヨミの呼びかけに、半瞬遅れてレンは左に飛んだ。

ザッ

レンのいた場所に何かか飛び込んできた。
レンは腰に下げた刀を抜き、そのまま横なぎに叩きつけるように払う。

「わっ、ちょっと待った、待った」

が、見知った声と気配に寸止めした。

「ったく、仲間を殺す気かよ」

「ご、ごめんなさい」

文句を言う相手に、慌てて謝った。

「ジン、どうしてここに?クエはどうしたんだ」

ヨミは立ち上がって、訝しげに聞く。

「そう、そうなんすよ。急に妙な奴らに囲まれて、クエさんは斬られちゃうし、何とか俺は逃げて来たんですけど・・・、って、うっわ、何すか、こいつら」

今気付いたように飛び退った。

「血の匂いを辿ってきたら、既にこうなってた」

ヨミの説明に、ジンはヒャーとかウェーなどと妙な声を上げる。
(こっちもかよ、こいつらは何も知らないみたいだし、どうなってんだ一体)
ジンは舌打ちしそうになるのをこらえた。

「クエさんもやられちゃったみたいだし、どうします?」

(さすがに、こいつら俺一人じゃキツイな・・・)
自分の思惑は微塵も見せずに、従順な後輩ぶってヨミに聞く。

「自分でやっといて、よく言うぜ」

ジンの背後から、冷たい声が投げかけられた。

「っ!!」

息を飲んで振り返ると、殺したはずのクエが背後に立っている。
ジンは気圧されたように後ずさった。

「忍術の基礎の基礎だろ」

何も言えないでいるジンに、クエは呆れたように言う。

「まさか・・・、変り身!?」

「プラス幻術ってとこか」

また、別方向から声がかけられた。
振り向くと、返り血を浴びた暗部が、いつの間にかヨミとレンの後ろに立っている。

「都合よく死体があったしな」

そう言うと、クエはジンではなくその暗部を睨んだ。

「文句あるならジジイに言えよ。あたしだって重労働させられたんだからよ」

おどける暗部に、クエは舌打ちした。
彼は、その暗部が苦手なのかもしれない。

「お前ら、仕組んだのか!!」

ジンが怒りもあらわに叫ぶ。
(お前がキレる場面じゃねぇだろ・・・)
クエが心の中でつっこむが、ジンには聞こえるわけもなく、四人を忌々しそうに睨んでいる。

「いや、俺達も知らせれていなかった、どういう事だ、ユエ」

クエの言葉やジンの言動から大体を把握していながらも、ヨミはその暗部、ユエに説明を求めた。

「どういう事も何も、そいつが他所の忍と結託して、暗部のトップを消そうとしてたってだけだ」

ユエは今にも歯を剥いて飛び掛ってきそうなジンを前にして、軽口を叩くように言った。
その手には、人差し指サイズの木製の笛を持っている。

「で、そろそろ実行に移りそうな気配を察したジジイが、わざわざ、そいつをお前らと同じ任務に組み込んだんだと」

「レンは何のために?」

「少しは油断するだろ」

ヨミの問いに、ユエは楽しそうに答えた。
そんなユエに、ヨミはつい、ため息をついてしまう。
(疲れる・・・)

「な、何でバレたんだ・・・、第一、知らなかったなら、クエは何で生きてる!!」

先ほどまでの熱血青年ぶりは捨てて、ジンが怒鳴った。

「そういうのって、ニオイで分かるんだよ。あと、実力差だな」

そっちの二人も、お前に対して警戒してたのに気付かなかったのか、と見下したように言う。
(くそっ、何でこんな・・・、とりあえず、ひかねぇと)
キョロキョロと見回したジンは、レンに目をとめた。

「どけっ!!」

一番力が劣ると判断したレンに突進する。
が、あっさりとレンは右に避けた。
(よしっ、このまま、全速力で外に・・・)


しかし、走り抜けようと踏み出したジンの足はずぶずぶと地面に沈みこんでしまった。

「何っ!?」

慌てて抜こうとするが、もう片方の足も同じように沈んでいってしまう。

「お前だな!!」

ジンは振り向いてレンを睨んだ。
それに対して、レンは無言で印を組み始める。

「ちっ、くそっ」

何とか抜け出そうと足掻くが、既に腰まで沈んでいた。

「陽炎の意味を知っていますか?」

無言だったレンが静かに聞いた。

「何だと!? いいから術を解け!俺は、もう少しで名を馳せるはずだったんだ!!」

元凶がレンであるかのように怒りをぶつける。

「虚栄心の強い貴方には一生判らないでしょうね・・・」

レンは呟いて、術を完成させた。
泥が生を得たように、ジンに襲い掛かる。

「ギャアァァ・・・」









「あのはたけカカシやうちはイタチすらも陽炎に入らなかったのは、彼らが有名過ぎたからです」

ピクリとも動かなくなったジンに、寂しそうに呟いた。
















「帰るか」

ヨミがポンとレンの頭に手を置いて言った。
眼前ではユエが死体の処理をしている。
レンは無言で頷いた。

「おい」

呼びかける声に、二人は振り向く。
クエがいつの間にか面を外していた。

「任せていいか」

「ああ」

いつものやり取りなのか、あっさりとヨミは頷く。

「じゃあな」

レンにシニカルな笑みを向けると、クエはそのまま背を向けて走り去っていった。

「〜〜〜〜〜!!」

レンは顔を真っ赤にしてうずくまった。
あれは素顔ではないと知っているけれど、口元が緩むのを抑えられない。

「よかったな」

ヨミは自分のことのように嬉しそうに言った。

「はい!!」

それに、レンも嬉しそうに返す。
(しゃーんなろー!!日記に書いておかないと!!)
まだ、いくらか品が良いかもしれないが、内なるサクラは既に、この時、形成されつつあった。
















(レンか・・・)
クエは走りながら、先ほどの少女を思い浮かべた。
あの反逆者を殺す時だけだったが、悲しみを漂わせていた少女。
反逆者である彼を憐れんでいるようで。
暗部にとって、甘さは不要だが、術を行使する手つきに躊躇はなかった。
(ワケわかんねーヤツ・・・)
でも、実力的には助っ人集団より少し上か、と一人ごちた。










8月○日
 今日、初コンタクト。
印象はまあまあ良かったみたいだ。
目指せ、名前で呼び合える仲!
しゃーんなろー!!








桐生様より頂いた4444Hitのキリリク小説です。
「サクラもいる夜の任務」ということで、無理をお願いしたお話なのですが…もうサクラが可愛くて可愛くて!
もう後ろで手を上げて応援をしたくなります!桐生様ありがとうございましたv